第6話 秋の茶会、誰のための贈り物か
秋の茶会の朝、私はもう、何が起きるかをほぼ予想していた。
ベルガーから届けられた贈答品の箱は、案内係の机の上に整然と並べられている。
箱の包みは、それぞれの宛先の家の家紋に合わせた色。私が三年かけて選び続けた組み合わせだ。
「奥様、贈答品は予定通り、見送りの際にお渡しでよろしいでしょうか」
マルテが私に確認する。
「お願い。シビラ様が『お手伝いしたい』とおっしゃったら、お渡しは止めずに、私にも一度伝えてくれる?」
「かしこまりました」
マルテは何も尋ねなかった。
私が何を案じているのか、彼女には言わなくても伝わる。
茶会は穏やかに始まった。
今日は当主の隣の席についても、私はもう、最初から争おうとしなかった。マルテと一緒に席次表を整えた時、私の名札は当主席の隣ではなく、来賓の方々と話しやすい位置に最初から置かれていた。
当主の隣には、今日もシビラ様。テオドリック様は満足そうに、皆さまを迎えられる。
「本日の贈答品は、私が選びましたの」
シビラ様の声が、大広間に響いたのは、皆さまに紅茶を出してから、半刻ほど経った頃だった。
最初は気のせいかと思った。
シビラ様はマチルダ様に話していたのだ。私は遠くの席で、別の伯爵夫人と挨拶の途中だった。けれど、二度目に同じ言葉が大広間に響いた時、私はもう、はっきりと聞き取った。
「これは、私が選びました」
シビラ様は、ローザリンデ侯爵夫人の前で、贈答品の小さな箱を持ち上げて、笑っている。
「ローザリンデ様には、東方海岸の春摘みをお選びしましたの。お喜びいただけるかしら」
ローザリンデ様の扇が、ほんの一拍だけ止まった。
それから、ローザリンデ様は静かに口を開かれる。
「シビラ様、ありがとう存じます。けれど、この銘柄は、三年前にもいただいた覚えがございますの。覚えていらしてのことかしら」
シビラ様の手が、箱の上で固まった。
私は隣の伯爵夫人に詫びを言って、二人の方へ足を向ける。けれど、その数歩のうちに、シビラ様はもう一度、口を開いていた。
「三年前にも……?」
シビラ様の声が、わずかに上ずる。
「あの、私……」
「シビラ様、ご記憶ではないかしら。三年前は確か、初摘みではなく、二番茶でしたかしらね。けれど、今年は春摘み。同じ銘柄でも、摘み時期が異なれば違う茶ですから、これはまた別のものでございますわね」
ローザリンデ様は穏やかに微笑まれた。
助け舟を出してくださったのだ。
けれど、その助け舟そのものが、もう、答えになっていた。シビラ様は摘み時期の区別を知らない。三年前にもこの家から茶葉を送っていたという事実すら、知らないのだ。
「申し訳ございません」
私はようやく二人のところへ辿り着いて、ローザリンデ様に会釈した。
「ローザリンデ様には、毎年、送る銘柄を変えております。今年は春摘みを選びました。私が選んでおりますので、お間違いではございません」
ローザリンデ様は私の方を見て、ほんの少しだけ、扇を畳まれた。
「奥様の三年分の記録は、いつも見事でいらっしゃいますわね」
私は一礼した。
口にした「私が選んでおります」という一言は、言ってしまった後で、自分の手の中で重く感じた。シビラ様の前で、はっきりと「これは私の仕事です」と言った、初めての瞬間だった。
シビラ様は、贈答品の箱を持ったまま、何も言わずに立っていた。
「シビラ、少しいらっしゃい」
義母様の声だ。
いつの間にか、大広間の片隅で紅茶を召し上がっていた義母様が、シビラ様を呼ばれたのだ。
「お母様、私は……」
「いらっしゃい」
二度目の義母様の声は、最初より少しだけ低くなった。
シビラ様はうつむいたまま、義母様の方へ歩いていく。
義母様は何も叱る言葉を言われない。ただ、シビラ様の腕を取って、ご自分の隣の席へ座らせるだけだ。シビラ様の身体は、義母様の隣で、少しずつ縮こまっていった。
義母様は紅茶のカップを、もう一度、ソーサーへ静かに戻された。
夏の茶会の終わりに聞いた、あの音と同じ響きだった。
茶会が終わって、最後の見送りまで滞りなく済んだ頃、マルテが私に、来訪の知らせを告げに来た。
「奥様、モルゲンシュテルン辺境伯閣下がお越しになっています」
私は応接室ではなく、執務室へ閣下を通すように、マルテに頼んだ。
仕事の打ち合わせで来てくれたのだ。応接室では、紅茶の茶受けまで用意しなければならない。執務室なら、書類と紅茶だけで足りる。
執務室の扉を開けると、閣下はすでに窓辺に立っていらっしゃった。
「お初に、お目にかかります、奥様」
閣下は振り返って、深く頭を下げられる。
三十代半ばと伺っていたけれど、実際に会うと、寡黙さの分だけ、年齢より少し落ち着いて見える方だった。書簡で交わしてきた言葉の数より、目の前の声の方が、少しだけ低い気がする。
「モルゲンシュテルン辺境伯閣下、本日はわざわざのお越しを」
「いえ、こちらこそ、突然の来訪を詫び申し上げます」
執務室の机を挟んで、私たちは向かい合った。
マルテが紅茶を出してくれる。私の手元のカップにも、紅茶が注がれる。けれど、私は閣下に話を伺うのに気を取られていて、紅茶の温度を確かめるのを忘れていた。
借財整理の話を、四半刻ほど、私たちは続けた。
書類は丁寧に整っていた。私が以前に送った提案書の方針が、ほぼそのまま、辺境伯領の財務官たちの手で実行に移されているところだった。
話が一段落した時、閣下は私の手元の紅茶を、一度だけご覧になった。
それから、ご自分の手元の温かい茶器を、私の前へそっと置かれた。
代わりに、冷めていた私の茶器を、ご自分の方へ引き寄せられる。
「奥様、こちらの方が温かいので」
短い、それだけの言葉だった。
私は何と答えればよいか、すぐには分からなかった。閣下はもう、書類の方に目を戻していらっしゃる。私の前には、湯気の立つ茶器があった。
茶器を持ち上げる時、私の指先が小さく震えた。閣下に気づかれていないことを、ただ祈った。
「奥様」
しばらくして、閣下は書類から目を上げられた。
「一年前のことを、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「一年前、と仰いますと?」
「ベルガー商会への支払い遅延の件でございます」
私は紅茶のカップを、机の上に戻した。
あの覚書のことを、閣下はご存じだったのだ。
一年前、辺境伯領が王都の茶葉商人ベルガー商会への支払いを遅延させそうになった時、私は嫁いだばかりの侯爵家若夫人として、ベルガーから「辺境伯領との取引は続けられた方がよろしゅうございますわよ」と相談を受けた。私はその場で分割払いの覚書を整えて、ベルガーと辺境伯領の文官たちの間を、書類で繋いだのだ。
特に何かを背負ったつもりはなかった。私は侯爵家若夫人として、王都の商人と辺境の貴族家の両方が困らない形を、その時、一つだけ思いついたに過ぎない。
「あの覚書の主が、ヴァルトハイム侯爵家の若夫人でいらっしゃると分かるまで、私は半年かかりました。中央の文官は、なかなか名前を教えてくれなかったのです」
閣下は静かに言われた。
「半年かけて辿り着いた時、私は奥様の帳簿を中央から取り寄せました。それから今日まで、私の机の上にあります」
私の手の中で、温かい茶器が、少しだけ震えていた。
茶器の中の紅茶は、まだ湯気を立てている。
閣下は私の方を見ずに、書類の角を一度だけ揃えられた。




