妖精の踏み台
翌日の放課後、フィオナさんはまた工房へやってきた。ばあちゃんにきちんと挨拶をしてから、すぐに声を落として俺の隣へ来る。
「今日もいます?」
「はい。朝からずっといますよ」
「よかった……」
箱庭を覗いたフィオナさんの顔が、ぱっとほころんだ。
フィリルは庭にいた。自分の頭ほどもある赤い木の実を両手で抱え、よろよろしながら家へ向かっている。
「何か持ってますね」
「木の実かな。頑張ってる……」
フィオナさんは両手を胸の前で握り、俺と並んでその様子を見守った。
ようやく家へ入ったフィリルは、部屋の奥にある棚の前で止まった。木の実を抱えたまま棚を見上げ、ぐっと背伸びをする。それでも届かず、今度は四枚の羽をぱたぱたさせたけれど、少し浮いたところですぐに床へ戻ってしまった。
もう一度、棚を見る。木の実を見る。それからまた棚を見上げたフィリルは、その場にぺたんと座り込んだ。羽まで少し下がっている。
「……困ってますね」
「うん。かわいい……じゃなくて、たぶん、あそこに置きたいんだと思う」
「棚にですか?」
「フィリルって、拾った木の実とか気に入ったものを、少し高いところにしまうことがあるの。地面にはあまり置かないんだって」
俺はフィリルの背丈と棚の高さを見比べた。棚の下段までなら、それほど高くない。
「……二段あれば届きそうです」
「二段?」
「少し待っててください」
端材を何本か取り出し、フィリルの足に合わせて小さな踏み台を組んでいく。形ができてから角へやすりをかけていると、横から見ていたフィオナさんが気づいた。
「角まで丸くするんだ」
「転んだ時に危ないですから」
「……そっか」
顔を上げると、フィオナさんが少しだけ笑っていた。なんだか気恥ずかしくなって、俺はまた手元へ目を戻した。
完成した踏み台を棚の前へ置き、俺たちは少し離れた。フィリルはすぐに気づき、木の実を床へ置いて近づいてくる。小さな手でちょんと触ったあと、横へ回って両手で押し、今度は反対側からも押してみた。
隣でフィオナさんの肩が小さく震えている。
「……笑ったら逃げますよ」
「分かってる……」
俺も危なかった。
しばらく踏み台の周りをうろうろしていたフィリルが、一段目へ片足を乗せた。
「あ」
俺とフィオナさんの声が重なり、フィリルがこちらを見る。二人で慌てて黙ると、フィリルは少しだけ俺たちを眺めてから、もう片方の足も乗せた。
一段、もう一段。棚へ手が届くと、フィリルは一度床へ戻り、今度は木の実を両手で抱え直した。
「頑張って……」
フィオナさんが小さく呟く。
よろよろしながら一段目へ上がり、さらに二段目へ。最後に身体をいっぱいまで伸ばして、ようやく木の実を棚へ置いた。
四枚の羽が、ぱたぱたぱたっと大きく揺れた。
「使った……!」
フィオナさんが俺を振り返った。目を輝かせて、今にも飛び跳ねそうなくらい嬉しそうに笑っている。俺だって嬉しいはずなのに、気づけばフィリルより先に、その顔を見ていた。
慌てて箱庭へ目を戻す。
フィリルは踏み台を降りると、棚に置いた木の実を満足そうに見上げていた。ところが、しばらくするとフィオナさんが小さく「あれ?」と声を漏らした。
「どうしました?」
「……ちょっと変かも」
さっきまでの笑顔が消えている。フィオナさんは踏み台とフィリルを交互に見た。
「フィリルって、住んでる場所に知らないものが増えると、かなり警戒するはずなの」
「そうなんですか?」
「うん。人が置いた物なんて、すぐには近づかないって本には書いてあった」
俺も踏み台を見る。ついさっき、目の前で作って置いたばかりのものだ。
けれどフィリルはもう一度踏み台へ登ると、棚の木の実を指先でちょんと触った。それから何の警戒もなく、また降りてくる。
フィオナさんが考え込むように箱庭を覗いた。
「昨日もそうだったよね。椅子も、カップも、窓も……全部ノア君が作ったものなのに、普通に使ってた」
「でも、それは最初からここにあったからじゃ……」
「じゃあ、これは?」
フィオナさんが踏み台を指さした。
返事ができなかった。
フィリルは踏み台の横へ座り、満足そうに羽を揺らしている。フィオナさんはそんな姿をしばらく見てから、俺へ顔を向けた。
「ノア君が作ったものだから、平気なのかな」
思わずフィオナさんを見る。
「……どういう意味ですか?」
「分からない。まだ分からないんだけど」
フィオナさんはもう一度、俺の箱庭へ目を戻した。
「でも、この子がここにいる理由……箱庭そのものにあるのかもしれない」




