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ノアの箱庭 ~妖精好きの侯爵令嬢と、小さな世界を作っています~  作者: あゆと
第一章 妖精が選んだ箱庭

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妖精の羽粉

翌朝、目が覚めると、俺は着替えるより先に工房へ向かった。昨夜、箱庭の中で眠っていた妖精は気まぐれな生き物だ。朝になったら、もういなくなっていてもおかしくない。


そっと扉を開けて作業台へ近づく。小さな家の窓辺には、丸めた布の上で眠る薄緑色の姿があった。四枚の羽を畳み、小さな身体を丸くしている。

「……いた」


それだけで、少し肩の力が抜けた。


「朝から何してるんだい」

後ろからばあちゃんの声がして、慌てて振り返る。

「ばあちゃん、静かに」

「はいはい。まだいたのかい?」

「うん。昨日からずっとここみたい」


ばあちゃんも箱庭を覗き込み、目を細めた。

「ずいぶん気に入られたもんだねえ」


もっと見ていたかったけれど、今日は学園がある。着替えを済ませて鞄を持ち、出かける前にもう一度工房を覗くと、妖精は起きて窓辺に座っていた。


「俺がいない間、見ててもらっていい?」

「頼まれなくても、私はここで仕事してるよ」

「そうだけど……いなくなったら教えて」

「はいはい。ほら、遅刻するよ」

「お願いします」


窓辺の妖精をもう一度見てから、俺は工房を出た。



学園までは歩いて二十分ほどだ。昼はそこで授業を受け、終われば工房へ戻ってばあちゃんの仕事を手伝う。それがいつもの毎日だった。


貴族の子も、商家や職人の家の子も同じ学園へ通っている。俺は授業が終わればさっさと帰る方なので、同じ学年でもほとんど話したことのない相手は多い。


校門をくぐった、その時だった。


「ノア君!」


まさか自分が呼ばれたとは思わず、そのまま二歩ほど進んでから振り返った。金色の髪を揺らしながら、一人の女の子がこっちへ来る。


フィオナ・アルヴェインさん。侯爵家の令嬢で、同じ学年でもよく目立つ人だ。俺とはまともに話したことなんて、ほとんどない。


「……フィ、フィオナさん?」


なんで俺を。


そう思っているうちに、フィオナさんは目の前まで来た。

「ノア君、ちょっと動かないで」

「え? あ、はい」


言われるまま固まると、フィオナさんが俺の肩へ顔を寄せた。


近い。


どうしていいか分からず視線を泳がせていると、フィオナさんは俺の制服しか見ていなかった。


「やっぱり……」

「あの、何かついてますか?」


フィオナさんが指した肩を見る。埃みたいな細かな粒がいくつかついていて、朝の光を受けると淡い緑色にきらっと光った。


「これ、妖精の羽粉だよ」

「妖精の?」


思わずフィオナさんを見る。


「羽を動かした時に少しだけ落ちるの。知らなかったら、普通の埃だと思うかも」


そこまで言うと、フィオナさんが俺の顔をじっと見た。さっきまでとは目が違う。


「ノア君。妖精に会った?」

「え、えっと……」

「会ったの?」

「……はい」


ぱっと顔が輝いた。


「本当に!? どんな子? 大きさは? 羽は何枚? 色は?」

「ちょ、ちょっと待ってください」


急に質問が飛んできて、頭が追いつかない。

「手のひらくらいです。羽は四枚で、薄緑色の服を着てて……」

「四枚羽で、薄緑……」


フィオナさんは何かを考えるように呟いたが、すぐに顔を上げた。

「どこで会ったの?」

「家の工房です」

「まだいる?」

「今朝はいました」


フィオナさんが止まった。

「今朝?」

「はい。昨日から俺の箱庭にいて、夜もそこで寝てました」

「箱庭で寝たの!?」


近くを歩いていた生徒が何人か振り返る。フィオナさんは慌てて口元を押さえたけれど、目の輝きはまったく収まっていなかった。


「自分から入ったの?」

「たぶん。見つけた時には、もう椅子に座ってました」

「椅子に?」

「はい。あと、水も飲みました」

「水まで……!」


今度はちゃんと声を抑えたものの、フィオナさんは俺との距離をさらに詰めてきた。


近い。


俺が一歩下がると、フィオナさんも一歩来る。


「ノア君」

「は、はい」


フィオナさんは期待を隠す気もない顔で、まっすぐ俺を見上げた。


「そこ、つれてって!」


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