十章 ~救出 収束~
「……」
あやめの屋敷に突入して、ここまで疾走してきた。けれども、この食堂に辿り着いたときには、足を止めるしかなかった。それは別に、体力が尽きたからではなく、もっと違う理由があったからだ。そう―――
「高洲さん。それに皆さんも……」
高洲さん、あやめのボディガードの皆さん、お手伝いさん、他にも見覚えのある人たちが、食堂の奥で縛られていた。……つまり、人質はここに集められ、監禁されているのだろうか。
「ん? なんだ、まだいたのか。おい、そこの嬢ちゃん。大人しく縛られてくれないか? いや、変な意味じゃなくてな」
そして、人質の他に、銃を装備した男が数人―――ざっと数えてみたら、十人以上。多分、犯人グループ―――ほど、たむろしていた。恐らく彼らは、この食堂を拠点代わりにしているのだろう。
「あなたが、リーダー格みたいですね」
僕はその中でも、話しかけてきた、一際背の高い男にそう問うた。すると男は、さも可笑しそうに声を漏らす。
「なんだい嬢ちゃん。こいつらを助けにでも来たか? 丸腰の女の子が、たった一人で」
「違いますよ」
僕の返答に、男は訝るような視線を向けてきた。けれど、僕はただ事実を言ったまでだ。
「一つ目。確かにその人たちは顔馴染みで、助けられるに越したことはないですが……別に、それが目的な訳ではありません」
あくまでも、目的はあやめの救出。高洲さんたちだって、出来ることなら助け出したいけれど、あやめの安全が最優先なのは変わらない。
「二つ目。丸腰に見えますけど、実際はちゃんと武装しています。目に見えないだけで」
身に纏うは風の鎧。それだけではなく、右手に空気を集めて圧縮し、塊を作っている。これも立派な武器だ。
「そして三つ目―――僕は、男です!」
僕はそう答えつつ、集めた風を男たちに向かって投げつけた。圧縮された空気は、その姿を晒すことなく男にぶつかり、弾ける。
「ぐぁっ……!」
急激に体積を膨張させた空気は、男と、その仲間たちを薙ぎ払っていく。それだけでは飽き足らず、家具を揺らし、飾られた絵画や骨董品を吹き飛ばし、窓ガラスを粉砕していく。……って、ちょっとやりすぎたかも。
「ま、いいか」
非常事態だったし、さすがに弁償しろとは言って来ないだろ。夢と違って、あやめはそんなにけちじゃないし。それに、今の一撃で男たちは全滅。すっかり気絶している。
「っと、夢のことを忘れていました……」
男たちから、夢のことを聞きださないと。もしもこれが夢の仕業なら、しっかりと問い詰めて、ついでに弁償もさせないと。
「けど、この様子だと起きないですよね……」
でも、風の威力が強すぎたのか、男たちは誰一人として目を覚まさない。ついでに、高洲さんたちもだ。全員気を失っているだけのようだけど……まずい、本格的にどうするか。
「こうなったら、残党の誰かを捕まえて、口を割らせるしか―――」
「そこまでだ!」
「……!?」
聞こえてきた叫び声に振り返ると、黒いスーツの男―――恐らくは残党の一人―――が、誰かに銃を突きつけていた。そしてその「誰か」というのが……。
「ゆ、優……!」
「あやめ……」
そう、あやめだったのだ。隠れているように言ったはずなのだが……運悪く、見つかってしまったようだ。男に銃を突きつけられて、ガタガタと震えているあやめ。その姿はあまりにも弱々しく、今にも壊れてしまいそうであった。
「こいつがどうなってもいいのか!?」
「くっ……」
あやめが人質になったのはまずかった。親族云々ということもあるけど、これではさっきみたいに一撃で仕留めることができない。高洲さんたちのときは、相手との距離もあったし、彼らはこういうときのために少なからず訓練を積んでいるはずだったから、強引な手段に出られた。けれど、今は違う。今動けば、あやめに銃弾が当たる可能性が高い。そうでなくても、か弱いあやめが傍にいたのでは、迂闊にことを起こせなくなる。
「ひっ……!」
かといって、この状況が続けば、あやめの精神が耐えられなくなる。その場合、錯乱したあやめが何をしでかすか……そのせいで銃が暴発したらと思うと、恐ろしくなる。
「分かったら大人しくしろっ!」
人質を取られた以上、不用意に動けない。言いなりになる他ないだろう。
「両手を挙げて、こっちへ来いっ!」
男の言葉に従い、僕は万歳をした状態で男の傍まで歩いていく。―――同時に、あやめとの距離も近くなった。千載一遇のチャンスだっ!
「あやめっ……!」
あやめと近づけたことで、能力の射程に入った。僕は、自分の纏っていた風の加護を、あやめの体に移した。あやめの体を風が纏わりつき、彼女を男から、男の銃から守ってくれる。
「きゃっ……!」
風が纏わりついたことによって、二人の間に抵抗力が生じ、あやめが男の腕から解放される。僕は地面に倒れ込むあやめを抱き留めると、男の銃を蹴り飛ばして、そのまま後退した。そこで一旦あやめを降ろし、再度男に肉薄。男の顎に拳を叩き込む。
「がはっ……!」
攻撃が諸に入って、男はそのまま昏倒した。……ふぅ。これで、暫くは安全なはずだ。
「あやめ、大丈夫ですか?」
一応周囲を警戒しながら、僕はあやめの元に戻った。今優先するべきは、彼女の精神的な負荷を取り除くことだろう。普段は何事にも動じないけど、こういう非常事態に遭遇すると、誰よりも心が疲弊してしまう子だから。
「ゆ、優……ゆうぅぅぅーーー!」
「あ、あやめ……?」
するとあやめは、緊張の糸が切れたからなのか、泣きながら抱きついてきた。
「うっぐ、ひぅっ、こ、怖かったよぉぉぉ……!」
「あやめ……」
まるで、生まれたばかりの赤子みたく必死に泣き叫ぶあやめ。僕の服にしがみつく様子を見て―――「私」は、急に懐かしさを覚えた。
「大丈夫、もう安心よ」
かつて、「私」がこの子にしてあげたように、あやめの背中を優しく撫でる。すると、あやめは徐々に落ち着いていって、少し啜り上げる程度になった。
「……ごめんね、優」
「いいのよ、別に」
そう、悪いのはあやめじゃない。―――この事態を仕組んだ、あの阿呆だから。
「ううん、違うの」
けれど、あやめは納得していなかった。一体、彼女が何をしたと言うのだろうか?
「あのね、この騒ぎなんだけど……実は、夢ちゃんが起こしたの」
「あら、それなら分かりきったこと……って、え? 何であやめが知ってるのよ?」
そのことは、私が立てた勝手な推測のはず。あやめが知りえる訳ないのに……まさか。
「えっと……実は、夢ちゃんに頼まれたの。「お屋敷を乗っ取らせて欲しい」って」
「はあぁっ!?」
我ながら間抜けだと思ってしまう程に、素っ頓狂な声が出てしまった。
◇
「いや~、優がどんだけ強くなったのか、確かめてみたかったんや。堪忍してや~」
後で問い質したところ、夢はこう白状した。……薄々勘付いてはいたけど、ほんとに身勝手な理由だ。
「じゃあ、狙撃されたのも―――」
「自作自演」
……なるほど。だから無事だったのか。来ると分かっている銃撃なら、夢が防げないわけない。
「「私たち」の能力が使えなかったのも―――」
「うん、うちが妨害した」
案の定、と言う他ない。というか、もっと早く疑うべきだった。そうしたら、こんな茶番に付き合うことなんてなかったのに。
「ま、そういうわけやから。うちはもう帰るで。またな~」
「もう二度と来ないでくださいっ!」
今、この阿呆をぶっ殺しても、神様はきっと許してくれると思う。
こうして、騒動の種は、まるで台風のように過ぎ去ったのだった。




