07. 嫌いな祖父だと知らないまま、美月は黒瀬蓮に憧れた
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【美月視点】
休日。私は友達四人と一緒に、近くのダンジョンへ来ていた。全員、ハンターになったばかり。登録証はまだ新しくて、装備もどこか買ったばかりの匂いがする。それでも、私たちは少し浮かれていた。今日の予定は、二階層くらいまで。低ランクの魔物と戦って、無理せず帰る。そう決めていた。初めての実戦。怖くないわけじゃない。でも、それ以上に胸が高鳴っていた。私も今日から、本当にハンターになるんだ。おばあちゃんみたいに、誰かを守れる人になるための一歩を踏み出すんだ。そう思っていた。
最初は、本当に順調だった。一階層で出た小型の魔物は、講習で習った通りに対処できた。二階層でも、危ない場面はほとんどなかった。剣を振る。魔力灯で足元を照らす。互いに声をかけながら進む。それだけで、ちゃんとハンターをしている気がした。
「思ったより余裕じゃない?」
友達の一人が笑った。
「もうちょっと行ってみる?」
誰かがそう言った。本当なら、そこで止めるべきだった。二階層まで。最初にそう決めていたのだから。でも、私は止めなかった。
「五階くらいなら大丈夫でしょ」
そう言ったのが誰だったのか、もう覚えていない。たぶん、私も同じことを思っていた。
五階層に着いた時、少しだけ空気が変わった気がした。通路が暗い。壁の湿気も増えている。でも、誰も戻ろうとは言わなかった。最初に現れたゴブリンは三体。
「来た!」
私たちは慌てて武器を構える。さっきまでより動きが速い。それでも、倒せない相手ではなかった。一人が牽制し、もう一人が横から斬る。私も震える手で剣を握り直し、目の前の一体へ踏み込んだ。刃が当たる。ゴブリンが倒れる。
「やった……!」
勝てた。そう思った。その瞬間、奥から足音が聞こえた。
「また来た!」
奥からさらに五体。その後ろにも、まだ影が見えた。
「多すぎない!?」
誰かの声が裏返る。逃げようとした。でも、遅かった。横道からも、ゴブリンが出てくる。気づいた時には、完全に囲まれていた。
「きゃっ!」
一人が足を滑らせて転ぶ。
「痛っ……!」
別の友達が腕を切られた。血が見えた瞬間、頭の中が真っ白になりかける。
「美月!」
「分かってる!」
剣を振るう。一体倒す。でも、すぐ次が来る。もう一体。さらに一体。息が上がる。足が重い。手が震える。怖い。私が調子に乗ったからだ。最初の予定通り、二階層で帰っていれば。私が止めていれば。
「……ごめん」
思わず、呟いた。
その時だった。
「頭下げるのは、帰ってからにしろ」
「え?」
低い声がした。振り返るより先に、黒い影が私たちの前へ出る。知らない男だった。顔の半分を布で隠している。年齢は、たぶん五十代くらい。腰には一本の剣。でも、不思議と怖くはなかった。いつの間に来たのか分からない。それなのに、その背中が私たちとゴブリンの間に立った瞬間、空気が変わった。
「下がってろ」
それだけ言って、男は踏み込んだ。
速い。そう思った時には、もう一体目のゴブリンが倒れていた。男は止まらない。二体目。三体目。私たちが必死になって戦っていたゴブリンが、次々に倒れていく。大きな魔法なんて使っていない。派手な技もない。ただ、避けて、斬って、次へ進む。それだけ。それだけなのに、全然違う。ゴブリンの腕が振り上げられる前に、男はもうそこにいない。逃げようとした一体の足元を斬り、飛びかかってきた一体の首筋へ刃を入れる。まるで最初から、ゴブリンがどう動くのか全部分かっているみたいだった。私は剣を握ったまま、動けなかった。怖くて動けなかったんじゃない。見入っていた。最後の一体が倒れる。さっきまで響いていたゴブリンの鳴き声が消えた。通路が、急に静かになった。
「……すご」
思わず声が漏れた。男が振り返る。布に隠れて表情はよく見えない。でも、目だけで怒っているのは分かった。
「新人が五階まで来るな」
「……はい」
何も言い返せなかった。完全に正論だった。友達は怪我をしている。一人はまだ座り込んだまま震えている。私たちは、全然大丈夫じゃなかった。
「帰れるか?」
「はい」
答えてから、私は慌てて聞いた。
「あの!」
「何だ」
「名前、教えてください!」
男は少しだけ嫌そうな顔をした。
「黒瀬蓮」
「黒瀬さん……」
覚えた。
「本当にすごかったです! さっきの、どうやったんですか?」
「普通に倒しただけだ」
「普通じゃないです!」
「うるさい」
「何級なんですか?」
「B級」
「B級!?」
絶対もっと強い。そう思ったけど、口には出さなかった。黒瀬さんは私たちを見回す。
「怪我人いるだろ。ギルドまで戻るぞ」
「一緒に来てくれるんですか?」
「途中でまた死なれたら面倒だからな」
ぶっきらぼう。口も悪い。優しい言葉なんて一つもない。でも。なんだろう。格好いい。
「黒瀬さん!」
「今度は何だ」
「私、もっと強くなりたいです!」
「そうか」
「戦い方、教えてください!」
「嫌だ」
「即答!?」
後ろで友達が笑っていた。私は構わず、黒瀬さんの後を追った。もっと強くなりたい。さっきみたいに、何もできずに謝るだけじゃなくて。誰かに守られるだけじゃなくて。いつか、誰かを守れるように。そのためなら、この無愛想な人に何度断られても構わない。そう思った。
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――次回予告――
黒瀬蓮を追いかけるほど、美月の周りには祖父・皐月へ繋がる違和感が増えていく。
そしてついに気づいてしまう。
家を訪ねていた男が、ハンターギルドの総帥だったことに――。
次回
『08. 黒瀬蓮に憧れるほど、美月は祖父の正体へ近づいていた』
次回【朝06:00/夕方18:00】更新です!




