第124話:開戦
ルーナの四発目は——散弾ではなかった。
両手を広げたルーナの周囲に、赤い光の球が六つ形成された。拳大。密度が高い。中層の守護体を一撃で砕くほどの魔力が、一つの球に圧縮されている。それが——六つ。
六つが同時に動いた。
狙いは全員だった。ユートに二つ。ミラに一つ。アルトに一つ。リアラに二つ。——リアラへの弾数が多い。なぜだ。リアラの干渉が効いたからだ。ルーナを揺らした存在として——ルーナの中のディアルの憎しみが、リアラを最も危険と判断している。
「リアラに二つ来る! ユートさん!」
アルトの声が飛んだ。
「任せろ!」
ユートが跳んだ。自分に向かう二発を斬りながら、リアラの前に回り込む。リアラへの二発も、一続きの剣閃で叩き落とした。銀色の光と赤い光が弾け、衝撃波が草原を薙いだ。残った二つの球はミラが杖で相殺し、アルトがバルの防壁で弾いた。
——全弾処理。だがユートの消耗が大きかった。一人で四発分。本来の倍を負っている。
「ミラさん。ユートさんの魔力、どのくらい——」
「七割五分。——まだいけるわ。でもこのペースだと長くは保たない」
長くは保たない。ルーナの攻撃頻度が上がれば、ユートが先に削れる。それまでに——何かを変えなければ。
ルーナが——次の攻撃を準備していた。今度は球ではない。足元から。地面に赤い光の文様が走り始めた。魔法陣。——リアラが繋がれていたのと同系統の術式が、ルーナの足元から放射状に広がっていく。
「……陣が来る! 全員——地面から離れて!」
アルトの声に全員が跳んだ。文様が光った瞬間、地面から赤い光の柱が噴き上がった。草が一瞬で炭化した。立っていたら焼かれていた。
着地。足元を見る。文様は消えたが——地面が黒く焦げている。ルーナの周囲三十歩分の草原が、もう存在しなかった。焼けた黒い石だけが残っている。
ルーナが自分で作った世界を、自分で焼いている。
「……アルト」
ミラが杖を構え直しながら、低い声で言った。
「このままだとジリ貧よ。ルーナの攻撃を受け続けるだけじゃ——私たちが先に潰れる。どこかで仕掛けないと」
「わかってます。——でもまだ早い。バルの出力を使うのは、リアラの干渉でルーナさんの意識が表に出た瞬間だけ。それまでは耐える」
「耐えるにも限界がある。——ユートの消耗が想定より速い」
ミラの声が冷静だった。天才的な頭が戦場の数値を常時計算している。ユートの魔力残量、攻撃の消費率、ルーナの攻撃間隔。全てが数字として頭の中を流れている。
「——リアラ。もう一度干渉できる?」
アルトがリアラに振り返った。
「やってみる。——でもさっきより距離が遠い。近づかないと——」
「近づくのは危険だ」
ユートが剣を構えたまま言った。ルーナの手が動くたびに赤い光が脈動する。次の攻撃がいつ来るかわからない。
「ユートさんが抑えている間に、リアラが近づく。——僕がルーナさんの気を引きます」
「気を引く? どうやって」
「バルの共鳴。——ルーナさんの中の魔王の力とバルは元々繋がっていた。共鳴を意図的に強めれば、ルーナさんの注意がバルに向く。その隙にリアラが——」
『おい——ノロマ』
バルの声が背中から響いた。掠れている。だが——聞こえた。
『共鳴を強めるってのは——俺の漏出を増やすってことだぞ。自分から魔力を解放するんだからな。——分かってんのか』
「分かってます」
『分かってて言ってんのか』
「分かってて言ってます。——バルの消耗が増える。でも、それ以外に方法がない」
沈黙。バルが考えている。——いや、考えてはいない。分かっている。他に方法がないことを。
『……やれよ。——やるしかねぇんだろ』
「ごめん」
『謝んな。——戦場で謝るやつがあるか』
アルトは——一瞬だけ、目を閉じた。バルに負荷をかける。漏出が加速する。バルの残り時間が削れる。——覚悟はした。でも諦めない。ここで使う分を、後で取り戻す方法を考える。矛盾している。——それでいい。
「全員、合わせてください。ユートさんが正面を抑える。僕がバルの共鳴でルーナさんの注意を引く。その間にリアラが干渉をかける。ミラさんはユートさんの支援と、リアラの退路確保を」
「了解」
「了解よ」
「——うん」
「行きます。——三、二、一」
アルトがバルの魔力を引き出した。だが今度は防壁ではなく——共鳴。バルの中に残る、かつての魔王の残滓。その残滓が持つ波長を、意図的に増幅させた。
空間が——震えた。
バルの共鳴が波紋のように広がり、ルーナの魔力に触れた。ルーナの中の魔王の力が——反応した。共鳴する周波数。かつて一つの器の中にいた二つの力。バルとルーナの中の魔王の力は——同じ根を持っている。
ルーナの目が——アルトに向いた。
赤い瞳が見開かれた。ルーナの体が——バルの方を向いた。感知している。バルの中の残滓を。かつて自分の一部だったものの気配を。攻撃の手が止まった。——一瞬。
「今!」
リアラが走った。
小さな体が草原の焦げ跡を駆け抜ける。ルーナに向かって。干渉の準備をしながら。手を伸ばしながら。
ユートがルーナの正面に立った。もしルーナがリアラに攻撃したら——すぐに割って入れる位置。剣が銀色に光っている。
リアラがルーナに近づいた。十歩。五歩。三歩。——手が届く距離。
リアラの手が——ルーナの腕に触れた。
瞳がエメラルドに染まった。干渉。ルーナの中の魔力に、直接、妖精の力を流し込む。鎮静の波。ルーナの意識を引き出すための——道しるべ。
ルーナの体が——震えた。
大きく。全身が。赤い魔力が揺らいだ。ディアルの憎しみとリアラの干渉がぶつかった。——その衝突の隙間から。
緑が——浮かんだ。
ルーナの左目だけ。赤い瞳の奥から、翠が浮き上がる。さっきより長い。一瞬ではない。二秒。三秒。——緑が保っている。
ルーナの唇が——動いた。
「——リ、ア……ラ……」
名前を呼んだ。
リアラの名前を。掠れた声で。途切れ途切れの声で。——だが確かに。ルーナがリアラの名前を覚えていた。
「ルーナ——! 私だよ! 大丈夫——大丈夫だから——」
リアラが両手でルーナの腕を握った。干渉を強めた。瞳のエメラルドが輝きを増す。もっと引き出す。もっとルーナを表に出す。——もう少し。もう少しで——
ルーナの右目が——赤く燃えた。
左目は緑。右目は赤。二つの色が一つの顔の上で戦っている。ルーナとディアルの憎しみが——文字通り、瞳の中で鬩ぎ合っている。
そして——赤が、勝った。
衝撃波がルーナの体から放射された。至近距離。リアラが吹き飛ばされた。
「リアラ!」
ユートが駆けた。空中のリアラを受け止めた。衝撃で二人とも地面を転がった。——だがユートが体でリアラを庇って、リアラは無傷だった。
「——大丈夫?」
「うん——大丈夫。でも——」
リアラが顔を上げた。ルーナを見た。
ルーナは——膝をついていた。頭を抱えている。苦しんでいる。自分の中の二つの力がぶつかり合って——体が悲鳴を上げている。
「——名前を呼んだ」
リアラの声が震えていた。だが——喜びがあった。
「ルーナが——私の名前を呼んだ。覚えてる。私のこと、覚えてる」
アルトは——全体を見渡した。
ユートの魔力残量が六割を切った。ミラの制御法の出力が上限に近い。バルの共鳴で漏出が加速した——背中のきしみが、明らかに大きくなっている。リアラは無事だが消耗している。
そしてルーナは——まだ。まだディアルの憎しみの中にいる。一瞬だけ出てきた。名前を呼んだ。でも——まだ足りない。
ルーナが——顔を上げた。頭を抱えていた手が下がった。瞳は完全に赤に戻っている。だが——涙の跡があった。さっきの涙が乾いていない。
次の攻撃が来る。——もっと大きい。
「全員——構え!」
アルトの声が草原に響いた。
ルーナの手が——天に向かって伸びた。赤い月に向かって。偽りの月を掴むように。月が——割れた。月の光が砕けて、赤い破片が流星のように降り注ぎ始めた。
流星の雨。月を砕いて作った、魔力の弾幕。
「……美しい光景ね。——殺されそうだけど」
ミラが杖を構えた。
赤い星が降ってくる。無数に。空を埋め尽くすほどに。
戦いは——まだ、終わらない。




