51. 世界を救った少女は、まだ誰にも救われていなかった
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【美月視点】
黒淵階を進んで。どれくらい経ったんだろう。時間の感覚が、だんだん分からなくなっていた。歩いているはずなのに、どれくらい進んだのか分からない。同じ場所をぐるぐる回っているような気もする。でも、足の裏に伝わる空気だけは、少しずつ深くなっている気がした。
「師匠」
「何だ」
「まだ?」
「もうすぐだ」
「さっきも聞いた気がする」
「じゃあ黙って歩け」
「はいはい」
その時。前を歩いていた師匠が、足を止めた。
「着いたぞ」
「……え?」
黒い空間を抜ける。その瞬間、景色が変わった。
「……綺麗」
思わず、そう呟いていた。そこは、淡い光に満たされた静かな空間だった。黒淵階のような、肌にまとわりつく暗さはない。でも、明るいわけでもない。光があるのに、音が遠い。静かで。冷たくて。それなのに、どこか温かい。不思議な場所だった。そして。その中央に。一人の少女が眠っていた。
「……」
私は、動けなかった。
「師匠」
「何だ」
「あの人……」
「ああ」
師匠が静かに答える。
「サクラだ」
「……サクラ様?」
写真では、何度も見た。教科書でも。ギルドの資料でも。女神教でも。何度も。世界を救った少女。女神サクラ。でも。目の前にいる人は、全然、神様には見えなかった。若い。私と、それほど変わらないくらいに見える。静かに目を閉じている。胸が、ゆっくり上下している。
「……息してる」
「ああ」
「生きてるんだ」
「当たり前だ」
師匠が言う。
「サクラは死んでねぇ」
その声は、少しだけ強かった。死んでいない。ただ眠っている。でも、起きない。その事実が、胸の奥に重く落ちた。
私は、ゆっくり近づいた。
「触ってもいい?」
「ああ」
「大丈夫なの?」
「手くらいならな」
恐る恐る、サクラ様の手に触れる。
「……温かい」
普通だった。本当に、人の手だった。少し柔らかくて。生きている人の温度があって。触れてはいけない女神の身体なんかじゃない。そこにいるのは、眠っている一人の女の人だった。
「何十年も眠ってるんですよね?」
「ああ」
「なのに」
「こんな……」
眠っているだけにしか見えない。今にも、目を開けそうなのに。起きない。
「サクラ様」
小さく呼んでみる。当然、返事はない。
「……女神じゃない」
思わず、口から出た。
「ん?」
「いや」
私はサクラ様を見る。
「やっぱり」
「普通の人なんだなって」
「そうだ」
師匠は即答した。
「最初からな」
その言い方。やっぱり、昔から知っている人みたいだ。サクラ様を、女神でも、英雄でもなく。ただのサクラとして知っている人の言い方。でも今は、聞かなかった。目の前で眠る人から、目を離せなかった。
その時、光る糸のようなものに気づいた。
「これ……何?」
サクラ様の身体から、細い光が伸びている。一本じゃない。何本も。ゆらゆらと揺れながら、近くにある巨大な核へ繋がっていた。
「星継ぎ核だ」
「これが?」
「ああ」
私は核を見上げる。大きい。ただ光っているだけなのに、妙な圧迫感がある。綺麗なのに、怖い。優しい光なのに、逃げ場がない。そんな感じがした。
「この糸は?」
「魂の繋がりみたいなもんだ」
「魂?」
「サクラは星継ぎ核を通して」
師匠が言う。
「地球と繋がってる」
「……」
私はもう一度、サクラ様を見る。目の前にいる。触れる。温かい。生きている。でも、その魂は、地球そのものへ繋がれている。
「だから……起こせない?」
「ああ」
「この糸を切ったら?」
「何が起きるか分からねぇ」
「地球に?」
「サクラにもな」
「……そっか」
私は、手を離した。何十年も、この人はここにいる。世界を救ったから。ずっと、眠り続けている。誰かに褒められても。女神と呼ばれても。祈られても。本人は、ここで眠ったまま。
「……ひどい」
「何が?」
「世界を救ったのに」
私は呟く。
「本人は何十年も眠らされたままなんですよね」
「……ああ」
「それって」
「救われてないじゃん」
師匠は、何も言わなかった。
【皐月視点】
美月が、サクラを見ている。女神でも。伝説でもない。一人の人間として。それでいい。サクラは、崇められたかったわけじゃない。世界のために、永遠に眠りたかったわけでもない。あいつは、怖がりで。泣き虫で。それでも最後には、自分で選んだ。世界を救うために。だからこそ。その選択を、永遠の牢獄にしていいはずがない。美月の言う通りだ。救われていない。だから、俺は起こす。
「師匠」
「何だ」
「今日は」
美月が星継ぎ核を見る。
「これを調べに来たんですか?」
「少し違う」
「違う?」
「ああ」
俺は、星継ぎ核のさらに奥を見る。
「今回調べるのは」
「サクラじゃねぇ」
「じゃあ何?」
「あの奥だ」
美月も、俺の視線を追う。
「……何もないですけど」
「そう見える」
「?」
俺は何度も、ここへ来た。何度も、サクラを起こす方法を探した。星継ぎ核を調べた。魂の糸を見た。地球との接続を調べた。それでも、届かない場所があった。星継ぎ核のさらに奥。そこに、何かがある。でも、俺では触れられなかった。
【美月視点】
「師匠でも入れなかった?」
「ああ」
「何度やっても?」
「ああ」
そんな場所に。なんで私まで連れてきたんです?そう聞くと、師匠は私を見た。
「お前が深層適性者だからだ」
「師匠もですよね?」
「ああ」
「だったら師匠だけでいいじゃん」
「俺だけじゃ駄目だった」
「……」
嫌な予感がした。
「もしかして」
「私なら反応するかもしれない?」
「その可能性がある」
「やっぱり!」
「だから連れてきた」
「先に言ってくださいよ!」
「言ったら来なかったか?」
「来ました!」
「じゃあ同じだろ」
「違う!」
全然違う。心の準備とか。説明とか。そういうものがあるでしょうが。
私は、サクラ様の手を、もう一度だけ見る。温かかった。生きていた。でも、その人はまだ起きない。その事実を胸の奥に残したまま。私は、その先。星継ぎ核の奥へ目を向けた。何もない。少なくとも、私の目にはそう見える。ただ。不思議だった。
「……」
「美月?」
「何か」
「どうした?」
「奥に」
私は目を細める。
「何かいるような気がする」
師匠の表情が変わった。
「……何?」
「分かんない」
でも、確かに感じる。呼ばれているような。こちらを、見られているような。そんな感覚。
私はまだ知らなかった。星継ぎの間には、さらに奥がある。そして、そこには。今まで誰にも触れられなかったものが。ずっと。眠っていた。それが何なのか。神なのか。管理者なのか。それとも、もっと別の何かなのか。この時の私は、まだ何も知らなかった。ただ。確かに感じていた。星継ぎ核の奥から。何かが、こちらを見ている。
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――次回予告――
星継ぎ核のさらに奥。
誰にも開けなかった場所が、二人の深層適性者に反応する。
《接続可能個体――二》
《管理領域への接続を確認》
だが、最後に下された判定は――拒絶。
その瞬間。
眠っていた“何か”が、奥で動き始める。
次回
『52. 接続を拒絶された瞬間、奥で何かが動き始めた』
次回【朝06:00/夕方18:00】更新です!




