フィオナの空想帳
翌日の放課後、フィオナさんは大きな鞄を抱えて工房へやってきた。ばあちゃんに挨拶をすると、まず俺の箱庭へ向かい、そっと中を覗き込む。
「いる?」
「いますよ。窓のところに」
「ほんとだ。今日もかわいい……」
フィリルは窓枠に腰掛け、両足をぶらぶらさせていた。フィオナさんはしばらく嬉しそうに見ていたが、不意に「あ、そうだ」と振り返った。
「ノア君、見て見て!」
作業台へ鞄を置き、中から小さな木箱を取り出す。両手で持ち上げると、得意げに俺の前へ差し出した。
「じゃじゃーん!」
「……なんですか?」
「私の宝物!」
フィオナさんが蓋を開ける。中には、背中に小さな羽をつけた人形が何体も並んでいた。
「妖精の人形ですか」
「うん! この子がミーナ」
茶色い髪に黄色い服を着た人形が、手のひらに乗せられる。
「甘いものが大好きなの」
「そういう妖精なんですか?」
「違うよ。私が決めたの」
フィオナさんは楽しそうに笑った。
「こっちの子は朝が苦手。この子は外で遊ぶのが好きで、この子はみんなのお世話をするの」
「……みんな違うんですね」
「そうなの!」
人形をよく見ると、服も靴も持っている小物も少しずつ違う。俺が一体を指差した。
「この子だけ、靴が丈夫そうですね」
「分かる!? この子、森の奥まで勝手に行っちゃうの!」
ぐっと距離を詰められ、少しだけ身体が固まる。フィオナさんはそんなことには気づかず、人形を一体ずつ並べながら楽しそうに話し続けた。
やがて俺は、まだ鞄の中に何か入っていることに気づいた。
「……まだあります?」
「え?」
フィオナさんの手が止まる。
さっきまでとは違って、鞄の口を少し閉じた。
「あるけど……」
「見せてくれないんですか?」
「…………見たい?」
「はい」
フィオナさんは俺の顔をじっと見る。
それから、小さく息を吐いた。
「これね、誰にも見せたことないんだけど」
「そうなんですか?」
「うん。人形はみんな知ってるよ? お父様もお母様も、侍女たちも。私が妖精好きなのも、全然隠してないし」
そこで一度言葉を切り、少しだけ頬を赤くする。
「でも、これは……私の頭の中みたいなものだから」
鞄から、分厚い帳面が出てきた。表紙は擦れ、紙の端も丸くなっている。
「笑わない?」
「笑いませんよ」
「本当に?」
「はい」
しばらく迷ってから、フィオナさんが帳面を抱え直す。
「……じゃあ、ノア君だけね」
最初のページには、大きな木の根元に並ぶ小さな家が描かれていた。花の屋根、丸い窓、小さな扉。その横には、幼い字で『ここから月がみえる』と書いてある。
「これ、フィオナさんが?」
「七歳くらいの時」
次のページには、雨の日に妖精たちが集まる部屋。その次には木の実を並べた店があり、さらにめくると、花の間に小さな橋が架かっていた。
どのページにも妖精がいる。
窓辺で本を読んでいる妖精。ベッドで眠っている妖精。喧嘩して別々の椅子に座っている妖精。
「ずっと描いてたんですか?」
「うん。思いつくたびに」
フィオナさんが少し恥ずかしそうに笑う。
「人形だけはあったんだけど、この子たちが暮らす場所はなかったから。家とか、庭とか、村とか……ずっとこういうの想像してたの」
俺はもう一度、帳面を見る。
「……素敵ですね」
フィオナさんが俺を見る。
「ほんとに?」
「はい。俺、こういうの好きです」
一瞬、フィオナさんが黙った。
そのあと、顔がぱっと明るくなる。
「……でしょ!? じゃあ、ここも見て!」
さっきまでの照れはどこかへ消えた。楽しそうにページをめくるフィオナさんの横で、俺も一緒に帳面を覗き込む。
「これは雨の日の家。こっちの窓から雨を見るの」
「いいですね」
「こっちは夜の部屋。月が見えるところにベッドがあるの」
「それも素敵です」
ページをめくるたび、フィオナさんの頭の中にあった世界が広がっていく。
やがて、一枚の絵で手が止まった。
大きな木の下に丸いテーブルがあり、その周りには形の違う椅子がいくつも並んでいる。小さな妖精たちは、花のようなカップを手にしていた。
上には、子供の字で大きく書かれている。
『おちゃかい』
「あ、それ!」
フィオナさんが俺のすぐ横から覗き込んだ。
「私、これが一番好きなの」
その時、箱庭の方から小さな羽音がした。
顔を上げると、フィリルが窓辺からこちらを見ている。
フィオナさんも気づいた。
帳面の中のお茶会を見る。
それから、本物の妖精を見る。
「……ねえ、ノア君」
少しだけ声が弾んだ。
「本物の妖精がお茶してるところ、見てみたくない?」




