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ノアの箱庭 ~妖精好きの侯爵令嬢と、小さな世界を作っています~  作者: あゆと
第二章 妖精のお茶会

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月灯花

次の日の放課後、フィオナさんは空想帳を抱えて工房へやってきた。いつものように箱庭を覗くと、窓辺にいたティルへ小さく手を振る。


「ティル!」


少し遅れて、ティルが顔を上げた。


「見た! ノア君、今ちゃんと見たよね?」

「はい。だいぶ覚えてきたのかもしれませんね」

「ふふっ。ティルー」


もう一度呼ぶと、今度はすぐに首を傾げる。フィオナさんはそれだけで嬉しそうに笑っていた。


しばらくティルを眺めたあと、二人で作業台へ移る。空想帳の『おちゃかい』のページには、昔の絵の横に、ここ数日で考えた花のカップや赤い実、花蜜が書き足されていた。


「今日は、何があればお茶会になるか決めよう」

「そうですね。まだ大きさも決まってないので」


俺は作業用の紙を一枚出し、まず丸いテーブルを描いた。上手い絵ではないけれど、大きさが分かればいい。


「ティルが座った時、このくらいですかね」

「もうちょっと高い方がかわいくない?」

「カップを持ったら、たぶん届きにくいです」

「あ、そっか。じゃあノア君ので」


フィオナさんが素直に頷く。箱庭から小さな椅子を一つ出して近くへ置いてみると、ティルは少し警戒したあと、自分からちょこんと腰掛けた。


「座った!」

「この高さなら、テーブルはこれくらいですね」

「うん。それで、丸いの!」


紙の上へ寸法を書き足す。フィオナさんも横から覗き込みながら、空いているところへ小さなカップを描いた。


「花のカップは絶対いる」

「これは作り方を少し考えたいです。薄くしすぎると割れそうなので」

「じゃあ、ノア君に任せる」


そう言われると、少しだけ背筋が伸びる。


「椅子は?」

「今は一脚でいいかな」


フィオナさんがティルを見る。


「本当はね、ここにいろんな椅子が増えて、妖精もいっぱい集まってくるの。でも今はティル一人だから」

「もし増えたら、その時また作ればいいですよ」

「……増えるかな?」

「どうでしょう」

「増えたらいいなあ」


フィオナさんはそう言って笑った。


紙の上には、丸いテーブルと一脚の椅子。花のカップ、小さな皿には赤い実。飲み物は花蜜。


まだ簡単な絵なのに、前よりずっとお茶会らしくなってきた。


「こんな感じかな」

「はい。ティルが使うなら、まずはこれくらいでいいと思います」


俺が紙を見ていると、フィオナさんが「あ」と声を上げた。


「大事なの忘れてた!」


空想帳を開き、昔描いた『おちゃかい』のページを指差す。丸いテーブルのすぐ横に、大きな白い花が描かれていた。


「この花ですか?」

「月灯花!」


フィオナさんの声が一段上がる。


「私、この花も大好きなの。夕方になると開くんだけど、日が沈む少し前だけ、真っ白な花びらが金色っぽく見えるの」

「綺麗ですね」

「すっごく綺麗だよ!」


ページをめくってみると、月灯花はほかの絵にも何度も描かれていた。妖精の家のそばにも、夜の庭にもある。


「小さい頃から、妖精には月灯花が似合うって思ってたの。お茶会も、この花の下なの」


フィオナさんは俺の作業用の紙を引き寄せると、テーブルの横に大きな花を描き足した。


「ここに月灯花があってね。夕方になったら花が開いて、その下でティルが花のカップを持つの。赤い実もあって、花蜜もあって……」


話しているうちに、本人までその景色を見ているような顔になる。


「……絶対、綺麗」


俺も紙を見る。


大きな白い花。その下に小さなテーブルがあって、ティルが両手でカップを抱えている。


「……見てみたいですね」

「でしょ!?」


フィオナさんがすぐに俺を見る。


「ノア君も?」

「はい。実際にティルがそこに座ったら、たぶん……かなり綺麗だと思います」


答えると、フィオナさんが嬉しそうに笑った。


「ちょうど今年は、三日後くらいから咲きそうなんだって。庭師が教えてくれたの」

「三日後ですか」

「うん。私の部屋の近くに小さい鉢植えがあるから、咲いたらティルにも見せてあげたいな」


鉢植えなら、花を箱庭へ植え替える必要はない。根元に庭をつなげれば、ティルから見れば絵と同じくらい大きな花になる。


「鉢って、どのくらいの大きさですか?」

「これくらいかな」


フィオナさんが両手で輪を作る。俺はそれを見ながら、紙の端にだいたいの大きさを書き込んだ。


「実物を見ないと細かいところは分かりませんけど、つなげることはできそうです」

「ほんと?」

「はい」

「じゃあ、咲いたら持ってくる!」


嬉しそうに言ったところで、フィオナさんが急に「あっ」と顔をしかめた。


「でも私、次にここへ来られるの三日後なんだった」

「そうなんですか?」

「うん。明日と明後日は親戚が泊まりに来るから、学校が終わったら真っ直ぐ帰らないといけないの」


少しだけ不満そうに口を尖らせる。


「せっかくティルが名前を覚えてきたのに」

「学校では会えますよ」

「ノア君にはね。ティルには会えないでしょ」

「……それはそうですね」


フィオナさんは箱庭へ向かってしゃがみ込んだ。


「ティル、二日だけだからね。三日後にはまた来るから、忘れないでね」


ティルはそんなことも知らず、小さな木の実を抱えている。フィオナさんはしばらく見つめたあと、また作業台へ戻ってきた。


「その頃には月灯花も咲いてるかもしれないね」

「そうですね」

「じゃあ、続きは三日後!」


空想帳を閉じて鞄へしまう。


「またね、ティル。ノア君も」

「はい。また三日後」


フィオナさんが工房を出ていく。


扉が閉じると、急に静かになった。


作業台には、二人で書き込んだ紙だけが残っている。


丸いテーブル。

一脚の椅子。

花のカップ。

赤い実の皿。

花蜜。


その横に、フィオナさんが描いた大きな月灯花。


三日後。


その言葉が、妙に頭に残った。


紙を見ているうちに、さっき想像した景色がまた浮かんでくる。開いた月灯花の下で、ティルが小さなカップを抱えている。


その隣で、フィオナさんが笑っている。


気づけば、俺は棚から端材を一本取り出していた。


まずはテーブル。


ティルの椅子を横へ置き、だいたいの高さを測る。木へ印をつけたところで、ようやく自分が何をしているのか気づいた。


「……三日か」


少しだけ考えて、そのまま最初の一本を切った。

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