第4話 夏の茶会、当主の隣
夏の朝、シビラ様が「お兄様の隣に座っていい?」と尋ねた時、夫は迷わず「もちろん」と答えた。
朝食室の窓は、すでに開け放たれている。
銀器の光は春よりも強く、卵料理の湯気も少し早く消えていった。シビラ様の手は、今日は震えていない。
「だって、お母様が、最近お部屋から出ていらっしゃらないでしょう?」
シビラ様は紅茶を一口飲んで、続けた。
「お母様の代わりに、私がお兄様の隣に座って、お客様にご挨拶しようと思って。ね、お兄様、それでいい?」
「もちろんだ、シビラ」
テオドリック様は妹を見て、優しく笑われた。
それから、私の方を見て、いつもの言葉を口にされる。
「ライラ、君なら分かってくれるな。お母様の体調が優れない時は、シビラが代わりに立つのが家族として自然だろう」
私は紅茶のカップに目を落とした。
返事の言葉が、すぐには出てこなかった。
夏の茶会の席次表を、私は二週間前に完成させていた。
そこには、当主の隣に若夫人の私の席がある。義母様は、ご自分の体調が優れない日にはもともと茶会の上座には出られない方だから、代わりに誰かが立つ必要は本来ない。
「シビラ様、本日はマチルダ様も、ローザリンデ様もいらっしゃいます。社交界の年長者の方々が、席順をご覧になりますので……」
私は言葉を選びながら言った。
「当主の隣には、当主の正式な伴侶が座るのが、社交界の慣例ですから」
「あら」
シビラ様は紅茶のカップを置いた。
「でも、私は家族だから、いいんじゃないかしら。ね、お兄様」
「ライラ、そう堅苦しく言わなくていい」
テオドリック様は私に向かって、軽く手を振られる。
「皆さまにも、ヴァルトハイム家は家族同然で結ばれていると分かっていただける良い機会だ。シビラもそろそろ社交界に出るのだから、こういう場で慣れていくのも大切だろう」
私は何も言わなかった。
皿の端で、塗りすぎたバターの白さがぼんやりと残っていた。
大広間の準備のために、私が中央へ向かった時、席次表が一枚、すでに動かされていた。
「奥様、これは……」
マルテが私に小声で告げる。
当主席の隣に置かれていた私の名札が、テーブルの三つ向こうの席まで動かされていた。代わりに、シビラ様の名札が当主席の隣にある。
シビラ様が朝のうちに、ご自分で席を変えていらしたのだ。
「マルテ、当主夫人の席を動かすのは、家の格付けを動かすことと同じよ。けれど、今から戻すと、来賓の前で家内の混乱を晒すことになる」
私は小声で続けた。「今日は、このまま」
マルテは唇を一度だけ結んで、頷いた。
大広間の入り口に、シビラ様が立っていらっしゃった。
私の言葉を聞いていたのか、聞いていなかったのか、表情からは分からない。ただ、シビラ様は私の方へ近づいてきて、両手を私の前で合わせた。
「お義姉様、私が当主の隣にいるのは、嫌ですか?」
その問いに、私はすぐに答えられなかった。
シビラ様の声は、責めるものではない。ただ、純粋に尋ねている。「私がここに座るのは、いけないのですか?」と。
「シビラ様、嫌ということではありません。ただ、社交界には決まりがあって……」
「決まり?」
シビラ様は首をかしげた。
「決まりよりも、家族の方が大事じゃないかしら。私、お母様の代わりに頑張ろうって思っているだけなの」
私は何も言えなかった。
大広間の柱時計が、十一時を告げる音を立てる。
修正の余裕は、もう、なかった。
最初のお客様であるマチルダ様が大広間にいらした時、当主の隣にはシビラ様が座っていた。
マチルダ様は扇を一度だけ畳まれて、それから席に着かれた。何も言わない。けれど、私の席が当主席から三つ離れていることは、扇を畳む前に、もう確認していらっしゃるはずだ。
テオドリック様は何の屈託もなく、来賓の皆さまに声をかけられる。
「本日は、母の体調が優れず、妹のシビラが私の隣で皆さまをお迎えいたします」
私が三つ向こうの席で会釈をすると、ローザリンデ侯爵夫人の扇が、ほんの少し止まった。
茶会の中盤、マチルダ様が静かに口を開かれた。
「奥様、お席が違うのではございませんかしら」
その声は決して大きくはなかった。けれど、近くの席の方々には、確かに届く声量だった。
私の隣の老侯爵夫人が、扇の陰で小さく頷く。テーブルの向こうのローザリンデ侯爵夫人は、私の手元を一度だけご覧になった。私の前に置かれた茶器が、当主夫人用のものではなく、客用の磁器であることを、彼女もきっと気づいていらっしゃる。
「マチルダ様、シビラが本日は私の隣で勉強をしておりますので」
テオドリック様が、私が答えるよりも先に、笑顔で応じられた。
「家族でございますから」
マチルダ様は何も答えなかった。
紅茶を一口召し上がってから、もう一度、私の方を見られる。
その一瞥に、私は答える代わりに、ただ微笑むことしかできなかった。
「家族でございますから」
その言葉は、テオドリック様の声だったが、私の口を借りて出ても、不思議ではない答えだった。私もきっと、そう答えていたのだろう。
ただ、礼節の通り、微笑むことだけは間違えないように。
茶会の終わり、最後の見送りの時、マチルダ様は私の前を通り過ぎる時、ほんの少しだけ歩を緩められた。
何も言わず、ただ、私の手の甲に扇の端を一度だけ触れさせて、それから馬車へ向かわれる。
何かを伝える合図ではないはずだ。マチルダ様はそういう方ではない。けれど、私はその一瞬の重みを、しばらく忘れられなかった。
大広間の片付けが終わった頃、義母様が片隅で紅茶を召し上がっていらっしゃった。
体調が優れないと言われていたはずなのに、いつの間にか、降りてきていらっしゃったのだ。
義母様は私の方をご覧にならない。ただ、手元のティーカップを、ソーサーへゆっくりと戻された。
小さな音が、一度だけ、大広間に響く。
怒りの音ではない。何かの合図のような響きだった。
私室に戻ると、机の上に新しい書簡が届いていた。
紺色の封蝋。今日、辺境伯領からの正式な代理人を介さずに、辺境伯邸の使いの者が直接届けてくれたとマルテが教えてくれた。
私はその封を切る前に、化粧台の鏡を見た。
今日、私は当主夫人の席に座らなかった。礼節で微笑むことしかできなかった。
それでも、机の上には、紺色の封蝋が私を待っている。
辺境伯領の閣下からの、私個人宛の提案書。
封を切ると、便箋の中には、短い質問が三つ。
一つ目は、ヴァルトハイム侯爵家の三年分の贈答記録の形式について。
二つ目は、家政帳簿で「臨時支出」を分類される際の基準について。
三つ目は、夜会の席次表における「家族同然」の格付けについて。
最後の質問に、私は一度だけ目を伏せた。
閣下は、私の家のことを、どこまでご存じなのだろうか。
それとも、たまたま、私の弱い部分に触れる言葉を、一つだけ、置いていかれたのだろうか。
私はその夜、辺境伯閣下への返信を、いつもより少し長く書いた。
紺色の封蝋を、自分の手で押す時、蝋の温度が指先に少し残った。




