53. 守るでも救うでもない。サクラ様は“維持”されていた
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【美月視点】
《許可――》
一瞬、文字が止まり。
《……否》
その直後。空間の奥で、何かが動き始めた。
「師匠」
「ああ」
「これ、入っちゃ駄目って意味ですよね?」
「たぶんな」
「じゃあ」
師匠がこちらを見る。
「帰るか?」
「……行きます」
「だと思った」
怖くないわけじゃない。むしろ、かなり怖い。でも、ここで帰るのは違うと思った。サクラ様を見た。手にも触れた。あの人は温かかった。生きていた。それなのに、まだ起きない。その理由が、この奥にあるかもしれない。なら、見ないわけにはいかなかった。
【皐月視点】
入口の前で、俺は一度、星継ぎ核を見る。淡い光を放つ巨大な核。そのすぐ奥に開いた、見知らぬ領域。近い。だが、まるで別物だ。
「大賢者」
『はい』
「この先、分かるか?」
『いいえ』
「やっぱりか」
『その領域は、私の認識範囲外です』
「中に入ったら?」
『おそらく』
『私との会話もできなくなるでしょう』
「完全に別領域ってことか」
『その可能性があります』
「分かった」
ここから先は、大賢者の補助もない。星継ぎ核の内側にあるはずなのに。星継ぎ核に属していない場所。嫌な話だ。俺は美月を見る。
「行くぞ」
「はい」
二人で、管理領域へ入る。一歩。二歩。進むたび、周囲に光が灯っていく。
「……何これ」
美月が見上げる。巨大な柱。何本もの光の管。床の下を流れる、脈みたいな光。それらは機械のようでもあり、生き物の血管のようでもあった。冷たい構造物のはずなのに、どこか呼吸しているように見える。そして。それらすべてが、一つの方向へ繋がっている。
「師匠」
「何だ」
「あれ」
美月が指さす。巨大な光の流れ。その先。
「星継ぎ核の方に繋がってません?」
「ああ」
「たぶんな」
「大賢者」
呼んでみる。返事はない。
「……」
「大賢者さん?」
美月も呼ぶ。何も返ってこない。
「本当に聞こえない」
「ああ」
「じゃあ」
美月が周囲を見回す。
「ここ、大賢者さんでも分からない場所なんだ」
「そういうことだ」
星継ぎ核の奥にある。なのに、星継ぎ核の中にいる大賢者すら認識できない。星継ぎの仕組みの中にあるようで。星継ぎの仕組みより、さらに古い。そんな場所に思える。
「気持ち悪いな」
「師匠でもそう思うんですね」
「そりゃ思う」
さらに進む。巨大な機構は、静かに動き続けている。音はほとんどない。ただ、光だけが流れている。
「これ」
美月が言う。
「機械なんですか?」
「分からん」
「でも動いてる」
「ああ」
光が流れる。集まる。送り出される。その流れの一部が、星継ぎ核へ続いている。まるで、この場所が星継ぎ核の奥で、何かを送り続けているみたいに。
「……サクラ様?」
美月が呟いた。
「何?」
「この光」
「サクラ様の方に送ってるように見えません?」
「俺もそう見える」
認めたくない。だが、そう見える。ここは星継ぎ核と切り離された場所じゃない。むしろ、星継ぎ核を奥から動かしている場所かもしれない。
【美月視点】
嫌な感じがした。さっき見た、眠るサクラ様。身体から伸びる、細い魂の糸。星継ぎ核。そして今、そのさらに奥にある巨大な機構。光は流れている。集められている。送り出されている。その先に、星継ぎ核がある。星継ぎ核の向こうには、サクラ様がいる。
「もしかして」
「これ」
「サクラ様を維持してる?」
師匠が、少し黙った。
「可能性はある」
「維持……」
その言葉が、妙に引っかかった。守る、じゃない。救う、でもない。維持。サクラ様を、生かしている。でも、起こしてはいない。人としてじゃなく、星継ぎとしてそこに置き続けるために。そんな感じがして、胸の奥が嫌に冷たくなった。
さらに奥へ。今まで暗かった場所が、一つ、また一つ、明るくなる。巨大な輪。何重にも重なる光。その中心から、大量の光が流れ出している。川というより、血流に近い。いや、星の奥で巡っている何かを、そのまま見せられているみたいだった。
「師匠」
「ああ」
「これ」
「星継ぎ核とは別物ですよね?」
「たぶんな」
「でも」
「星継ぎ核に繋がってる」
「ああ」
「じゃあ」
私は考える。
「星継ぎ核を」
「外側から動かしてる?」
「……かもしれねぇ」
師匠の声が低くなる。それは、ただの発見ではなかった。星継ぎ核が一番奥にあるわけではない。星継ぎ核は、何かによって動かされている。その可能性が出てきた。
その時。周囲の光が、一斉に止まった。
「……え?」
「美月」
「はい」
「動くな」
低い音。ゴォン――。空間全体が、脈打った。
《外部個体を確認》
「来た」
目の前に、光の文字が浮かぶ。
《個体情報照合》
《個体一》
光が、師匠の身体をなぞる。頭から、足元まで。表面ではなく、もっと奥を見られているような感覚があった。
《深層適性者》
「師匠ですね」
「ああ」
次。光が、私へ向く。
《個体二》
《深層適性者》
「私も」
「ああ」
ただ名前を確認されているわけじゃない。何かもっと深い部分。魂とか。接続できるかどうかとか。そういうものを見られている気がした。
《接続可能個体――二》
《侵入経路照合》
《許可情報――なし》
「やっぱり不法侵入じゃん」
「今さらだな」
「怒られません?」
「怒られるだけならいいけどな」
「それ怖いやつ!」
でも、まだ何も襲ってこない。魔物が出てくるわけでもない。罠が発動するわけでもない。ただ、調べられている。その方が、かえって怖かった。ここが本当に管理領域なら。私たちは今、管理する側に見つかったのかもしれない。
《接続可能個体を再照合》
《星継ぎへの干渉可能性》
《算出中》
「……」
「師匠」
「何だ」
「私たち」
「めちゃくちゃ見られてません?」
「ああ」
さっきまで、ただ静かに動いていた巨大な機構。それが今、明らかに私たちを意識している。視線なんてない。目もない。それなのに、逃げ場がないほど見られている。
《干渉可能性――高》
「高いんだ」
「深層適性者だからだろうな」
それは、希望にも聞こえた。星継ぎに干渉できる可能性がある。つまり、サクラ様を救う方法に近づいているのかもしれない。でも。次に浮かんだ文字で、その気持ちはすぐに冷えた。
《星継ぎ保全への影響を判定》
「保全……」
また、嫌な言葉。守る、ではない。助ける、でもない。保全。星継ぎという機能を壊さないための言葉。師匠が、少しだけ前へ出る。
「美月」
「はい」
「俺から離れるな」
「分かりました」
まだ、敵は出ていない。何かに襲われたわけでもない。でも、確実に何かが変わった。今まで眠っていた機構が。私たち二人を、初めて認識した。接続可能個体。深層適性者。星継ぎへの干渉可能性、高。それは、こちらにとっては希望かもしれない。でも、この場所にとっては。危険な異物として見られているのかもしれない。師匠の背中が、私の前にある。いつもより少しだけ広く見えた。私は、その背中の後ろで息を殺す。その判断が。良い方向へ進んでいるようには。到底思えなかった。
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――次回予告――
管理領域が守ろうとしていたのは、サクラ本人ではなかった。
《星継ぎ保全》
そのためなら、干渉する者を排除する――。
そして現れたのは、星継ぎを守るためだけに動く存在《星守》。
“サクラを守る”ことと、“星継ぎを守る”こと。
その二つは、決して同じ意味ではなかった。
次回
『54. “サクラ様を守る”と“星継ぎを守る”は、同じ意味じゃなかった』
次回【朝06:00/夕方18:00】更新です!




