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ノアの箱庭 ~妖精好きの侯爵令嬢と、小さな世界を作っています~  作者: あゆと
第一章 妖精が選んだ箱庭

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妖精の踏み台

翌日の放課後、フィオナさんはまた工房へやってきた。ばあちゃんにきちんと挨拶をしてから、すぐに声を落として俺の隣へ来る。

「今日もいます?」

「はい。朝からずっといますよ」

「よかった……」

箱庭を覗いたフィオナさんの顔が、ぱっとほころんだ。


フィリルは庭にいた。自分の頭ほどもある赤い木の実を両手で抱え、よろよろしながら家へ向かっている。

「何か持ってますね」

「木の実かな。頑張ってる……」

フィオナさんは両手を胸の前で握り、俺と並んでその様子を見守った。


ようやく家へ入ったフィリルは、部屋の奥にある棚の前で止まった。木の実を抱えたまま棚を見上げ、ぐっと背伸びをする。それでも届かず、今度は四枚の羽をぱたぱたさせたけれど、少し浮いたところですぐに床へ戻ってしまった。


もう一度、棚を見る。木の実を見る。それからまた棚を見上げたフィリルは、その場にぺたんと座り込んだ。羽まで少し下がっている。

「……困ってますね」

「うん。かわいい……じゃなくて、たぶん、あそこに置きたいんだと思う」

「棚にですか?」

「フィリルって、拾った木の実とか気に入ったものを、少し高いところにしまうことがあるの。地面にはあまり置かないんだって」


俺はフィリルの背丈と棚の高さを見比べた。棚の下段までなら、それほど高くない。

「……二段あれば届きそうです」

「二段?」

「少し待っててください」


端材を何本か取り出し、フィリルの足に合わせて小さな踏み台を組んでいく。形ができてから角へやすりをかけていると、横から見ていたフィオナさんが気づいた。

「角まで丸くするんだ」

「転んだ時に危ないですから」

「……そっか」

顔を上げると、フィオナさんが少しだけ笑っていた。なんだか気恥ずかしくなって、俺はまた手元へ目を戻した。


完成した踏み台を棚の前へ置き、俺たちは少し離れた。フィリルはすぐに気づき、木の実を床へ置いて近づいてくる。小さな手でちょんと触ったあと、横へ回って両手で押し、今度は反対側からも押してみた。


隣でフィオナさんの肩が小さく震えている。

「……笑ったら逃げますよ」

「分かってる……」

俺も危なかった。


しばらく踏み台の周りをうろうろしていたフィリルが、一段目へ片足を乗せた。

「あ」

俺とフィオナさんの声が重なり、フィリルがこちらを見る。二人で慌てて黙ると、フィリルは少しだけ俺たちを眺めてから、もう片方の足も乗せた。


一段、もう一段。棚へ手が届くと、フィリルは一度床へ戻り、今度は木の実を両手で抱え直した。

「頑張って……」

フィオナさんが小さく呟く。


よろよろしながら一段目へ上がり、さらに二段目へ。最後に身体をいっぱいまで伸ばして、ようやく木の実を棚へ置いた。


四枚の羽が、ぱたぱたぱたっと大きく揺れた。


「使った……!」


フィオナさんが俺を振り返った。目を輝かせて、今にも飛び跳ねそうなくらい嬉しそうに笑っている。俺だって嬉しいはずなのに、気づけばフィリルより先に、その顔を見ていた。


慌てて箱庭へ目を戻す。


フィリルは踏み台を降りると、棚に置いた木の実を満足そうに見上げていた。ところが、しばらくするとフィオナさんが小さく「あれ?」と声を漏らした。


「どうしました?」

「……ちょっと変かも」


さっきまでの笑顔が消えている。フィオナさんは踏み台とフィリルを交互に見た。

「フィリルって、住んでる場所に知らないものが増えると、かなり警戒するはずなの」

「そうなんですか?」

「うん。人が置いた物なんて、すぐには近づかないって本には書いてあった」


俺も踏み台を見る。ついさっき、目の前で作って置いたばかりのものだ。


けれどフィリルはもう一度踏み台へ登ると、棚の木の実を指先でちょんと触った。それから何の警戒もなく、また降りてくる。


フィオナさんが考え込むように箱庭を覗いた。

「昨日もそうだったよね。椅子も、カップも、窓も……全部ノア君が作ったものなのに、普通に使ってた」


「でも、それは最初からここにあったからじゃ……」

「じゃあ、これは?」


フィオナさんが踏み台を指さした。


返事ができなかった。


フィリルは踏み台の横へ座り、満足そうに羽を揺らしている。フィオナさんはそんな姿をしばらく見てから、俺へ顔を向けた。


「ノア君が作ったものだから、平気なのかな」


思わずフィオナさんを見る。


「……どういう意味ですか?」

「分からない。まだ分からないんだけど」


フィオナさんはもう一度、俺の箱庭へ目を戻した。


「でも、この子がここにいる理由……箱庭そのものにあるのかもしれない」


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