表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春夏秋冬〜四度目の茶会で、私は離縁状をお出ししました〜  作者: 九葉(くずは)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/10

第6話 秋の茶会、誰のための贈り物か

秋の茶会の朝、私はもう、何が起きるかをほぼ予想していた。


ベルガーから届けられた贈答品の箱は、案内係の机の上に整然と並べられている。

箱の包みは、それぞれの宛先の家の家紋に合わせた色。私が三年かけて選び続けた組み合わせだ。


「奥様、贈答品は予定通り、見送りの際にお渡しでよろしいでしょうか」

マルテが私に確認する。

「お願い。シビラ様が『お手伝いしたい』とおっしゃったら、お渡しは止めずに、私にも一度伝えてくれる?」

「かしこまりました」


マルテは何も尋ねなかった。

私が何を案じているのか、彼女には言わなくても伝わる。


茶会は穏やかに始まった。

今日は当主の隣の席についても、私はもう、最初から争おうとしなかった。マルテと一緒に席次表を整えた時、私の名札は当主席の隣ではなく、来賓の方々と話しやすい位置に最初から置かれていた。

当主の隣には、今日もシビラ様。テオドリック様は満足そうに、皆さまを迎えられる。


「本日の贈答品は、私が選びましたの」


シビラ様の声が、大広間に響いたのは、皆さまに紅茶を出してから、半刻ほど経った頃だった。


最初は気のせいかと思った。

シビラ様はマチルダ様に話していたのだ。私は遠くの席で、別の伯爵夫人と挨拶の途中だった。けれど、二度目に同じ言葉が大広間に響いた時、私はもう、はっきりと聞き取った。


「これは、私が選びました」


シビラ様は、ローザリンデ侯爵夫人の前で、贈答品の小さな箱を持ち上げて、笑っている。

「ローザリンデ様には、東方海岸の春摘みをお選びしましたの。お喜びいただけるかしら」


ローザリンデ様の扇が、ほんの一拍だけ止まった。

それから、ローザリンデ様は静かに口を開かれる。


「シビラ様、ありがとう存じます。けれど、この銘柄は、三年前にもいただいた覚えがございますの。覚えていらしてのことかしら」


シビラ様の手が、箱の上で固まった。


私は隣の伯爵夫人に詫びを言って、二人の方へ足を向ける。けれど、その数歩のうちに、シビラ様はもう一度、口を開いていた。


「三年前にも……?」

シビラ様の声が、わずかに上ずる。

「あの、私……」


「シビラ様、ご記憶ではないかしら。三年前は確か、初摘みではなく、二番茶でしたかしらね。けれど、今年は春摘み。同じ銘柄でも、摘み時期が異なれば違う茶ですから、これはまた別のものでございますわね」


ローザリンデ様は穏やかに微笑まれた。

助け舟を出してくださったのだ。

けれど、その助け舟そのものが、もう、答えになっていた。シビラ様は摘み時期の区別を知らない。三年前にもこの家から茶葉を送っていたという事実すら、知らないのだ。


「申し訳ございません」


私はようやく二人のところへ辿り着いて、ローザリンデ様に会釈した。

「ローザリンデ様には、毎年、送る銘柄を変えております。今年は春摘みを選びました。私が選んでおりますので、お間違いではございません」


ローザリンデ様は私の方を見て、ほんの少しだけ、扇を畳まれた。

「奥様の三年分の記録は、いつも見事でいらっしゃいますわね」


私は一礼した。

口にした「私が選んでおります」という一言は、言ってしまった後で、自分の手の中で重く感じた。シビラ様の前で、はっきりと「これは私の仕事です」と言った、初めての瞬間だった。


シビラ様は、贈答品の箱を持ったまま、何も言わずに立っていた。


「シビラ、少しいらっしゃい」


義母様の声だ。

いつの間にか、大広間の片隅で紅茶を召し上がっていた義母様が、シビラ様を呼ばれたのだ。


「お母様、私は……」

「いらっしゃい」


二度目の義母様の声は、最初より少しだけ低くなった。

シビラ様はうつむいたまま、義母様の方へ歩いていく。

義母様は何も叱る言葉を言われない。ただ、シビラ様の腕を取って、ご自分の隣の席へ座らせるだけだ。シビラ様の身体は、義母様の隣で、少しずつ縮こまっていった。


義母様は紅茶のカップを、もう一度、ソーサーへ静かに戻された。

夏の茶会の終わりに聞いた、あの音と同じ響きだった。


茶会が終わって、最後の見送りまで滞りなく済んだ頃、マルテが私に、来訪の知らせを告げに来た。


「奥様、モルゲンシュテルン辺境伯閣下がお越しになっています」


私は応接室ではなく、執務室へ閣下を通すように、マルテに頼んだ。

仕事の打ち合わせで来てくれたのだ。応接室では、紅茶の茶受けまで用意しなければならない。執務室なら、書類と紅茶だけで足りる。


執務室の扉を開けると、閣下はすでに窓辺に立っていらっしゃった。


「お初に、お目にかかります、奥様」


閣下は振り返って、深く頭を下げられる。

三十代半ばと伺っていたけれど、実際に会うと、寡黙さの分だけ、年齢より少し落ち着いて見える方だった。書簡で交わしてきた言葉の数より、目の前の声の方が、少しだけ低い気がする。


「モルゲンシュテルン辺境伯閣下、本日はわざわざのお越しを」

「いえ、こちらこそ、突然の来訪を詫び申し上げます」


執務室の机を挟んで、私たちは向かい合った。

マルテが紅茶を出してくれる。私の手元のカップにも、紅茶が注がれる。けれど、私は閣下に話を伺うのに気を取られていて、紅茶の温度を確かめるのを忘れていた。


借財整理の話を、四半刻ほど、私たちは続けた。

書類は丁寧に整っていた。私が以前に送った提案書の方針が、ほぼそのまま、辺境伯領の財務官たちの手で実行に移されているところだった。


話が一段落した時、閣下は私の手元の紅茶を、一度だけご覧になった。


それから、ご自分の手元の温かい茶器を、私の前へそっと置かれた。

代わりに、冷めていた私の茶器を、ご自分の方へ引き寄せられる。


「奥様、こちらの方が温かいので」


短い、それだけの言葉だった。

私は何と答えればよいか、すぐには分からなかった。閣下はもう、書類の方に目を戻していらっしゃる。私の前には、湯気の立つ茶器があった。


茶器を持ち上げる時、私の指先が小さく震えた。閣下に気づかれていないことを、ただ祈った。


「奥様」


しばらくして、閣下は書類から目を上げられた。


「一年前のことを、お尋ねしてもよろしいでしょうか」

「一年前、と仰いますと?」


「ベルガー商会への支払い遅延の件でございます」


私は紅茶のカップを、机の上に戻した。

あの覚書のことを、閣下はご存じだったのだ。


一年前、辺境伯領が王都の茶葉商人ベルガー商会への支払いを遅延させそうになった時、私は嫁いだばかりの侯爵家若夫人として、ベルガーから「辺境伯領との取引は続けられた方がよろしゅうございますわよ」と相談を受けた。私はその場で分割払いの覚書を整えて、ベルガーと辺境伯領の文官たちの間を、書類で繋いだのだ。

特に何かを背負ったつもりはなかった。私は侯爵家若夫人として、王都の商人と辺境の貴族家の両方が困らない形を、その時、一つだけ思いついたに過ぎない。


「あの覚書の主が、ヴァルトハイム侯爵家の若夫人でいらっしゃると分かるまで、私は半年かかりました。中央の文官は、なかなか名前を教えてくれなかったのです」


閣下は静かに言われた。


「半年かけて辿り着いた時、私は奥様の帳簿を中央から取り寄せました。それから今日まで、私の机の上にあります」


私の手の中で、温かい茶器が、少しだけ震えていた。


茶器の中の紅茶は、まだ湯気を立てている。

閣下は私の方を見ずに、書類の角を一度だけ揃えられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ