50. サクラ様のことも、この場所のことも。師匠は知りすぎている
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【美月視点】
「私も行く」
「駄目だ」
「なんで!」
即答だった。師匠は本当に腹が立つ。
「危険だからだ」
「それ、毎回言ってますよね」
「毎回危険だからな」
「じゃあ私はいつになったら強くなるんですか!」
師匠がため息をつく。今日は、いつものダンジョンじゃない。もっと深い。もっと特別な場所。サクラ様が眠っている場所を調べるらしい。
「私、深層適性者なんですよね?」
「ああ」
「だったら関係あるかもしれないんでしょ?」
「……」
「連れてってください」
師匠は黙った。
【皐月視点】
正直、連れていきたくない。黒瀬蓮の姿のまま、俺は美月を見た。星継ぎの間は、普通のダンジョンとは違う。通常の階層とはまるで別物だ。何が起きるか。俺にも分からない。まして、美月は深層適性者だ。ダンジョンや異常に好かれすぎる。そんなやつを、あの場所に連れていく。普通に考えれば、正気じゃない。
「継真」
「僕は連れていくべきだと思いますよ」
「お前な」
「今回調べるのは、美月ちゃんの深層適性と関係する可能性があります」
「だから危ねぇんだろ」
「でも」
継真が俺を見る。
「皐――」
「おい」
美月がいる。危ねぇ。継真もすぐに口を閉じた。
「……黒瀬さんだけでは、分からないこともある」
「言い直しが下手すぎるだろ」
「とにかく」
継真が続ける。
「今回は美月ちゃんも同行」
「やった!」
「喜ぶな」
俺は短く言った。本当に、何も分かってねぇ。
【美月視点】
「で、どこに行くんです?」
「ダンジョン」
「それは分かってます」
「かなり深い」
「何階?」
「階層じゃねぇ」
「え?」
師匠が歩き出す。いつもの管理区域。そのさらに奥。普段は絶対に入れない場所。ギルド職員ですら、入れる人は限られているらしい。扉をいくつも抜ける。認証を何度も通す。空気が少しずつ冷たくなっていく。
「ここから先は」
天羽総帥が言う。
「なにもない……けど秘密の場所がある」
「そんな場所あるんですか?」
「ある」
師匠が答える。
「黒淵階だ」
「……こくえんかい?」
「黒い淵の階」
「初めて聞いた」
「そりゃそうだ」
「師匠はなんで知ってるんです?」
「……」
また黙った。
「師匠?」
「昔、来たことがある」
「いつ?」
「昔だ」
「それ答えになってない!」
進むほど、空気が変わっていく。静か。なのに、落ち着かない。音が消えているというより、音を吸われているみたいだった。壁も床も普通に見える。でも、普通じゃない。何かに見られているような感じがする。魔物の視線とは違う。人の視線とも違う。もっと大きくて。もっと深いものに、上からではなく下から見上げられているような感覚。
「……嫌な場所」
「今さら帰るか?」
「帰りません」
「じゃあ前見ろ」
「はい」
そう返事をしたけれど、足の裏が少し冷たかった。
しばらく歩いて。私は足を止めた。
「……何これ」
目の前に、黒い空間が広がっていた。底が見えない。壁もない。天井も分からない。どこまで続いているのか分からない。ただ黒い。でも、何もないわけじゃない。そこには確かに、何かがあった。深い。暗い。触れてはいけないものみたいな、黒い淵。
「ここが」
師匠が言う。
「黒淵階だ。深層適性者が近づくと開く」
「この先に」
私は息を飲む。
「サクラ様がいるんですか?」
「ああ」
「……本当に?」
「本当だ」
胸が、少しだけ速くなる。女神サクラ。世界を救った人。ずっと眠り続けている人。教科書で見た。ニュースで聞いた。女神教が崇めていた。師匠が、起こしたいと願っている。その本人が、この先にいる。
「行くぞ」
師匠が先に進む。
「待って」
「何だ」
「師匠」
私は聞いた。
「なんでそんなに詳しいんです?」
「……」
「サクラ様のことも。この場所のことも。昔から知ってるみたいに話す」
師匠が振り返る。黒い布の奥で、目だけがこちらを見る。
「気になるか?」
「気になります」
「じゃあ」
少しだけ笑う。
「生きて戻ったら教えてやる」
「なにそれ!」
「冗談だ」
「笑えない!」
本当に笑えない。でも、師匠はそれ以上何も言わなかった。そのまま、黒い闇の中へ進んでいく。私は、その背中を追った。
黒淵階。サクラ様が眠る場所へ続く、黒い淵。私は、師匠の背中を追う。怖い。でも、足は止まらなかった。この先に、サクラ様がいる。世界を救って、今も眠り続けている人がいる。そして。師匠は、その人のことを知りすぎている。何かを隠している。ずっと前から、それは分かっていた。でも。この時の私はまだ知らなかった。この先で。サクラ様だけじゃなく。師匠についても。大きな秘密を知ることになるなんて。
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――次回予告――
世界を救った少女は、神でも伝説でもなかった。
温かい手を持ち、今も生きている――ただ一人の少女。
けれどその魂は地球へ繋がれ、何十年ものあいだ眠り続けている。
そして美月は気づく。
サクラは世界を救ったのに、まだ誰にも救われていないのだと。
次回
『51. 世界を救った少女は、まだ誰にも救われていなかった』
次回【朝06:00/夕方18:00】更新です!




