11. 師匠でも零様でもなく、そこにいたのは嫌いな祖父だった
いつもお読みいただきありがとうございます!
申し訳ありません!予約投稿の設定時間を間違えて投稿してしまいました……!
楽しみにしてくださっていた皆様、失礼いたしました。
気を取り直して、今回のエピソードをお楽しみいただけると幸いです!
【美月視点】
私の戦い方は、剣だ。本当は、美桜おばあちゃんみたいに魔法を使いたかった。氷の魔法で魔物を止めて、仲間を守って、戦況を変える。小さい頃に聞いたおばあちゃんの話は、いつだって格好よかった。でも、私には魔法より剣の方が向いていた。適性検査でもそう出たし、実際に握ってみると、魔法よりずっと身体に馴染んだ。少し悔しい。でも、向いていないものを追いかけても仕方ない。だから今は、これで強くなるしかない。その日の放課後。昼休みに見た零様の配信が、まだ頭から離れなかった。黒い仮面。低くて落ち着いた声。そして、尊敬する人物にサクラ様の名前を出したこと。
「……私も頑張ろ」
そう思ったら、なんだか無性にダンジョンへ行きたくなった。
向かったのは、近くの森型ダンジョンだった。初心者でも入りやすい場所として、ギルドの資料にも載っている。木々が生え、草の匂いがして、足場もそれほど悪くない。出てくる魔物も浅い階層なら弱い。今日は浅い階層だけ。そう決めていた。昨日みたいな無茶はしない。師匠にも言われた。新人が勝手に深く潜るなって。だから、今日は確認だけ。自分がどれくらい動けるのか、少し試すだけ。
「えいっ!」
スライムを斬る。ぷるん、と揺れた身体が崩れ、淡い光になって消えた。次に出てきたのは、小さなウサギ型のモンスター。動きは速かったけれど、落ち着いて見れば追えないほどじゃない。私は剣を構え直し、踏み込んだ。倒せた。ちゃんと、戦えている。そう思った。
でも、少し進んだところで違和感に気づいた。
「……多くない?」
スライム。ウサギ。またスライム。少し進むたびに、何かが出てくる。一体一体は強くない。けれど、休む暇がない。剣を振るたびに息が上がる。掌に汗がにじむ。初心者向けの浅い階層って、こんなに魔物が出るものなの?森の中は静かだった。静かすぎた。鳥の声も、風の音もない。ただ、どこかで葉が擦れる音だけが聞こえる。嫌な感じがした。今日は、何かおかしい。
その時だった。
「――っ!」
頭上から、何かが落ちてきた。考えるより先に、身体が横へ跳んだ。次の瞬間。さっきまで私が立っていた場所に、長い蛇型のモンスターが噛みついた。牙が地面に突き刺さる。
「うそ……!」
木の上にもいたの?浅い階層で?そんな疑問を考えている余裕はなかった。蛇型の魔物が身体をくねらせ、もう一度こちらへ飛びかかってくる。私は剣を振った。刃が鱗に弾かれる。もう一度。今度は横から斬りつける。蛇が嫌がるように身を引いた。倒せたわけじゃない。追い払っただけ。それでも、私の息は乱れていた。
「今日……ヤバいかも」
そう思った瞬間、無理をする気持ちが消えた。撤退しよう。今日は帰ろう。
来た道を戻ろうとした、その時だった。
「ギャッ!」
「……え?」
前方の茂みから現れたのは、ゴブリンだった。
「なんで……?」
この階層にいるはずがない。少なくとも、ギルドの資料にはそう書いてあった。一体。その後ろに、もう一体。
「無理!」
戦うことを考えるより先に、私は走った。枝が腕に当たる。足元の根に足を取られそうになる。後ろから、ゴブリンの声が聞こえる。近い。怖い。怖い。師匠。零様。誰か――。そんなことを考えた。でも。誰も来なかった。私はただ、必死に走った。転んで。手のひらを擦りむいて。それでも立ち上がって。また走った。
どうやって入口まで戻ったのか、よく覚えていない。ただ、走った。何度も振り返りそうになって。でも、振り返ったら足が止まりそうで。とにかく前だけを見て走った。気づけば、私はダンジョンの外に飛び出していた。
「はぁ……はぁ……」
肺が痛い。喉が焼けるみたいだった。膝が震えている。生きてる。それだけで、力が抜けそうになった。怖かった。本当に、怖かった。師匠がいたら。零様みたいに強かったら。そんなことを思ってしまう自分が、少し悔しかった。その時。
「美月!」
聞きたくない声がした。
顔を上げる。
「……なんでいるの?」
そこにいたのは、おじいちゃんだった。春日皐月。師匠じゃない。零様でもない。家にいる、あの気味の悪い祖父。こんなところで何をしてるの?私は死にそうだったのに。おじいちゃんは私の顔を見た瞬間、明らかにホッとした顔をした。
「怪我は?」
「……ない」
「そうか」
その顔が、なんだか余計に腹立たしかった。心配してくれているのは、たぶん分かる。でも、分かりたくなかった。
「なんでいるの?」
「ちょっとな」
「ちょっとって何?」
皐月は答えない。まただ。この人は、いつもそう。
何をしているのか分からない。どこへ行っているのかも教えない。歳も取らない。私のことを心配しているような顔をするのに、何も話してくれない。全部、気味が悪い。
「……お父さんがいたらよかったのに」
口から出てしまった。言ったあと、自分でも少し驚いた。お父さんは、昔ダンジョンで死んだ。私はほとんど覚えていない。写真の中の顔と、母から聞いた話くらいしか知らない。でも。こんな時。お父さんだったら、ちゃんと心配してくれた気がする。ちゃんと話してくれた気がする。目の前のおじいちゃんみたいに、何も言わずに立っているだけじゃなくて。そう思ってしまった。
「帰る」
私はおじいちゃんの横を通り過ぎた。
「美月」
名前を呼ばれる。その声が、なぜか少し苦しそうに聞こえた。でも、振り返らなかった。
「ついてこないで」
それだけ言って、私は歩き出す。足はまだ震えていた。手のひらも痛い。さっきまで怖くて仕方なかった。なのに、今はその怖さよりも、胸の奥の苛立ちの方が大きかった。どうして、あの人はいつも何も言わないの。どうして、私の前にだけ、そんな顔で立っているの。どうして。私は振り返らずに歩いた。今日ほど。この人が嫌だと思った日はなかった。
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――次回予告――
深層適性を持つ美月が、一人でダンジョンへ入った。
無事を確認して安堵する皐月だったが、孫との距離はますます遠ざかっていく。
どんな魔物の倒し方も知っている大悪魔にも――家族との向き合い方だけは分からない。
次回
『12. 魔物の倒し方は分かる。でも、孫との話し方だけが分からない』
次回【朝06:00/夕方18:00】更新です!




