第十一話 コメント欄
最初の返信がついてから、黒川正臣という名前は、コメント欄の中で急速に増え始めた。
動画が公開されてから、まだ一時間も経っていない。
窓の外には八月の強い陽射しがあり、会社の中では、午後の業務が何事もなく続いている。
隣の会議室からは複数の人間が話す声が聞こえ、廊下を挟んだ向こうでは、誰かが昼食の容器を片づけていた。
私の前にある画面だけが、三十八年前へ向かっていた。
『昭和六十三年の婿役、黒川正臣については載せないんですね。』
最初は、その一文の下へ三件の返信がついただけだった。
> 黒川正臣って誰ですか?
> 昭和六十三年に何かあったんですか?
> ソースありますか?
数分後に画面を更新すると、返信は八件へ増えていた。
> 昔の婿役?
> 公式サイトを見ても名前がないけど。
> 島の人ですか?
> 「載せない」ということは、何か知っている人?
> 黒川正臣で検索しても、それらしいものがほとんど出ないです。
さらに更新すると、元のコメントについた評価の数が増え、動画の上位へ表示され始めた。
動画の内容そのものについて書かれた何百件もの感想の間から、公式サイトに書かれていない一人の名前が浮かび上がってくる。
書き込んだ人間が増えたというより、その名前を知った人間が、一人ずつ増えているように見えた。
私は画面を閉じなければならなかった。
三影島のアクセス増加について、役場へ速報を送る必要がある。社内の営業担当者とも、祭礼当日の受け入れ態勢について確認しなければならない。
別の案件の修正期限も午後三時に設定されている。
それでも、ブラウザのタブを閉じることができなかった。
『黒川正臣。』
検索窓へ名前を入力した者が、今この瞬間にもいる。
年齢も、顔も知らない男の名前を、どこかにいる何十人もの人間が、同時に探している。
数日前までは、神社の帳面へ墨で書かれ、三十八年間、ほかの祭礼記録とともに閉じられていた名前だった。
それが今は、検索される名となっていた。
◇
午後一時を過ぎた頃、最初の資料が見つかった。
◇
【動画コメント欄】
この人、昭和六十二年の『瀬戸内風土紀行』で、三影島の記事を書いた記者みたいですね。
平成十七年の民俗研究会紀要に引用がありました。
記事タイトルは、
「男を山へ嫁がせる島――三影島・山神婚礼祭」
◇
投稿には、公開されている紀要の頁へ至るURLが添えられていた。
カナちゃんが前に見つけたものと、同じ資料だった。
誰か一人がそのコメントを読み、リンクを開く。
紀要の中から黒川正臣の名前を見つけ、該当部分を画像として保存する。
その画像が、別の返信へ貼られる。
数分後には、動画サイトの外でも共有され始めた。
◇
【SNS投稿】
三影島の山神婚礼祭、昔から怪談として紹介されていたらしい。
昭和六十二年の記事タイトルが、
「男を山へ嫁がせる島」
今の公式サイトより直球で怖いわ。
◇
【引用投稿】
昔からではなく、昭和六十二年の記事がそういう見せ方をしただけでは?
引用元の論文にも、島の伝承と編集上の演出が混在している可能性がある、と書かれてますよ。
【返信】
> でも、島側が取材を受けたのは事実なんでしょ?
> 見出しは編集部がつけることもあるので、黒川という記者が話を作ったとは限らないですよね。
> 公式が何も説明していない方が問題では?
◇
私はそれらを読みながら、紀要の該当部分をもう一度開いた。
最初に資料を見つけた人間は、内容を正しく紹介している。
記事の題名。
執筆者。
論文が指摘した、島内伝承と編集上の演出が混在している可能性。
その後の返信にも、慎重なものはあった。
黒川本人が見出しをつけたとは限らない。
取材記事の全文はまだ確認できない。
記事に書かれたものが、島で実際に語られていた伝承と一致するとは限らない。
正しい。どの指摘も、私とカナちゃんが確認した内容と大きく違わない。
しかし、最も多く共有されているのは、論文の留保ではなかった。
――男を山へ嫁がせる島。
短く、意味が分かりやすく、画像の中で大きく見える言葉だった。
黒川の名前を知らなかった者も、その見出しなら記憶できる。
論文を最後まで読まなくても、祭りをどう解釈すればよいか分かる。
男を山へ嫁がせる島。
一度そう呼ばれれば、三影島は、その言葉に合う島として見られ始める。
公式サイトに掲載した海の写真も、二の鳥居も、白装束も、すべて見出しの証拠のように並べ直されていく。
嘘が広まっているわけではない。
見つけられた事実の中から、最も強い言葉が選ばれているだけだった。
◇
午後一時四十分。別の投稿者が、昭和六十三年夏号の目次画像を見つけた。
古書店が過去に掲載した商品画像を、個人の雑誌収集サイトが保存していたものだった。
画像は斜めに傾き、文字の一部は紙の染みと重なっている。
それでも、拡大すれば見出しは読めた。
◇
【動画コメント欄】
翌年の号も見つけました。貼っときます。
「記者、山の婿になる――三影島再訪」
紹介文に、
「昨年、本誌で紹介した三影島・山神婚礼祭へ、執筆者・黒川正臣が婿役として参加予定」
とあります。
◇
返信の増える速度が変わった。
> 記事を書いた本人が、翌年の婿役になったの?
> 雑誌の企画だったのかな。
> なにこれwwさすがに出来すぎているでしょ。
> 取材した記者が、自分で検証しに行ったということですか?
> 呪いを信じてなかったんだろうな。
> 馬鹿にしたから生贄として選ばれたのではないですか?
資料に書かれているのは、黒川が前年の記事を書き、翌年、婿役として参加する予定だったという事実だけだった。
黒川自身が望んだとは書かれていない。
祭りを疑っていたとも、信じていなかったとも、馬鹿にしたとも書かれていない。
編集部が企画した可能性もある。
島側が頼んだ可能性もある。
誰が最初に黒川を婿役へ指名したのかは、今のところ分からない。
しかし、分からない部分が残ったままでは、話として不完全に見える。
なぜ、祭りの記事を書いた男が、翌年の婿役になったのか。
そこに動機が必要になる。
好奇心。
売名。
検証。
侮辱。
挑発。
コメントを書いた人々は、自分が理解しやすい理由を一つずつ置いていく。
誰か一人が、完全な嘘を作ったわけではなかった。空いている場所を、それぞれが少しずつ埋めている。
結果として、元の資料には存在しなかった黒川正臣の人物像が、画面の上へ現れ始めていた。
◇
私は打ち合わせ後のデスクで、スマートフォンからメッセージアプリを開いた。
パソコンの画面を注視しながら、文字を入力する。
> 黒川さんが祭りを馬鹿にしてたことになってる。これはまずいかも。
> 今確認してます。
> どこから出たの?
> 誰か一人が言い出したわけじゃないですね。
最初は「記者が翌年の婿役になった」。
次に「本人が自分から婿役になった」。
その次に「検証のため参加した」。
その後、「祭りを信じていなかった」。
最後に「祭りを馬鹿にした記者」へ変わっています。
> 同じ話として読めるね。
> 一文ずつ見れば、少し言い換えただけに見えますから。
◇
しばらくして、カナちゃんから表が送られてきた。
◇
【情報変化記録】
十二時三十分:
昭和六十三年の婿役、黒川正臣については載せないんですね。
十三時〇八分:
黒川正臣は、前年に三影島の記事を書いた記者らしい。
十三時四十二分:
祭りを取材した記者が、翌年の婿役になった。
十四時〇三分:
取材した記者が、自分から婿役を希望した。
十四時二十二分:
記者が、祭りの真偽を確かめるために婿役になった。
十四時四十一分:
祭りを信じなかった記者が、婿役として山へ入った。
十四時五十八分:
祭りを馬鹿にした記者が、山の婿に選ばれた。
◇
三行目までは、少なくとも確認できた資料と矛盾していない。
四行目から先には、根拠がない。
それでも、画面上ではすべて同じ文字で表示されている。
資料から引用された文章も、誰かの推測も、同じ大きさのコメントとして並ぶ。
「どこからが嘘なんだろう。」
声に出してから、通話中ではないことに気づいた。
数秒後、カナちゃんへ同じ文章を送る。
◇
> どこからが嘘なんだろう。
> 一つの完全な嘘があるわけではありません。
> たしかにね。
> 分からない部分へ、それぞれが自分が発見した話、推察した話を少しずつ足しています。全部が嘘ではない。
> でも、最後には全然違う話になる。
> 本人たちは、違う話を作っているつもりはないと思います。流れとしては自然ですが、これはかなり厄介ですね。
◇
嘘をつこうとしているわけではない。
正しい形を知りたい。
隠されているものを見つけたい。
誰かが説明しなかったことを、自分たちで明らかにしたい。
その動機の多くは、悪ふざけではなかった。
黒川の名を書いた最初の人物も、おそらくは、祭りを面白がらせるためだけに書いたのではない。
観光客を呼ぼうとする公式サイトを見て、過去の死者が無視されていると思ったのかもしれない。
あるいは、島の都合のよい部分だけが公開されていると感じた。
そして、それを正さなければならないと思った。
コメント欄に集まった者たちも、同じように、自分たちが隠された事実へ近づいていると考えている。
隠そうとするものほど、見たくなる。説明されない部分があるほど、そこに重要な事実があるように思える。
私たちが黒川の名を掲載しなかったのは、決して情報を隠すためではない。確認が取れていなかったからだった。祭礼と死の因果関係が分からなかった。遺族の意向も分からない。黒川本人がどのような経緯で婿役になったのかも確認できていない。
だから、公開しなかった。
しかし、公開しない理由は、画面の外からは見えない。
見えるのは、公式サイトには黒川の名がなく、匿名の誰かがその省略を指摘したという事実だけだった。
慎重さと隠蔽は、説明されなければ、同じ形に見える。
◇
午後三時を過ぎた頃、黒川の死亡記事が発見された。
最初の投稿は、慎重なものだった。
◇
【動画コメント欄】
同姓同名かもしれませんが、昭和六十三年八月二十一日付の地域新聞記事索引に、黒川正臣という名前がありました。
県外在住の雑誌記者。
本土側の海岸で遺体発見。
死因は溺死とみられる、とあります。
これ、どうなんでしょうか。
◇
返信には、すぐに疑問が並んだ。
> ただの同姓同名では?
> 年齢は一致しているの?
> 雑誌記者なら同じ人の可能性が高いでしょ。
> 祭りは何日だったの?
> 八月十六日らしいです。
> 五日後?
祭礼が八月十六日に行われることは、現在の公式サイトに掲載している。
昭和六十三年も同じ日だったのかという質問へ、最初のコメントとは別のアカウントが、
> 当時も八月十六日です。
と返信した。
出典は書かれていない。
島の関係者かもしれない。
昔の祭礼資料を見た者かもしれない。
単に、現在の日付と同じだと推測しただけかもしれない。
その一文を根拠に、
> 八月十六日、婿役として祭礼に参加。
> 八月二十一日、海岸で遺体発見。
という二つの日付が並べられた。
続いて、地域新聞の縮刷版らしい画像が貼られた。
カナちゃんから送られてきたものと同じ紙面だった。
◇
【転載画像内の記事】
海岸に男性の遺体。
二十一日早朝、県内沿岸部の海岸で男性の遺体が発見された。身元は県外在住の雑誌記者、黒川正臣。死因は溺死とみられ、目立った外傷はなく、警察は事件性が低いとみている。海へ入った場所および詳しい経緯は不明。
◇
画像の下へ、正確な要約が書かれる。
> 昭和六十二年、黒川正臣が三影島の祭りを取材。
> 昭和六十三年、婿役として参加。
> 五日後、本土側の海岸で遺体が発見された。
> 祭りとの関係は不明。
その投稿には、十分ほどで数百件の評価がついた。
しかし、さらに多く共有されたのは、別の短い投稿だった。
◇
【SNS投稿】
三影島の祭りを取材した記者。
翌年、自分が婿役になる。
その五日後、海で死亡。
尚、公式サイトは、この件に一切触れていない。
これ、かなり闇深くないですか。
◇
そこから先は早かった。
> 山の婿になった記者が死んだ祭り。
> 過去に婿役が死亡しているのに、観光客を呼ぶの?冒涜じゃない?
> 祭りで死者が出たことを隠していたのでしょうか?
> 公式サイト、都合の悪い情報は載せてないってことですか。これ炎上しますよ。
黒川は祭礼の最中に亡くなっていない。
三影島で遺体が発見されたわけでもない。
祭礼後、どこで何をしていたのか分からず、死との因果関係も確認されていない。
その違いを説明する投稿もあった。
◇
>「祭りで死亡」は間違いです。
遺体発見は五日後で、場所も本土側の海岸です。
祭りとの関連は確認されていません。
しかし、それに対しすぐにまた返信が投下されていく。
> でも婿役だった人が五日後に死んでいるなら、説明は必要では?
> 因果関係がないなら、なぜ公式は何も書かないんだよ。
> 関係が確認できないから書けないのではないですか?
> それを決めるのは公式ではなく、見る側でしょ。これは無神経すぎるよ。
◇
正確な訂正は、誤った情報を消さなかった。
むしろ、「五日後」「本土側」「因果関係不明」という新しい言葉を、さらに多くの人へ伝えた。
祭礼中に死んだのではない。
五日後に死んだ。
島で死んだのではない。
本土側で死んだ。
関係があるとは言えない。
関係がないとも言い切れない。
否定するたび、黒川の死と祭礼が同じ文章の中へ置かれる。切り離すための説明が、二つの出来事を繰り返し結びつけていた。
◇
午後四時を過ぎる頃には、三影島観光特設サイトの閲覧数は二万を超えていた。
レイジ怪奇録の動画は、公開から四時間で十四万回以上再生されている。動画の一部を切り抜いた短い映像も作られ、別のSNSへ転載されていた。
アクセス解析の画面には、予想もできなかった数が並んでいる。
◇
【アクセス解析 八月十二日 十六時三十分時点】
ページビュー:
二万七千四百十二。
ユーザー数:
一万九千八百五十六。
主な参照元:
・動画投稿サイト。
・SNS。
・検索エンジン。
・まとめサイト。
・直接流入。
検索語:
・三影島。
・山神婚礼祭。
・黒川正臣。
・昭和六十三年 三影島。
・三影島 死亡事故。
・山の婿 溺死。
・白布 祭り。
閲覧上位頁:
・山神婚礼祭について。
・祭礼見学案内。
・白布写真。
・交通アクセス。
・連絡船時刻表。
◇
交通アクセスと連絡船時刻表の閲覧数も増えている。
おそらくすべてが好奇心による確認ではない。
実際に島へ行こうとしている者がいる。
問い合わせフォームには、祭礼見学についての質問が届き始めていた。
◇
【問い合わせ抜粋】
・八月十六日の祭りは、予約なしで見学できますか。
・最終便に間に合わない場合、島内で宿泊できますか。
・子どもを連れて行っても安全でしょうか。
・動画撮影は可能ですか。
・二の鳥居までは一般の人も上がれますか。
・過去に祭礼参加者が死亡したという情報を見ました。事実でしょうか。
・黒川正臣氏の事故について、公式見解を教えてください。
・死亡事故を公表せずに観光客を募集していたのでしょうか。
◇
問い合わせの数は、さらに増え続けていた。
見学方法を尋ねるもの。
安全性を確認するもの。
黒川について説明を求めるもの。
批判するもの。
遺族への配慮を求めるもの。
すべて同じフォームから届く。悪意ある文章ばかりではなかった。
> 事故との関連が確認できていないことは理解しますが、過去に婿役を務めた方が亡くなっている以上、見学者には説明するべきではないでしょうか。
> 島の文化を守ることは大切だと思います。ただ、観光振興を優先して、故人の存在を消すようなことがあってはいけないと思います。
> 遺族の方が今もいらっしゃる可能性があります。面白半分の宣伝にならないよう、慎重な対応をお願いします。
どれも、正しいことをしようとして書かれた文章に見えた。
誰かを傷つけたいのではない。
亡くなった人間を軽く扱ってほしくない。
危険を隠したまま、観光客を呼んでほしくない。
行政や企業に、誠実であってほしい。
その要求自体は間違っていない。
しかし、要求の前提には、黒川が祭礼によって死亡したという、まだ確認されていない因果関係が置かれている。
正義感は、正確な情報だけから生まれるとは限らない。
不完全な情報からでも、人は誰かを守ろうとする。
守ろうとするからこそ、問い詰める。
説明を求める。
隠されているものを、より多くの人へ知らせる。
炎上は、悪ふざけだけで起こるものではなかった。
むしろ、自分が正しい側にいると信じられる時の方が、人はためらわずに共有できる。
◇
午後四時四十七分。潮見さんから電話がかかってきた。
「秋原さん、今、お時間よろしいですか?」
いつもより声が低かった。
「はい。サイトの件ですよね。」
「黒川正臣という方について、何かご存じですか?」
予想していた質問だった。それでも、すぐには答えられなかった。
会議室の外では、営業担当者が三影町側へアクセス数の速報を送っている。
ガラスの向こうを人が横切り、誰かがコピー用紙の束を抱えて複合機へ向かった。
私は椅子へ座り直した。
「島を離れる直前に、黒川正臣さんが祭礼の五日後に亡くなっていた可能性があると分かりました。」
電話の向こうで、短い沈黙があった。
「可能性、というのは。」
「昭和六十二年に三影島の記事を書いた記者と、昭和六十三年の祭礼執行簿に記載された婿役、それから八月二十一日の新聞記事に載っている雑誌記者が、同一人物である可能性が高い、という意味です。」
「新聞記事も、確認していたんですね。」
「画像では確認しました。ただ、雑誌の現物も、新聞の正式な複写もまだ取得できていません。祭礼と死亡の間に関係があると示す資料もありませんでした。」
「それで、こちらには。」
「未確認の段階でお伝えすると、役場側にも不要な判断をさせることになると思い、資料が揃ってから報告するつもりでした。」
説明しながら、自分の判断をもう一度確認する。間違ってはいなかったと思う。
黒川の死亡記事を見つけた時点で役場へ伝えれば、三影島側は、祭りとの関連を問われることになる。
関係があるかどうかも分からない。同一人物であることさえ、正式には確定していなかった。
だから待った。不用意に広めないために。
しかし、潮見さんは今、私からではなく、動画のコメント欄とSNSの投稿を通して、黒川の死を知った。
「分かりました。」
潮見さんは、私を責めなかった。その声が、かえって重く感じられた。
「申し訳ありません。」
「いえ。確認が取れていない情報だったのなら、秋原さんの判断も理解できます。」
「今日中に、こちらで確認できた資料をまとめて送ります。」
「お願いします。」
潮見さんは一度息をつき、それから静かに続けた。
「私は、今、コメント欄で初めて知りました。」
言い訳を返すことはできなかった。
「……はい。」
「黒川さんという名前を、どこかで聞いた覚えはあります。」
「以前に?」
「子どもの頃だったと思います。黒川さんの時みたいにするな、と大人が言っていたような気がするんです。ただ、それが誰のことなのかも、何があったのかも知りませんでした。祭礼が途中で止まった年の話だと思っていました。」
「亡くなったことは。」
「知りませんでした。」
潮見さんが知らなかったのなら、中川支所長も知らない可能性がある。
役場の現在の職員全員が、知っているとは限らない。
祭礼が中断した記録。
婿役を務めた男の死。
二つの事実は、島の中でも別々の話として残っていたのかもしれない。
「支所長には、今説明しています。」
「浜谷さんは?」
「連絡しました。」
潮見さんの声に、わずかな疲れが混じった。
「黒川さんが島で亡くなったわけではない、と言っています。」
「それは、事実です。」
「祭礼の最中でもない。五日後に、本土側の海岸で見つかった水難事故を、山神婚礼祭の事故として扱うことはできない、と。」
「それも、間違ってはいません。」
「はい。」
誰も、事実と異なることは言っていない。
黒川は島で死んでいない。
祭礼中にも死んでいない。
死亡記事には三影島の名も、山神婚礼祭の名もない。
祭礼と死を結びつける公式な記録もない。
浜谷さんの言葉は正しい。
それでも、その正しさは、コメント欄の人々が求めている答えとは違う。
なぜ、婿役だった人間が五日後に死んだのか。
なぜ、公式サイトはそのことを書かなかったのか。
人々が知りたいのは、事実を切り分ける説明ではなく、二つの出来事をつなぐ理由だった。
「中川支所長は、事実関係を確認するまで、町として回答しない方針です。」
「分かりました。」
「神社の記録と、新聞記事の正式な複写、それから当時の祭礼が役場の事業だったのかも調べます。警察関係の資料が残っているかは、分かりませんが。」
「こちらも、今までに確認できている資料を再度整理します。」
「お願いします。それと、サイトは。」
潮見さんが言葉を切った。
「一度閉じますか?」
「今のところ、支所長は閉じる必要はないと考えています。掲載している情報に誤りが見つかったわけではありませんから。」
「浜谷さんも?」
「むしろ、閉じれば、過去を隠すためだと言われる、と。」
その判断も正しいように思えた。
サイトを閉じれば、黒川の死を認めたように見える。
開いたままにすれば、死者を無視して集客を続けているように見える。
どちらを選んでも、見ている側は意味をつけることができる。
電話を切る前、潮見さんは、
「問い合わせが、かなり来ています。」
と言った。
「こちらにも届いています。」
「祭礼の見学希望も増えています。」
批判が増えるほど、見に行こうとする人も増えている。
隠されていた死者。
説明されない過去。
途中で止まった祭り。
そうした言葉が追加されたことで、三影島は、公開当初よりも確かに魅力的な場所として見られ始めていた。
けれど、その魅力のあり方は、私たちが望んだものとは違っている。
当初設定した成果指標だけを見れば、事業は成功していた。
しかし、それは、黒川正臣という存在を知らなかった時点で設計した成功だった。
そして、一度拡散を始めた情報を押し戻す有効な手段を、私はまだ思いつけなかった。
◇
午後五時を過ぎた頃、最初のコメントが消えた。
『昭和六十三年の婿役、黒川正臣については載せないんですね。』
動画のコメント欄を更新すると、元の位置には、
> このコメントは削除されました。
という表示も残っていなかった。
投稿者自身が消したのか。
レイジ怪奇録の管理者が削除したのか。
動画サイトの自動判定によるものか。
理由は分からない。
私はカナちゃんへ連絡した。
> 最初のコメントが消えた。
> 確認しました。
> 誰が消したか分かる?
> 外部からは分かりません。投稿者本人、チャンネル管理者、運営側のいずれも可能です。
> スクリーンショットは残ってるよね。
> すでに複数の場所へ転載されています。
検索すると、すぐに見つかった。
◇
【SNS投稿】
三影島の動画にあった黒川正臣のコメント、消されている。なんで?
念のため、保存しておいた画像を貼ります。
【添付画像】
昭和六十三年の婿役、黒川正臣については載せないんですね。
◇
【引用投稿】
都合が悪いから消した?
【返信】
> 誰が消したか分かりませんよ。
> 町から配信者へ連絡が行った可能性は?
> 公式が隠してないなら、削除する必要はないですよね。
> 投稿者本人が怖くなって消しただけかもしれないよ。よくあるじゃん。
> いや、消されたということは、本当だったのでは?
◇
町も、私も、コメントの削除には関わっていない。
けれど、それを証明する方法はなかった。
削除前には、匿名の一件のコメントだった。
削除後は、
> 消された証言。
として、何枚もの画像になった。
元の投稿者が消したのなら、その人は、自分の書いた言葉を取り戻そうとしたのかもしれない。
黒川の名前がこれほど広まるとは思っていなかった。
島に人を呼ばないための警告が、かえって祭りへの関心を増やしたことに気づいた。
だから消した。
そう考えることもできる。
しかし、一度読まれたものは、書いた本人の手元には戻らない。
誰かが画面を保存し、別の場所へ貼れば、元の文章より長く残る。
私が試作ページの確認中に、昭和六十三年の作業用頁を削除した時も、同じだった。
頁は存在しなくなった。
けれど、一度開かれた記録は残った。
削除は、情報を消す操作ではなく、情報に新しい意味を与える操作へ変わりつつあった。
◇
午後七時。サイトのページビューは五万を超えた。
◇
【アクセス解析 八月十二日 十九時時点】
ページビュー:
五万八千六百二十一。
ユーザー数:
四万二千百七十三。
平均滞在時間:
三分四十八秒。
主な参照元:
・動画投稿サイト。
・SNS。
・まとめサイト。
・検索エンジン。
急増した検索語:
・黒川正臣。
・黒川正臣 死亡。
・三影島 隠蔽。
・昭和六十三年 婿役。
・三影島 祭り 事故。
・山神婚礼祭 死者。
・消されたコメント。
◇
公開初日には二百三十四だった数字が、一日で五万を超えている。
営業担当者が求めていた外部流入。役場が期待した認知拡大。
私が構成案に設定した三か月分の目標を、怪談動画と炎上による一日の流入だけで超えていた。
アクセス解析の画面では、好意的な閲覧と批判的な閲覧を区別できない。
祭りを見たい人も、隠蔽を疑う人も、同じ一人として数えられる。
黒川を悼むために頁を開いた人も、怪談として面白がる人も、同じページビューになる。
良い数字と悪い数字は、アクセス解析の画面では同じ形をしていた。
◇
夜になってから、カナちゃんと通話した。
私は自宅の机へノートパソコンを置き、会社から持ち帰った資料と、画面上に開いた投稿を見比べていた。
窓の外は暗く、向かいの建物の窓に、いくつか明かりが残っている。
エアコンの作動音と、パソコンの冷却ファンが回る音の間に、カナちゃんがキーボードを打つ小さな音が聞こえていた。
『現時点で確認できる情報を分けます。』
「お願いします。」
『まず、資料から確認できるものです。』
◇
【確認済み、または確認可能性が高い情報】
・昭和六十二年、黒川正臣が『瀬戸内風土紀行』へ三影島の記事を執筆した。
・翌年、黒川正臣が山神婚礼祭の婿役として参加する予定だった。
・神社の祭礼執行簿には、昭和六十三年の婿役として同名の島外者が記録されている。
・同年の祭礼は途中で止まっている。
・五日後、本土側の海岸で、雑誌記者・黒川正臣の遺体が発見された。
・死因は溺死とみられ、事件性は低いと判断された。
・祭礼と死亡の因果関係は確認できない。
◇
『次に、現在ネット上で広まっているものの、根拠を確認できない情報です。』
◇
【根拠未確認】
・黒川は祭りを馬鹿にしていた。
・黒川自身が婿役を希望した。
・黒川は祭りの真偽を検証するために参加した。
・黒川は祭礼中に禁忌を破った。
・黒川は島で殺された。
・黒川は山の女様に連れていかれた。
・黒川は白布を拾った。
・黒川は祭礼中に死亡した。
・島側が死亡事故を隠蔽した。
・黒川は何かを知ったために殺された。
◇
「根拠がない方が、話として分かりやすいね。」
『はい。人物の動機と、死因まで説明できますから。』
「明日には、どうなってると思う?」
『根拠のない方が、より多く読まれていると思います。』
「訂正すればいい?」
『何を、どこまで訂正しますか?』
「祭りの最中に死んだわけではない。島で亡くなったわけでもない。祭りとの関連は分からない。」
『それを公式に説明すれば、黒川さんが婿役だったことと、祭礼が途中で止まったことと、五日後に亡くなったことを、町側から正式に認めることになります。』
「それは、事実でしょ?」
『はい。ただし、今までは公式サイトに掲載していなかった情報です。訂正するためには、これまで公開しなかったことを、新しく公開しなければなりません。』
私は画面に並べた資料を見る。
祭礼、二の下にて止む。
直会、行わず。
白布、二の下。
拾わず。
海岸に男性の遺体。
死因は溺死。
事件性は低い。
訂正のために説明すれば、その言葉も、町の公式な情報になる。
それを見た人間は、さらに理由を求める。
なぜ祭礼が止まったのか。
なぜ直会が行われなかったのか。
白布は何だったのか。
黒川はその後、どこへ行ったのか。
答えを持たないまま、質問だけを増やすことになる。
「何も言わなかったら、隠してると思われる。」
『そうですね。』
「説明しても、もっと見つけられる。」
『隠されていると思う限り、人は探します。』
「隠してないのに。」
『公開していないものは、あります。』
否定できなかった。
隠蔽ではない。
しかし、公開していない。
私たちには、公開しなかった理由がある。
けれど、見る側にとって、その理由が正当かどうかは別の問題だった。
画面を更新する。削除された最初のコメントを転載した投稿には、さらに何百件もの返信がついていた。
黒川の死亡記事。
古い雑誌の画像。
公式サイトのスクリーンショット。
役場へ送った問い合わせの文面。
それぞれが、正しさを証明する資料として並べられている。
その一番下に、新しいコメントがあった。
◇
【匿名コメント】
黒川一人の話ではない。
あの年は、雑誌を読んだ人間が他にも島へ来た。
◇
「カナちゃん。」
『はい。』
「新しいコメントがある。」
私は文章を読み上げた。通話の向こうで、キーボードの音が止まった。
『投稿者は?』
「匿名。作ったばかりのアカウントみたい。ほかの投稿はない。」
『最初のコメントと同じ人物かは分かりませんね。』
「本当だと思う?」
『分かりません。』
投稿されたのは、それだけだった。
人数は書かれていない。誰が来たのかも、何をしたのかも書かれていない。
当時のことを知る島の人間かもしれない。
黒川の記事を読んだ者かもしれない。
その場にいた誰かかもしれない。
あるいは、現在の騒ぎに合わせて話を作っただけの人間かもしれない。
証拠はない。
それでも私は、その短い文章を見た時、奥本さんの家で聞いた声を思い出していた。
紙の頃でも、人は来た。彼女はそう言った。




