第九話 試作ページ
黒川正臣が祭礼の五日後に亡くなっていたことを知っても、午後五時過ぎに出る連絡船の時刻は変わらなかった。
私がノートパソコンを閉じた頃には、支所の窓から差し込んでいた夕方の光も、ほとんど消えかけていた。
室内の白い照明が目立つようになり、昼間には外の明るさに紛れていた机の傷や、壁紙のわずかな変色が、かえってはっきりと見える。
机の上に広げていた資料を順番に鞄へ収める。
別々の場所から集めた情報は、近くに置かれるだけでまるで一つの出来事に関する資料であるように見えた。
記事も、祭礼に関する資料も、島の現状も、サイトの構成案も。
しかし実際には、それらを結びつける記録はない。神社の帳面に死はなく、新聞記事に祭りはない。
私はパソコンの電源が完全に落ちたことを確認し、充電器を巻いて内側のポケットへ入れた。
会議室の扉を開けると、廊下の照明はすでに半分ほど消されていた。
窓口側から、椅子を引く音と、職員同士が帰宅前の挨拶を交わす声が聞こえる。
潮見さんは、自分の机で書類を整理していた。私が鞄を持って出てくると、すぐに立ち上がる。
「もう出られますか?」
「はい。民宿へ荷物を取りに戻って、そのまま港へ向かいます。」
「車を出します。もう時間もありませんし。」
「歩いても間に合いますよ。」
「間に合うかどうかではなく、荷物がありますから。」
そう言って、潮見さんは机の上に残していた書類を急いで一つにまとめた。私は断る理由を探したが、彼の手はすでに車の鍵を取っている。
「ありがとうございます。」
「忘れ物はありませんか?」
「多分、大丈夫です。」
「多分、ですか。」
「確認しました。」
潮見さんは、少しだけ笑った。支所を出る。
外にはまだ明るさが残っていたが、山の側から影が伸び、駐車場の半分以上を覆っていた。昼間は白く見えた石垣も灰色に変わり、その上に生えた草だけが、斜めに差す光を受けて薄く輝いている。
車へ乗る前、私は一度だけ山を見上げた。
二の鳥居も神社も、ここからは見えない。木々の重なった斜面があるだけだった。
◇
民宿では、女将が玄関の内側へ私の旅行鞄を出してくれていた。
「もう帰るんかいね。」
「はい。お世話になりました。」
「祭りには、また来るんじゃろ?」
「その予定です。」
「今度は人が増えそうじゃな。」
女将は笑いながら言った。期待しているようにも、心配しているようにも見えた。
「まだ、どのくらい反応があるか分かりません。」
「浜谷さんは、いっぱい来る言うとったよ。」
「サイトも、まだ完成していませんから。」
「東京の人が作るんなら、立派なんができるんじゃろ。」
東京の人。
黒川正臣も、三十八年前には、そのように呼ばれていたのかもしれない。
私は宿泊費の精算を済ませ、領収書を受け取った。
女将は私が旅行鞄を持ち上げるのを見て、潮見さんへ眉を上げる。
「ちゃんと港まで連れて行ってあげるんよ。」
「そのために来ています。」
「落とさんようにね。」
「人を荷物みたいに言わないでください。」
二人のやり取りに、私は少し笑った。
黒川の記事と死亡記事を並べていた支所の会議室が、急に遠い場所のように感じられる。
旅行鞄を車の後部へ積み、民宿を離れる。港までは、数分だった。
◇
午後五時過ぎの港には、島を出る人と、本土から届いた荷物を受け取る人が数人集まっていた。
冷蔵品と書かれた発泡スチロールの箱。
新聞の束。
段ボールに入った日用品。
折り畳まれた台車。
島へ運び込まれるものと、島から出ていくものが、狭い桟橋の上ですれ違っている。
海は、昼間よりも色を薄くしていた。西側の空にはまだ陽が残り、波の表面を細い光が滑っている。
防波堤の向こうでは、連絡船が白い船体を小さく揺らしながら、港へ近づいてきていた。
潮見さんは、私の旅行鞄を船着場まで運んでくれた。
「構成案は、保存会の方にも改めて見てもらいます。」
「お願いします。今日の意見を反映して、試作ページを作成します。」
「禁忌については。」
「そのまま載せるかは、もう一度考えます。安全上必要な部分だけ、一般的な注意事項へ変える方法もありますから。」
「そうしてもらえると、助かります。」
「ただ、立入禁止区域や、祭礼中の声かけ禁止については、明記する必要があります。」
「それは分かっています。」
潮見さんは海の方を見た。
船が入港し、エンジンの音が大きくなる。作業員が係留用のロープを受け取り、桟橋へ固定する。
「何か、追加で分かったことはありましたか?」
潮見さんが尋ねた。私はすぐには答えなかった。
黒川正臣。
祭礼の五日後。
本土側の海岸。
溺死。
それを今、伝えるべきか考える。
しかし、新聞記事の完全な複写はまだない。雑誌の現物も確認できていない。祭礼と死の間に関連があった証拠もない。
「昭和六十三年について、確認したい資料が増えました。」
「神社の帳面の?」
「はい。ただ、まだ内容を確定できる段階ではありません。確認が取れたら、改めてお伝えします。」
「分かりました。」
潮見さんは、それ以上聞かなかった。乗船案内が始まる。
私は旅行鞄の持ち手を引き出した。
「いろいろありがとうございました。」
「こちらこそ。帰ったら、連絡をお願いします。」
「着いたら連絡します。」
「私にですか?」
「試作ページができたら。」
「ああ。」
一瞬、何かを誤解したらしい。潮見さんは小さく頷き、私の鞄から手を離した。
「気をつけて。」
「はい。」
私は桟橋を渡り、船へ乗った。
◇
甲板には出ず、船内の座席へ座った。単に疲れていたからだ。
冷房の効いた室内へ入り、旅行鞄を壁際へ置き、窓側の席へ身体を沈める。
自分では、そう考えた。
海を近くで見たくなかったわけではない。
黒川正臣が、どこから海へ入ったのか分からないという話を聞いたばかりだからでもない。
船内には、私のほかに数人の乗客がいた。
荷物を抱えた高齢の夫婦。
作業着を着た男性。
後方の座席では、小さな子どもが母親の膝へ頭を預け、すでに眠っている。
船が港を離れる。
エンジンの振動が床から足へ伝わり、窓の外の景色がゆっくり動き始めた。
桟橋。
支所へ続く道。
民宿の屋根。
加工場。
防波堤の赤い灯台。
一つずつ距離が離れ、小さくなっていく。
潮見さんは、まだ桟橋に立っていた。人の形が見えなくなるまで、こちらを向いている。
私は片手を上げたが、彼から見えたかは分からなかった。
港を出ると、船が大きく一度揺れた。窓の外へ、三影島の全体が見える。
集落は海沿いの狭い土地へ集まり、その背後を山が塞いでいる。
――海と山に閉ざされた小島。
黒川の記事にあった言葉を思い出す。
実際には、船がある。
港がある。
毎日、荷物も人も出入りしている。
それでも、離れていく船から見れば、島は確かに、海と山の間へ閉じ込められた場所のように見えた。
スマートフォンが震える。カナちゃんからだった。
> 船には乗りました?
私は返信する。
> 乗ったよ。
すぐに既読がついた。
> 一人ですか?
> 船にはほかの乗客もいる。
> そういう意味じゃありません。
> 大丈夫だよ。
少し間を置いて、
> 信用度十二パーセントです。
と返ってきた。
> 低すぎない?
> 過去の実績に基づく数値です。
> 何の実績。
> 先輩が大丈夫と言って大丈夫だった割合です。
> そんな統計取ってるの?
> 体感です。
私は画面を見ながら、少しだけ笑った。その後に続いた文章は、冗談ではなかった。
> 黒川正臣については、資料が揃うまで島へ問い合わせないでください。
> もう島を出たよ。
> 電話もあります。
> 分かってる。
> 本当に?
> 分かってます。
> 信用度が十一パーセントに下がりました。
私は返信欄へ、
> じゃあ上げる方法を教えて。
と入力しかけ、削除した。
代わりに、
> 今日はもう何もしないよ。
と送る。
> それなら、お土産を買う時間はありますね。
> そこ?
> 重要です。
港を離れてしばらくすると、集落は見えなくなった。防波堤も、屋根も、白い道路も、海と同じ色の中へ溶けていく。
最後まで見えていたのは山だった。
陽はまだ完全には沈んでいない。
夜ではない。
だから、見ても構わない。
私はそう考えながら、窓の外の山を見ていた。
木々の一つ一つは見えない。ただ、黒い輪郭だけが、夕方の空を切り取っている。
やがて、それも海の霞の向こうへ消えた。
◇
東京へ戻ると、島で見聞きしたものは、急に扱いやすくなった。
湿った山道は、画像ファイルになった。
奥本さんの声は、聞き取り記録の文章になった。
二の鳥居は、トップページ用の候補写真になった。
五つの禁忌は、掲載可否を判断する項目になった。
黒川正臣の死は、公開不可と記した内部メモになった。
島を離れて二日後の八月七日、私は会社の小会議室で、三影島観光特設サイトの試作ページを開いていた。
壁の一面がガラス張りになった部屋だった。
外では営業担当者が電話をし、デザイナーが大型モニターの前で画像を調整し、誰かが複合機へ用紙を補充している。
白い照明。
一定の温度に保たれた空気。
コーヒーメーカーの作動音。
島の民宿にあった古い畳の匂いも、支所の窓から見えた石垣も、ここにはない。
パソコンの画面上にだけ、三影島があった。
仮サーバーへ置かれたトップページ。
メイン画像。
見出し。
紹介文。
アクセス。
祭礼見学案内。
ページを上から順に確認する。トップページの見出しは、
> 海の向こうに、山の婚礼がある。
とした。
その下へ、
> 四国沖に浮かぶ小さな島、三影島。
> この島には、年に一度、山の神へ婿を迎える祭りが残されています。
と続ける。
当初の構成案に置いていた、
> この島では、一年に一度、山へ婿を送る。
という文章よりも、わずかに柔らかい。
送るという表現は、人間が一方的に男を差し出す印象を与える。
迎えるという表現なら、祭礼としての婚姻の意味が強くなる。
どちらが事実に近いのかは分からない。
しかし、観光サイトとしては後者の方が相応しいだろう。
私は文章を読み返し、次の頁へ進む。
山の女様。
白装束。
提灯。
旧参道。
一の鳥居。
二の鳥居。
祭礼当日の流れ。
最初の構成案にあった五つの禁忌は、公開ページから外した。
名を呼ばない。
夜に山を見ない。
婿役を止めない。
白いものを拾わない。
婿役が戻るまで、何も数えない。
確かに、そのまま禁忌という形で掲載すれば、読んだ人間が試す可能性がある。
潮見さんの懸念も、中川支所長の意見も理解できた。
代わりに可能な限り、見学時のお願いとして置き換えた。
> 祭礼進行中は、祭礼役および関係者への声かけをお控えください。
> 指定された見学区域から出ないでください。
> 立入禁止区域へは入らないでください。
> 神社内の供物、祭具には触れないでください。
> 夜間の単独行動はお控えください。
この程度なら伝承の禁忌ではない。いずれも、安全管理上必要な、一般的な見学時の注意だった。
しかし、元の言葉を知っている私には、それぞれが何に対応しているのか分かる。
声をかけない。
山へ入らない。
白いものへ触れない。
一つずつ、恐ろしさを取り除き、普通の文章に変えた。それでも、禁止されている行為そのものは残っている。
白布の写真については、役場と、保存会を代表する浜谷さんの双方から、使用してよいという返答が届いていた。
神社の倉庫で撮影した、折り畳まれた白い布。キャプションは短くする。
> 祭礼で神前に供えられる白布。
> 島では、山の神の衣とも伝えられています。
白きものを拾うな、とは書かない。山道に白い布が現れるとも書かない。
単なる祭具として紹介する。
それだけなら、問題はないはずだった。
◇
トップページのコピーは、決定までに十数案作った。
> 山は、今年も婿を待っている。
不採用。
> この島では、一年に一度、山へ婿を送る。
構成案には使用したが、公開版では見送る。
> 海の向こうで、山の婚礼が始まる。
悪くはない。
> 夜になれば、山は花婿を迎える。
断定が強すぎる。
> 読んだ人だけが、海の向こうの山へ近づく。
文章を入力したところで、私は手を止めた。
読んだ人だけが。何を読んだ人なのか分からない。
観光サイトを読むことで、物理的に山へ近づくわけでもない。
しかし、画面上では強く見えた。
記事を読む。
祭りを知る。
島へ行きたいと思う。
船へ乗る。
参道を上がる。
情報が、人を場所へ動かす。
意味としては間違っていない。
ただ、怪談の宣伝文句にあまりに近すぎた。
私は一文を削除した。
最終的に、
> 海の向こうに、山の婚礼がある。
を残した。
削除したコピー案は、制作アプリケーションの履歴に残る。通常、問題になることはない。
過去の案を確認するため、編集履歴を残すのは一般的な運用だった。
◇
午前十時を過ぎた頃、試作ページの確認を始めた。
パソコン表示。
スマートフォン表示。
画像の読み込み。
リンク。
ページ遷移。
代替テキスト。
問い合わせフォーム。
アクセス解析用のタグ。
検索エンジンへの登録を防ぐ設定。
一つずつチェックを入れていく。
◇
【試作ページ確認メモ】
確認日時:
八月七日 午前十時十五分。
確認環境:
社内パソコン。
スマートフォン。
主要ブラウザ三種。
確認項目:
・トップページ表示。
・画像読み込み。
・リンク遷移。
・スマートフォン表示。
・祭礼見学案内。
・問い合わせフォーム。
・アクセス解析タグ。
・検索除外設定。
・SNS共有時表示画像。
確認結果:
大きな不具合なし。
◇
試作ページは、一般公開前の確認用環境へ置いている。
検索エンジンには登録されない。正式なサイトからのリンクもない。
URLは、確認を依頼した関係者にしか知らせていない。
公開前のサイト確認としては、いつもの運用だった。
私は社内チャットへ確認用URLを貼り、営業担当者とデザイナー、チーム長へ連絡する。
続いて、潮見さんへメールを送った。
◇
【送信メール】
潮見様
お世話になっております。秋原です。
三影島観光特設サイトの試作ページを作成いたしました。
以下の確認用URLよりご覧いただけます。
※現時点では一般公開されておりません。
※URLの外部共有はお控えください。
特に、以下の項目についてご確認をお願いいたします。
・「山の女様」に関する説明。
・白布写真およびキャプションの掲載可否。
・祭礼見学時の注意事項。
・立入禁止区域の表記。
・藤尾様の写真使用範囲。
中川支所長ならびに保存会の皆様にも、必要に応じてご確認をお願いいたします。
どうぞよろしくお願いいたします。
◇
送信後、別の仕事へ移った。
飲料メーカーのキャンペーンページ。
観光協会のイベントバナー。
社内会議用の進行表。
三影島のサイトは、ブラウザのタブの一つとして開いたままになっていた。
島で見た山も、黒川正臣の死も、仕事の画面を切り替えれば見えなくなる。
午前十一時を過ぎた頃、潮見さんから返信が届いた。
◇
【受信メール】
秋原様
お世話になっております。
試作ページを確認しました。
全体として、丁寧にまとめていただいていると思います。
ただし、トップページの、
「読んだ者だけが、山へ近づく。」
という文言については、削除いただけますでしょうか。
誘導が強く、観光サイトの表現としては少々不適切に感じます。
白布写真については、保存会へ再確認いたします。
よろしくお願いいたします。
三影町役場
潮見
◇
私はメールを、最初から読み直した。
「読んだ者だけが、山へ近づく。」
そのような文章は、試作ページへ入れていない。
似た案は作った。しかし、削除した。
しかも、私が入力したのは、
> 読んだ人だけが、海の向こうの山へ近づく。
だった。
人ではなく、者。海の向こう、という部分もない。
私は試作ページのタブを開いた。トップページを確認する。
> 海の向こうに、山の婚礼がある。
その下には、島と祭礼の説明文。ほかに見出しはない。
ページ内検索へ、
「読んだ者」
と入力する。
該当なし。
「山へ近づく」
該当なし。
管理画面を開く。
本文データ。
見出し。
画像キャプション。
メタデータ。
どこにもない。HTMLのソースも念のため検索する。ない。
私は潮見さんへ返信した。
◇
【送信メール】
潮見様
ご確認ありがとうございます。
「読んだ者だけが、山へ近づく」という文言についてですが、現在の試作ページ上では確認できませんでした。
恐れ入りますが、該当部分のスクリーンショットをお送りいただくことは可能でしょうか。
こちらでも、表示環境を含めて確認いたします。
よろしくお願いいたします。
◇
返信は、五分ほどで届いた。画像が一枚添付されている。
潮見さんのスマートフォンで撮影されたスクリーンショットだった。
三影島のトップページ。二の鳥居ではなく、海上から撮影した島の遠景。
その上に、
> 海の向こうに、山の婚礼がある。
という白い見出し。
さらに、その下に、小さな文字で、
> 読んだ者だけが、山へ近づく。
と表示されていた。
おかしい。何度確認しても私の画面にはない。けれど確かに送られてきた潮見さんの画面には、表示されている。
ブラウザのキャッシュだろうか。もしかしたら、古いファイルが残っているのかもしれない。そう考えた。
しかし、古いファイルにも、その文言は存在しない。
やはり、削除したコピー案と似ているが、同じではない。
私は制作アプリケーションの編集履歴を開いた。
午前九時四十二分。
> 読んだ人だけが、海の向こうの山へ近づく。
午前九時四十四分。
削除。
履歴には、それだけが残っている。者という文字を使った記録はなかった。
◇
【表示確認メモ】
現在表示されている試作ページ画面:
該当文言なし。
潮見氏のスクリーンショット:
トップページのメインコピー下に、以下の文言あり。
「読んだ者だけが、山へ近づく。」
削除済みコピー案:
「読んだ人だけが、海の向こうの山へ近づく。」
差異:
・「人」が「者」へ変更。
・「海の向こうの」が削除。
・試作ページ本文、HTML、管理画面に該当文言なし。
◇
私はカナちゃんへメッセージを送った。
> 試作ページで表示差異が出た。
数秒後に返信が来る。
> 具体的に。
> 私の画面にはない文章が、潮見さんの画面には出てる。
> スクリーンショットを送ってください。
画像を送る。
> URLも。
> 確認用だから、外部共有禁止だよ。
> 仕事として見ます。
> 仕事?
> 請求対象です。
> いくら?
> お土産で相殺します。
私は確認用URLを送った。少しして、通話がかかってくる。
「見えますか?」
『試作ページ自体は見えます。問題の文言は出ていません。』
「だよね。」
『まず、普通の原因から潰します。』
「お願いします。」
『ブラウザキャッシュ。配信サーバー側のキャッシュ。管理画面のプレビュー差分。別URLを見ている。画像の取り違え。過去データの一時的な表示。』
「潮見さんのスクリーンショットに出ているURLは、同じだよ。」
『見た限りは同じです。ただ、アドレス欄の後半が切れているので、完全には確認できません。』
「本人に聞く?」
『その前に、アクセスログを見てください。今日、誰がどのページを開いたか。』
「分かった。」
私は仮サーバーの管理画面を開いた。アクセス記録をダウンロードする。
社内のIPアドレス。
三影町役場からのアクセス。
スマートフォン回線。
画像ファイルへの読み込み。
関係者が開いたと考えれば、ほとんど説明できる。しかし、一覧の下部に、一件だけ見覚えのない記録があった。
◇
【アクセスログ抜粋】
八月七日 十時十七分。
社内ネットワーク。
/top.html
表示成功。
八月七日 十時二十二分。
社内ネットワーク。
/about.html
表示成功。
八月七日 十時四十八分。
三影町役場ネットワーク。
/top.html
表示成功。
八月七日 十時五十一分。
三影町役場ネットワーク。
/festival.html
表示成功。
八月七日 十一時十三分。
未登録IPアドレス。
/draft/s63.html
表示成功。
◇
私は最後の行を見た。
「カナちゃん。」
『あります?』
「知らないアクセスが一件。」
『どのページですか?』
「昭和六十三年の作業用ページ。」
通話の向こうが静かになった。
『公開ページからリンクしていますか?』
「してない。」
『メールでURLを送りました?』
「送ってない。」
『ファイル名は?』
「draftの中の、s63.html。」
『推測できない名前では、ありませんね。』
「そうだね。」
『検索エンジンの巡回は?』
「除外設定はしてある。仮サーバー自体にも簡単な制限をかけてる。」
『そのページには何を書きました?』
私は管理画面から、該当ページを開いた。
公開用ではない。資料を整理するために作った、文字だけの簡単な下書きだった。
◇
【昭和六十三年関係資料/作業用】
用途:
社内作業用。
リンク設定:
なし。
検索登録:
除外。
本文:
黒川正臣。
昭和六十二年、地方紀行誌へ三影島・山神婚礼祭の記事を執筆。
昭和六十三年、婿役として祭礼へ参加。
祭礼、二の下にて止む。
直会、行わず。
白布、二の下。
拾わず。
昭和六十三年八月二十一日、本土側海岸で遺体発見。
死因、溺死。
祭礼との関連は不明。
出典確認中。
公開掲載不可。
◇
「黒川正臣の名前と、祭礼中断、死亡記事のこと。」
『その情報は、構成案に全部入っていますか?』
「死亡記事は入れてない。」
『このページを見た人がいるなら、黒川さんの死、まで知ったことになります。』
「……人とは限らないよね。」
『はい。自動巡回や、セキュリティー確認用のアクセスかもしれません。ログの接続元だけで人間とは断定できません。』
「URLを偶然開いたとか?」
『可能性はゼロではありません。』
「じゃあ、そこまで変じゃない?」
『変ではあります。説明できる可能性があることと、問題がないことは別です。』
カナちゃんの声が少し硬くなる。
『公開に必要のないファイルは、今すぐ仮サーバーから消してください。』
「どこにもリンクは付けてないよ?」
『リンクしていないから誰にも見られない、とは限りません。』
私は画面上の黒川正臣という名前を見た。神社の帳面から、私のスマートフォンへ移った名前。
そして、カナちゃんの端末へ渡り、何度も検索され、会社のクラウドへ置かれて、今は仮サーバー上の一頁になっている。
公開はしていない。しかし、誰かが開いた。
「接続元は分かる?」
『ログを送ってください。調べます。ただ、携帯回線やVPNなら、正確な場所までは分からないと思います。』
「役場ではない?」
『通常の役場回線とは違います。社内でもないです。』
「浜谷さん?」
『個人の端末なら分かりません。今の段階では、誰のものとも言えません。』
私は下書きページを閉じた。
「潮見さんの画面に出た文章と、関係あるかな。」
『分かりません。別の問題として考えた方がいいです。最初から一つの原因へまとめると、見落とします。』
「分かった。」
『ページを消してください。』
「今やる。」
『消した後、キャッシュも削除してください。』
「了解。」
『本当に?』
「今、管理画面を開いてる。」
『なら信用度は二十パーセントに上げます。』
「まだ低いね。」
◇
通話を終えた直後、潮見さんから電話がかかってきた。
「秋原さん、今、大丈夫ですか?」
「はい。表示の件ですよね。」
「再読み込みしたら、消えました。」
「問題の文章が?」
「はい。今は、そちらから送ってもらった画面と同じです。」
「ブラウザ側に古いデータが残っていたのかもしれません。こちらでも確認を続けます。」
「分かりました。」
潮見さんの声には、まだ何か残っているように聞こえた。
「ほかに何かありましたか?」
「昭和六十三年のことなんですが。」
私は無意識に、管理画面の下書きページを見た。
「はい。」
「公開される予定はありますか?」
「いいえ。現時点で公開する予定はありません。」
「そうですか。」
「どうしてですか?」
「浜谷さんから、昭和六十三年のことを別頁へまとめているのか、と聞かれたので。」
私は返事をしなかった。
「聞き取りの際に何かお話しましたかね?」
潮見さんが続ける。
「……いえ、特段六十三年のことについて、お伺いした覚えはないですね。」
「そうでしたよね。」
「浜谷さんは、ページがあると言ったんですか?」
「ページを作っとるんじゃろう、と。そういう言い方でした。」
「URLを見たとは?」
「そこまでは聞いていません。」
過去に記者の取材が入ったことはないか、祭礼にまつわる事故はなかったか、確かに私は聞き取りの際に何度も確認した。
仮に浜谷さんが、過去の黒川さんの死について何か知っているなら、私がそれを元に別頁を作る可能性を考えるのも、確かに不自然ではない。
「昭和六十三年関係は、確認が取れるまで公開しません。」
「お願いします。保存会でも、昔の件を観光に使うことには反対が出ると思います。」
「承知しています。」
「それと、さっきの文章。」
「読んだ者だけが、という文章ですか?」
「はい。一度消えても、少し気になります。」
「申し訳ありません、原因については再度確認いたします。」
「お願いします。」
電話が切れる。私はしばらく、スマートフォンを机の上へ置けなかった。
潮見さんの画面にだけ現れた文章。リンクしていない下書きページへのアクセス。そして、その存在を知っているような浜谷さんの言葉。
たしかに、すべて人の行動として説明できる。
潮見さんのブラウザへ古いデータが残った。誰かがURLを推測した。浜谷さんが、私がその事故の情報を公開するのではないかと推測した。
ただ、偶然が三つ続いただけかもしれない。
私は管理画面へ戻った。
昭和六十三年関係資料。
削除を選ぶ。確認画面が表示される。
> このページを削除しますか。
> 削除したデータは復元できない場合があります。
実際には、会社側のバックアップがある。元資料も、私のパソコンとクラウドに残っている。
このページを削除しても、黒川正臣に関する情報そのものが消えるわけではない。
しかし、少なくともこれで、同じURLを直接入力して頁を閲覧されることはなくなるはずだった。
削除を実行する。ページが一覧から消えた。
仮サーバー側のキャッシュも削除する。
ブラウザへ、先ほどのURLを直接入力した。
◇
> 404 Not Found.
>
> 指定されたページは存在しません。
◇
白い画面の中央に、そこには何もないことを示す数字だけが表示されている。
黒川正臣という名前も、祭礼が二の鳥居で止まったことも、直会が行われなかったことも、白布が拾われなかったことも、五日後に遺体が発見されたことも、その頁からはすべて消えていた。
けれど、アクセスログには、一度だけ、その頁が開かれた記録が残っていた。
誰が読んだのかは、分からなかった。




