10. 嫌いな祖父だと知らないまま、美月はS級ハンター零にも憧れた
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【皐月視点】
今日は黒瀬蓮ではない。S級ハンターとしての仕事だ。アイテムボックスから、いつもの黒い装備を取り出す。黒い外套。そして、仮面。顔だけでなく、ステータスや魔力の特徴まで隠す魔道具だ。装備すると、声色まで変わる。この姿の時、俺は春日皐月でも、黒瀬蓮でもない。S級ハンター――零。世間に顔を出さず、必要な時だけギルドの依頼を受ける、便利な影みたいな存在。正直、好きな名前ではない。だが、表に出るには都合がいい。そう思って来たのだが。
「今日の仕事は……広報?」
思わず聞き返した。
「はい。若いハンター志望者へのPRも兼ねています」
「戦わねぇのかよ」
「たまにはお願いします」
面倒だ。魔物を斬る方がまだ楽だ。だが、S級として名前を借りている以上、こういう仕事も仕方ない。零という存在は、ギルドにとって都合がいい。顔を出さない。所属を明かさない。それでいて実績だけはある。若い連中からすれば、謎のS級ハンターというだけで興味を引くらしい。俺には何がいいのか分からない。そう思いながら、俺は諦めてカメラの前に座った。
「では、零さん。ハンターとしての目標を教えてください」
「目標?」
「はい」
少し考える。目標。そんなもの、昔なら考えたこともなかった。生き残る。倒す。守る。それだけだった。だが、今は違う。
「……ダンジョンを攻略することだな」
「すべてのダンジョンを、ですか?」
「できるなら」
まだ、人間が知らない深層は山ほどある。迷宮核が停止しても、すべての謎が消えたわけじゃない。星継ぎ。魂の接続。世界を越える方法。サクラを救う手がかりだって、どこに眠っているか分からない。だから俺は、潜る。それを、インタビューで言うつもりはなかった。
「では、尊敬する人物は?」
今度はすぐに答えが浮かんだ。
「サクラ」
インタビュアーが少し驚く。
「女神サクラ、ですか?」
「女神かどうかは知らねぇけどな」
俺は仮面の奥で目を細める。女神。世間はあいつをそう呼ぶ。星継ぎとして地球を救った存在。祈りの対象。教科書に載る英雄。だが、俺にとってサクラはサクラだ。泣きながら笑う。怖いと言いながら前に進む。あと五分と駄々をこねる。それでも最後には、自分で選んだ。
「世界を救うために、自分から眠ることを選んだ。俺にはできない」
「だから尊敬している?」
「ああ」
ただ。できれば、あいつにはもう頑張ってほしくない。そこまでは言わなかった。
「もしかして女神教なのでしょうか?」
「ちがう」
断固否定しておいた。勘違いされたら困る。サクラを信仰しているわけじゃない。あいつを神棚に置きたいわけでもない。眠ったまま綺麗な伝説にしたいわけでもない。俺はただ、あいつを起こしたいだけだ。だが、そんなことを配信で言うわけにはいかない。だから俺は、仮面の奥で黙った。インタビュアーは少し困ったように笑い、次の質問へ移った。
【美月視点】
「美月、これ見てみ〜」
昼休み。
友達がスマホを私の前に差し出してきた。
「何?」
「零! 今、生配信やってる!」
「零?」
「知らないの!? S級ハンターだよ!」
S級。その言葉に、私は反射的に画面を見た。黒い装備。黒い仮面。顔はまったく見えない。表情も分からない。なのに。
「……かっこいい」
思わず口から出た。
「でしょ!?」
友達が嬉しそうに言う。画面の中の零は、椅子に座ってインタビューを受けていた。声は低くて落ち着いている。無駄なことを言わない。質問にも、淡々と答えている。黒い仮面のせいで、表情は見えない。でも、そのせいで余計に目が離せなかった。何を考えているのか分からない。どれくらい強いのかも分からない。でも、S級。ギルドに認められた最上位のハンター。それだけで、胸が少し高鳴った。
『尊敬する人物は?』
画面の中で、インタビュアーが尋ねた。零は少しも迷わなかった。
『サクラ』
「……え」
思わず声が出た。サクラ。女神サクラ。星継ぎとなり、自ら眠りにつくことで地球を救った女性。おばあちゃんが最後まで守った人。私にとっても、その名前は特別だった。その人を、零は尊敬していると言った。しかも、格好つけている感じが全然ない。有名な名前を出して、好感度を上げようとしているようにも見えない。ただ、本当にそう思っているから答えた。そんな言い方だった。
「……いい」
「美月、顔ヤバいよ」
「うるさい」
でも、たぶん本当に変な顔をしていたと思う。師匠――黒瀬蓮とは違う。師匠はぶっきらぼうで、口も悪い。でも強い。あの人の強さは、目の前で魔物を斬り伏せる現場の強さだ。零は、それとは違う。静かで。謎があって。S級で。黒い仮面で顔を隠していて。世界を救ったサクラ様を尊敬していて。
「……全部いい」
「惚れた?」
「まだそこまでじゃない!」
そう答えた。でも、声が少し大きくなった時点で、説得力はなかったかもしれない。
配信が終わるまで、私は一度もスマホから目を離さなかった。インタビューの内容を全部覚えているわけじゃない。でも、零がサクラ様を尊敬していると言った場面だけは、何度も頭の中で繰り返された。いい。すごくいい。今度、師匠に会ったら聞いてみよう。S級ハンター零のことを知っているかどうか。そう思った。
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――次回予告――
魔物に追われ、命からがらダンジョンを脱出した美月。
助けを求めて思い浮かべたのは、師匠と零。
けれど、そこで待っていたのは――いちばん会いたくなかった祖父だった。
次回
『11. 師匠でも零様でもなく、そこにいたのは嫌いな祖父だった』
次回【朝06:00/夕方18:00】更新です!




