49. だって私は、もう一度ただいまと言いたかったから
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【美月視点】
「続き……」
私はまた、美桜おばあちゃんの部屋にいた。もう慣れてきた。というか。ここまで来たら、最後まで見つけないと気が済まない。前の手紙は、また一番気になるところで終わっていた。地球へ帰る道は見つけた。でも、一人では境界を越えられなかった。そこで終わり。そんなの、気にならないわけがない。
「どこに隠したの……」
机。本棚。古いハンター用品。写真。前に見つけた木箱。全部もう一度調べる。
「……ん?」
木箱の底。布をめくると、薄い紙が一枚挟まっていた。
「まさか」
取り出す。ヴァルメリア語。
「あった!」
「おじいちゃん!」
「今度は何だ」
「最後っぽい!」
「何が」
「手紙!」
「また見つけたのか」
「読んで!」
「お前、最近俺の扱いが翻訳機になってねぇか?」
「ヴァルメリア語読める人がおじいちゃんしかいないから」
「まあいいけどよ」
文句を言いながらも、おじいちゃんは手紙を受け取った。そして、少し目を細める。
「……これで最後っぽいな」
「本当?」
「ああ」
「じゃあ早く!」
前回まで。美桜おばあちゃんは、ヴァルメリアでミレイアという伯爵令嬢として生まれ変わった。二十代後半で、地球での記憶を取り戻した。そして、地球へ帰る方法を何年も探した。勇者が残した転移陣。かつてダンジョンが地球へ送られた時にできた、二つの世界を繋ぐ道。そこまで辿り着いた。でも、道を開けなかった。
「その続き?」
「ああ」
おじいちゃんが読む。
「『転移陣を見つけたあと』」
「『私は、その陣について知る者を探しました』」
「知ってる人いたの?」
「いた」
「誰?」
おじいちゃんが少し笑う。
「勇者アシェル」
「勇者本人!?」
「ああ」
「まだ生きてたの!?」
「アシェルは不死だからな」
「……すご」
「もう一人いる」
「誰?」
「神官リフィ」
「その人も?」
「不老だ」
「ヴァルメリア、すごい人多すぎない?」
「まあな」
おじいちゃんが続きを読む。
「『アシェル様とリフィ様は、その転移陣を知っていました』」
「『いいえ』」
「『知っているどころではありませんでした』」
「『かつて、その転移陣を使ったことがあったのです』」
「誰を送ったの?」
おじいちゃんが少しだけ間を置く。
「サクラ」
「え?」
「真里」
「それと」
おじいちゃんが続ける。
「黒狼」
「黒狼?」
「ああ」
「何それ」
「昔、一緒にいたやつだ」
「ワンコ?」
「……まあ」
「なんでちょっと嫌そうなの」
「別に」
気になる。ものすごく気になる。でも、それを聞くと話が進まなそうなので、今はやめておくことにした。
「その三人を、地球に?」
「ああ」
「成功したんだ」
「した」
「じゃあ!」
私は手紙を指さす。
「おばあちゃんも同じ方法で帰ればいいじゃん」
「美桜もそう思った」
「でも?」
「同じ状態じゃなかった」
おじいちゃんが続きを読む。
「『お二人から聞いた話で』」
「『私は初めて知りました』」
「『この転移陣には、一度』」
「『地球へ人を送り届けた実績があることを』」
「『佐倉サクラ』」
「『天羽真里』」
「『そして、一頭の黒狼』」
「やっぱ黒狼って書いてある」
「ああ」
「有名なの?」
「それなりにな」
「ふーん」
そこは、妙にごまかされた気がした。でも、おじいちゃんはすぐ続きを読んだ。
「『同じ方法を再現することはできませんでした』」
「なんで?」
「『世界を繋いでいた状態が、当時とは変化していたからです』」
地球へダンジョンが移送された時。二つの世界には、道が作られた。サクラ様たちが帰還した時には、まだその道を利用できた。けれど年月が経ち、経路はさらに細く、閉じようとしていた。
「じゃあアシェルさんたちでも無理?」
「ああ」
「不死の勇者でも?」
「不死と転移は関係ねぇ」
「でも何でもできそう」
「できねぇよ」
手紙は続く。
「『それでも、私は諦めませんでした』」
「やっぱり」
「美桜だからな」
「それ便利な説明になってない?」
「だいたい合ってる」
おじいちゃんが読む。
「『アシェル様とリフィ様にも協力していただき』」
「『転移陣を何度も調べました』」
「『地球へ続く座標を探し』」
「『残された世界間経路へ接続する方法を探しました』」
「『時間はかかりました』」
「『それでも』」
「『帰れないとは、一度も思いませんでした』」
「強い……」
「『皐月がいるからです』」
「またおじいちゃん」
「悪いか」
「ちょっと嬉しそう」
「読むぞ」
「誤魔化した」
でも、本当に少しだけ。おじいちゃんの横顔が柔らかくなった気がした。
「『そして』」
おじいちゃんの声が止まった。
「何?」
「ここだ」
「何が?」
「美桜が帰ってきた時の話」
私は黙って続きを待つ。
「『ある日』」
「『世界が大きく揺れました』」
「『ヴァルメリアそのものではなく』」
「『もっと遠くにある何かが変わったような』」
「『不思議な感覚でした』」
「遠く?」
「ああ」
「『同時に』」
「『閉じていた地球への経路が、わずかに反応しました』」
私は気づいた。
「それって……」
「サクラだ」
「サクラ様?」
「ああ」
おじいちゃんが言う。
「サクラが星継ぎになった時だ」
地球で、サクラ様が星継ぎになった。地球そのものと接続した。その大きな変化が、閉じかけていたヴァルメリアと地球の間の経路にまで届いた。そう考えると、星継ぎというものがどれだけ大きな存在なのか、少しだけ分かった気がした。
「じゃあ、その時なら帰れた?」
「まだ足りなかった」
「まだ!?」
私は思わず叫んだ。
「どれだけ帰れないの!」
「世界越えるんだぞ」
「そうだけど!」
おじいちゃんが続きを読む。
「『道は見えました』」
「『転移陣も動きました』」
「『けれど』」
「『境界を越えるには、ほんの少しだけ力が足りませんでした』」
「……」
「『その時です』」
おじいちゃんが一度、息を止めた。
「『声が聞こえました』」
「声?」
「『聞き覚えのない女性の声でした』」
「誰?」
おじいちゃんは、静かに答えた。
「女神ヴァルメリア」
「……女神様?」
「ああ」
「『女神は、多くを語りませんでした』」
「『ただ』」
「『帰りたいのですね』」
「『そう聞かれました』」
「『私は答えました』」
「『はい』」
「『何があっても』」
「『私は皐月のところへ帰ります』」
私は何も言わなかった。その言葉が、あまりにも真っ直ぐだったから。
「『その瞬間』」
「『閉じていた道が開きました』」
「『ほんの一瞬だけ』」
「『地球へ続く道が』」
「女神様が帰してくれた?」
「最後だけな」
「最後だけ?」
「ああ」
「そこまで全部やったのは美桜だ」
転移陣を探した。資料を調べた。勇者と神官に辿り着いた。世界間経路を見つけた。何年も、地球へ帰る方法を探し続けた。
「女神は」
おじいちゃんが言う。
「最後に足りなかった力を貸しただけだ」
「……そっか」
だから。奇跡だけで帰ってきたわけじゃない。美桜おばあちゃん自身が。帰るところまで、ほとんど辿り着いていた。
「最後」
おじいちゃんが言った。
「まだある」
「読んで」
「『春香』」
お母さんの名前。
「『もしあなたが、この手紙を読んでいるなら』」
「『覚えておいてください』」
「『私は二度、生きました』」
「『水無瀬美桜として』」
「『ミレイア・フォン・エルシアとして』」
「『どちらも私です』」
「……」
「『そして』」
「『二度目の人生を捨てたとは思っていません』」
「『ミレイアとして生きた時間も』」
「『出会った人たちも』」
「『私の大切な人生です』」
私は、少しだけ安心した。向こうの家族や人生を、全部どうでもいいと思って、地球へ帰ってきたわけじゃなかった。おばあちゃんは、二つの人生を持っていた。どちらかを捨てたわけじゃない。そのうえで、最後に帰る場所を選んだ。
「『それでも私は』」
「『最後に自分で帰る場所を選びました』」
「『皐月のいる地球を』」
おじいちゃんが黙った。
「終わり?」
「あと一行」
「何?」
おじいちゃんは、しばらく、その一行を見ていた。
「おじいちゃん?」
「……」
「読まないの?」
「読むよ」
そして、小さく笑った。
「『だって私は』」
「『帰った時に、もう一度ただいまと言いたかったから』」
「……」
手紙は、そこで終わっていた。
私は、昔の写真を思い出した。外国人そのものみたいな、美桜おばあちゃん。その隣にいる。何十年経っても、ほとんど見た目が変わらないおじいちゃん。昔から、それが不気味だった。
「ねえ」
「何だ」
「おじいちゃんってさ」
「ああ」
「本当に歳取ってるの?」
「取ってるよ」
「全然変わってないじゃん」
「人より遅ぇだけだ」
「何歳まで生きるの?」
「知らん」
「不死身?」
「違う」
「でも死ななそう」
「普通に死ぬ時は死ぬ」
「……なんか気味悪い」
「お前、最近ちょっとマシになったと思ったらそれかよ」
「だって本当だもん」
「はいはい」
相変わらず、変な人だ。でも。前ほど、それだけで嫌だとは思わなくなっていた。
「ねえ」
「何だ」
「おばあちゃんが地球に帰ってきた時」
「ああ」
「本当に言ったの?」
「何を」
「ただいま」
おじいちゃんが少しだけ笑う。
「ああ」
「おじいちゃんは?」
「……」
「何て言ったの?」
「覚えてねぇ」
「絶対嘘」
「うるせぇ」
私は笑った。前なら、こんなふうに聞かなかったと思う。おじいちゃんの昔の話なんて、知りたいとも思わなかった。でも今は。少しだけ、知りたいと思っていた。
【皐月視点】
美月が、美桜の手紙を大事そうにしまう。その仕草を、俺は黙って見ていた。
「ねえ、おじいちゃん」
「何だ」
「今度」
「ああ」
「サクラ様のことも教えて」
「……」
思わず、美月を見る。
「おじいちゃんが知ってるサクラ様」
「何?」
「いや」
「別に」
美月はまだ知らない。俺が何者なのか。昔、どうやって生きてきたのか。なぜ、こんなに長く生きているのか。もちろん、黒狼のことも。サクラにとってのクロが、俺だったことも。こいつはまだ知らない。それでも。美月は、サクラを知りたいと言った。女神としてではなく。俺が知っている、一人のサクラを。
「そのうちな」
「またそれ?」
「話が長ぇんだよ」
「じゃあ少しずつでいい」
「……分かったよ」
「約束ね」
「ああ」
その夜。俺は、サクラの眠る星継ぎの間にいた。
「サクラ」
手を握る。温かい。昔から変わらない。眠っているだけだ。そう思いたいほどに。
「美桜のやつ」
「死んでも世界越えて帰ってきたぞ」
『……』
眠るサクラは答えない。それでも、俺は続ける。
「だったら」
俺は笑った。
「お前を起こすくらい」
「できねぇはずねぇよな」
地球には、昔、神がいた。その神は消えた。地球は、代わりとなる存在を必要とした可能性がある。その結果、深層適性者だったサクラが星継ぎになった。そして今。地球の奥では、消えたはずの神性が少しずつ強くなっている。
「大賢者」
『はい』
「地球がサクラを必要とする割合は?」
『以前より、さらに僅かに低下しています』
「やっぱりか」
地球は、少しずつ。サクラなしでも生きられるようになっている。なら、次に調べるべきことは一つ。
「昔の神が」
「なんでいなくなったのか」
そして。
「今、地球の底で反応してる神性が」
「本当にそいつなのか」
そこまで分かれば。サクラを解放する方法に、届くかもしれない。世界を救った少女を。今度こそ。世界から取り戻すために。
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――次回予告――
サクラが眠る場所へ続く、《黒淵階》。
初めて足を踏み入れる美月とは違い、師匠はその場所を知りすぎていた。
サクラのことも。黒淵階のことも。そして、何十年も前の出来事まで――。
美月の中で、黒瀬蓮への疑問がついに無視できないほど大きくなっていく。
次回
『50. サクラ様のことも、この場所のことも。師匠は知りすぎている』
次回【朝06:00/夕方18:00】更新です!




