表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ノロマ、死ぬなよ』〜毒舌カバンと最弱少年の英雄譚〜  作者: 塩とわかめ
第三章:壊れた空と、取り戻すための戦い
128/162

第120話:導きの声

 回廊が——終わった。


 壁の結晶が途切れ、天井が消えた。足元の一歩だけがまだ赤い床で——その先に、上へ向かう大階段が見えた。螺旋ではない。真っ直ぐ上に伸びる広い階段。幅は十人が横に並べるほど。段差の一つ一つが大きく、人間の歩幅には合っていない。人間のために作られた場所ではない。


 最上層への入口だった。


「……ここから先が本番か」


 ユートが剣に手をかけた。銀色の光が灯る。階段を見上げる目が鋭い。


「バル。共鳴は」


『上だ。——近い。階段の先。もう——すぐそこだ』


 バルの声は掠れていたが——方角だけは確かだった。リアラの干渉で一晩の猶予を得て、声に最低限の芯が戻っている。だが長くは持たない。ここから先は——リアラの干渉も追いつかないほどの魔力密度になる。


「全員、確認します」


 アルトが声を上げた。——静かに。だが通る声で。指揮官の声ではない。仲間に語りかける声。


「階段を上ったら、最上層。ルーナさんのいる場所まで一直線です。道中に何が来るかわからない。守護体も、罠も、城そのものの攻撃も。——でも止まりません。バルの時間がない」


 全員が頷いた。


「ユートさんが先頭。道を切り開いてください。ミラさんは二番手で制御と支援。リアラは四番手で干渉を維持。僕とバルは三番手で——全体を見ます」


「了解だ」


「了解」


「——うん」


「行きましょう」


 五人が——階段を上り始めた。


 * * *


 十段目で——空気が変わった。


 上層の魔力は「揺れる」だった。最上層は——「圧す」だった。呼吸するだけで胸に重石が乗るような密度。空気そのものが赤い魔力を含んでいて、吸い込むと肺が熱くなる。


 全員の足が、無意識に重くなった。アルトの肺が熱い。バルが背中で軋む——器が外側から叩かれている。リアラが息を細く整え、内側から城の魔力に触れた。緩衝の手が、わずかにバルを覆う。


 ミラの制御法が即座に反応した。自分とユートへの補正を強め、呼吸への干渉を相殺する。だが——額に汗が浮かんだ。上層の変動に合わせた制御式が、最上層の密度には足りない。パラメータを歩きながら書き換える。並列処理。補正の上に補正を重ねる。


「ミラさん。負荷は」


「大丈夫よ。——まだ余裕がある」


 嘘ではない。だがミラの「余裕」は常人の「限界」と同義だった。余裕があるうちに対処する。余裕がなくなったら——もう手遅れだ。


 二十段目で——壁が動いた。


 階段の左右の壁から、結晶が隆起し始めた。守護体ではない。壁そのものが棘のように突き出してくる。長さは人の腕ほど。先端が鋭く尖り、赤い光を帯びている。階段の幅を狭めるように。上へ行かせまいとするように。


「免疫だな——また」


 ユートが剣を振った。突き出してきた結晶を斬り落とす。七割出力。断面が赤く光り、また伸び始める。再生する。斬っても斬っても——壁が伸びてくる。


「斬るだけじゃ追いつかない。ユートさん——」


「わかってる。走り抜けるぞ」


 ユートが加速した。階段を三段飛ばしで駆け上がる。棘が伸びてくる速度より速く。道を切り開くのではなく——道が閉じる前に通り抜ける。


「ミラさん、リアラの周囲だけ棘を鈍化させられますか」


「——やってみる」


 ミラが杖を振った。リアラの周囲の壁に魔力干渉を飛ばし、結晶の再生速度を落とす。完全に止めるのは無理だが——遅らせることはできた。リアラが棘の間を抜ける隙間ができる。


「リアラ、今!」


「——うん!」


 リアラが駆けた。棘の合間を縫って。体が小さいのが幸いした。大人なら通れない隙間を、身をかがめてすり抜ける。髪の先が結晶の鋭利な先端を掠めた。一本でも刺されば足が止まる。それでも——止まらなかった。


 アルトは——全員の動きを見ていた。ユートが前を切り、ミラが支援し、リアラが通り抜ける。自分はその全体を見て、タイミングを計る。声を出す。前に出るのではなく——みんなを行かせる。


 その役割は、まだ慣れない。手のひらに汗が滲む。声を上げるたびに、自分の足が前に出ようとするのを抑える。でも——抑えられている。


 階段の中腹で——守護体が出た。


 壁からではなかった。階段そのものから。段差の隙間から赤い光が溢れ、三体の獣型が同時に形成された。上層のものより大きい。肩の高さが人の胸まである。目が八つ。


「三体同時——」


「ユートさん、正面の一体! ミラさん、右を牽制してください! 左は——」


 左は自分が受けるしかない。アルトが防壁を展開した。バルの魔力を引き出す。——今度は出た。だが薄い。持って数秒。


 守護体が跳びかかった。防壁に激突する。衝撃が全身を揺さぶった。薄い防壁がひび割れる。もたない。


「バル——もう少し——」


『出してる——これが限界だ——』


 限界。バルの限界が、防壁の厚さに直結している。以前なら中層の番人すら弾き返した防壁が、今は獣型一体の突進に耐えられない。


「——リアラ!」


 アルトが叫んだ。


 リアラが——手を伸ばした。守護体に向けて。干渉。城の一部である守護体に——城の魔力を操る干渉をかけた。守護体の動きが鈍った。一瞬。体を構成する結晶の結合が緩む。


 ミラの魔力弾が正確に核を撃ち抜いた。守護体が砕けた。


「右も——」


 ミラが杖を回した。牽制していた右の守護体に集中砲火。三発。核が露出した瞬間を見逃さず、四発目で撃ち抜く。


 ユートが正面の一体を斬り伏せた。九割出力。一刀両断。


 階段が静かになった。——だが、すぐに壁の棘が伸び始める。止まっている暇はない。


「上! 走って!」


 アルトの声に全員が応えた。階段を駆け上がる。棘が迫る。壁が閉じようとする。城が侵入者を排除しようとしている。


 アルトは走りながら——全員の位置を把握していた。ユートが先頭を五段分リード。ミラが三段後ろ。自分とバルが中央。リアラが二段後ろ。全員の速度。全員の消耗。ミラの呼吸が荒い。リアラの足が一瞬もつれた。ユートだけが安定している。


「ミラさん、杖の出力を下げてください。棘の鈍化は止めていい。走り抜けます」


「了解——」


 ミラが補助を切って走りに集中した。制御法は自分とユートへの呼吸補正だけに絞る。余計な出力を全て切って、足に力を回す。


「リアラ、大丈夫?」


「大丈夫——走れる!」


 リアラの「大丈夫」は本物だ。大丈夫じゃない時にはリアラは大丈夫と言わない。


 階段の終わりが見えた。最上部。光が漏れている。赤い光ではなく——もっと深い。赤黒い。魔力の奔流が渦巻いている入口。


 ユートが最初に飛び込んだ。続いてミラ。アルトとバル。最後にリアラが——棘の伸びる速度を干渉でわずかに遅らせながら駆け抜けた。


 棘が背後で閉じた。階段が塞がった。——もう戻れない。


 * * *


 最上層は——広かった。


 天井がなかった。上に向かって空間が無限に広がっているように見える。だが無限ではない。遥か上方に、赤黒い光の渦が天蓋のように回転している。その渦の中心が——暗い。光を吸い込む穴のように。


 空気が薄い。冷たい。最上層は、城のどこよりも静かだった。城の脈動が遠く感じられる——ここは脈動の中心ではなく、脈動が生まれてくる場所だった。


 床は結晶ではなかった。黒い石。城の最初の姿——まだ魔力に侵される前の石が、ここにだけ残っていた。足元が固い。上層までの不安定な床とは違う確かさがある。


 広間の中央に——道が続いていた。黒い石の道が、奥へ真っ直ぐ。両側に赤い結晶の柱が並び、柱の間を赤い光の筋が渡っている。神殿の参道のような構造。


 参道の奥に——門が見えた。


 巨大な門。黒い石と赤い結晶で組まれた、アーチ型の門。高さは人間の十倍。門の表面に文様が刻まれている。古い文様。人間のものではない。——妖精族の文字と、魔族の文字が、交互に刻まれていた。


「……あれが」


 ユートの声が低く響いた。


「最終扉だ。——あの向こうにルーナがいる」


 バルの共鳴が——震えていた。アルトの背中で。掠れた声が漏れた。


『近い——。すぐそこだ。あの扉の——向こう』


 アルトは——立ち止まらなかった。立ち止まりたくなる衝動を抑えた。全体を見ろ。声を出せ。導け。


「全員——状態の確認を。ここから先は止まれません」


「俺は問題ない。——八割は出せる」


「私も大丈夫。制御法は安定してる。——段階的放出の式も仕込んである」


「干渉は——維持できる。ルーナの近くに行けば、もっと強くかけられると思う」


「バルは」


『……出す。出してやる。——聞くな。出すから』


 バルの声は掠れていた。だが——覚悟があった。出す。自分の全てを。器が割れようと。


 アルトは——全員を見た。


 不完全なパーティ。全員がどこか壊れている。万全の者は一人もいない。——だが全員が、ここにいる。


「行きましょう。——ルーナを、助けに」


 黒い石の参道を——五人が歩き出した。


 門が近づいてくる。赤い光の筋が体の脇を通り過ぎていく。魔力の圧力が一歩ごとに増す。文様が光り始めている。門が——開こうとしている。侵入者を感知して。あるいは——迎え入れようとして。


 門の前に立った。


 巨大なアーチが五人を見下ろしている。文様の光が脈打っている。城の心臓と同じリズムで。


 ユートが——剣に手をかけた。


「開けるぞ」


 誰も異論はなかった。


 ユートが剣を抜き、門に触れた。ユートが魔力を通すと、銀の光が走り——それに呼応して、金の刃も、淡く光った。二色の光が、門に流れ込む。——門の文様が全て光り、地鳴りのような音と共に、黒い石のアーチがゆっくりと左右に開いていった。


 光が溢れた。赤い光ではなく——白に近い光。魔力の密度が高すぎて、光そのものになっている。


 光の奥に——影が見えた。


 小さな影。


 アルトの心臓が跳ねた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ