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ノアの箱庭 ~妖精好きの侯爵令嬢と、小さな世界を作っています~  作者: あゆと
第二章 妖精のお茶会

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間に合わない

翌朝になった。フィオナさんが工房へ来るまで、あと二日。


昨夜作った丸テーブルを、ティルがいつも使っている椅子の前へ置いてみる。少し離れたところから眺めていたティルは、やがてそろそろと近づき、天板を指先でちょんと触った。横から脚の下まで覗き込んでから椅子へ座ると、両手をテーブルに乗せてぺたぺたと叩く。


「……高さは大丈夫そうだな」


もちろん返事はない。それでも降りようとはせず、今度は天板の上を小さな手で撫でている。


「朝から何してるんだい?」


振り返ると、ばあちゃんが工房の入口に立っていた。


「昨日話してたお茶会のテーブル。ティルに合うか見てた」

「もう作ったのかい。ずいぶん早いねえ」

「……三日後に月灯花が咲くから」


ばあちゃんはテーブルの横に置かれた紙を見る。丸いテーブルや花のカップに混じって、フィオナさんが描いた大きな月灯花が残っていた。


「三日後までにって頼まれたのかい?」

「いや。そういうんじゃないよ」

「じゃあ、急がなくてもいいだろう?」

「……せっかくだから」


自分でも、あまり答えになっていないと思った。


ばあちゃんはしばらく俺を見ていたけれど、それ以上は聞かなかった。

「まあいいさ。まず顔を洗ってきな。眠そうな顔で学校へ行くつもりかい?」

「そんなに?」

「そんなにだよ」


慌てて顔を触ると、ばあちゃんが笑った。



放課後、廊下を歩いていると後ろから名前を呼ばれた。


「ノア君!」


親戚が来ると言っていた通り、フィオナさんはもう帰る支度を済ませている。小走りで俺のところまで来ると、真っ先にティルのことを聞いてきた。


「元気?」

「はい。今朝も赤い実を食べてました」

「いいなあ。私も見たかった」


本気で残念そうに口を尖らせてから、フィオナさんが俺の顔をじっと見る。


「……ノア君、眠い?」

「え?」

「ちょっと目、赤くない?」


思わず視線を逸らした。


「昨日、ばあちゃんの仕事を手伝ってて。少し遅くなっただけです」

「そっか。大変だね」


フィオナさんはそれ以上追及せず、すぐにいつもの顔へ戻った。


「あと二日かあ」

「二日?」

「ティルに会えるまで。長いよ」


フィオナさんにとっては、ただティルに会えない二日間だ。


「月灯花も今朝見たら、蕾がかなり膨らんでたの。三日後には持っていけると思う!」

「……楽しみですね」

「うん!」


笑って手を振り、そのまま帰っていく。


あと二日。


俺も鞄を持ち直し、工房へ急いだ。



工房へ戻ると、ばあちゃんの作業台に見覚えのある縮景が置かれていた。町を離れるベルク夫妻から頼まれている家で、本来なら来週までに仕上げればいいはずのものだ。


「ばあちゃん、これ……」

「ああ。出発が早まったんだってさ。明後日の朝には町を出るらしい」


寝室の家具と、台所の細かな道具がまだ残っている。ばあちゃん一人でも間に合わない量ではない。でも、それなら考えるまでもなかった。


「俺、寝室の方やるよ」

「お茶会は?」

「こっちが先だから」


依頼を受けて作っているものだ。俺が勝手に始めたお茶会より優先するのは当たり前だった。


それからはベルク夫妻の縮景だけを見る。寝室の棚を組み、二人分の小さな椅子を削り、台所に吊るす鍋の金具を作った。同じ流れの作業を続けているつもりなのに、作業台の端にあるお茶会の紙が何度も目に入る。


「ノア。そこ、幅が違うよ」

「え?」


手元を見ると、別の家具の寸法で板を切ろうとしていた。


「あ……ごめん」

「今日はそっちだけ見な」

「うん」


俺はお茶会の紙を裏返した。


依頼品の作業が一区切りついた頃には、窓の外は暗くなっていた。ばあちゃんが工房を出たあと、俺も道具を片づけかけたけれど、裏返した紙へ目がいく。


あと二日ある。


「……カップだけ」


一つだけ試して、それから寝ればいい。


薄い木を削り、花びらの形を残しながら小さな器を作る。ティルが両手で抱えても滑らないように少しくびれをつけ、割れない程度に厚みを残した。出来上がった頃には、もう日付が変わっていた。



翌朝。フィオナさんが来るのは、もう明日だった。


昨夜作った花のカップをティルの前へ置く。すぐに興味を示したティルが両手を添え、持ち上げようとした。


動かない。


もう一度力を入れる。小さな身体が前へ傾き、四枚の羽までぱたぱたと動く。それでもほんの少し浮いただけで、すぐに床へ戻ってしまった。


ティルは諦めずにもう一度持ち上げようとしたけれど、最後にはカップの前へぺたんと座り込んだ。羽までしゅんと下がっている。


「……重いのか」


割れないように厚く残しすぎた。


「ごめん。これは駄目だな」


カップを回収すると、ティルが名残惜しそうに目で追う。今分かってよかったと思う反面、明日までに作り直すものが一つ増えた。


学校へ行く時間まで二つ目を削り、そのまま工房を出た。



昼休み、フィオナさんが俺の席までやってきた。


「ノア君。明日だね!」

「……はい」

「月灯花、今朝ちょっと開きかけてたの。たぶん明日の夕方には一番きれいに咲くよ」


嬉しそうに話したあと、また俺の顔を見る。


「やっぱり眠そう」

「そうですか?」

「昨日も遅かった?」

「ばあちゃんの仕事が、ちょっと立て込んでて」


嘘ではない。


フィオナさんは少し心配そうに眉を寄せた。


「ちゃんと寝てね?」

「はい」

「ほんとに?」

「……はい」


返事が少し遅れたせいか、じっと見られた。


でも友達に呼ばれると、「じゃあまた明日!」と手を振って戻っていく。


明日。


その言葉だけが、ずっと頭に残った。



放課後もベルク夫妻の縮景にかかりきりになった。最後の確認で台所の香辛料入れが一つ足りないことに気づき、小さな瓶を三つ作る。夕食を挟み、ようやく箱へ収めたところで、ばあちゃんがほっと息を吐いた。


「これなら明日の朝、渡せるね」

「うん」


依頼品は終わった。でも、お茶会は終わっていない。


丸いテーブルと椅子はある。花のカップは失敗したまま。赤い実を置く皿も、月灯花の鉢とつなぐ庭も、まだ紙の上にしかない。明日の放課後にはフィオナさんが来る。


俺は椅子へ座り、二つ目のカップを削った。


今度はできるだけ軽くする。けれど花びらの縁を薄くしすぎて、仕上げの途中で小さな音がした。


ぱきっ。


花びらが一枚、作業台へ落ちる。


「……っ」


三つ目は底が小さすぎて、置くと傾いた。ティルは転がったカップを追いかけ、楽しそうに押している。


「それは遊ぶやつじゃないんだけどな……」


思わず少し笑った。でも時計を見ると、すぐに笑えなくなった。


四つ目の木片を手に取る。


「ノア」


顔を上げると、ばあちゃんが工房の入口に立っていた。作業台に並んだ失敗作を見て、小さく息を吐く。


「今日はもう置きな」

「……もう少しだけいい?」

「明日も学校だよ」

「分かってる」


ばあちゃんは俺の顔をじっと見た。


「眠い頭で削って、指まで削るんじゃないよ」

「うん」


工房の扉が閉じる。


明日の朝、ベルク夫妻へ縮景を渡す。そのあと学校へ行って、放課後にはフィオナさんが月灯花を持ってくる。


窓の外は、もう真っ暗だった。


それでも月灯花の下に置く庭は、まだ紙の上にしかない。


俺は四つ目のカップに、もう一度刃を当てた。

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