48. 記憶を失っても、美桜は皐月のもとへ帰ろうとしていた
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【美月視点】
あの手紙を読んでから。ずっと気になっていた。ミレイア。美桜おばあちゃんが。一度死んだあと。ヴァルメリアで生きた時の名前。
「……絶対、続きあるよね」
前の手紙は、あまりにも途中で終わっていた。そして、ある時。そこで切れていた。そんな終わり方、絶対におかしい。私はもう一度、おばあちゃんの部屋を探すことにした。
美桜おばあちゃんが亡くなってから。部屋はほとんどそのまま残っている。服。写真。本。昔使っていたハンター用品。
「どこだろ……」
棚を開ける。箱を出す。引き出しを見る。しばらく探していると、本棚の奥に薄い木箱があった。
「これ……」
開ける。中には、見覚えのある文字。
「やっぱりあった!」
ヴァルメリア語。前の手紙と同じだった。
「おじいちゃん」
「何だ」
「見つけた」
おじいちゃんが手紙を見る。
「美桜のか」
「たぶん続き」
「どこにあった?」
「おばあちゃんの部屋」
「そうか」
「読んで」
「はいはい」
「今日は素直ですね」
「うるせぇ」
前なら、このやり取りだけでも少し嫌だったかもしれない。でも今は、そこまでではなかった。それより早く、手紙の続きを知りたかった。
おじいちゃんが手紙を開く。
「『私はミレイア・フォン・エルシアとして生まれました』」
「フォン?」
「貴族だ」
「え?」
「『エルシア伯爵家の娘として』」
「伯爵令嬢!?」
思わず声が大きくなる。
「おばあちゃん、お嬢様だったの!?」
「ああ」
「全然そんな感じしなかった!」
「地球に戻ってから何十年経ってると思ってんだ」
「それもそうだけど……」
異世界で伯爵令嬢。ますます、私の知っているおばあちゃんと結びつかない。私の知っている美桜おばあちゃんは、優しくて、よく笑って、でもたまに妙に芯が強い人だった。伯爵令嬢と言われると、きれいなドレスを着て、紅茶を飲んでいる姿を想像してしまう。いや、似合わないわけじゃないけど。やっぱり変な感じだった。
「続き」
「ああ」
おじいちゃんが読む。
「『私はそこで生まれ、そこで育ちました』」
「『自分が水無瀬美桜だったことなど、何も知りませんでした』」
「やっぱり記憶なかったんだ」
「ああ」
記憶がない。それなら、ミレイアという人は本当に別人だったのだろうか。そう思いかけた時。おじいちゃんが続きを読んだ。
「『それでも、幼い頃から不思議な夢を見ました』」
「『見たことのない街』」
「『知らない家』」
「『黒い髪の男の人』」
そこで、おじいちゃんの声が少し止まった。
「……おじいちゃん?」
「聞け」
「はいはい」
「『誰なのか分からない』」
「『それなのに、その人を見ると胸が苦しくなりました』」
「『会いたい』」
「『帰らなければならない』」
「『ずっと、誰かを待っているような気がしていました』」
私は黙った。記憶はない。名前も分からない。自分が誰だったのかも知らない。それなのに、気持ちだけは残っていた。夢の中で見た黒い髪の男の人。会いたい。帰らなければならない。その感情だけが、ミレイアという別の人生の中にも残っていた。私は、ちらりとおじいちゃんを見る。おじいちゃんは手紙を見ていた。でも、どこか遠くを見ているようにも見えた。
「それから?」
「二十代後半」
おじいちゃんが続ける。
「『ある出来事をきっかけに、私は少しずつ思い出しました』」
「『地球』」
「『水無瀬美桜』」
「『サクラ』」
「『若葉』」
「『そして』」
おじいちゃんが一度止まる。
「『春日皐月』」
「……」
「全部思い出したんだ」
「ああ」
「自分が死んだことも?」
おじいちゃんが手紙を見る。
「書いてある」
「……読んで」
「『私は地球で一度、死んでいました』」
胸がざわついた。
「『サクラちゃんを守るために使った氷棺によって』」
「氷棺……」
私はその言葉を知っている。昔の記録にも残っている。でも、それがおばあちゃんの死と繋がっているなんて知らなかった。
「おばあちゃん、それで死んだの?」
「ああ」
「サクラ様を守るために?」
「ああ」
「……知らなかった」
おじいちゃんは何も言わなかった。
「『私は自分が死んだ瞬間まで思い出しました』」
「『そしてようやく』」
「『幼い頃からずっと探していた人が誰なのか分かりました』」
「『皐月でした』」
「おばあちゃん……」
私はおじいちゃんを見る。
「死んでも、おじいちゃんのこと忘れなかったんだ」
「記憶は忘れてたけどな」
「でも気持ちは残ってた」
「……そうみたいだな」
「すごいね」
「何が」
「執念」
「そこは愛って言えよ」
「自分で言う?」
「言わせたのお前だろ」
少し笑った。前なら、おじいちゃんとこんなふうに笑うことなんて、あまりなかった気がする。
でも、手紙はまだ続いていた。
「『すべてを思い出した私は決めました』」
「『地球へ帰る』」
「『皐月のところへ帰る』」
「迷わなかったんだ」
「ああ」
「伯爵令嬢だったんでしょ?」
「そうだ」
「向こうにも家族がいたんだよね?」
「ああ」
「それでも?」
「帰るって決めた」
おじいちゃんが静かに言った。
「美桜だからな」
「それで、どうやって帰ったの?」
おじいちゃんが続きを読む。
「『私は数年間、地球へ帰る方法を探しました』」
「『旧王国の資料』」
「『世界間転移の記録』」
「『古い転移陣』」
「『そして、かつてダンジョンが別世界へ送られた記録』」
「ダンジョン……」
「ああ」
「地球に来たダンジョン?」
「そうだ」
私たちが今潜っているダンジョン。もともとは、ヴァルメリアに存在していたもの。それが、世界を越えて地球へ送られた。
「『調べ続ける中で、私は一つの転移陣へ辿り着きました』」
「何の転移陣?」
おじいちゃんが答える。
「勇者が残したものだ」
「勇者?」
「ああ」
「ヴァルメリアの?」
「そうだ」
勇者自身が地球へ来たわけではない。ただ、勇者はヴァルメリアに、世界を越える可能性を持った転移陣を残していた。
「じゃあ、それを使えば帰れた?」
「そう簡単じゃなかった」
「え?」
おじいちゃんが続きを読む。
「『転移陣は残っていました』」
「『しかし、それだけでは地球へ行くことはできませんでした』」
「『転移先となる道が、閉じていたからです』」
「道?」
「『けれど私は知りました』」
「『かつてダンジョンをヴァルメリアから地球へ送った際』」
「『二つの世界の間には、一時的に経路が作られていたことを』」
「……」
「『その経路は完全には消えていませんでした』」
「『閉じた道のように』」
「『痕跡だけが残っていました』」
私は少しずつ、分かってきた。
「勇者の転移陣から、その道に繋げようとした?」
「ああ」
おじいちゃんがさらに読む。
「『私は地球へ続く道を見つけました』」
「『帰る方法も』」
「『辿り着くべき場所も』」
「『分かりました』」
「じゃあ帰れるじゃん」
「最後まで聞け」
「『ですが』」
嫌な予感がする。
「『私には、その道を開くことができませんでした』」
「……え」
「『転移陣はある』」
「『地球へ続く経路も残っている』」
「『それでも』」
「『世界と世界を隔てる境界を、私一人の力では越えられませんでした』」
「……帰れないじゃん」
「ああ」
「じゃあどうしたの?」
おじいちゃんが続きを見る。そして、止まった。
「……ここまでだ」
「また!?」
「まただな」
「おばあちゃん!」
なんで。毎回。一番いいところで終わるの!
私は手紙を受け取る。でも、今日はかなり分かった。美桜おばあちゃんは、サクラ様を守るために死んだ。そして、ヴァルメリアで、ミレイアという伯爵令嬢として生まれ直した。二十年以上、美桜だったことを忘れていた。それでも、皐月を探す気持ちだけは消えなかった。全部を思い出したあと、数年間、地球へ帰る方法を探した。勇者が残した転移陣。地球へ送られたダンジョン。その時に残された、二つの世界を繋ぐ経路。そこまで、自分の力で辿り着いた。
「……ねえ」
「何だ」
「おばあちゃん、本当にすごいね」
「ああ」
「サクラ様を守って死んで。別の世界で生まれ直して。何十年も生きて。それでも……」
私はおじいちゃんを見る。
「おじいちゃんのところに帰ろうとしたんだ」
おじいちゃんが黙る。
「……何だよ」
「いや」
少し笑った。
「そりゃ、大事にするよね」
「……当たり前だろ」
その返事を聞いて、前より少しだけ、おじいちゃんのことが分かった気がした。ずっと歳を取らない。何を考えているのか分からない。気味の悪い人。ずっと、そう思っていた。でも。美桜おばあちゃんが。死んでも。世界を越えても。帰りたいと思った人だった。だったら。私が知らない何かが、この人にはあるのかもしれない。ほんの少しだけ、そう思えるようになっていた。
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――次回予告――
死んでも。
世界が変わっても。
美桜は、皐月のいる地球へ帰ることを諦めなかった。
何年もかけて道を探し、最後に女神の力を借りて世界を越える。
その理由は、たった一つ。
もう一度、皐月に――「ただいま」と言いたかったから。
次回
『49. だって私は、もう一度ただいまと言いたかったから』
次回【朝06:00/夕方18:00】更新です!




