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第十二話 取材許可

 翌朝、目を覚まして最初に見たものは、天井ではなく、枕元で充電していたスマートフォンの画面だった。

 時刻は午前六時十二分。


 夜の間に届いた通知が、表示しきれないほど並んでいる。


 会社のチャット。

 アクセス解析の自動報告。

 問い合わせフォームの受信通知。

 潮見さんからのメール。

 カナちゃんから送られてきた複数のURL。

 レイジ怪奇録の動画を確認するよう促す、社内チャットの通知。


 眠っている間も、三影島について書かれた文字は増え続けていた。


 私は疲れた身体を起こし、カーテンを開ける。

 昨晩も炎上が気になって、数分おきにSNSや動画のコメント欄を確認してしまい、結局眠ることができたのは、午前一時を過ぎてからだった。


 窓の外はすでに明るい。向かいの建物の壁面へ朝日が差し、室外機や排水管の影をくっきりと浮かび上がらせている。夜の間に予報されていた雨は降らなかったらしく、道路も屋根も乾いていた。


 四国沖の三影島は、今晴れているだろうか、それとも雨がまた霧を生んでいるだろうか。


 海の色。

 港へ運ばれる荷物。

 民宿の朝食。

 加工場から出る音。


 島では、いつもと大きく変わらない朝が始まっているはずだった。


 けれど、SNSの海にある三影島は、一晩のうちに別の場所になっていた。


     ◇


【アクセス解析 八月十三日 午前六時時点】


 累計ページビュー:

 十二万四千八百九十六。


 累計ユーザー数:

 八万七千三百二十一。


 前夜から増加した主な検索語:


 ・黒川正臣

 ・三影島 黒川

 ・山神婚礼祭 事故

 ・三影島 読者

 ・昭和六十三年 来島者

 ・白布 婿

 ・二の鳥居 禁忌

 ・三影島 生贄。

 ・山の女様 名前


     ◇


 前夜に投稿された一文。


> 黒川一人の話ではない。

> あの年は、雑誌を読んだ人間が他にも島へ来た。


 という匿名コメントは、すでに何十枚もの画像として転載されていた。


 元の文章には、人数も、行動も、祭礼との関係も書かれていない。

 ただ、黒川以外にも来島者がいたと示されているだけだった。


 しかし、共有された先では、その空白へ新しい言葉が加えられていた。


     ◇


【情報変化記録】


 八月十三日 午前零時十四分:

 黒川一人の話ではない。

 あの年は、雑誌を読んだ人間が他にも島へ来た。


 午前一時二十分:

 黒川の記事を読んだ観光客が、何人も祭礼を見に来ていたらしい。


 午前二時四十五分:

 黒川の記事で祭りを知った集団が、島へ押しかけた。


 午前三時三十分:

 雑誌の読者が立入禁止区域へ入り、祭礼が中断した。


 午前四時十八分:

 黒川と読者たちが、祭礼中に複数の禁忌を破った。


 午前五時十二分:

 記者と読者が山の女様を怒らせ、黒川だけが海へ返された。


     ◇


 最初の文章と、最後の文章の間には、確認された新しい資料はない。

 誰かが当時の写真を見つけたわけでも、祭礼の参加者から証言を得たわけでもない。


 複数の人間が島へ来た。

 祭礼は途中で止まった。

 黒川は五日後に亡くなった。


 それぞれ別の場所で見つかった三つの断片が、夜の間に一つの出来事へまとめられていた。


 人が来たから、祭礼が止まった。

 禁忌を破ったから、黒川が死んだ。


 因果関係が補われれば、話は分かりやすくなる。

 分かりやすい話は、短い言葉で他人へ説明できる。

 短い言葉で説明できるものは、さらに広く共有される。


 私は、カナちゃんから送られてきた匿名掲示板の記録を開いた。


     ◇


【匿名掲示板抜粋】


 ・婚礼系の祭りなら、行列中に花婿の名前を呼んではいけない禁忌はありそう。

 ・鳥居の数を数えたという書き込みを見たけど、ソースが見つからないわ。

 ・白い布を拾った人間がいたんじゃないですか?

 ・白布を拾うと次の婿になる、という伝承らしい。

 ・それ、三影島じゃなくて別の地域の話ではないですか?

 ・戻るまで数えるな、という葬送禁忌なら聞いたことがあるよ。たしか九州だったかな。

 ・婚礼じゃなくて葬式の話が混ざってませんか?

 ・山へ男を捧げる祭りなら、婿を途中で呼び止めたら駄目なのは当然でしょ。前に似たような話洒落怖で読んだよ。

 ・「名を呼ぶな」「白いものを拾うな」「数えるな」が三大禁忌らしい。もう怖いww

 ・三大じゃなくて五つあるという話も見ました。

 ・五つって何?

 ・名前、鳥居、白布、振り返る、人数を数える。

 ・どこ情報?

 ・消されたコメントです。多分島民の方ですね。


     ◇


 消された島民コメント。

 こちら側ではそのようなものは確認されていない。


 最初に黒川の名を書いた者が島民だという証拠もなければ、五つの禁忌を書き残した投稿もない。

 それでも、一度「消された」と書かれると、見つからないこと自体が、削除された証拠として扱われる。


 名を呼ばない。

 白いものを拾わない。

 数えない。


 ネット上へ現れた言葉の中には、奥本さんから聞いたものと似たものがあった。

 けれど、正確には一致していない。


 鳥居を数えるな、とは聞いていない。

 振り返るな、という禁忌もなかった。

 白布を拾った者が次の婿になるとも聞いていない。


 本当の言葉。

 別の土地の伝承。

 怪談として自然に見える補足。

 誰かの推測。


 それらが混ざり、一つの祭りに古くから伝わる決まりとして並べられていた。


 どの言葉が偶然一致したのか。どの言葉が、実際に当時のことを知る者から漏れたのか。


 画面を見ているだけでは、区別できない。


     ◇


 午前七時を過ぎる頃には、祭礼の呼ばれ方も変わり始めていた。


 公式サイトでは、


> 山の神へ婿を迎える祭り。


 と書いている。


 レイジの動画では、


> 山の神へ婿を出す祭り。


 と紹介された。


 SNSでは、


> 毎年一人の男を山へ捧げる祭り。


 となり、さらに短い投稿では、


> 年に一度、男性を生贄にする島。


 と書かれていた。


 私は訂正文を入力しかけた。


 『三影島では、祭礼役を生贄として殺害する儀式は行われていません。』


 そこまで書いて、手を止める。

 誰も殺害するとまでは言っていない。


 生贄という言葉も、比喩として使われている可能性がある。

 否定すれば、公式側が「生贄」という言葉へ反応したことになる。


 そして、否定するためには、婿役が無事に戻る祭礼であることを説明しなければならない。


 戻る。

 その言葉を使えば、どこから戻るのかと問われる。


 山へ行く。

 山の神へ杯を供える。

 戻った後、直会を行う。


 昭和六十三年は、直会が行われなかった。


 説明しようとすれば、公開していなかった情報を増やすことになる。

 また、新たな炎上を生むかもしれない。


 私は文章を削除した。


     ◇


 午前八時二十三分。会社の問い合わせ窓口へ、レイジ怪奇録から正式なメールが届いた。


     ◇


【取材依頼メール】


 三影島観光特設サイトご担当者様


 お世話になっております。


 動画チャンネル「レイジ怪奇録」を運営しております、笹原礼二と申します。


 先日は、貴サイトで紹介されている山神婚礼祭を、当チャンネル内にて取り上げさせていただきました。


 事前のご連絡なくサイトをご紹介する形となりましたことを、まずお詫び申し上げます。


 公開情報のみを用い、公式サイトへの誘導および現地での迷惑行為を行わないよう注意喚起をしておりますが、想定以上の反響がありましたため、祭礼当日の取材について正式にご相談したく、ご連絡いたしました。


 取材希望日:

 八月十五日から八月十六日。


 取材人数:

 三名。

 (出演者一名、撮影スタッフ二名。)


 取材を希望する内容:


 ・三影島の景観および集落の様子。

 ・島の産業、特産品、食文化。

 ・山神婚礼祭の準備風景。

 ・保存会または役場関係者へのインタビュー。

 ・指定された見学区域からの祭礼撮影。

 ・可能な範囲でのライブ配信。


 当チャンネルは心霊、怪談を主な題材としておりますが、今回の観光特設サイトが、祭礼の紹介だけでなく、三影島の認知向上および地域振興を目的としたものであることは理解しております。


 そのため、祭礼のみを切り取るのではなく、島の風景、生活、産業、名産品なども併せて紹介し、視聴者が島全体に関心を持てる内容にしたいと考えております。


 立入禁止区域への侵入、祭礼の進行を妨げる行為、住民の方への無断撮影は行いません。


 町および保存会から提示される規則には従います。


 また、現地取材が島の皆様にご負担となる場合は、取材内容の縮小または中止も含めて対応いたします。


 ご検討のほど、よろしくお願いいたします。


     ◇


 文面は、想像していたよりも丁寧だった。


 祭礼を撮影したい。可能ならライブ配信をしたい。

 それだけではなく、島の風景、産業、名産品も紹介すると書かれている。


 観光サイトが何を目的として作られたものか理解した上で、役場や私たちが断りにくい提案を先に含めている。


 単に礼儀正しいだけではない。

 相手が何を求め、何を心配し、どのような理由なら許可を出しやすいのかを考えている。


 話すことを仕事にしている人間らしい文章だった。


 私は社内の営業担当者へメールを転送し、レイジ怪奇録のチャンネルを改めて確認した。


 プロフィール画像には、黒髪の青年が写っている。


 二十五歳前後。

 細い銀縁の眼鏡。

 やや細い目。


 輪郭も身体つきも細く、黒いシャツの上に、飾り気のない濃い色のジャケットを着ている。

 怪談を扱う配信者に多い、顔を白く照らす演出や、過度に不穏な衣装は使っていない。

 口元には控えめな笑みがあり、いかにも人当たりのよさそうな印象だった。


 過去の動画も、さらに幾つか確認する。


 話し方は滑らかだった。聞き取りやすい速度。

 声を張り上げすぎず、驚く場面では少し身を乗り出し、資料を説明する場面では眼鏡を上げながら、視聴者へ問いかける。


 時折、古い雑誌や地方伝承の細部について必要以上に詳しく話し始める。

 話が横道へ逸れそうになると、自分で笑いながら戻す。


> 「すみません、こういう古い地方誌の紙質とか、広告欄とか、僕は結構好きなので。」

> 「本題と関係ないんですけど、この時代の観光広告って、文字が多くていいんですよね。」


 少しだけ、オカルトや古書が好きな青年なのだろうと思う。


 恐怖を煽ることに慣れている。

 同時に、視聴者が不快になりすぎないところで言葉を戻すことにも慣れている。


 再生数も、コメントも、高評価も必要だと理解している。

 だから、何も起こらなかったでは終われない。

 しかし、何かを起こすために現地を壊すような人物でもない。


 許可された範囲の中で、視聴者が見たいものへ、可能な限り近づこうとする。


 そのような青年に見えた。


     ◇


 午前九時過ぎ、営業担当者とチーム長を交えた社内会議が開かれた。


 営業担当者は、取材依頼の文面を画面へ表示しながら、


「かなりしっかりしていますね。」


 と言った。


「無断で来るタイプではなさそうです。」


「チャンネルも確認しました。少なくとも、立入禁止区域へ勝手に入るような動画は見当たりませんでした。」


 私が答えると、チーム長は腕を組んだまま、画面を見つめた。


「ただし、ライブ配信は別です。録画なら問題のある部分を編集できますが、現場で何か起きれば、そのまま出ます。」


「祭礼の進行が映るだけなら、役場の許可次第だと思います。」


「レイジ本人が規則を守っても、視聴者が来る可能性があります。現在、交通案内と船便の頁も相当見られています。」


 営業担当者がアクセス解析を開く。


 船便時刻表。

 民宿。

 地図。

 見学区域。


 数字は、夜の間にも増えていた。


「断れば、来ないでしょうか。」


 私が尋ねる。チーム長は、少し考えてから首を振った。


「公道と一般の見学区域まで、完全には止められないでしょう。正式な取材を断っても、個人として来ることはできます。」


「無断で来られるより、条件を出した方が安全ですね。」


 営業担当者が言う。


「こちらの観光事業の意図も、動画内で説明してもらえる。島の名産や産業まで扱うと言っているなら、町側にも利点があります。」


「取材を拒否した場合は、黒川さんの件から逃げたと受け取られる可能性もあります。」


 私が付け加えると、誰もすぐには答えなかった。


 それは許可を出す理由ではない。

 しかし、拒否した時に起こることとして、考えなければならない。


 許可する。

 拒否する。


 どちらも、単なる安全上の判断ではなく、現在の騒動に対する公式側の態度として解釈される。


「最終判断は町ですね。」


 チーム長が言った。


「ただ、会社としては、条件付きで受け入れる方が管理しやすい、という意見でよいでしょうか。」


 営業担当者と私は頷いた。


     ◇


 午後一時、三影町とのオンライン会議が開かれた。画面には六つの顔が並んだ。


 中川支所長。

 潮見さん。

 浜谷さん。

 社内の営業担当者。

 チーム長。

 私。


 中川支所長は、昨日よりも疲れて見えた。眼鏡の奥の目元に薄い影があり、手元には印刷したらしい問い合わせ一覧が置かれている。


 潮見さんは、画面の右端に小さく映っていた。浜谷さんは支所の別室から参加しているらしく、背後には金属製の書棚と、古い島内地図が見える。


「まず、取材依頼についてですが。」


 中川支所長が話し始める。


「町として、心霊や怪談を主題とする番組へ積極的に協力することには、正直なところ抵抗があります。」


 言葉は慎重だった。


「現在、事実関係が確認できていない情報も広まっています。黒川正臣氏の件についても、町として正式に回答できる段階ではありません。」


「先方は、黒川さんについての取材も希望しているんでしょうか。」


 浜谷さんが尋ねる。


「現時点のメールには、明記されていません。」


「なら、祭りと島を撮らせればええ。」


「浜谷さん。」


 潮見さんが、少し強い声で呼ぶ。


「レイジさんが来ると告知すれば、その人だけでは済みません。動画を見た方が島へ来る可能性があります。」


「もう来ると言うとる者はおるんじゃろう。」


「だからこそ、これ以上増やすことが問題だと言っています。」


「今さら取材を断ったところで、止まらん。」


 浜谷さんは、画面の外へ一度目を向けた。


「民宿にも、加工場にも、問い合わせが来とる。祭りの日に泊まりたい、港で何か売っとらんか、島の食べ物を紹介したいと言う者もおった。騒ぎ方は確かに少し気にはなるが、島を知ってもらうええ機会ではあるじゃろ。それこそ最初にこっちが望んどったことじゃけえ。」


「……黒川さんの死を面白がって来る人もいます。」


「それこそ、こっちが正しく説明すればええ。島で起きた事故でも、祭礼の最中に起きた事故でもない。それは事実じゃろうが。」


「しかし、まだ正しく説明できるだけの事実が揃っていません。黒川さんがどこで海へ入り、どう亡くなったのかも分からない。警察側にも、詳しい資料は残っていないでしょう。空白は推測を生むだけです。」


 潮見さんの言葉に、浜谷さんは黙った。

 中川支所長が、二人の間へ入るように話を続ける。


「一方で、祭礼は、非公開の神事ではありません。町が観光サイトを作成し、見学可能な行事として告知しています。そのため、特定の動画配信者だけを、心霊系であるという理由で拒否することは難しいと考えております。」


「公道からの撮影も、完全には止められないと思います。」


 チーム長が言う。


「無許可で来島されるより、事前に人数と行動範囲を決め、町側の指示に従ってもらう方が、安全管理はしやすいと思います。」


 続けて営業担当者が言葉をつなぐ。


「それに、先方は、島の産業や特産品も紹介する予定だと言っています。」


 そう言って、取材依頼の該当箇所を画面へ表示した。


「観光サイトの目的を理解した上での提案です。事前に質問内容や撮影予定を提出してもらうことも可能です。」


 中川支所長が私を見る。


「秋原さんは、どう考えますか?」


 すぐに答えられなかった。


 外部メディアによる認知拡大。


 SNSでの拡散。

 祭礼当日の来島者増加。

 地域文化の発信。


 私が企画書へ書いた言葉だった。

 今、そのすべてが、想定を超える規模で実現しようとしている。


 レイジは無断で入ろうとしていない。

 祭礼を妨害するつもりもない。

 島の名産や暮らしまで伝えると書いている。


 断るための明確な理由はない。

 それでも、黒川正臣の件がある。こちらでも捉えきれていない存在の影が、祭礼の後ろにちらついている。


 もちろん、彼が祭礼を侮辱したという証拠はない。

 島を騙したとも、無断で記事を書いたとも分かっていない。


 礼儀正しく取材を申し込み、島の人々から話を聞き、雑誌へ記事を載せたのかもしれない。

 その記事を読んで、人が来た。

 そして何かしらの理由で祭礼は中断され、その後事故が起こった。


 レイジも、ただ祭礼を見に来るわけではない。

 見たものを、何十万人へ伝える人間だ。


 同じようなことが起きるのではないかという考えが、どうしても頭を離れなかった。


 しかし、そこには何の論理的根拠もない。ただ、三十八年前に起きた出来事が、横たわっているだけだった。


 三十八年前と似ているという非合理的な理由だけで、現在の取材を拒否することはできないだろう。


「正式な取材として、条件を明確にした方がよいと思います。」


 私は答えた。


「許可を出さなくても、個人として来島することはできます。取材人数、撮影区域、祭礼中の禁止事項を事前に確認し、町側の管理下で動いてもらう方がやはり安全です。」


「ライブ配信については。」


 潮見さんが尋ねる。


「見学区域から動かないことと、祭礼進行中に視聴者の指示へ応じないことを条件にすべきだと思います。」


「視聴者の指示?」


「コメントで、もっと近づけ、名前を呼べ、白布を探せ、と書かれる可能性があります。」


 自分で口にした言葉が、会議室の画面上へ残るように感じた。


 名前を呼ぶ。

 白布を探す。


 それは、すでにネット上で推測されている禁忌だった。


「レイジさん本人が応じなくても、同行する視聴者が現場で行う可能性もあります。」


 潮見さんが言う。


「見学者全体への注意事項を、もう一度整理します。」


 中川支所長は手元の資料へ書き込んだ。


「町としては、条件付きで取材を許可する方向で、保存会とも最終確認を行います。」


「わしは賛成じゃ。」


 浜谷さんが言った。


「隠すことは何もない。正しく撮ってもらえばええ。島の魚も、加工場も、民宿も紹介してもらう。怖い祭りだけの島にされるより、その方がましじゃろ。」


 その言葉も間違ってはいなかった。


     ◇


 会議後、取材許可条件の文案を作成した。


     ◇


【山神婚礼祭 取材許可条件案】


 一、取材者は、事前に申請した三名以内とする。

 二、撮影可能区域は、港、集落内の公道、許可を得た事業所および住宅、三影神社一の鳥居周辺、祭礼当日の指定見学区域とする。

 三、二の鳥居より先への立入りを禁止する。

 四、祭礼進行中、祭礼役および先導者への声かけを禁止する。

 五、祭礼の進行を妨げる行為を禁止する。

 六、供物、祭具および白布に触れないこと。

 七、島民個人を撮影する場合は、事前に本人の同意を得ること。

 八、私有地への立入りを禁止する。

 九、ドローンによる撮影を禁止する。

 十、夜間の単独行動を禁止する。

 十一、ライブ配信を行う場合は、指定見学区域内に留まり、視聴者からの指示に応じて移動、接触、呼びかけ等を行わないこと。

 十二、事故、体調不良、天候悪化その他の問題が発生した場合は、町および保存会の指示に従うこと。


     ◇


 すべて、安全のために必要な条件だった。


 境界を越えない。

 祭礼役へ声をかけない。

 白いものへ触れない。

 夜に一人で動かない。


 公開サイトから外した禁忌に似た言葉が、今度は取材規則として正式な文書へ並んでいる。


 祭礼を守るためだった。

 見学者を守るためだった。

 撮影者自身を守るためでもある。


 それでも、何をしてはいけないかが並べば、読む者は、その行為に意味があると思う。


 なぜ声をかけてはいけないのか。

 なぜ白布だけが、供物や祭具とは別に名指しされているのか。

 なぜ二の鳥居より先なのか。


 規則として説明すれば、安全上の線になる。怪談として読めば、何かが起きる境界になる。


     ◇


 午後四時過ぎ、町から正式に取材を許可する連絡が届いた。

 許可条件を送ると、レイジからの返信は十五分ほどで返ってきた。


     ◇


【レイジ怪奇録からの返信】


 三影町役場 三影島支所ご担当者様

 三影島観光特設サイトご担当者様


 このたびは、現地取材をご許可いただき、ありがとうございます。


 ご提示いただいた条件を確認いたしました。

 当日までに、同行スタッフを含めて内容を共有し、すべて遵守いたします。


 また、ライブ配信中の視聴者コメントによって、現地での行動を変更することはいたしません。

 動画内では、山神婚礼祭だけでなく、三影島の景観、生活、特産品、観光事業の目的についても紹介する予定です。


 黒川正臣氏に関する情報につきましては、町側で事実確認中である旨を明示し、確認されていない噂を事実として扱わないよう注意いたします。


 撮影予定および質問項目については、本日中に改めて送付いたします。


 どうぞよろしくお願いいたします。


     ◇


「しっかりしていますね。」


 営業担当者が言った。


「先回りして、こちらが心配していることを全部書いています。」


「配信に慣れているんでしょうね。」


 私は返信画面を閉じた。


 レイジは、何をすれば許可を失うか理解している。

 何を言えば、役場や会社が安心するかも理解している。

 おそらく、実際にそのとおり行動する。


 ただし、取材へ行く以上、何も撮れませんでした、何も分かりませんでしたという動画にはできない。

 祭礼の不思議さを残しながら、規則を破らず、現地への敬意も示し、視聴者を満足させる必要がある。


 その境界を歩くことが、彼の仕事なのだろう。


     ◇


 同日の午後五時三十分。レイジ怪奇録の公式SNSに、取材決定の告知が投稿された。


     ◇


【レイジ怪奇録 公式投稿】


 三影島・山神婚礼祭について、三影町および保存会より、正式に現地取材の許可をいただきました。


 八月十五日に島へ入り、十六日の祭礼を取材予定です。


 現地の皆様のご厚意による取材です。

 島民の方への迷惑行為、無断撮影、私有地や立入禁止区域への侵入は絶対におやめください。


 当チャンネルでは、以下の条件を厳守します。


 ・二の鳥居より先へ入らない。

 ・祭礼役および先導者へ声をかけない。

 ・供物、祭具、白布へ触れない。

 ・指定区域外で撮影しない。

 ・夜間に単独行動をしない。

 ・視聴者コメントの指示に応じて行動しない。


 山神婚礼祭だけでなく、三影島の風景、産業、名産品についても取材させていただく予定です。


 取材は島の文化と生活を尊重して行います。


     ◇


 投稿には、レイジ本人が話す短い動画も添えられていた。

 背景は、自宅か事務所らしい白い壁だった。背後の棚には、古い雑誌と数冊の民俗学書、撮影用の小さな機材が並んでいる。


 黒髪。

 細い目。

 銀縁の眼鏡。

 静かな表情。


 レイジは両手を机の上へ置き、カメラをまっすぐ見ていた。


     ◇


【告知動画文字起こし】


 レイジ:

 先ほど、三影町の皆様から、山神婚礼祭の取材について正式な許可をいただきました。


 今回、黒川正臣さんに関する過去の情報や、さまざまな噂が広がっています。

 ただ、現時点では確認できていないものも多くあります。

 僕たちも、面白いからという理由だけで、未確認の話を事実として広めることは避けたいと思っています。


 一方で、公式サイトを見て分かるとおり、三影島は、祭礼だけの島ではありません。

 漁業や加工品、島の景観、そこで暮らしている方々の生活があります。

 今回の観光サイトも、そうした島全体を知ってもらうために作られたものだと理解しています。

 ですので、祭礼の様子だけではなく、島の名産や、現地の方のお話も、可能な範囲で紹介します。


 もちろん、僕のチャンネルですので、山の女様について気になるところは、きちんと気になります。

 そこは誤魔化しません。


 ただし、現地のルールを破って何かを起こすことが、取材だとは思っていません。

 許可された範囲で、見られるものを見て、聞けることを聞きます。


 視聴者の皆さんも、無断で島へ押しかけたり、現地の方へ直接問い合わせたりすることは控えてください。


 現地からの配信については、状況を見て判断します。


     ◇


 話し方は落ち着いていた。黒川の死を煽らない。

 島の生活にも触れる。役場や保存会へ配慮する。


 それでも、


> 僕のチャンネルですので、山の女様について気になるところは、きちんと気になります。


 と一言入れる。

 視聴者が何を期待しているかも忘れていない。


 コメント欄には、レイジの態度を評価する言葉が並んだ。


> ちゃんと許可取るの偉い。さすが。

> 島の名産も紹介してくれるの嬉しいです。楽しみにしてます!

> 無茶しないでください。後ろは振り向かないで……ww

> 祭礼を邪魔せずに撮ってくれるなら安心。

> 黒川の話も冷静に調べてほしいです。一体何があったんですか?陰謀ではないですか?


 しかし、同じ数だけ、取材条件へ反応するコメントもあった。


> 祭礼役へ声をかけるなって、やっぱり何かあるんだね。

> 白布だけ名指しなの怖すぎるww2chの怖い話にありそう。てか、探したらあるんじゃない?

> 二の鳥居が完全に境界じゃん。…あれ、誰か来たようだ。

> 夜間単独行動禁止って、普通の安全対策ですか?

> 「視聴者の指示に応じない」が追加されてるの笑うw

> 絶対コメントで名前呼べって流れるだろ。フラグ立ってるわ。

> 白布を拾うと次の婿になる説、これでほぼ確定ではないですか?次はレイジさんが……。

> 禁止事項を全部破るとどうなるんだろうね。


 レイジは規則を守ると宣言した。視聴者へも、迷惑行為をしないよう求めた。

 安全のための告知だった。


 その結果、何をすれば危険なのかが、何十万人もの人間へ伝わった。

 禁止事項は、怪談の説明になった。


 線を越えるなと言えば、線の向こうが見たくなる。

 名前を呼ぶなと言えば、名前を知りたくなる。

 白布へ触れるなと言えば、どこに白布があるのか探したくなる。


     ◇


 投稿から十分後。コメント欄に、新しい質問が書き込まれた。


> そういえば、今年の婿役って誰なんですか?


 その下へ、すぐに返信がつく。


> 黒川の時みたいに島外の人でしょうか?

> 顔を映すなら、本人の許可は取ってるのかな。取ってないならかなりまずいよね。

> 去年の祭りの写真に写っている人と同じではないの?

> 今年の婿は、過去の事件を知っているんですかね?


 レイジ怪奇録の公式アカウントは、


> 今年の祭礼役については、本人および町の許可なく、氏名や個人情報を公開しません。


 と返信した。


 正しい対応だった。個人を守るために、名前を出さない。


 しかし、名前を伏せたことによって、今年の婿は、探される対象になった。


 町の過去の広報誌。

 保存会の写真。

 地域行事の記録。

 青年団の投稿。


 誰かが、画面の中に残された男の顔を見比べ始める。


 取材者の行動を制限し、島を守るために作られた許可条件は、レイジの告知によって数十万人へ共有された。


 そして、その視線が最初に探し始めたのは、今年、山へ送られる男だった。

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