12. 魔物の倒し方は分かる。でも、孫との話し方だけが分からない
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【皐月視点】
夕方。娘の春香から電話がかかってきた。
「お父さん、美月が帰ってこない」
その一言で、胸の奥が嫌な音を立てた。
「学校じゃないのか?」
「もうとっくに終わってる。連絡もつかない」
「友達のところは?」
「確認した。でも、誰も知らないって」
嫌な予感がした。普通なら、少し帰りが遅いだけで大騒ぎする必要はない。けれど、美月はハンターになったばかりだ。そして、深層適性者でもある。ただの寄り道で済むと考えるには、俺はその言葉の意味を知りすぎていた。
今は便利な時代だ。ハンター用のアプリを使えば、誰がどのダンジョンに入ったかまでは確認できる。入場時間。登録番号。どのゲートを通ったか。その程度なら、すぐに分かる。ただし。ダンジョン内部との通信だけは、今もできない。どれだけ技術が進んでも、迷宮の中は外の常識が届きにくい。春香が調べた結果、美月は近くの森型ダンジョンに入っていた。
「……あいつ、一人で行ったのか」
「たぶん」
春香の声が震えている。深層適性者が。新人のまま。一人でダンジョンに入った。最悪に近い組み合わせだった。
「すぐ行く」
俺はそれだけ言って、家を出た。
森型ダンジョンへ向かう間、余計なことばかり頭をよぎった。黒瀬蓮として行くべきか。祖父として行くべきか。いや、そんなことを考えている場合じゃない。美月が無事なら、それでいい。俺が嫌われるかどうかなんて、あとで考えればいい。深層適性者は、ダンジョンに引き寄せられる。普通なら起きないことが起きる。普通なら出ない魔物が出る。普通なら行かない場所へ、足を向けさせられる。サクラの時に、嫌というほど見た。だから、急いだ。また間に合わなかったなんて、二度と御免だった。
ダンジョンへ着き、入口へ向かう。今から入るか。そう思った、その時だった。
「……美月?」
入口から、一人の少女が出てきた。制服も服も汚れている。腕には細かい傷がある。顔も青ざめていた。足取りも危うい。それでも。生きている。
「美月!」
思わず駆け寄った。顔を見た瞬間、膝から力が抜けそうになる。良かった。本当に。間に合ったわけじゃない。助けたわけでもない。それでも、美月は自分で外へ戻ってきた。生きて戻ってきた。
「怪我は?」
「……ない」
「そうか」
その答えを聞いて、ようやく息ができた気がした。だが、美月は俺を見るなり、不機嫌そうな顔になった。
「なんでいるの?」
「ちょっとな」
「ちょっとって何?」
俺は答えられなかった。黒瀬蓮として見張っていた。深層適性者だから心配だった。ダンジョンが、お前を狙うかもしれないと思った。そんなことを、今ここで言えるはずもない。言えば、こいつはまた反発する。だから黙った。その沈黙が、美月を余計に怒らせることは分かっていたのに。
美月は唇を噛んで、俺を睨んだ。そして、言った。
「……お父さんがいたらよかったのに」
一瞬、何も言えなかった。美月の父親は、美月が五歳の頃にダンジョンで死んだ。事故だった。遺体も見つかった。春香も、美月も。あの日からずっと、その事実を抱えて生きている。美月は父親の記憶が薄い。だからこそ、余計に思うのかもしれない。生きていたら。ここにいてくれたら。自分をちゃんと見て、ちゃんと話してくれたら。その穴を、俺は埋められない。埋められると思ったこともない。だから、何も言えなかった。
「帰る」
美月が俺の横を通り過ぎる。
「美月」
思わず名前を呼んだ。
「ついてこないで」
そう言われて、足が止まった。追いかけることはできた。力ずくで家まで送ることも、たぶんできた。でも、それをしたら終わりだ。祖父としても。家族としても。美月の中に残っているわずかな何かまで、壊してしまう。
「……分かったよ」
俺は一人で帰ることにした。
家に戻ると、玄関を開けた瞬間に春香の怒鳴り声が聞こえた。
「あれほど一人で入るなって言ったでしょ!」
「分かってる!」
「分かってないから行ったんでしょう!」
「だって……!」
「だってじゃない!」
リビングを見る。美月がソファに座って、完全にふてくされていた。制服は着替えているが、腕の細かい傷には手当ての跡がある。春香は相当怒っている。まあ、当然だ。怒っているというより、怖かったんだろう。連絡もつかず、ダンジョンに一人で入っていた娘が、傷だらけで戻ってきた。普通の親なら、怒鳴りもする。
「ただいま」
俺が声をかけると、美月がこっちを見た。目が合う。次の瞬間。
「……っ」
美月は立ち上がると、そのまま廊下へ走っていった。バタン。自分の部屋の扉が閉まる音。俺はしばらく、その方向を見ていた。
「……俺、そんなに嫌われてるか?」
春香が大きくため息をつく。
「お父さんも、もう少しちゃんと話してあげたら?」
「話をする間もなくいなくなるんだよ……」
「…………」
春香は何も言わなかった。その沈黙が、一番答えに近かった。俺が何も話さないから、美月は離れる。美月が離れるから、俺は話す機会を失う。分かっている。分かっているが、どうすればいいのか分からない。魔物の倒し方なら、いくらでも分かる。ダンジョンの歩き方も、罠の避け方も、深層の危険も。でも、孫との話し方だけは、今も分からなかった。
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――次回予告――
美月に告げられた《深層適性者》という事実。
それは才能ではなく、魔物も罠も、そしてダンジョンそのものから――悪い意味で“好かれる”適性だった。
ハンターを続けるのか。その選択を、美月自身が迫られる。
次回
『13. 美月は深層適性者だった。だから、ダンジョンに悪い意味で好かれる』
次回【朝06:00/夕方18:00】更新です!




