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第七話 構成案

 翌朝、目を覚ますと、枕元に置いていたスマートフォンの画面へ、カナちゃんからの通知が七件並んでいた。


 最初のメッセージが届いたのは、午前二時十三分。


> 雑誌の正式名称を確認しました。

> 昭和六十二年秋号です。


 次が、午前三時二分。


> 所蔵館の登録情報では、瀬戸内周辺の島嶼文化と祭礼を扱った特集号になっています。

> ただし、三影島の名前は書誌情報には出ていません。


 午前三時四十七分。


> 過去に古書店へ出品された記録がありました。

> 商品画像は削除されていますが、説明文の一部が検索結果に残っています。


 午前四時十一分。


> 黒川正臣は、執筆者または取材者である可能性が高いです。

> まだ同一人物とは断定できません。


 午前四時五十八分。


> 雑誌の現物について、複写の申請方法を確認します。


 最後から二番目は、午前五時三十六分だった。


> 昭和六十三年にも同じ雑誌の続号があります。

> 詳細は、もう少し確認してから連絡します。


 そして、午前五時四十分。


> 少し寝ます。

> 午前中は電話に出ないと思います。


 私は布団の上へ身体を起こし、時刻を確認した。午前七時十二分。


 少し寝ると連絡が来てから、まだ二時間も経っていない。

 昨夜、今日の仕事に響かない程度にするよう何度も言った。カナちゃんも、今日は雑誌の現物へ到達する経路を確認するだけだと答えたはずだった。


 おそらく、本人の中では、それだけしかしていないことになっている。


 検索結果から雑誌名を特定し、所蔵館を調べ、過去の古書店在庫を追い、翌年の続号まで見つけることは、一つの経路を確認しただけなのだろう。


 私は返信欄を開いた。


> ありがとう。

> 今日はもういいから、休んで。


 送信しても、既読はつかなかった。眠っているらしい。


 窓のカーテンを開ける。


 昨夜、島を覆っていた雲は海の方へ流れ、東の空には薄い青が戻っていた。

 防波堤の内側では小さな漁船が一隻、岸へ船体を寄せている。船上に立つ人影が、濡れた籠のようなものを陸へ渡し、岸で待っていた別の人が受け取っていた。


 その奥には、朝の光を受けた海がある。昨夜の暗さが嘘のように、穏やかで明るい。

 右手へ目を向けると、家々の屋根の間から山の斜面が見えた。陽が差しているにもかかわらず、木々の重なった部分だけは黒く、山の形を切り抜いたような影が残っている。


 ――黒川正臣という名前は、昨日何度検索されたのだろう。


 そう考えかけて、私はカーテンを閉じた。


 顔を洗い、身支度を整え、階下の食堂へ向かう。


 今日は、構成案を作らなければならない。


 昨日までに聞いたことを、誰かに伝わる形へ整える。それが、私の仕事だ。


     ◇


 三影町役場三影島支所へ着いたのは、午前八時半を少し過ぎた頃だった。


 正面の自動扉はすでに開いており、窓口の前には、買い物袋を提げた高齢の女性が一人立っていた。職員へ何かの申請書を渡しながら、船の欠航と、診療所の医師が来る曜日について話している。

 奥では電話が鳴り、別の職員が受話器を取る。コピー機が低く唸り、印刷された紙を吐き出す。


 壁の掲示板には、連絡船の時刻表、健康診断の日程、粗大ごみの回収日、農作業中の熱中症対策、台風接近時の避難場所が並んでいる。

 その中に、地域振興事業の実績目標を示す一枚の表があり、観光交流人口、移住相談件数、空き家活用件数という項目の横へ、今年度の目標値が太い数字で印刷されていた。


「おはようございます。」


 潮見さんが、資料の束を抱えて奥から出てくる。


「おはようございます。今日は、こちらで構成案をまとめてもよいでしょうか?」


「小会議室を押さえています。今日の夕方便で帰られるんですよね?午後から可能であれば中川支所長と確認させていただく予定ですが、間に合いそうですか?」


「第一稿であれば。細かな文章やデザインは、東京へ戻ってから調整します。」


「必要な資料があれば言ってください。」


「島の人口推移と、船の利用者数、それから宿泊者数の資料をお願いできますか。サイトの成果指標を考える際に必要です。」


「分かりました。」


 潮見さんは頷き、私を廊下の奥にある小会議室へ案内した。


 部屋には、向かい合わせに置かれた長机と、その周りに灰色の事務椅子が八脚並んでいた。壁には白いスクリーンが下がり、その横には、使われていない空白の予定表が掛けられている。窓から見えるのは支所裏の駐車場と、その向こうに続く石垣だった。


 私は窓際の席へノートパソコンを置き、電源を入れる。ふっと白い画面が立ち上がる。

 セキュリティーキーを入れて、会社のクラウドに接続する。回線は弱いが何とか繋がった。

 専用のアプリケーションを起動し、新しいファイルを作成する。


 ファイル名は、

 『三影島観光特設サイト構成案_第一稿。』


 白い画面の上部へ、事業名と作成日を入力する。次に、昨日までの聞き取り記録、撮影写真、役場から渡された基礎資料を、同じ画面上へ開いていった。


 島の人口。

 世帯数。

 船便。

 民宿。

 水産加工場。

 山神婚礼祭。

 山の女様。

 二つの鳥居。

 五つの禁忌。

 島外から来た婿役。

 途中で止まった祭礼。


 種類の違う情報が、別々の資料に散らばっている。


 人の話には、言い淀みや、言い直しや、意図的に避けられた部分がある。

 伝承の由来は一つに定まらず、同じ言葉でも、奥本さんと浜谷さんでは、意味がまったく異なっていた。


 それでも、サイトを作る以上、並べなければならない。


 何を最初に見せるか。

 何を次に読ませるか。

 どこで興味を持たせ、どの頁へ誘導するか。

 訪れようと思った人間が、どの情報を必要とするか。


 順序を決めるということは、情報の意味を決めることでもある。


 同じ事実でも、最初に海の写真を見せれば、静かな離島の話になる。漁港や加工場を見せれば、過疎と産業の話になる。


 山神婚礼祭を先に置けば、島そのものが、山へ婿を送る場所として理解される。


 私は撮影した写真を一覧表示にした。


 朝の港。

 集落の石垣。

 浜谷水産加工場。

 白い作業着を着た人々。

 三影神社の一の鳥居。

 参道。

 二の鳥居。

 拝殿。


 どの写真も、この島を説明している。

 しかし、トップページへ使用できる写真は一枚だけだ。


 港の写真は明るい。海の色も美しく、旅行先としての安心感がある。ただし、同じような写真は、ほかの離島にもある。

 加工場には人の生活があり、浜谷さんの言葉とも合うが、観光サイトを初めて開いた人間の指を止めるほど強くはない。


 二の鳥居の写真を開く。


 黒ずんだ木の鳥居と、その向こうで右へ曲がり、見えなくなる道。人の姿はない。

 それでも、空白の中央へ、誰かが立っている場面を自然に想像させる。


 白い装束。

 提灯。

 山へ向かう背中。


 私は写真をトップページの仮画像へ配置した。その上へ、見出しを入力する。


> 山は、今年も婿を待っている。


 文字を打ち終えてから、画面を見つめる。印象は強い。短く、覚えやすい。

 これなら、祭礼を知らない人間にも、何かが始まることを予感させる。


 しかし、山が実際に婿を待っているかどうかは、誰にも分からない。

 伝承を、事実のように断定しているようにも見える。


 私は一文を削除した。

 代わりに、


> この島では、一年に一度、山へ婿を送る。


 と入力する。


 これなら事実から外れていない。

 人が、婿役を山へ送る。山が望んでいるとは書いていない。


 呪いという言葉も、生贄という言葉も、奇祭という言葉も使わない。

 それでも、二の鳥居の写真と並べれば、十分に不穏に見える。


 補足文を続ける。


> 瀬戸内に浮かぶ三影島で、長く受け継がれてきた山神婚礼祭。白装束を身につけた婿役が、提灯の明かりだけを頼りに、夜の参道を上がる。


 長く受け継がれてきた。その表現が、どこまで正確なのかを考える。

 祭礼の原型は古い。しかし、現在の形式がいつ整ったのかは分からない。

 私は一度、「古くから受け継がれてきた」と書きかけ、削除した。

 年数が確認できないものを、安易に古来と呼ばない。


 事実以上に神秘化しない。恐ろしさを作るために、存在しない話を足さない。


 それでも、写真の選び方と、情報の順番だけで、同じ出来事はいくらでも違って見える。


 私の仕事は、嘘を書かずに、見せたいものを見せることだった。


     ◇


 トップページの下へ、サイト全体の構成を置いていく。


 一、三影島について。

 二、山神婚礼祭。

 三、山の女様。

 四、島に伝わる五つの禁忌。

 五、婿役インタビュー。

 六、祭礼見学案内。

 七、島の暮らしと食。

 八、アクセス。


 三影島について、の頁には、人口、歴史、漁業、船便、島の暮らしを入れる。


 祭りだけを切り離さない。

 浜谷さんが守ろうとしているものは、山神婚礼祭そのものではなく、その祭りを続けられる生活なのだ。


 加工場で魚を洗う人々。

 船へ荷物を積む人。

 神社へ上がる道を掃く人。

 商店で、島へ来た私に声をかけた女性。


 それらがすべて、祭りの背景にある。


 次に、山神婚礼祭の頁。


 祭礼の概要。

 婿役。

 白装束。

 提灯。

 一の鳥居。

 二の鳥居。

 神社。

 直会。


 祭礼の由来については、複数の伝承があると記す。特定の話を正しいものとして固定しない。


 山の女様の頁には、


> 「山の女様」は、神の本当の名を呼ばないための呼称と伝えられている。


 と仮に書いた。


 奥本さんは、呼ばんための名だと言った。

 浜谷さんは、本当の名を知らない外の人間には関係がないと言った。


 どちらも同じ呼称を使いながら、まったく違う考えを持っている。


 私は続けて、


> 水や山の恵みと結びついた存在とされるが、その由来や性質については島内でも複数の伝承がある。


 と入力した。


 欲しがる。

 山へ入ったものを返さない。

 鎮めるために婿を送る。


 そのような言葉は、まだ書かない。資料として確認できず、島民の間でも一致していない。


 内部メモへ、


> 奥本サヨ氏の伝承について、掲載可否を再確認。

 と残す。


 次に、五つの禁忌。


 最初は、


> 祭礼に関する注意事項。


 と見出しをつけた。


 安全案内としては、それが正しい。

 しかし、画面上へ置くと弱い。

 どこにでもある注意書きに見える。


 立入禁止。

 撮影禁止。

 足元注意。


 そうした行政上の案内と区別がつかない。


 私は見出しを書き換えた。


> 島に伝わる五つの禁忌。


 禁忌という言葉を入力しただけで、画面の意味が変わった。


 数字がある。

 五つ。

 数えられる。


 一項目ずつ、カード形式で見せることができる。


 短い文章と画像を組み合わせれば、スマートフォンの一画面にも収まる。


 保存しやすい。

 共有しやすい。


 一つずつ画像へ分ければ、短い投稿としてSNSにも掲載できる。


 私は、奥本さんの家で書き留めた言葉を確認する。


 名を呼ばぬこと。

 夜に山を見るな。

 婿を止めるな。

 白きものを拾うな。

 戻るまで数えるな。


 意味を変えない範囲で、現代の言葉へ整える。


> 山の中で、名を呼ばない。

> 夜に、山を見ない。

> 婿役の歩みを止めない。

> 白いものを拾わない。

> 婿役が戻るまで、何も数えない。


 並べてみると、どれも短く、覚えやすい。


 同時に、何をすれば禁忌を破れるのかも、誰にでも分かる。


 名前を呼ぶ。

 夜に山を見る。

 婿役を止める。

 白いものを拾う。

 戻るまでの時間や歩数を数える。


 奥本さんは、『書いたら、する者がおる』と言った。


 しかし、祭礼を見学する人間へ、してはいけないことを知らせないわけにはいかない。


 知らずに呼ぶ者がいるかもしれない。

 落ちている布を、親切心で拾う者がいるかもしれない。

 婿役へ声をかけ、立ち止まらせる者がいるかもしれない。


 禁止事項を明記しなければ、安全管理上の責任を果たしたことにはならない。


 私は各項目の下に、短い解説欄を設ける。ただし、意味を断定する文章は入れない。


> 島に伝わる祭礼上の注意事項です。現地では、祭礼関係者および係員の指示に従ってください。


 その下に、別枠で、


> あなたは、すべて守れますか。


 と入力する。


 画面を見た瞬間、反応の出やすい文章だと思った。問いかけになっている。

 読んだ人間を、傍観者から当事者へ変える。

 

 自分なら守れるか。一つくらい試してもよいのではないか。


 そう考えさせる。

 コメントもつく。

 共有もされる。


 短い動画の最後へ置けば、続きを見たくなる。


 しかし、少し考えて私はその一文を削除した。

 ここで無理に煽る必要はない。禁忌の内容だけで、十分に強い。そう判断した。


 削除した文字は画面から消えたが、一度考えた見せ方まで消えたわけではなかった。


     ◇


 アクセス頁へ、簡略化した島内地図を置く。


 本土側の港。

 連絡船。

 三影島の船着場。

 支所。

 商店。

 民宿。

 浜谷水産加工場。

 一の鳥居。

 二の鳥居。

 三影神社。


 地図上へ、丸い印が順番に並ぶ。船着場から神社までの道を、一本の線で結ぶ。


 徒歩と車の所要時間。

 駐車可能台数。

 一の鳥居から二の鳥居まで、徒歩約十五分。

 二の鳥居から境内まで、徒歩約十分。

 夜間立入禁止。

 祭礼当日の見学可能区域。

 二の鳥居から先は、祭礼関係者以外立入禁止。


 昨日まで、私自身も知らなかった場所だった。


 いまは、初めて島を訪れる人間でも、一枚の地図を見ればたどり着ける。どの船へ乗り、どこで降り、どの道を通り、どの鳥居で止まればよいかが分かる。


 奥本さんは、行く道を書くなと言った。

 場所を書くな。

 これからすることを書くな。


 私は、そのすべてを、迷わないための案内として整理している。


 それは間違いではない。

 場所を公開して人を呼ぶ以上、正確な経路を示すのは当然だった。情報を隠し、観光客が別の道から山へ入る方が危険である。

 それでも、地図上の一本の線を見ていると、昨日歩いた参道とは別のものに見えた。


 濡れた土も、木の根も、途中で暗くなる道もない。

 ただ、港から山へ向かって延びる、迷いのない一本の線がある。


 私は、二の鳥居より先の表示を薄い灰色へ変更し、立入禁止を示す斜線を重ねた。


 その先に、三影神社の名称は残した。

 神社を紹介する以上、位置そのものを消すことはできない。


     ◇


 昼前になると、潮見さんが資料を持ってきた。


「人口推移と、船便利用者数です。宿泊者数は、民宿から役場へ出された申告をまとめたものになります。」


「ありがとうございます。」


 資料には、十年前から現在までの数字が並んでいる。人口は、ほぼ毎年減っていた。


 転入者が一人いた年にも、死亡や転出がそれを上回り、全体の数は少しずつ小さくなっている。連絡船の利用者も同様だった。

 観光目的で島を訪れた人数は、正確には把握されていない。釣りや帰省、仕事での来島と区別できないためだ。


「今回の事業では、成果目標はどのように設定されていますか?」


「町全体の地域振興計画では、交流人口の増加と、島内消費額の増加です。ただ、三影島だけの数値目標は、まだ仮のものしかありません。」


「サイトの閲覧数や、祭礼当日の来島者数は必要ですよね。」


「補助事業の実績報告には必要になります。」


 私は構成案の末尾へ、成果指標の項目を追加した。


 サイト閲覧数。

 訪問者数。

 平均滞在時間。

 祭礼情報頁の閲覧数。

 SNSでの保存数。

 共有数。

 動画再生数。

 祭礼当日の来島者数。

 船便利用者数。

 民宿予約数。

 島内消費額。


 行政事業としては、どれも一般的な指標だった。


 人が何回、山の名を読むか。

 何人が二の鳥居の写真を見るか。

 禁忌を保存し、誰かへ送り、もう一度画面へ表示させるか。


 数字として測らなければ、事業の成果は説明できない。

 私は、公開後三か月の仮目標を入力する。


 サイト閲覧数、一万。

 SNS上の保存および共有、五百。

 祭礼当日の来島者、百名。


 入力した数字を見て、潮見さんが眉を寄せた。


「百名、ですか?」


「仮の目標です。多すぎますか?」


「港と参道の規模を考えると、かなり多いと思います。船も、通常便だけでは対応できません。」


「臨時便を検討する必要がありますね。」


「百人が二の鳥居まで入れば、山道で行き違うことも難しいです。」


「見学時間を分けるか、一の鳥居付近へ留める人数を増やす必要があります。」


 私は安全管理の項目へ、新たな検討事項を追加する。


 臨時便。

 時間帯別受付。

 入場人数制限。

 警備員。

 仮設照明。

 救護担当。

 雨天時中止基準。


 検討事項が増えるほど、企画は現実へ近づいていく。

 同時に、祭りは、島の中で自然に続いてきた行事から、百人の観客を受け入れるイベントへ変わっていく。


「百人も来ますかね。」


 潮見さんが言う。


「分かりません。ただ、来ないことを前提には設計できません。公開後に想定以上の反応が出る可能性もありますから。」


「想定以上。」


「祭りの性質上、短い動画やSNSで拡散される可能性があります。一度興味を持たれれば、サイトの目標値を超えることもあると思います。」


 潮見さんは、構成案の画面を見る。


 二の鳥居。


 その上に置かれた、


 『この島では、一年に一度、山へ婿を送る。』


 という文章。


「この写真なら、そうかもしれませんね。」


 褒めているようには聞こえなかった。


     ◇


 午後一時半から、小会議室で構成案の確認を行った。参加者は、中川支所長、潮見さん、私の三人だった。

 中川支所長は、印刷した構成案を最初から順に読み、トップページの案へ来たところで、写真と見出しをしばらく見比べた。


「印象は、かなり強いですね。」


「三影島のほかの観光資源との差別化を考えると、祭礼を入口にするのが最も効果的だと思います。ただし、その後は島の暮らしや産業へつなげます。」


「祭りだけを見せて終わらないのは、ありがたいです。」


 中川支所長は頁をめくる。


 山の女様。

 五つの禁忌。

 婿役インタビュー。

 見学案内。


「禁忌という言葉は、少し強すぎませんか?」


「注意事項という表現も検討しました。ただ、安全上の規則と、島に伝わる祭礼上の禁忌を区別する必要があります。注意事項として一緒に並べると、由来の異なる情報が混ざります。」


「しかし、禁忌と書けば、怖いものを期待して来る方も増えるでしょう。」


「その可能性はあります。」


「それを狙っている?」


「興味を持っていただくことは必要です。ただし、伝承以上の内容を加えるつもりはありません。呪いや祟りという言葉も使いません。」


 中川支所長は、もう一度五項目へ視線を戻した。


「潮見くんは、どう思う?」


 尋ねられた潮見さんは、すぐには答えなかった。印刷された構成案の一頁を、机の上へ置いたまま見つめている。


 白いものを拾わない。

 婿役が戻るまで、数えない。


 その二項目の間へ、視線が止まっているように見えた。


「これを、全部載せるんですか?」


「現時点では、掲載候補です。」


「奥本さんは、書かない方がいいと言っていました。」


「分かっています。」


「それでも?」


「見物客を入れるなら、禁止事項を明記しなければ、知らずに行う方が出ます。安全管理上、書かないという判断は難しいと思います。」


 潮見さんは、何か言いかけて口を閉じた。中川支所長も、構成案を見たまま黙っている。

 役場の立場で、禁止事項を知らせるなとは言えないはずだった。


「意味については、断定しません。」


 私は続ける。


「島に伝わる注意事項として紹介し、現地では係員の指示に従うよう記載します。見学者が試すことを促すような表現も使いません。」


「でも、書いたら、する人が出ると思います。」


 潮見さんが言った。奥本さんと、同じ言葉だった。


「書かなければ、知らずにする人が出ます。」


 私は答える。

 どちらも、間違っていない。


 知っていれば守る人もいる。知ったからこそ、破る人もいる。


 人が何をするかは、情報を渡した側だけでは決められない。


 中川支所長は、指先で紙の端を揃えた。


「掲載そのものは必要だと思います。ただ、表現は慎重にした方がいいでしょうな。宮司と保存会にも、原稿を確認してもらう必要があります。」


「はい。」


「奥本さんにも?」


 潮見さんが尋ねる。中川支所長は少し考えた。


「保存会の役員ではありませんが、祭礼について長く関わってきた方です。意見は伺った方がいいでしょう。ただし、最終的な判断は役場と保存会で行います。」


 その言葉が終わったところで、会議室の扉が二度軽く叩かれた。


「失礼します。」


 扉を開けたのは、浜谷さんだった。紺色の作業着を着ている。

 加工場からそのまま来たらしく、髪の生え際には汗が残り、室内へ入った瞬間、微かに魚と消毒液の匂いがした。


「中川さん、船便の件で来たんですが、今構成案を見とるって聞いたけえ。」


「ちょうど確認中です。浜谷さんにも、保存会として見ていただこうと思っていました。」


「それはありがたい。」


 浜谷さんは空いている椅子へ腰を下ろし、印刷された構成案を手に取った。説明する前に、表紙をめくり、トップページ案へ目を留める。


「これですよ。」


 写真の上へ太い指を置く。


「こういうのが要るんです。」


「印象が強すぎるという意見もあります。」


 中川支所長が言う。


「弱かったら、誰も見んでしょう。」


 浜谷さんは見出しを声に出して読む。


「この島では、一年に一度、山へ婿を送る。……ええじゃないですか。」


「事実の範囲を出ない表現にしています。」


「山が婿を待っとる、とかでもええと思いますが。」


「それは……確認できない内容になります。」


「確認。」


 浜谷さんは笑った。


「神さんが何を思っとるか、確認できる人なんかおらんでしょう。」


「だからこそ、断定はできません。」


「真面目ですなあ。」


 そう言いながらも、不満そうではなかった。頁をめくり、五つの禁忌へ進む。


「これもええ。やっぱり五つというのが覚えやすい。」


「禁忌という表現については、まだ検討中です。」


「禁忌でええでしょう。注意事項では、誰も読みませんわ。」


 浜谷さんは、私が午前中に考えたことと同じことを言った。


「破ったら山から帰れん、とか、もう少し書けませんか?」


「そのような伝承は、確認できていませんから……。」


「奥本さんなら、言いそうですがね。」


「……しかし、誰か一人の発言を島全体の伝承として掲載することは、やはり難しいと思います。」


「秋原さんは、固いですなあ。」


「……事実ではないことを書けば、恐らく後で島の方が困ります。」


 浜谷さんは私を見た後、短く頷いた。


「そうですか。まあ、そこは任せます。ただ、来てもらわんと始まらん。それだけは忘れんでください。」


「もちろん、承知しています。」


 浜谷さんは次に、アクセス頁を開いた。港から神社までを示す地図。


 一の鳥居。

 二の鳥居。

 立入禁止区域。


「分かりやすい。」


「二の鳥居から先まで、地図へ載せる必要があるでしょうか。」


 潮見さんが言う。


「神社そのものを紹介する以上、位置を隠す方が危険です。別の地図サービスでも、場所は確認できますし。」


 私は答えた。


「それでも、正確な経路まで載せれば、祭りの日でなくても入る人が出ます。」


「夜間立入禁止を明記し、二の鳥居から先の立入規制についても記載します。」


「昼間なら、入ってもいいんですか?」


 潮見さんの問いに、会議室が静かになった。


 現在の注意看板には、夜間立入禁止としか書かれていない。昼間の参拝を禁じる規則はない。

 私たちも昨日、昼間に神社まで上がっている。


「現時点では、祭礼期間外の参拝を禁止する根拠はないですね。」


 中川支所長が答えた。


「ただ、二の鳥居から先は足場も悪い。観光客が増えるなら、新しい注意看板や保険の検討も必要になるでしょうね。」


「なら、場所を載せて、注意も載せればええ。」


 浜谷さんが言う。


「知らん人が勝手な道から入る方が危ないでしょうが。」


 私と同じ理屈だった。潮見さんは、それ以上反論しなかった。


 私は次に、成果指標について説明した。


 サイト閲覧数。

 保存数。

 共有数。

 動画再生数。

 祭礼当日の来島者数。


 中川支所長は、行政の資料として使えるよう、集計方法と期間を確認する。

 浜谷さんは、来島者百名という仮目標を見て、少なすぎると言った。


「浜谷さん、堪忍してください。最初の年は、まず安全管理を優先する必要があります。」


 中川支所長がたしなめる。


「百人でさえ、船も民宿も容量を超えています。対応できません。」


 潮見さんが言う。


「いっぱいになったら、次を考えればええじゃろ。最初から小さく考えとったら、いつまで経っても何も変わらんよ。」


「来島者が増えても、島内で受け入れ、消費へつなげられなければ、事業目的は達成できません。」


 私は言った。


「サイト内で、民宿、商店、水産加工品、船便の案内へ導線を設けます。祭りだけを見て帰るのではなく、島の暮らしや産業へ興味を持っていただく構成にしましょう。」


「それです。」


 浜谷さんは強く頷いた。


「見に来た人間が、魚を食うて、何か買うて、島の名前を覚えて帰る。それが一番ええ。」


 中川支所長は、成果指標の表を見ながら、ペンで一箇所へ印をつけた。


「共有数というのは、どのように集計するんですか?」


「SNSの共有ボタンや、公開投稿から確認できる範囲になります。正確な全数ではありませんが、反応の傾向は把握できます。」


「保存数は?」


「後で見返すために、投稿を個人の一覧へ保存した人数です。」


「見ただけではなく、残した人の数ということですね。」


「はい。」


 中川支所長は、共有、保存という文字をもう一度見た。


「行政の仕事も、ずいぶん変わりましたね。」


「見てもらった回数だけでなく、誰かに渡された回数や、後でもう一度見ようと思われた回数も、今は成果になります。」


 私が答えると、潮見さんが顔を上げた。


「後でもう一度見るために、残しておく。」


「そうです。」


「それが多い方が、いいんですね。」


「事業上は。」


 潮見さんは、何も言わずに構成案へ目を戻した。


 山の女様という名前。

 二の鳥居。

 五つの禁忌。


 それを何人が見て、何人が残し、何人が別の人間へ渡したか。その数を増やすことが、この事業の成功になる。


 それから、婿役インタビューの項目へ進むと、浜谷さんは、


「俊介なら大丈夫です。」


 と当然のように言った。

 昨日聞いたものと、まったく同じ言葉だった。


「本人への個別確認は、まだ終わっていませんよ。」


 潮見さんが即座に答える。


「昨日撮影も顔出しも、大丈夫と言うとったでしょう。」


「浜谷さんが同席していましたから。」


「それはひどいわ、潮見さん。わしがおったら、本音が言えんということですか?」


「……そういう意味ではありません。ただ、本人の意思確認は必要です。」


「島の祭りで、婿役だけ映さんわけにはいかんでしょう。」


「同意が確認できるまでは、仮項目として扱います。」


 私は二人の間へ言葉を入れた。


「顔を出さない形でも、後ろ姿や手元だけで構成できます。まず藤尾さんご本人へ、掲載範囲を説明した上で選んでいただきましょう。」


「俊介は断りませんよ。」


 浜谷さんが言う。


「浜谷さん、ご協力はとても嬉しいです。しかし、断らないことと、同意することは決して同じではありません。」


 私が答えると、浜谷さんは少し驚いたようにこちらを見た。それから、困ったように笑う。


「東京の人は、難しいですな。」


「すみません。後で問題にならないようにするためです。」


「分かりました。好きに確認してください。」


 構成案の婿役インタビューの項目には、


> 撮影・掲載範囲について、本人へ個別確認中。


 という赤い文字を残した。画面の上では、それだけだった。


 藤尾さんがタオルを握ったことも、何度も大丈夫ですと答えたことも、音がした時に山を見たことも、構成案には現れない。


 一人の人間が、婿役インタビューという一つの項目へ変わり、確認中という短い注記を付けられている。

 それもまた、仕事に必要な整理だった。


     ◇


 会議が終わり、中川支所長と浜谷さんが部屋を出た後も、潮見さんは席に残っていた。

 私は指摘された箇所を修正しながら、構成案の頁を一つずつ閉じていく。


「秋原さん。」


「はい。」


「奥本さんは、やっぱり反対すると思います。」


「そうでしょうね。」


「また話を聞きに行きますか?」


「……すべての意見をそのまま反映できるわけではありません。」


「分かっています。」


 潮見さんは、印刷された五つの禁忌を見ている。


「書いたら、する人が出る。」


「はい。」


「でも、書かなければ、知らずにする人が出る。」


「そう考えています。」


「知らずにするのと、知っていてするのと。」


 そこで言葉が止まった。


「何ですか?」


「山にとって、両者には違いがあるんでしょうか。」


 私は手を止め、潮見さんを見る。

 彼自身も、口にしてからおかしなことを言ったと思ったらしい。視線を構成案から外し、机の端へ落とした。


「すみません。変なことを言いました。」


「……山にとって、ですか。」


「忘れてください。」


 奥本さんも、書いたらする者がいると言った。

 それは、人間の行動を恐れている言葉だと思っていた。


 しかし、潮見さんは、山の側に違いがあるのかと、先ほど確かに言った。


 知らずに名を呼ぶ。

 知った上で名を呼ぶ。

 知らずに白いものを拾う。

 禁じられていると知った上で拾う。


 行為そのものが同じなら、結果も同じなのか。あるいは、知っていることに意味があるのか。


「潮見さんは、祭りの禁忌を信じていますか?」


「分かりません。」


 いつもの答えだった。


「信じているわけではありません。ただ、小さい頃から、してはいけないと言われてきました。理由を聞いても、そう決まっているから、としか言われなかった。」


「婿役をした時も?」


 潮見さんは少し黙った。


「はい。」


「その時、何かあったんですか?」


「何もありませんでした。」


 答えは早かった。


「決められた通りに上って、決められた通りに戻りました。それだけです。」


「怖くは?」


「暗かったです。」


 以前と同じ答えだった。暗かった。

 それ以上の説明を、島の人はしない。


「足元に注意する、それくらいですか?」


「そうですね。」


 潮見さんは立ち上がり、会議室を出る前に、もう一度構成案を振り返った。


「……これを見たら、来たくなると思います。」


「ありがとうございます。」


「すみません、褒めたつもりではありませんでした。」


 そう言い残し、扉を閉めた。


     ◇


 夕方までに、会議で出た意見を反映した。

 禁忌という見出しは、ひとまず残した。


 各項目には、伝承上の注意事項であることと、現地では係員の指示へ従うことを明記する。二の鳥居から先は、祭礼当日の立入禁止区域として表示する。

 アクセス地図には、夜間立入禁止と、足元への注意を追加する。婿役インタビューは、掲載許諾確認中。


 来島者数の目標は、百名から八十名へ仮に下げた。安全管理計画については、別資料を作成する。


 黒川正臣については、公開頁へ入れない。


 構成案の最後に、


> 昭和六十三年、島外者が婿役を務めた記録あり。

> 同年祭礼中断の記載あり。

> 詳細確認まで掲載保留。


 と内部向けの注記だけを残す。


 完成した構成案を、最初から最後まで確認する。


 トップページには二の鳥居がある。その下に、山へ婿を送るという言葉がある。


 山の女様。

 白装束。

 参道。

 一の鳥居。

 二の鳥居。

 五つの禁忌。

 見物客が待つ場所。

 神社へ至る道。


 奥本さんが書くなと言ったものは、初めて見る人間にも理解できる順序で、同じ資料の中へ並んでいた。


 誤ったことは書いていない。

 事実として確認できない情報は保留にした。

 安全上必要な注意も加えた。

 本人の同意が取れていない項目には、その旨を明記した。


 構成案としては、正しい。

 私はファイルをPDF形式へ変換した。共有先を入力する。


 中川支所長。

 潮見さん。

 浜谷さん。

 社内の営業担当者。

 デザイナー。

 映像担当者。

 撮影担当者。

 直属の上司であるチーム長。


 八人。


 添付ファイルを確認し、送信ボタンを押す。


 画面の中央へ、


> 送信が完了しました。


 と表示された。


 その文字と入れ替わるように、机の上のスマートフォンが短く震えた。カナちゃんからのメッセージだった。


> 今いいですか。

> 黒川正臣について、もう少し分かりました。

> 雑誌の現物ではありませんが、当時の記事を引用した別の資料があります。

> 電話できますか。


 私は送信を終えた構成案と、届いたばかりのメッセージを交互に見る。


 構成案の最後には、


 『詳細確認まで掲載保留。』


 と書かれている。


 その空白を埋める情報が、島の外から届こうとしていた。

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