第十四話 白いもの
八月十四日の朝には、藤尾さんの七秒の動画は、元の投稿よりも、切り取られた映像の方が多く見られるようになっていた。
藤尾さんが投稿した動画には、祭礼準備中の倉庫が映っていた。
折り畳まれた提灯や木箱、竹竿が置かれ、画面の外では、作業をしている島の人たちが場所を確認しながら笑っている。
そこに不自然な演出はなく、投稿文も、作業がまだ終わらないことを知人へ伝えるための『まだ終わらん。』という短いものだった。
しかし、転載された動画の多くに、倉庫の様子も、人の声も残っていなかった。
六秒目だけが切り取られている。
再生時間は、一秒から二秒。薄暗い画面の右側を、白いものが通る。
それだけだった。
◇
【切り抜き動画】
動画時間:
一・四秒。
投稿文:
三影島、今年の婿役が投稿した動画。
六秒目に白い女が横切っています。
◇
元の動画には、白い女が映ったとは書かれていない。藤尾さん自身も、白いものの正体を確認していない。
それでも、祭礼用の白布と、山の女様という言葉をすでに知っている人間が見れば、白いものはただの布には見えなくなる。
転載された動画には、加工が加えられていた。
再生速度を四分の一にしたもの。
画面全体を明るくしたもの。
白い部分の周囲を赤い線で囲んだもの。
輪郭だけを黒く抽出したもの。
同じ一秒を十回繰り返すもの。
白いものが現れる直前に、低い効果音を加えたもの。
再生速度を落としすぎたことで、一つ一つの画像が不自然に引き延ばされ、白いものは、元の動画よりもゆっくり倉庫の中へ入ってくるように見えた。
◇
【動画解析投稿】
六秒〇八付近を拡大しました。
上部に顔があります。
髪の毛のような黒い部分と、目らしきものも確認できます。
【返信】
> ただの布の折り目でしょ。
> AI補正で存在しない顔を作っていませんか?
> 元動画でも同じ位置に目と口がありますよ。
> これが人間なら、身体が映っていないのはおかしい。
> だから人間じゃないんだってばww
◇
見えない部分を見えるようにするための加工が、元の映像には存在しなかった形を補っている可能性はある。
特に、AIを使った高画質化は、失われた細部を復元するものではない。周囲の画像から、それらしい形を推測して作り直す。
暗い画面の中に、衣服のようにも見える白いものがあれば、そこに人の顔らしい凹凸を作ることもある。
指のようなもの。
目のような窪み。
長い髪のような影。
元の映像に存在したのか、補正の途中で作られたのかを、加工後の映像だけから判断することはできない。
けれど、その仕組みを説明する投稿の下には、
> 機械にまで女の顔として認識されたということでは?
という返信がついていた。
説明は、疑いを消さない。
AIが勝手に顔を作ったのであれば、なぜそこへ顔を作ったのか。元から顔に近いものがあったのではないか。
そう問われると、加工によって生まれた形まで、元の映像に何かが存在した証拠として使うことができる。
◇
午前七時前、カナちゃんからメッセージが届いた。
> 元の動画を確認しました。
> 何か分かった?
> 分からないことが増えました。
> それは困るね。
> 白い部分だけが動いたのか、撮影している端末が左へ動いたために、画面の右端にあった物が横切って見えたのか、判別できません。
> 人が歩いたようには見える?
> 人が布を持って通った可能性はあります。衣服、タオル、ビニールシートなども否定できません。祭礼用の白布であるとは、断定できません。
> 顔は?
> 元動画からは確認できません。顔が見える加工版には、補間処理によって形が加えられています。証拠としては使えません。
> 元の動画だと、何に見える?
> 布です。
> 普通の?
> 布に普通ではない種類がありますか?
◇
カナちゃんらしい返答だった。
少なくとも、白い女が倉庫を横切ったと断定できる映像ではない。
それだけでも、役場や藤尾さんへ伝えるには十分だった。
しかし、元の動画を確認できる人間より、切り抜きだけを見る人間の方が多い。
一・四秒の映像には、倉庫の中で誰かが作業しているという前後がない。
誰かが白い布を持って通ったという自然な説明も、前後と一緒に切り落とされている。
画面の中へ白いものが現れ、すぐに消える。
その映像だけを見れば、それが何のためにそこへあったのかを考える必要はない。
白いものが現れた。
それだけで、映像として完成していた。
◇
午前八時を過ぎた頃から、藤尾さんの動画とは別の、白いものを撮影したとする動画が増え始めた。
最初の一件は、三影島へすでに来ているという人物が投稿したものだった。
◇
【短編動画投稿】
投稿文:
前乗りしてる。
三影島、朝の神社前。
今、鳥居の奥に白い人がいた。
動画時間:
十一秒。
◇
動画には、朝の山道が映っていた。撮影者は、一の鳥居から少し離れた公道に立っているらしい。
映像は大きく揺れ、葉の間から差す朝日によって、画面の明るさが何度も変わる。
鳥居の右側、木の陰に、白いものが立っている。人のようにも見える。白い布を木の枝へ掛けたものにも見える。
撮影者が近づく前に、動画は終わっていた。
投稿から十分後、別の角度から撮影した写真が貼られる。
白いものは、道路沿いの民家で干されていたシーツだった。
風に煽られ、物干し竿から片側が外れたため、木の間に人が立っているように見えていた。
◇
【元投稿者による追記】
すみません。
近くまで行ったら、普通にシーツでした。
騒がせました。
◇
元の投稿には、追記が加えられた。
しかし、鳥居の奥に白い人が立つ十一秒の動画は、すでに別の場所へ転載されている。
転載された動画には、シーツだったという説明がなかった。
◇
【転載投稿】
三影島、山神婚礼祭の二日前。
神社の鳥居に白装束の女が現れたそうです。
【返信】
> 元投稿ではシーツだと判明していますよ。
> 町側にそう言わされた可能性は?
> 普通のシーツなら、なぜ神社の鳥居の近くに干していたの?おかしくない?
◇
神社の近くにも民家がある。
洗濯物を干す。
風で外れる。
それだけの出来事だった。
けれど、三影島で白いものが見つかったという一点によって、日常生活の一部だったシーツが、山の女様の姿として共有されていく。
◇
二件目は、港近くの細い道を歩く、白装束の女を撮影した動画だった。
遠くから撮影されているため、顔は見えない。
白い衣服は足首まであり、頭にも白い布を被っているように見える。
女は海の方を向いたまま、ほとんど動かない。
動画の説明には、
> 三影島へ着いてすぐ撮りました。島の人に聞いても、誰か分からないそうです。
と書かれている。
再生回数は、一時間で五万回を超えた。
ところが、同じ投稿者の過去の投稿を調べた人間が、白装束の女と似た背格好の女性と撮影者が一緒に映った画像を幾つも見つける。
◇
【検証投稿】
注意喚起。
これはやらせですね。
白装束の女性は、投稿者の知り合いと思われます。
三影島で偶然見かけた人物ではなさそうです。
【返信】
> ネタ動画だったのか。
> 最低。島へ迷惑かけるなよ。
> でも、女の人、三影島の動画とやっぱり違いませんか?
> AIで確認したら、ほぼ同じで間違いなさそうです。
◇
撮影者は、その後、
> 怪談動画として作った演出です。現地の方とは無関係です。
と謝罪した。
それでも、謝罪文より先に動画を保存した者がいる。
投稿者名を隠し、画質を落とし、画面の端へ日付だけを追加したものが、別の動画として流れ続けていた。
最初は遊びだった。友人に白装束を着せ、島へ到着した直後に撮影した。あとで種明かしをするつもりだったのかもしれない。
しかし、映像から投稿者の説明が外されれば、演出だったことを示すものは何も残らない。
◇
午前十時頃には、明らかに撮影映像ではないものも混ざり始めた。
山道の中央に、白い着物を着た女が立っている画像。
海面から白い腕だけが伸びている動画。
二の鳥居の奥で、長い髪の女が後ろを向いている映像。
木の枝から白布が何十枚も垂れ下がっている写真。
どれも、短時間で生成されたAI画像か、複数の写真を合成したものに見えた。
詳しい人間が、画像の不自然な部分を指摘する。
◇
【画像検証投稿】
この画像は生成AIによるものだと思われます。
・鳥居の左側の柱が途中で二本に分かれている。
・女性の右手の指が六本ある。
・石段の途中から影の方向が変わっている。
・三影神社の実際の参道と地形が一致しない。
【返信】
> 手が人間と違うなら、むしろ本物では?
> 神様に人間と同じ指があるとは限りませんよね。
> 現実の地形と合わない場所にいるから怪異なんでしょう。
◇
生成画像特有の破綻が、人間ではないものの特徴として解釈されていた。
指が六本ある。
顔が左右で違う。
足が地面に接していない。
鳥居の形が現実と一致しない。
偽物だと判断するための手掛かりが、そのまま、人間ではないものが写っている証拠へ変わる。
作った者が、
> AIで作りました。
と認めているものさえ、別の場所へ転載される時には、その一文が落とされていた。
◇
昼前までに、白い女や白布が写っているとされた画像や動画は、三十件を超えた。
その中には、三影島とは全く関係のないものもあった。
数年前に東北地方で撮影された心霊動画。
海外の廃村を歩く女性。
別の神社で行われた祭礼の白装束。
演劇の稽古風景。
結婚式の前撮り。
病院の廊下を歩く看護師。
画面を暗くし、地名を変えれば、どれも三影島で撮られた映像として使うことができた。
カナちゃんは、見つかったものを一つずつ分類していた。
◇
【白いもの映像 確認状況】
一、撮影場所が三影島と確認でき、白いものの正体も判明。
四件。
・民家のシーツ。
・港の防水シート。
・作業用の白い雨具。
・発泡スチロールを包んだ袋。
二、三影島で撮影されたが、投稿者による演出と判明。
三件。
・白装束を着た同行者。
・白布を木へ掛けて撮影。
・夜間に懐中電灯で布を照らしたもの。
三、AI生成または画像合成の可能性が高い。
六件。
四、他地域で撮影された映像の転載。
五件。
五、同一映像を加工、反転、速度変更したもの。
九件以上。
六、撮影場所、撮影者、元データを確認できないもの。
七件。
◇
同じ映像が複数の名前で投稿されているため、正確な数を出すこともできない。
左右を反転すれば、女が山から下りてくる映像にも、山へ入っていく映像にもなる。
再生順を逆にすれば、白布が地面から立ち上がる。
別の動画から足音を加えれば、画面の外を歩いていることになる。
藤尾さんの倉庫動画から白い部分だけを切り抜き、神社の映像へ重ねたものまであった。
どの動画が最初だったのか。
誰が何を加えたのか。
元の投稿者は何を説明していたのか。
転載を重ねるたび、それらは分からなくなっていく。
偽物が本物に似せて作られているだけではない。
先に作られた偽物を参考にして、次の偽物が作られる。
白い女は、長い髪である。
顔を伏せている。
足元が見えない。
鳥居の近くに立つ。
海の方を向く。
多くの映像で同じ特徴が繰り返されると、それが山の女様の共通した姿に見えてくる。
互いの動画を模倣した結果であっても、
> 別々の人が、同じものを見ている。
という証拠に使われる。
◇
午後零時十七分。藤尾さんの七秒動画について、本人から説明が届いた。
◇
【潮見悠真からのメール】
秋原様
昨日の藤尾さんの動画について、本人および当時倉庫内にいた者へ確認しました。
藤尾さんは、画面右側の白いものについて、撮影時には気づいていなかったとのことです。
保存会員の一人が、白い作業用タオルを肩へ掛けて通った可能性があると話していますが、本人も正確な時刻を覚えておらず、断定はできません。
なお、祭礼で使用する奉納用の白布は、当時、倉庫奥の木箱に保管されていたとのことです。
◇
同じ内容は、増え続ける問い合わせへの暫定回答として、町の公式サイトにも掲載された。
白いものは、保存会員の作業用タオルである可能性がある。
ただし、映像だけでは断定できない。
祭礼用の白布は、当時、別の木箱へ保管されていた。
町が伝えたかったのは、それだけだった。極めて自然な説明だった。
白い作業用タオル。
作業中の倉庫。
誰かが画面の外を通る。
撮影していた藤尾さんは気づかない。
その場にいた者も、どの瞬間に誰がどこを通ったかまでは覚えていない。
祭礼用の白布ではない。そう説明できる。
しかし、
> 可能性がある。
> 断定はできない。
という部分だけが抜き出されれば、正体不明であることを、役場側も認めたように見える。
◇
【SNS投稿】
三影町側、藤尾俊介氏の動画に映った白いものについて、
「作業用タオルの可能性はあるが、断定できない」
と回答。
祭礼用の白布は、別の箱に保管されていたそうです。
では、映っていた白いものは一体何だったのでしょうか?
【返信】
> 公式が正体不明だと認めたということ?
> タオルなら、持っていた人を確認すれば終わるでしょう。
> 確認できないから困っているのでは。
> 祭礼用の白布じゃないなら、もっとまずくない?
◇
説明によって、白いものが祭礼用の布ではない可能性が高まった。それは本来、怪談から遠ざかる情報だった。
しかし、祭礼用の白布ではない白いものが、祭礼準備中の倉庫に現れたという、新しい謎へ変わる。
◇
浜谷さんは、その日の昼過ぎ、奉納用の白布を木箱から出し、役場職員立会いのもとで写真を撮らせた。
薄い生成りに近い白色の布だった。
新品の純白ではなく、何度も折り畳まれ、祭礼のたびに取り出されてきたため、折り目が深く残っている。
端には、布がほつれないよう細い縫い目がある。神秘的なものには見えない。
衣料品店や手芸店で売られていても、不思議ではない布だった。
◇
【三影町からの回答】
祭礼で奉納する白布について。
八月十三日夜の時点で、奉納用の白布は、祭礼用具を保管する倉庫内の木箱に収められていました。
関係者立会いのもと、保管状況を確認しています。
インターネット上で拡散されている動画の白い物体が、奉納用の白布であるという事実は確認されていません。
◇
写真には、白布が木箱へ収められている様子と、役場職員が確認している様子が映っていた。
これで、少なくとも祭礼用の白布が勝手に倉庫内を移動したわけではないと説明できる。
ところが、公開された写真の布にも、新しい分析が始まった。
◇
【画像考察投稿】
町が公開した白布、右下に人の顔のような染みがあります。
【返信】
> ただの皺でしょ。
> 布が濡れているように見えますね。
> 海水の跡では?
> 黒川さんが海で亡くなったことと関係ありますか?
> なぜ三十八年前の事故と、今年の布の染みが関係するのでしょうか。
> 関係がないと証明できるの?
◇
画像を拡大すれば、布の繊維が潰れ、圧縮によって色の境界が生まれる。
染みのように見えるものも、影や折り皺かもしれない。
しかし、白いものは、汚れが目立つ。
僅かな色の違い。
縫い目。
折り目。
影。
何もない部分を探すより、何かに見える部分を見つける方が容易だった。
白布の写真を公開したことで、正体不明の白いものへの関心は収まらなかった。
それまで画面の端を一秒だけ通ったものが、今度は全体を撮影され、好きなだけ拡大できる対象として与えられた。
◇
午後一時を過ぎる頃には、役場と連絡船会社の間で、祭礼日前後の輸送について協議が始まっていた。
八月十五日の午後便。
八月十六日の朝便。
八月十六日の最終便。
問い合わせが集中している。
普段の連絡船は、島民の通勤や通院、生活物資の輸送を前提とした定員で運航している。
観光客が一度に数十人増えるだけでも、通常の運用では対応できない可能性があった。
予約制の船ではない。港へ来た者が全員乗れるとは限らない。
町は船会社へ、八月十五日午後と十六日朝に臨時便を出せないか打診した。
すぐに決定できるものではなかった。
船員の確保。
燃料。
港の使用時間。
貨物便との調整。
天候。
小さな島へ船を一便増やすだけでも、確認しなければならないことは多い。
それでも、通常便へ人が集中し、島民が乗れなくなる方が問題だった。
◇
【三影町・緊急打合せ記録】
主な協議事項:
一、八月十五日午後の臨時便運航。
二、八月十六日午前の増便または大型船への変更可否。
三、島民および生活物資輸送の優先枠確保。
四、祭礼見学者の人数把握。
五、港から見学区域までの誘導。
六、島内宿泊者の受入れ。
七、野宿および私有地への無断立入り防止。
八、体調不良者、負傷者が発生した場合の搬送手段。
◇
宿泊についても、すでに島で唯一の民宿は満室になっていた。
私が前回泊まった民宿では、普段は団体客や繁忙期にしか使用していない別棟を開けることになった。
長く使っていなかった部屋の清掃。
布団の準備。
冷蔵庫や空調の点検。
食事の追加。
水やタオルの確保。
民宿の家族だけでは間に合わず、近所の人や、以前そこで働いていた人へも手伝いを頼んでいるらしい。
高齢の島民が、押入れから布団を出す。
別の者が客室の窓を拭く。
加工場から食材を回す。
青年団が港と民宿の間へ案内板を立てる。
人を呼ぶために作った観光サイトだった。
今、実際に人が来ようとしている。
町が望んだ結果であることに、間違いはない。
ただし、来島者の多くが見たいのは、島の海や加工品ではなく、白い女と、山へ送られる男だった。
◇
午後二時四十分、三影町から新しい告知が公開された。
◇
【山神婚礼祭見学を予定されている方へ】
八月十六日の山神婚礼祭について、多数のお問い合わせをいただいております。
島内の交通、宿泊および見学区域には限りがあります。
来島を予定される方は、以下の事項をご確認ください。
・島内の宿泊施設は、現在ほぼ満室です。
・島内での野宿、路上滞在、私有地への無断立入りは禁止します。
・連絡船には定員があります。乗船できない場合があります。
・祭礼の見学区域には人数制限を設ける場合があります。
・撮影は指定区域内で行い、島民の生活や祭礼の進行を妨げないでください。
・二の鳥居より先へは立ち入らないでください。
・祭礼関係者への声かけ、接触はお控えください。
・白布、祭具、供物には触れないでください。
◇
人が増える可能性に対応するための告知だった。
けれど、公開後には、
> 三影町、祭礼見学者の人数制限を検討。
> 島内宿泊はほぼ満室。
> 連絡船の臨時便も協議中。
という情報が拡散され、祭礼がさらに大きな行事であるように見え始めた。
◇
【SNS投稿】
三影島、臨時便を出すほど人が集まっているらしい。祭りに参加する人は船便、宿泊施設要確認です。
【返信】
> 現地、かなり大変なことになってるのでは?現地の方に迷惑を掛けては駄目ですよ。
> 町が人数制限するということは、見せたくない場所があるんでしょうね。
> 単純に島が小さいからでしょ。
> 祭りの二日前に白い女が何人も目撃されて、急に規制強化。偶然ですかねww
◇
臨時便を出すことも、人数を制限することも、船と島の規模を考えれば当然の対応だった。
しかし、何かが起きる前に、町が来島者を管理し始めたという物語へ置き換えることもできる。
◇
午後三時過ぎ、レイジ怪奇録が、白い映像について短い動画を公開した。
レイジは、白い壁を背にして座っていた。
いつもの黒いシャツ。
銀縁の眼鏡。
机の上には、複数の画像を印刷した紙が並べられている。
◇
【レイジ怪奇録 動画文字起こし】
レイジ:
現在、三影島で撮影されたとする、白装束の人物や白布の映像が複数拡散されています。
最初に、はっきり申し上げます。
この中には、生成AIによる画像、別地域の動画、投稿者自身が演出だと認めた映像が含まれています。
現時点で、山の女様が撮影されたと確認できる映像はありません。
また、現在広く転載されている、祭礼準備中の七秒の動画についても、祭礼用の白布や、人間ではない何かが映っているとは断定できません。
加工やAI補正を重ねた映像では、元のデータに存在しない顔や手が作られることがあります。
加工後の映像だけを根拠に、怪異だと判断することはできません。
ただし、撮影者や撮影場所を確認できず、偽物とも本物とも判断できない映像が残っているのも事実です。
僕たちは、明日、正式な許可を得て三影島へ入ります。
現地では、祭礼の準備状況、倉庫、神社周辺、奉納用の白布について、町や保存会の許可された範囲で確認します。
何でもない布なのか。
誰かが作った映像なのか。
それとも、今の時点では説明できないものなのか。
見られるものを見て、確認できることだけをお伝えします。
◇
レイジは、山の女様が映っているとは言わなかった。
AI画像を本物として扱わない。
遊びで作られた動画も紹介し、現地へ迷惑をかけないよう呼びかけている。
その態度は慎重だった。
それでも最後には、偽物とも本物とも判断できない映像が残っていると伝え、明日、現地で確認すると約束する。
何もない可能性を認めながら、何かがある可能性も残す。
規則を守り、事実を確かめ、視聴者が知りたい場所まで近づく。
動画の最後には、
> 八月十五日 三影島現地入り。
と表示された。
コメント欄には、
> 現地検証待ってます。あと現地祭り参加組もコメントください!
> AIフェイクをちゃんと否定してくれるの助かる。レイジやっぱりちゃんとしてますね。
> 無理しないでください。絶対白布は拾わないで!
> 白布の箱、本当に見せてもらえるのかな。祭礼で使うなら、相当厳重に扱われてるんじゃないんですか?
> 確認できてないって言うけど、一個くらい本物が混ざっていそうww
と書かれていた。
偽物が増えたことで、怪談への信用が失われたわけではない。
むしろ、これだけ偽物があるなら、その中に一つくらい本物があるのではないかと考える人が増えていた。
◇
午後四時十八分。会社の会議室へ呼ばれた。
チーム長と営業担当者のほかに、制作部門の責任者も同席していた。
机の中央には、三影町から送られてきた臨時対応案と、レイジ怪奇録の撮影予定が並べられている。
「秋原さん。」
チーム長は、私が席へ着くのを待ってから言った。
「明日の午後便で、三影島へ戻れますか。」
予想していなかったわけではない。
レイジが現地へ入り、見学者も増える。
観光サイトについて問い合わせを受け、取材条件を調整し、町側と撮影者の間へ入る人間が必要になる。
現地を知り、祭礼の構成を担当した私が行くのが、最も合理的だった。
「はい。」
返事をすると、営業担当者が安堵したように息を吐いた。
「現地では、レイジ怪奇録の取材調整をお願いします。町側もかなり人手が足りていません。宿泊者対応や見学区域の準備まで始まっているようです。」
「民宿は取れますか?」
「前回泊まったところの別棟を開けてもらいます。ただ、一般客も入るため、個室になるかは分かりません。」
「分かりました。」
「臨時便は、まだ船会社と調整中です。秋原さんは通常の午後便へ乗れるよう、町を通して業務関係者の乗船枠に入れてもらいます。羽田から島まで、乗り継ぎを含めて最低でも四時間かかります。明日は会社へ寄らず、自宅から現地へ直行してください。」
連絡船は本来、指定席制ではない。しかし、業務で島へ入る者や、島民の生活に必要な移動ができなくならないよう、町と船会社が人数を調整しているらしい。
「祭礼当日だけでなく、十五日の時点で取材者や見学者が入ってくる可能性があります。現地の状況によっては、十七日の始発便で戻れないことも想定してください。」
「分かりました。」
返答しながら、前回の出張を思い出した。
人の少ない港。
霧の中で待っていた潮見さん。
誰もいない参道。
奥本さんの家。
外へ見せるための名前。
話すと、寄る。
紙の頃でも、人は来た。
今度の三影島は、同じ場所ではない。
白い女を撮影しようとする人間がいる。
藤尾さんへ直接会おうとする人間がいる。
レイジの撮影を見るために、祭礼より一日早く島へ入る人間もいるだろう。
そして、誰が本当に現地へいるのかさえ、画面の外からは分からなくなっていた。
◇
会議を終えた後、カナちゃんへ連絡した。
> 明日、三影島へ戻ることになった。
> 会社からの要請ですか?
> うん。レイジ怪奇録の取材対応と、祭礼の現地調整。
> それは、行かない選択肢はありますか?
> 仕事だから、難しいかな。
> 分かりました。
> 反対しないんだね。
> 止めれば、行かないんですか?
> いや、行くね。
> では、反対する意味がありません。
> その通りだけど、ちょっと意外だね。
> 心配はとてもしています。SNSと配信は常時チェックしておきます。
> ありがとう。
> 現地では、動画や投稿を見つけても、一人で確認しに行かないでください。
知らない人から声をかけられても、個人情報を伝えないでください。
夜間は一人で移動しないでください。
> 細かいね。
> 現在、三影島へ来ようとしている人の多くは、秋原さんの顔を知りません。
ただし、観光サイトの制作者が女性だと知っている人はいるかもしれませんから。注意してください。
> 分かった。気をつけます。
> 何かあれば、すぐ連絡してください。
◇
夜間は、一人で移動しない。
同じ注意を、私は先日藤尾さんへ伝えた。
町はレイジへ伝えた。
今度はカナちゃんが、私へ伝えている。
誰も、山の女様を恐れて言っているわけではない。
島へ集まる人間を警戒している。
それでも、同じ言葉が繰り返されるたび、何から身を守るための決まりだったのかが、少しずつ曖昧になっていく。
◇
その夜、私は旅行鞄へ必要なものを詰めながら、カナちゃんが作った一覧を確認していた。
白い女が映っているとされた画像や動画は、午後十一時の時点で四十七件まで増えている。
撮影場所が三影島ではないと確認されたものが十一件。
投稿者が演出だと認めたものが六件。
生成AIまたは画像合成の可能性が高いものが十四件。
同じ映像を加工しただけのものが九件。
残った七件については、撮影場所も、撮影者も、元の映像も確認できなかった。
七件のうち三件は、木の間に白いものが立っているだけだった。
一件は、夜の海岸で、白い布のようなものが風に揺れている。
二件は、古い民家の窓に白い顔が映っているように見える。
最後の一件は、三影島へ続く連絡船の甲板から撮影されたとされる動画だった。
遠くに島の山が見える。
波。
船のエンジン音。
画面の中央、海と山の境目に、細長い白いものが立っている。
それが人なのか、航路標識なのか、海面に反射した光なのかは分からない。
撮影者のアカウントは、すでに削除されていた。
投稿された時刻から考えると、その時間に運航していた連絡船はないという指摘もある。
時刻表示を変更した可能性。
別の日に撮影した可能性。
別の島を撮った可能性。
生成された映像である可能性。
どれも否定できない。
七件の中に、本物があるとは限らなかった。
すべて偽物かもしれない。
見間違いと、悪ふざけと、生成された映像だけで作られた騒ぎなのかもしれない。
けれど、すべてが偽物であることも、もう誰にも証明できなかった。




