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ノアの箱庭 ~妖精好きの侯爵令嬢と、小さな世界を作っています~  作者: あゆと
第二章 妖精のお茶会

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フィオナの空想帳

翌日の放課後、フィオナさんは大きな鞄を抱えて工房へやってきた。ばあちゃんに挨拶をすると、まず俺の箱庭へ向かい、そっと中を覗き込む。


「いる?」

「いますよ。窓のところに」

「ほんとだ。今日もかわいい……」


フィリルは窓枠に腰掛け、両足をぶらぶらさせていた。フィオナさんはしばらく嬉しそうに見ていたが、不意に「あ、そうだ」と振り返った。


「ノア君、見て見て!」


作業台へ鞄を置き、中から小さな木箱を取り出す。両手で持ち上げると、得意げに俺の前へ差し出した。


「じゃじゃーん!」

「……なんですか?」

「私の宝物!」


フィオナさんが蓋を開ける。中には、背中に小さな羽をつけた人形が何体も並んでいた。


「妖精の人形ですか」

「うん! この子がミーナ」


茶色い髪に黄色い服を着た人形が、手のひらに乗せられる。


「甘いものが大好きなの」

「そういう妖精なんですか?」

「違うよ。私が決めたの」


フィオナさんは楽しそうに笑った。


「こっちの子は朝が苦手。この子は外で遊ぶのが好きで、この子はみんなのお世話をするの」

「……みんな違うんですね」

「そうなの!」


人形をよく見ると、服も靴も持っている小物も少しずつ違う。俺が一体を指差した。


「この子だけ、靴が丈夫そうですね」

「分かる!? この子、森の奥まで勝手に行っちゃうの!」


ぐっと距離を詰められ、少しだけ身体が固まる。フィオナさんはそんなことには気づかず、人形を一体ずつ並べながら楽しそうに話し続けた。


やがて俺は、まだ鞄の中に何か入っていることに気づいた。


「……まだあります?」

「え?」


フィオナさんの手が止まる。


さっきまでとは違って、鞄の口を少し閉じた。


「あるけど……」

「見せてくれないんですか?」

「…………見たい?」

「はい」


フィオナさんは俺の顔をじっと見る。


それから、小さく息を吐いた。


「これね、誰にも見せたことないんだけど」

「そうなんですか?」

「うん。人形はみんな知ってるよ? お父様もお母様も、侍女たちも。私が妖精好きなのも、全然隠してないし」


そこで一度言葉を切り、少しだけ頬を赤くする。


「でも、これは……私の頭の中みたいなものだから」


鞄から、分厚い帳面が出てきた。表紙は擦れ、紙の端も丸くなっている。


「笑わない?」

「笑いませんよ」

「本当に?」

「はい」


しばらく迷ってから、フィオナさんが帳面を抱え直す。


「……じゃあ、ノア君だけね」


最初のページには、大きな木の根元に並ぶ小さな家が描かれていた。花の屋根、丸い窓、小さな扉。その横には、幼い字で『ここから月がみえる』と書いてある。


「これ、フィオナさんが?」

「七歳くらいの時」


次のページには、雨の日に妖精たちが集まる部屋。その次には木の実を並べた店があり、さらにめくると、花の間に小さな橋が架かっていた。


どのページにも妖精がいる。


窓辺で本を読んでいる妖精。ベッドで眠っている妖精。喧嘩して別々の椅子に座っている妖精。


「ずっと描いてたんですか?」

「うん。思いつくたびに」


フィオナさんが少し恥ずかしそうに笑う。


「人形だけはあったんだけど、この子たちが暮らす場所はなかったから。家とか、庭とか、村とか……ずっとこういうの想像してたの」


俺はもう一度、帳面を見る。


「……素敵ですね」


フィオナさんが俺を見る。


「ほんとに?」

「はい。俺、こういうの好きです」


一瞬、フィオナさんが黙った。


そのあと、顔がぱっと明るくなる。


「……でしょ!? じゃあ、ここも見て!」


さっきまでの照れはどこかへ消えた。楽しそうにページをめくるフィオナさんの横で、俺も一緒に帳面を覗き込む。


「これは雨の日の家。こっちの窓から雨を見るの」

「いいですね」

「こっちは夜の部屋。月が見えるところにベッドがあるの」

「それも素敵です」


ページをめくるたび、フィオナさんの頭の中にあった世界が広がっていく。


やがて、一枚の絵で手が止まった。


大きな木の下に丸いテーブルがあり、その周りには形の違う椅子がいくつも並んでいる。小さな妖精たちは、花のようなカップを手にしていた。


上には、子供の字で大きく書かれている。


『おちゃかい』


「あ、それ!」


フィオナさんが俺のすぐ横から覗き込んだ。


「私、これが一番好きなの」


その時、箱庭の方から小さな羽音がした。


顔を上げると、フィリルが窓辺からこちらを見ている。


フィオナさんも気づいた。


帳面の中のお茶会を見る。


それから、本物の妖精を見る。


「……ねえ、ノア君」


少しだけ声が弾んだ。


「本物の妖精がお茶してるところ、見てみたくない?」

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