09. 嫌いな祖父だと知らずに、美月は黒瀬蓮へ祖父の悪口を言った
いつも応援ありがとうございます!
当作品は、【毎日 朝06:00 / 夕方18:00】の1日2回、定時更新でお届けしております。
今回もぜひ、最後までお楽しみください!
【皐月視点】
ギルドへ入った瞬間、聞き覚えのある声がした。
「黒瀬さん、今日来てませんか?」
……またか。受付で、美月が黒瀬蓮を探している。最近は会うたびに、
『師匠!』
『今日こそ教えてください!』
とうるさい。俺は一度も師匠になった覚えはない。ないはずなのだが、あいつの中ではもう決定事項らしい。
「誰が師匠だよ……」
小さく呟きながら、俺は見つかる前に物陰へ入った。今日の目的は、美月の相手ではない。もっと面倒な相談だ。
アイテムボックスから、一枚の黒い仮面を取り出す。昔から使っている魔道具だ。装備者の顔だけでなく、ステータスや魔力の特徴まで隠す効果がある。今の時代、顔を変える程度ならいくらでも方法はある。だが、ステータスや魔力の癖まで誤魔化せる道具はそう多くない。美月に見つかるのも面倒だが、余計な奴に正体を探られるのも面倒だ。俺は仮面をつけ、そのままギルドの上階へ向かった。受付のざわめきが、背中の方で遠くなる。階段を上がるたびに、空気が少しずつ静かになっていく。一般ハンターが気軽に入る場所ではない。その奥に、総帥室があった。
「どうしたんですか? 珍しいですね」
総帥室へ入ると、天羽継真が驚いた顔をした。
「ちょっと相談がある」
「皐月さんが相談?」
「……俺にだって相談くらいある」
継真の向かいへ座る。こいつも、ずいぶん歳を取った。昔はまだ若さが残っていた顔に、今では総帥らしい皺が刻まれている。それでも、目の奥の鋭さは変わっていない。あの天照院の総長だった天羽義道の子だ。
「実はな。孫がハンターになった」
「お孫さんが?」
「ああ」
それだけなら問題はない。美桜に憧れてハンターになる。その気持ち自体は、否定したくない。問題なのは――。
「深層適性者だった」
継真の表情が変わった。
「……本当ですか?」
「ああ。俺が確認した」
しばらく沈黙が続く。継真も分かっている。深層適性者という言葉の重さを。今では資料にも載っている。研究も進んだ。以前ほど、未知の適性ではない。だが、俺たちにとっては違う。その言葉の先には、いつもサクラがいる。星継ぎの間で眠り続ける、あいつの姿がある。
「できれば、ハンターをやめさせたい」
「気持ちは分かります。でも……」
継真は困ったように息を吐いた。
「ギルドとしても、本人の意思を無視して資格を取り上げることはできません」
「だよな」
「それに、深層適性を持っているだけでは資格停止の理由にはならない」
「分かってる」
分かっているから面倒なんだ。危険だからやめろ。それだけで止められるなら、とっくにそうしている。だが、美月は一度決めたら、簡単には曲げない。祖父の言葉なんて、なおさら聞かない。誰に似たんだか。いや、たぶん美桜だ。それから少し、俺にも似ている。だから余計に面倒くさい。
「なら、せめて補佐をつけましょう」
「補佐?」
「経験者を指導員として同行させます」
「誰を?」
継真が俺を見る。嫌な予感がした。
「皐月さん」
「嫌だ」
「即答ですか」
「俺が出たら余計に反発する」
「黒瀬蓮さんでしたっけ?報告みて笑ましたよ。だからその黒瀬蓮としてです」
「…………」
なるほど。そういうことか。
「B級の中堅ハンターとして、美月さんを指導してください」
「面倒だな……」
「お孫さんを守れるのは、その方が安心でしょう?」
それを言われると弱い。継真のやつ、分かっていて言っている。
「……分かったよ」
その日の午後。美月が受付へ呼び出された。俺は黒瀬蓮の姿で、その横に立つ。顔は少し変えてある。年齢も、魔力の癖も、普段の皐月とは違う。もちろん、美月は気づかない。
「朝倉美月さん。あなたにはしばらく指導員をつけることになりました」
「指導員?」
「新人ハンターの安全確認と基礎指導を兼ねた制度です。あちらの黒瀬蓮さんです」
美月の顔が、一気に明るくなった。
「師匠!」
「師匠じゃねぇ」
「やった!」
……なんでそんなに嬉しそうなんだ。こっちは面倒ごとが正式な仕事になっただけなんだが。
受付の職員が笑った。
「良かったわね。あなたは皐月さんのお孫さんだから、ギルドとしても心配なのよ」
次の瞬間。美月の顔が変わった。
「はぁ?」
来た。俺は内心で額を押さえる。
「私は美桜おばあちゃんの孫娘です!」
「え?」
受付の職員が困惑する。だが、美月は止まらなかった。たぶん、今まで何度も同じように言われて、溜まっていたんだろう。それが、ここで一気に噴き出した。
「なんで、あんな人の孫って言われなきゃいけないんですか!」
あんな人。俺は隣で黙って聞く。
「歳も取らないし、家では暇そうにしてるし、何してるか分からないし……」
まだ続くのか。そう思ったが、口には出さなかった。言い返す資格もない。美月から見れば、たしかに俺はそういう存在なのだろう。歳を取らない。家にいる。何も説明しない。ときどき長く姿を消す。怖がられて当然だ。腹が立つより先に、少しだけ胸が痛んだ。変装しておいてよかった。たぶん今の俺は、かなり複雑な顔をしている。
「私は絶対、美桜おばあちゃんみたいなハンターになります!」
その言葉だけは、真っ直ぐだった。皐月への反発も。周囲への苛立ちも。たぶん全部、本物だ。でも、美桜への憧れも本物だった。だから俺は、思わず答えていた。
「……そうか」
美月がこちらを見る。
「はい! 師匠!」
「だから師匠じゃねぇって」
受付の職員が苦笑する。美月は嬉しそうに笑っている。俺は隣で、何とも言えない気分になっていた。祖父としては嫌われている。黒瀬蓮としては、なぜか懐かれている。これを喜んでいいのか、嘆けばいいのか。正直、分からない。
こうして。俺は正式に、美月の指導員になった。祖父としてではなく。春日皐月としてでもなく。B級ハンター、黒瀬蓮として。美月は嬉しそうにしている。俺が誰なのかも知らずに。俺を嫌っている理由を、俺本人に向かって語ったことにも気づかずに。それでも、その目は真っ直ぐだった。美桜に似ている。そして、ほんの少しだけ、サクラにも似ている。だから余計に放っておけない。この嘘がいつか壊れることは分かっている。その時、美月がどんな顔をするのかも、だいたい想像できる。それでも今は。黒瀬蓮として、こいつの隣に立つしかなかった。
本編をお読みいただきありがとうございました!
一気読みしてくださっている方も、毎日追ってくださっている方も、本当にありがとうございます!
第一章も楽しんでいただけていたら嬉しいです!
面白い、続きが気になる!と思ってくださったら、ページ下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援していただけると、第三部を最後まで駆け抜ける凄まじいエネルギーになります!
(星は1つからでも、ポチッと気軽に押していただけると大喜びします!)
――次回予告――
謎のS級ハンター・零。
その強さと、サクラへの想いに、美月は一気に惹かれていく。
黒瀬蓮に続いて憧れたその相手もまた――自分が嫌っている祖父だった。
次回
『10. 嫌いな祖父だと知らないまま、美月はS級ハンター零にも憧れた』
次回【朝06:00/夕方18:00】更新です!




