妖精のお茶会
「本物の妖精がお茶してるところ、見てみたくない?」
フィオナさんに聞かれて、俺はもう一度『おちゃかい』の絵を見る。丸いテーブルに、形の違う椅子。花みたいなカップを手にした妖精たちが、木の下に集まっている。
「……見てみたいです」
「でしょ!」
フィオナさんは嬉しそうに帳面を広げた。
「最初はミーナが一人でお茶してるの。それで甘い匂いにつられて一人来て、また一人来て……最後にはみんな集まるの」
「楽しそうですね」
「うん! 椅子もね、最初から揃ってないの。あとから来た子が自分の椅子を持ってきたりするから」
話し始めると止まらない。絵の中のどこに誰が座って、誰が遅れてやってきて、どんなお菓子を取り合うのかまで決まっているらしい。
俺は聞きながら、少し笑っていた。
「……なに?」
「いえ。本当に好きなんだなと思って」
「大好きだよ」
迷いもなく返ってくる。
そういうところが、少し眩しい。
その時、箱庭の窓辺にいたフィリルが羽を動かした。ふわりと飛び上がり、作業台の端へ降りてくる。
「あ」
フィオナさんの声が一気に小さくなった。
フィリルは広げられた帳面を遠巻きに眺めている。少し近づいては止まり、首を傾げ、また一歩近づく。
フィオナさんはしばらく黙って見守っていたが、ふと俺を見る。
「……ねえ。私たちだけで決めちゃっていいのかな」
「え?」
「だって、お茶会するのはこの子でしょ?」
そう言って、フィリルへ向き直る。
「ねえ。お茶会、してみる?」
当然、返事はない。
フィリルは首をこてんと傾げただけだった。
「……分かんないよね」
「たぶん、言葉だけだと」
フィオナさんは少し考えると、帳面をフィリルの近くへそっと寄せた。絵の中のカップを指してから、箱庭に置いてある小さなカップを見せる。
「これ。飲んだり、食べたりするの。ここで」
フィリルは差し出された指より、カップの方を見た。
そろそろと近寄り、両手で持ち上げる。
「……カップは好きみたい」
「そうですね」
フィオナさんの顔がほころぶ。
「じゃあ、お茶会も嫌いじゃないかも」
「そこまではまだ分からないですよ」
「もう、ノア君は慎重だなあ」
笑われた。
でもフィオナさん自身も無理にカップを持たせようとはしない。ただ、フィリルが自分から触るのを嬉しそうに眺めている。
「そういえば」
フィオナさんが絵へ目を戻した。
「この子、何を飲むんだろう」
「水は飲んでましたけど」
「お茶は?」
「……飲むんですかね」
二人でフィリルを見る。
フィリルもこちらを見る。
少し間があって、フィオナさんが吹き出した。
「分かるわけないよね」
「はい」
俺も少し笑う。
「じゃあ、そこから考えよう。私の絵だと甘いお茶なんだけど、本物が嫌いなら意味ないもん」
「いいんですか? ずっと想像してたお茶会なのに」
「もちろん」
フィオナさんは何でもないことみたいに頷いた。
「だって、今は本物がいるんだよ?」
そう言ってフィリルを見る顔が、本当に嬉しそうだった。
俺も、もう一度『おちゃかい』の絵を見る。
昔のフィオナさんが想像した妖精のお茶会。そのまま作るんじゃなくて、目の前にいるフィリルが本当に使えるものにする。
それなら、俺もやってみたい。
「カップも少し変えた方がいいと思います」
「やっぱり?」
「はい。この前、両手で持ってたので。花びらを横に広げすぎると、たぶん邪魔になります。持つところも――」
気づけば、口が止まらなくなっていた。
「底も少し丸くして、でも置いた時に倒れないように下は平らにした方がいいです。あと、フィリルの手だと取っ手は――」
「ノア君」
「はい?」
顔を上げる。
すぐ近くに、フィオナさんの顔があった。
「……っ」
思わず息が止まる。頬が熱くなって、慌てて帳面へ目を落とした。
フィオナさんはそんな俺に気づいた様子もなく、楽しそうに笑っている。
「急にいっぱい喋るね」
「……すみません」
「だから、なんで謝るの?」
さらに少し覗き込んでくる。
「もっと聞きたい」
また顔が熱くなった。
「えっと……じゃ、じゃあ、カップから」
「うん!」
フィオナさんは何も気にせず、俺の隣で帳面を開き直した。
俺が形を説明すると、フィオナさんが余白へ描いていく。花びらは少し立てて、両手でも持てるようにする。昔の絵の隣に、新しいカップが増えた。
「……前のと違っちゃった」
「嫌ですか?」
「ううん」
フィオナさんは二つの絵を見比べて、笑った。
「こっちの方が好き」
その一言が、妙に嬉しかった。
「じゃあ次は、何を飲むかだね」
「それはフィリルに教えてもらわないと分からないですね」
「そっか」
フィオナさんはフィリルを見る。
「じゃあ、一緒に探そうね」
フィリルは何も答えず、抱えていた小さなカップの縁からこちらを覗いた。
フィオナさんがまた嬉しそうに笑う。
そして空想帳の『おちゃかい』のページ、その余白に新しく一行を書き足した。
『ほんもののようせいのおちゃかい』




