表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ノロマ、死ぬなよ』〜毒舌カバンと最弱少年の英雄譚〜  作者: 塩とわかめ
第二章:沈黙の相棒と、孤独な剣士の反撃
56/82

第52話:冷たい刃を振るう剣士

 ミラと合流してから三日目。

 三人と一つのパーティは、ユートの目撃情報を追って北東へ向かっていた。


 パーティの空気は、少しずつだが確実に変わりつつあった。ミラの加入で会話の量が倍以上に増え、リアラとミラは思いのほか相性が良かった。ミラが毒舌を飛ばし、リアラが柔らかく受け止め、バルが横から油を注ぐ。アルトは基本的に後ろで聞いているだけだが、口元がわずかに緩んでいる時間が増えた。


 道すがら、ミラが自分の調査で集めた情報をアルトたちと共有した。

 街道沿いの木陰で休憩を取りながら、ミラが革の鞄から手帳と簡易な地図を取り出す。


「この半年で集めた証言を総合すると、パターンが見えてきたの」


 ミラが簡易な地図を広げた。各地の目撃地点に赤い印が打たれている。印は大陸の中央部を北東に向かってほぼ一直線に並んでいた。


「古い封印や遺跡を片っ端から壊して回ってる。そのルート上に村や町があると、抵抗した人間を容赦なく排除してる。……でも、不思議なのは、無差別攻撃じゃないのよ」


「無差別じゃない?」


「ええ。抵抗しなかった村は素通りしてる。目的は封印の破壊であって、人間を殺すことじゃない。破壊した後はすぐに立ち去る。村に火をつけるとか、略奪するとか、そういうことは一切しない。……まるで、命令を最小限に遂行しようとしてるようにも見える」


 アルトの胸が締め付けられた。


(最小限に。……ユートさんの意志が、まだ残っているということなのか? あの人は、操られながらも——必死に抵抗しているのか?)


『封印の破壊か……。気になるな。ディアルが何を封印しようとしてるかによっちゃ、相当ヤバい話だぞ。俺の中身を狙ってたのと関係あるかもしれねぇ』


「バルの言う通りね。ディアルの目的がわからない限り、行動の全貌は見えない」


「それと……目撃者の証言がもう一つあるの。ちょっと聞いて」


 ミラが手帳を開いた。付箋が何枚も貼られたページを指でなぞりながら、一箇所で止まった。


「『その剣士は、一度だけ立ち止まった。道端で泣いている子供の前を通りかかった時に。数秒間動きを止めて……子供を見て……そのまま歩き去った』」


 沈黙が流れた。

 風が吹いて、木の葉が数枚舞い落ちた。


「……それ、本当ですか」


「複数の証言が一致してるから、恐らく本当よ。立ち止まっただけ。助けたわけでも、傷つけたわけでもない。でも——立ち止まったのよ、あのユートが」


 アルトの脳裏に、かつてのユートの姿が浮かんだ。道端で困っている人を見れば必ず声をかけた人。泣いている子供がいれば、膝をついて目線を合わせて話を聞いた人。その人が——操られた体で、泣く子供の前で立ち止まった。


 リアラが静かに聞いていた。ユートという人物を直接知らない彼女にも、その証言の重さは伝わったらしい。目が潤んでいた。


「……体は操られてるけど、心は残ってるってこと?」


 ミラが頷いた。だが、その顔には苦しみが滲んでいた。


「ユートは……自分の体が命令で動いているのを、全部わかった上で見ているんだと思う。自分の手が何をしているのか。止められない自分の手を、中からただ見ている。それが——一番、残酷なことよ」


 アルトは拳を強く握りしめた。爪が掌に食い込む。


「……取り戻します。絶対に」


 * * *


 夜。焚き火を囲みながら、ミラがアルトに問いかけた。

 リアラはスープの残りを片付けていて、少し離れたところにいる。


「ねえアルト。もし本当にユートと対峙することになったら……覚悟はある?」


「覚悟というのは?」


「ユートと……戦うことよ。二年前のユートじゃない。魔核に身体を乗っ取られた、今のユートと。剣を向けなきゃいけないかもしれない。あの人の剣技は私たちよりずっと上だった。それが今は——感情なしで、容赦なく振るわれる」


 アルトは焚き火の炎をじっと見つめた。

 揺れる炎の向こうに、ユートの顔が見える気がした。


「……正直、怖いです。ユートさんに剣を向けるなんて、想像しただけで手が震える」


 アルトは自分の右手を見た。火傷の痕が残る掌。この手で、ユートの剣を受け止められるのか。


「でも——ユートさんを取り戻すためなら、僕はやります。ユートさんなら、きっと同じことをしてくれたと思うから」


 ミラは黙ってアルトを見つめていた。

 二年前、ディアルの前で腰を抜かしていた少年。あの少年がこんなことを言えるようになった。それが嬉しくて、同時に切なかった。成長の代償が孤独だったことを、ミラは知っている。


「……あんた、本当に強くなったわね」


「ミラさんのおかげでもあります。ミラさんの魔法がなかったら、僕は魔法剣を覚えられなかった」


「え、私のおかげ? どういうこと?」


 アルトがノートを出してミラの魔法パターンのページを見せると、ミラは目を丸くした。火の光に照らされたページには、ミラの詠唱パターン、魔力の圧縮率、発動タイミングが細かく図解されている。


「……ちょっと、何これ。私の魔法の発動パターンをこんなに細かく分析してたの? いつの間に——って、旅の間中ずっと見てたわけ? 戦闘中にこんなこと!?」


「ミラさんの魔法、すごかったから。見てたら自然と記録したくなって」


「褒めてないわよ! 怒るところよ普通。 人の魔法を無断で解析するなんて……って、まぁ、それで魔法剣を編み出したって言うなら、私も本望よ。……でも次からは一言言いなさいよね」


 ミラは少し照れたように髪をかき上げた。


『おいおい、いい雰囲気出してんじゃねぇぞ。小娘が嫉妬すっだろ』


「し、嫉妬なんてしてないよ!」


 リアラが慌てて否定した。スープの鍋をガタンと揺らしている。

 その反応に、ミラが目を輝かせた。猫が獲物を見つけた時の顔だ。


「あら?」


「な、何——」


「あんたさ、アルトのこと——」


「ミラさん、その話はやめましょう」


「何よ、いいところなのに! 二年ぶりの女子トークを奪わないでくれる!?」


『ハッハッハ! 昔と変わんねぇな、トマト女は! 人の恋バナに首突っ込むのが趣味なとこは相変わらず——ゲホッ!』


「だからトマト女って呼ぶなぁっ!!」


 久しぶりに、焚き火の周りに笑い声が響いた。

 こんな夜が——二年間、どれだけ恋しかったか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ