表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノアの箱庭 ~妖精好きの侯爵令嬢と、小さな世界を作っています~  作者: あゆと
第二章 妖精のお茶会

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/10

ティル

翌日の放課後、フィオナさんは小さな籠を抱えて工房へやってきた。いつものように真っ先に箱庭を覗き込み、窓辺にいるフィリルを見つけると嬉しそうに手を振る。


「いた! 今日はね、お茶会の相談に来たの」


もちろん返事はない。フィリルは窓枠から顔を出し、フィオナさんの持っている籠をじっと見ていた。


「……そっちが気になる?」

「みたいですね」


作業台へ籠を置くと、フィリルの視線も一緒についてくる。中には小さな赤い実や果物、それから花蜜の入った瓶が入っていた。


「何を飲んだり食べたりするのか分からないから、家にあったものを少し持ってきたの」

「全部試すんですか?」

「嫌がったらやめるよ。好きなものがあったら、お茶会に置けるかなって」


フィオナさんが話している間にも、フィリルは窓から飛び立った。作業台の端へ降りると、籠を見上げて首を傾げる。


しばらく遠巻きにしていたけれど、やっぱり気になるらしい。一歩近づいて、中を覗く。そこから顔を引っ込め、また覗いた。


「……かわいい」


フィオナさんが小声で呟く。


フィリルは籠の縁へ両手をかけると、今度は身体をいっぱいまで伸ばした。中にある赤い実へ手を伸ばすものの、あと少し届かない。


一度降りる。


また登る。


今度は羽までぱたぱたさせる。


「取ってあげてもいいかな」

「欲しそうですね」


フィオナさんが赤い実を一つ取り、フィリルの前へ置いた。


フィリルはすぐには触らない。近づいて、匂いを確かめるように顔を寄せ、指先でちょんと触る。


ころん。


実が転がった。


「あっ」


フィリルも慌てて追いかける。作業台の端へ行く前に両手で捕まえると、そのままぎゅっと抱え込んだ。


フィオナさんが両手で口を押さえた。


「……持ってる」

「気に入ったみたいですね」

「もうそれ、あげる」


言われなくても返す気はなさそうだった。


フィリルは赤い実を抱えたまま座り込み、小さく齧った。少しすると四枚の羽がぱたぱたと揺れる。


「好きなんだ」

「たぶん、かなり」


俺たちが見ていることにも構わず、もう一口齧る。その姿を見ながら、フィオナさんが空想帳を開いた。


「じゃあ、お菓子はこういう実でもいいのかな」

「絵では蜂蜜のお菓子でしたよね」

「うん。でも本物がこっちを好きなら、こっちがいい」


そう言って、昔描いた皿の横に小さな実を描き足す。


昨日まで絵の中にしかいなかった妖精たちのお茶会が、少しずつ目の前のフィリルに合わせて変わっていく。それを見ているのは、俺も楽しかった。


「飲み物はどうしよう」


フィオナさんが花蜜の瓶を持ち上げる。昨日、水は飲むことが分かっている。


「少しだけ混ぜてみます?」

「うん」


小さなカップへ水を入れ、花蜜をほんの少し落とす。フィリルの近くへ置いて待っていると、赤い実を食べ終えたフィリルが気づいた。


カップを見る。


俺たちを見る。


またカップを見る。


やがて近づき、両手で抱えて一口飲んだ。


ぴくっと羽が動く。


もう一口。


そのままカップを抱えて座り込んだ。


「……これも好き」

「お茶じゃないですけどね」

「いいの。本物のお茶会なんだから」


フィオナさんは嬉しそうに、空想帳のカップの横へ『花蜜』と書き足した。


その時、ふと手が止まる。


「ねえ、ノア君」

「はい?」

「この子、いつまでフィリルって呼ぶの?」


俺もカップを抱えた妖精を見る。


「フィリルは種類の名前でしたね」

「うん。本当は、この子にも自分の名前があるのかもしれないけど……」


フィオナさんは少し考え込んだ。


「勝手に名前をつけちゃうのは、なんか違う気がする」

「じゃあ、呼ばないんですか?」

「それも困る」


真剣な顔で悩んでいる。


やがてフィオナさんはフィリルの前へしゃがみ込み、少し離れたところから話しかけた。


「名前じゃなくてね。私たちが君を呼ぶ時だけの呼び方なら、いいかな?」


フィリルはカップの中を覗いている。


「……聞いてないですね」

「聞いてるかもしれないよ」


フィオナさんはしばらく考えたあと、小さく口にした。


「ティル」


「ティル?」

「うん。フィリルって呼んでたから、ずっと頭に残ってて。短くて呼びやすいし……この子に似合わない?」


もう一度、妖精を見る。


淡い緑の髪に、透き通った四枚の羽。カップを両手で抱えたまま、今度はこちらを見ている。


「……いいと思います」

「ほんと?」

「はい。かわいい名前です」


フィオナさんが嬉しそうに笑った。


「じゃあ、嫌だったら教えてね」


どうやって教えるのかは分からない。


「ティル」


フィオナさんが呼ぶ。


反応はない。


もう一度呼んでも、カップを抱えたままだった。


「まあ、そんなすぐには分かんないよね」


フィオナさんは気にした様子もなく、また空想帳へ目を戻した。俺も隣で、花蜜用のカップをどう作るか考える。


しばらくして、フィリルが窓の方へ戻ろうとした。


「ティル。カップ、置いていってください」


何気なく呼んだ。


小さな身体が、ぴたりと止まった。


振り返る。


俺と目が合った。


「……え」


隣でフィオナさんも固まっていた。


「ノア君」

「はい」

「今、ティルって呼んだら振り向いたよね」

「……振り向きましたね」


フィオナさんの顔が、ぱっと輝いた。


「もう一回呼んで!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ