第127話:合成魔力の予感
ルーナの体から、黒い魔力が立ち上った。
今までの赤い魔力とは、違っていた。色だけではなかった。質が違った。赤はディアルの憎しみだった。怒りが暴れていた。だが黒は——静かだった。冷たかった。怒りも憎しみもなかった。ただ、目的があった。
アルトたちを排除する、という目的が。
ナナシの魔力。
ルーナの腕が、上がった。優雅に。指揮者が指揮棒を振るように。それと同時に——黒い光の槍が、十本、空中に出現した。
密度が、ディアルの魔力弾より高かった。一本一本が、研ぎ澄まされた刃のようだった。
十本の槍が、四人に向かって、同時に放たれた。
「散開!」
アルトが叫んだ。
四人が、四方に散った。ユートが横に跳んだ。ミラが後ろへ滑った。リアラが地面を蹴って草の上を転がった。アルトが膝を曲げて低く沈んだ。
槍が、地面に、着弾した。
音はなかった。それが、不気味だった。普通の魔法弾なら、爆発音や衝撃音が鳴る。だが黒い槍は、無音だった。地面に刺さって、それだけで——地面が、深く、抉れた。ただの抉れ方ではなかった。槍が刺さった部分が、綺麗な円錐形に、抉り取られていた。物理的な破壊ではなかった。空間ごと、削り取られていた。
削られた跡には、何もなかった。土も、草も、石もなかった。ただ、底のない穴が、十個、戦場に空いていた。
「——ヤバいね、これ」
ミラが杖を構え直しながら、低く言った。
「魔力じゃないわ。空間そのものを切り取ってる。——制御で防げるかどうか、分からない」
ユートが剣を構えた。剣に魔力を流す。だがミラの支援が、まだ復旧していなかった。剣の銀光が、薄い。一段階下がっている。
リアラが立ち上がった。涙の跡が顔に残っていた。だが目は、戦場を見ていた。ナナシを見据えていた。
「干渉、もう一度試す」
「無理だ」
アルトが言った。
「さっきリアラの干渉だけ綺麗に切られた。——同じことをやっても、また切られる。ナナシは、僕たちの戦法を全部見て、全部対処してくる」
リアラが、唇を噛んだ。
ルーナの腕が、もう一度上がった。今度は、二十本の黒い槍が、空中に出現した。
「来る!」
ユートが踏み込んだ。剣を振った。空中の槍を斬る。だが——剣が押された。槍に込められた力が、剣を押し返した。ユートの足が地面を滑った。
「重い——っ!」
ユートの足が、草の上を、二歩、滑った。剣を握る両手の腕が、しびれていた。一本斬っただけで、肩まで衝撃が走った。ディアルの魔力弾とは、別種の重さだった。
ミラが杖から火球を放った。槍に当てる。爆発する。だが槍は、爆発の中から、そのまま飛んできた。火球の出力では、止められなかった。ミラが舌打ちした。詠唱を切り替える。氷の壁を、瞬時に立てた。
アルトがバルの防壁を展開した。槍を弾く。一本、二本。三本目で、防壁にひびが入った。背中で、バルの軋みが、跳ねた。アルトは歯を食いしばって、四本目を弾いた。腕が痺れる。膝が震える。
「バル!」
『分かってる——出力上げる』
バルの声が、掠れていた。背中の軋みが、明らかに大きくなっていた。漏出が加速している。
四人で、なんとか槍の弾幕を凌ぎ切った。だが——明らかに、押されていた。
ルーナの——ナナシの——攻撃の手は、止まらなかった。次の魔法陣が、足元に展開され始めていた。冷静に、計算され、容赦なく。
「アルト」
ミラが、低い声で呼んだ。
「このままじゃ、ジリ貧よ。——いえ、ジリ貧ですらない。三十秒で、誰かが落ちる」
アルトは、答えなかった。
答えられなかった。
ミラの言葉は、正しかった。ナナシの戦い方は、ディアルとは違った。ディアルの魔力には、隙があった。憎しみが暴れている分、攻撃にムラがあった。リアラの干渉が入る瞬間があった。呼びかけが届く隙間があった。
だがナナシには、隙がなかった。攻撃が均一で、対処が完璧で、こちらの戦法を一手先まで読んでいた。今までの戦法では——届かない。
アルトは、息を整えた。背中のバルを感じた。軋みの間隔が、短くなっている。バルの限界が、近づいている。
考えろ。
考えろ。
アルトは、目を細めた。視界の端が、急に冴えた。戦場全体が、一枚の絵のように、頭の中に収まった。耳が、戦場の音を、選別し始めた。ユートの息遣い。ミラの杖が空気を切る音。リアラの足が草を踏む音。バルの軋み。ナナシの沈黙。
観察するときの、自分の体の感覚だった。
アルトは、戦場を見渡した。
ユート。剣を握り締めて、息を整えている。剣には、銀の光と——その奥に、金の光。ユート自身の魔力と、エイルの残滓。二人分の勇者の力が宿った剣。ミラの支援が復活すれば、もう一段階、上がれる。
ミラ。杖を構えて、次の支援の準備をしている。制御法。持続供給。複数人分配。彼女は支援役として、もうこの戦場の要だった。
リアラ。エメラルドの瞳で、ルーナを見据えている。妖精族の干渉力。ナナシに切られたが——届く力は、確かにあった。
バル。背中で軋んでいる。勇者と魔王の封印器。アルトの一番近くにいる、最初の相棒。
そして——ルーナ。妖精族の少女。中に、ディアルの魔族の力と、ナナシの——おそらくは、もっと別の——力。
アルトの目が、ふと、止まった。
待って。
ルーナの中には、妖精族の力と、魔族の力がある。
バルの中には、勇者の力と、魔族の力がある。
リアラには、妖精族の力がある。
——三種族。
人間族の勇者。魔族。妖精族。
この三つの力が、ルーナの中で、強制的に融合されて、暴走している。だから救えない。だから届かない。
なら——
アルトの中で、何かが、繋がった。
届かないなら、こちらも、三つの力を、一つにすればいい。
バルの中の勇者と魔族の力。リアラの妖精族の力。それを——統合する。融合する。一つの剣に、三種族の力を全部、込める。
ルーナの中で暴走している三種族の力を、こちらが正しく統合した三種族の力で、上書きする。
「——それだ」
アルトが、呟いた。
背筋に、鳥肌が走った。視界が、もう一段、冴えた。心臓が、跳ねた。届く道筋が、見えた。確信ではなかった。だが——可能性として、初めて、見えた。
全員が、振り返った。
「アルト?」
「合成魔力です」
アルトが、早口で言った。
「ルーナさんの中には、妖精族と魔族の力が、強制的に融合されてます。だから救えない。——なら、こっちも同じことを、正しい形でやればいい」
ユートが、目を細めた。
「同じこと——三種族の力を、一つに?」
「はい。バルの中には、勇者と魔族の力があります。リアラの干渉は、妖精族の力です。これを、一つに統合します。バルがその器になります。ユートさんの剣に、その合成魔力を流す。三種族の力で、ルーナさんの中の三種族の力に、届かせる」
ミラが、息を呑んだ。
「——理屈は、通る。通るけど。——そんなの、誰もやったことが」
「だから、やります」
アルトが、即答した。
「やったことがないから、ナナシも読めない。こっちの戦法じゃない、新しい力なら、ナナシの対処を、一回だけ、外せます」
ナナシの黒い瞳が、アルトを見ていた。声は出さなかった。だが、見ていた。
ユートが、剣を構え直した。
「——分かった。やってみる」
「リアラ。妖精族の力を、バルに流せる?」
「やってみる。——直接、バルに触れて流す」
「バル」
アルトが、背中に呼びかけた。
「リアラの干渉と、お前の中の勇者と魔族の力。——統合できるか」
バルが、しばらく、黙っていた。背中で、軋みが、続いていた。
『——やってみるしかねぇだろ』
バルが言った。
『もとから、俺は二つの力の器なんだ。三つになっても——たぶん、いける。たぶん、な』
「ミラさんは、ユートさんの剣への支援、復旧お願いします。合成魔力をユートさんの剣に流すには、ミラさんの制御が要ります」
「——分かったわ」
ミラが、杖を構えた。新しい詠唱を、始めた。
ナナシの口が、動いた。
「——面白いね」
声が、淡々と言った。
「やってみるといい。——その閃きが、本物かどうか。私は、見させてもらうよ」
ナナシが、攻撃の手を、止めた。
ルーナの腕が、下がった。黒い槍が、空中で消えた。ナナシは——四人が、新しい戦法を構築するのを、見ようとしていた。
試している。
アルトの宣言と、合成魔力の閃きが、本物かどうかを。
アルトは、息を吸った。背中のバルを、感じた。軋みが、まだ続いていた。だが——いける。たぶん、いける。
リアラが、バルに近づいた。背中のバルに、手を当てた。
『——リアラ』
バルが、低く言った。
『お前の力、流してくれ。優しく、じゃない。全力で。——俺の中で、混ぜる』
「うん」
リアラの瞳が、エメラルドに染まった。手のひらから、翠の光が滲み出した。バルの黄色い表皮に、その光が触れた。光が、染み込んでいった。バルの中へ。
バルの中で——何かが、震え始めた。
勇者の力と、魔族の力。元から器の中にあった二つの力。そこに、妖精族の力が、加わった。三つの力が、バルの中で、絡み合い始めた。最初は、互いを弾いた。勇者の銀光と、魔族の赤光と、妖精族の翠光が、バルの中で、ぶつかり合った。だが——バルが、それを抑え込んだ。器としての性質が、三つを、強引に、一つの空間に押し込めた。
バルの表皮が、震えた。三色の光が、表皮の隙間から、漏れ始めた。
バルが、唸った。
『——重い。——けど、いける』
「ユートさん、剣を」
ユートが、剣を、バルに向けた。
ミラの制御が走った。バルの中の合成魔力を、ユートの剣に、流し込む経路を、作った。
「——いくぞ」
アルトが、低く言った。
バルから、合成魔力が、流れ出た。
勇者の銀。魔族の赤。妖精族の翠。三色の光が、絡み合いながら、ミラの制御の経路を通って、ユートの剣に、流れ込んだ。
ユートの剣が——三色に、輝いた。
銀と赤と翠が、剣の刀身の上で、螺旋を描いていた。一つに混じり合うのではなく、三つのまま、絡み合いながら、輝いていた。今までで、一番、強い光だった。剣を握るユートの腕に、光の熱が、伝わってきた。熱いのか冷たいのか、分からない熱だった。ただ——力があった。今まで握ったどの剣とも、違う力が。
「——これが、合成魔力か」
ユートが、低く、呟いた。
ナナシが、ルーナの口で、わずかに呟いた。
「——なるほど」
声が、初めて、わずかな興味の色を帯びた。
戦場が、息を、止めていた。
ミラの杖が、制御を保ったまま震えていた。リアラがバルから手を離さずに、翠の光を流し続けていた。アルトが、全員の状態を、見ていた。バルの軋みが、限界に近かった。三種族の力を一つに抑え込むのに、バルが消耗していた。
いける時間は、長くない。たぶん、一撃。
最初の一撃が、放たれようとしていた。




