第52話:冷たい刃を振るう剣士
ミラと合流してから三日目。
三人と一つのパーティは、ユートの目撃情報を追って北東へ向かっていた。
パーティの空気は、少しずつだが確実に変わりつつあった。ミラの加入で会話の量が倍以上に増え、リアラとミラは思いのほか相性が良かった。ミラが毒舌を飛ばし、リアラが柔らかく受け止め、バルが横から油を注ぐ。アルトは基本的に後ろで聞いているだけだが、口元がわずかに緩んでいる時間が増えた。
道すがら、ミラが自分の調査で集めた情報をアルトたちと共有した。
街道沿いの木陰で休憩を取りながら、ミラが革の鞄から手帳と簡易な地図を取り出す。
「この半年で集めた証言を総合すると、パターンが見えてきたの」
ミラが簡易な地図を広げた。各地の目撃地点に赤い印が打たれている。印は大陸の中央部を北東に向かってほぼ一直線に並んでいた。
「古い封印や遺跡を片っ端から壊して回ってる。そのルート上に村や町があると、抵抗した人間を容赦なく排除してる。……でも、不思議なのは、無差別攻撃じゃないのよ」
「無差別じゃない?」
「ええ。抵抗しなかった村は素通りしてる。目的は封印の破壊であって、人間を殺すことじゃない。破壊した後はすぐに立ち去る。村に火をつけるとか、略奪するとか、そういうことは一切しない。……まるで、命令を最小限に遂行しようとしてるようにも見える」
アルトの胸が締め付けられた。
(最小限に。……ユートさんの意志が、まだ残っているということなのか? あの人は、操られながらも——必死に抵抗しているのか?)
『封印の破壊か……。気になるな。ディアルが何を封印しようとしてるかによっちゃ、相当ヤバい話だぞ。俺の中身を狙ってたのと関係あるかもしれねぇ』
「バルの言う通りね。ディアルの目的がわからない限り、行動の全貌は見えない」
「それと……目撃者の証言がもう一つあるの。ちょっと聞いて」
ミラが手帳を開いた。付箋が何枚も貼られたページを指でなぞりながら、一箇所で止まった。
「『その剣士は、一度だけ立ち止まった。道端で泣いている子供の前を通りかかった時に。数秒間動きを止めて……子供を見て……そのまま歩き去った』」
沈黙が流れた。
風が吹いて、木の葉が数枚舞い落ちた。
「……それ、本当ですか」
「複数の証言が一致してるから、恐らく本当よ。立ち止まっただけ。助けたわけでも、傷つけたわけでもない。でも——立ち止まったのよ、あのユートが」
アルトの脳裏に、かつてのユートの姿が浮かんだ。道端で困っている人を見れば必ず声をかけた人。泣いている子供がいれば、膝をついて目線を合わせて話を聞いた人。その人が——操られた体で、泣く子供の前で立ち止まった。
リアラが静かに聞いていた。ユートという人物を直接知らない彼女にも、その証言の重さは伝わったらしい。目が潤んでいた。
「……体は操られてるけど、心は残ってるってこと?」
ミラが頷いた。だが、その顔には苦しみが滲んでいた。
「ユートは……自分の体が命令で動いているのを、全部わかった上で見ているんだと思う。自分の手が何をしているのか。止められない自分の手を、中からただ見ている。それが——一番、残酷なことよ」
アルトは拳を強く握りしめた。爪が掌に食い込む。
「……取り戻します。絶対に」
* * *
夜。焚き火を囲みながら、ミラがアルトに問いかけた。
リアラはスープの残りを片付けていて、少し離れたところにいる。
「ねえアルト。もし本当にユートと対峙することになったら……覚悟はある?」
「覚悟というのは?」
「ユートと……戦うことよ。二年前のユートじゃない。魔核に身体を乗っ取られた、今のユートと。剣を向けなきゃいけないかもしれない。あの人の剣技は私たちよりずっと上だった。それが今は——感情なしで、容赦なく振るわれる」
アルトは焚き火の炎をじっと見つめた。
揺れる炎の向こうに、ユートの顔が見える気がした。
「……正直、怖いです。ユートさんに剣を向けるなんて、想像しただけで手が震える」
アルトは自分の右手を見た。火傷の痕が残る掌。この手で、ユートの剣を受け止められるのか。
「でも——ユートさんを取り戻すためなら、僕はやります。ユートさんなら、きっと同じことをしてくれたと思うから」
ミラは黙ってアルトを見つめていた。
二年前、ディアルの前で腰を抜かしていた少年。あの少年がこんなことを言えるようになった。それが嬉しくて、同時に切なかった。成長の代償が孤独だったことを、ミラは知っている。
「……あんた、本当に強くなったわね」
「ミラさんのおかげでもあります。ミラさんの魔法がなかったら、僕は魔法剣を覚えられなかった」
「え、私のおかげ? どういうこと?」
アルトがノートを出してミラの魔法パターンのページを見せると、ミラは目を丸くした。火の光に照らされたページには、ミラの詠唱パターン、魔力の圧縮率、発動タイミングが細かく図解されている。
「……ちょっと、何これ。私の魔法の発動パターンをこんなに細かく分析してたの? いつの間に——って、旅の間中ずっと見てたわけ? 戦闘中にこんなこと!?」
「ミラさんの魔法、すごかったから。見てたら自然と記録したくなって」
「褒めてないわよ! 怒るところよ普通。 人の魔法を無断で解析するなんて……って、まぁ、それで魔法剣を編み出したって言うなら、私も本望よ。……でも次からは一言言いなさいよね」
ミラは少し照れたように髪をかき上げた。
『おいおい、いい雰囲気出してんじゃねぇぞ。小娘が嫉妬すっだろ』
「し、嫉妬なんてしてないよ!」
リアラが慌てて否定した。スープの鍋をガタンと揺らしている。
その反応に、ミラが目を輝かせた。猫が獲物を見つけた時の顔だ。
「あら?」
「な、何——」
「あんたさ、アルトのこと——」
「ミラさん、その話はやめましょう」
「何よ、いいところなのに! 二年ぶりの女子トークを奪わないでくれる!?」
『ハッハッハ! 昔と変わんねぇな、トマト女は! 人の恋バナに首突っ込むのが趣味なとこは相変わらず——ゲホッ!』
「だからトマト女って呼ぶなぁっ!!」
久しぶりに、焚き火の周りに笑い声が響いた。
こんな夜が——二年間、どれだけ恋しかったか。




