↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ノロマ、死ぬなよ』〜毒舌カバンと最弱少年の英雄譚〜  作者: 塩とわかめ
第三章:壊れた空と、取り戻すための戦い
138/180

第130話:託された言葉

『——よく、聞け。ノロマ』


 バルの声が、戦場に、低く、響き始めた。


 いつもの悪態の声ではなかった。掠れて、消えそうで、それでも、芯のある、声。最後に、伝えたいことを、伝えるための、声。


 戦場の風は、止まっていた。流星雨も、黒い太陽も、もう、なかった。ナナシが、攻撃の手を、止めていた。バルの最後の言葉を、戦場全体が、聞こうとしているような、不思議な静けさだった。


 アルトは、バルを、両腕で、抱えたまま、頷いた。声は、出なかった。喉が、震えていた。だが、聞く準備は、できていた。バルの言葉を、一言も、漏らさず、受け取る準備が。


『俺はな、——元々、器なんだ』


 バルが、言った。


『勇者と魔王の力を、封じるための、器だった。エイルが——お前らの言う、エイルが、俺を、そういう風に、作った。中に、二つの力を、入れて、封じておくための、入れ物。それが、俺の、本当の在り方だ』


 アルトは、頷いた。知っていた。エイルさんから、直接、聞いた。バル自身からも、聞いた。バルが、何者かは、知っていた。


『だがな、——器ってのは、何を入れるかは、決まってねぇ』


 バルが、続けた。


 声が、また、掠れた。だが、止まらなかった。長く、話せる時間が、もう、ないのが、自分でも分かっているのが、伝わってきた。


『勇者と魔王の力じゃ、ねぇとダメ、ってわけじゃねぇ。器の本質は、——空っぽってことだ。何でも、入れられる。誰でも、決められる。何を入れるか、誰が入れるか』


 アルトの目が、わずかに、見開かれた。


 言葉の意味を、追い始めた。


 バルが、何を、言おうとしているのか。出会ってから、ずっと、傍にいたバルが、最後の力で、何を、伝えようとしているのか。


『俺の中には、もう、ほとんど、何も、残ってねぇ。勇者の力も、魔王の力も、——ほとんど、漏れた。リアラの干渉でくっ付けた妖精の力も、剣に流して、そこで砕けた。空っぽに、近い。——だから、今が、入れ時だ』


 アルトの呼吸が、止まった。


「——バル」


 声が、出た。


 バルが、何を言っているか、分かりかけていた。


『お前の魔力で、俺を、もう一度、満たせ』


 バルが、はっきりと、言った。


 アルトの呼吸が、もう一度、止まった。


 バルが、何を言っているか、完全に、理解した。


『お前の魔力と——あいつらの力。ユートの中に残ってる、勇者の力。リアラの、妖精の力。それと——俺の底に、まだこびりついてる、魔族の残滓。ナナシのでも、ディアルのでもねぇ。俺が抱えてきた、俺の分だ。——それを、お前が、俺の中に、もう一度、入れろ』


 ユートが、地面で、息を、呑んだ。火傷の手で、地面を押しながら、上半身を起こしていた。バルの言葉に、目を、見開いていた。


 ミラが、立ち止まった。杖を、握る指が、震えていた。バルの言葉の重さを、理解していた。


 リアラが、目を、見開いた。妖精族の血を持つ自分の、力の使い方を、改めて、考え直していた。


 全員が、バルの言葉の意味を、追い始めていた。剣ではなく、バル自身を器にする、という発想を。


『剣じゃ、無理だった。剣は、ただの剣だ。三種族の力を抱える器じゃねぇ。だから、砕けた』


 バルが、続けた。


『だが、俺は、元から、器だ。三種族でも、四種族でも、入れろと言われりゃ、抱える。それが、俺の、本来の機能だ』


 アルトの腕の中で、バルが、わずかに、揺れた。


『——だから、俺を、もう一度、満たせ。今度は、勇者と魔王の二つじゃない。三種族の力で。お前が、決めて、お前が、入れろ』


「——でも」


 アルトの声が、震えた。


「でも、それをやったら、お前は——」


『俺は、変わるよ』


 バルが、言った。


 迷いのない、声で。


『今までの俺じゃ、なくなる。エイルが作った、勇者と魔王の封印器じゃ、なくなる。お前が決めた、三種族の器に、なる。——それは、もう、別の俺だ』


 アルトの目から、涙が、溢れた。堪えていたものが、崩れた。両頬を、涙が、伝った。バルを抱える腕に、力が、こもった。


「——それは、お前が、消えるってことじゃないか」


『ノロマ』


 バルが、言った。


 優しい、声だった。これまでに、聞いたことのない、優しさだった。


『消えねぇよ。——名前は、変わらねぇ。バルだ。お前が決めて、お前が満たした、バルだ。今までと、何かが違うかもしれねぇが——お前のバル、ってのは、変わらねぇ』


 バルの声が、わずかに、震えた。それは、痛みからではなかった。何か別の——感情からの、震えだった。バルが、こんなふうに、何も隠さずに感情を見せたのは、出会ってから、初めてだったかもしれなかった。


 アルトが、嗚咽した。


 バルを、抱きしめた。両腕で、強く。バルの本体が、潰れそうなほど。


「——ばか」


 アルトが、言った。


「ばかだろ、それ。——うまく行くか、分かんないだろ」


『ああ。——分かんねぇ』


 バルが、笑った。


『だが、今、他に手はねぇだろ。ルーナを、救うんだろ。お前、——救うって、宣言したろ』


 ナナシの方を、見て、バルが、言った。


『あの、気取ったナナシ野郎にな』


 アルトの嗚咽が、止まった。


 顔を、上げた。バルの言葉が、芯を、捉えていた。


 救うと、宣言した。世界の歪みの中で、それでも救うと、言った。アルトが、自分で、言った。それを、果たすために、今、何をするか。バルが、最後に、その方法を、示している。


 バルは、ずっと、傍にいた。一番、近くで。アルトの背中で、軋みながら、悪態を吐きながら、それでも、ずっと。そのバルが、最後の力で、託している。


『俺の中に、入れろ。三種族の力を。お前が、選んで、お前が、決めろ』


 バルが、もう一度、言った。


『俺は、お前のバルだ。お前が決めるなら、俺は、その器に、なる』


 ユートが、地面で、立ち上がろうとしていた。火傷の手で、地面を押して、片膝を、立てた。痛みで、顔が歪んだ。だが、立った。


「——アルト」


 ユートが、低く、呼んだ。


「俺の中の、勇者の力。——使え。剣はもう、ない。だが、力そのものは、俺の中に、まだ残ってる。バルに、流す。剣を、通さなくていい。直接、俺から、バルへ、流す」


 ミラが、杖を、握り直した。震えていた指に、力が戻った。詠唱の準備を、始めた。


「制御は、私がやる。——剣の時よりも、もっと丁寧に。バルが器なら、ちゃんと、入る。三つの力を、絡ませずに、別々の経路で、バルの中に、納める。私が、責任、持つ」


 リアラが、地面から、起き上がろうとしていた。妖精族の力が、底をついていたが、それでも、立ち上がろうとしていた。ユートが、肩を、貸した。リアラが、その肩に手を置いて、立った。


「妖精の力——もう一度、流す。バルに、ちゃんと、届くように」


 リアラの瞳に、まだ、涙が残っていた。だが、目は、強かった。バルを救うのが、ルーナを救う、最後の道だと、理解していた。


 バルが、また、笑った。


『——いい連中だな、お前のとこ』


 アルトの腕の中で、バルが、満足そうに、声を、漏らした。


『決まりだな』


 アルトは、頷いた。


 涙を、拭った。指で、強く。残った涙の跡が、頬に、線を引いた。


 全員が、覚悟を決めていた。


 ナナシが、見ていた。ルーナの黒い瞳で、こちらを、見ていた。声は、出さなかった。だが、観察していた。次に、何が起きるかを、見ようとしていた。


 次の攻撃を、止めていた。試している。アルトたちの、最後の手を。それは、優しさではなかった。ナナシにとって、これは、興味の対象だった。アルトの宣言が、本物かどうか。バルの託しが、形になるかどうか。ナナシは、それを、見極めようとしていた。


 その視線の中で、アルトは、息を、整えた。ナナシの視線も、ルーナの瞳も、戦場の静けさも、全部、受け止めた上で——アルトは、自分が、今、何をするかを、決めていた。


『アルト』


 バルが、もう一度、呼んだ。


『もう、時間ねぇぞ。——早くしろ。でないと、俺、空っぽに、なりすぎる』


「分かってる」


 アルトが、答えた。


 声に、もう、震えは、なかった。涙の跡は、頬に残っていたが、目は、まっすぐ、バルを見ていた。


「やるよ。——お前を、もう一度、満たす」


 バルが、満足そうに、息のような音を、漏らした。それが、肯定の合図だった。


 アルトは、立ち上がった。バルを、抱えたまま。リアラが、ユートの肩を借りて、立ち上がっていた。ミラが、杖を、構え直していた。ユートが、片膝を立てたまま、勇者の力を、自分の手のひらに、集めていた。


 戦場の風が、止まったままだった。


 ナナシが、見ていた。


 バルの託しが、これから、実行される。


 三種族の力を、バルという器に、もう一度、入れる。


 今度は、剣ではなく、バル自身を、新しい合成魔力の核に、する。


 アルトの目が、ルーナの黒い瞳と、合った。


 ナナシの声が、淡々と、戦場に、響いた。


「——面白いね」


 声が、言った。


「やってみるといい。——その託された言葉が、本物かどうか。私は、見させてもらうよ」


 アルトは、答えなかった。


 答える代わりに、バルを、地面に、そっと、置いた。両膝を、ついた。バルの傷ついた表皮に、両手を、当てた。


 手のひらに、バルの体温——のようなもの——が、伝わった。本当の体温ではない。だが、何か、温かいものが、確かに、バルの中から、滲んでいた。それが、アルトの手のひらに、染みた。


 息を、吸った。


 呼吸を、整えた。


 ユートが、片膝を立てた姿勢で、勇者の力を、自分の手のひらに、集めていた。銀色の光が、ユートの掌の中で、形になり始めていた。


 ミラが、杖の先で、空間に、新しい魔法陣を、描き始めていた。三本の経路を、別々に、バルの中に、納めるための陣。


 リアラが、両手を、ゆっくりと、バルの方へ、伸ばしていた。妖精族の翠の光が、指先から、滲み始めていた。


 全員の準備が、整いつつあった。


 アルトは、目を、閉じた。


 頭の中で、バルの言葉を、もう一度、なぞった。器。空っぽ。何でも入れられる。誰でも決められる。お前のバル。——お前が決めて、お前が満たした、お前のバル。


 そして、もう一度、目を、開けた。


 バルの中に、自分の魔力を、ゆっくりと、流し始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。