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48/65

48. 記憶を失っても、美桜は皐月のもとへ帰ろうとしていた

いつも応援ありがとうございます!


当作品は、【毎日 朝06:00 / 夕方18:00】の1日2回、定時更新でお届けしております。


今回もぜひ、最後までお楽しみください!

【美月(みづき)視点】

 あの手紙を読んでから。ずっと気になっていた。ミレイア。美桜(みお)おばあちゃんが。一度死んだあと。ヴァルメリアで生きた時の名前。

「……絶対、続きあるよね」

 前の手紙は、あまりにも途中で終わっていた。そして、ある時。そこで切れていた。そんな終わり方、絶対におかしい。私はもう一度、おばあちゃんの部屋を探すことにした。


 美桜おばあちゃんが亡くなってから。部屋はほとんどそのまま残っている。服。写真。本。昔使っていたハンター用品。

「どこだろ……」

 棚を開ける。箱を出す。引き出しを見る。しばらく探していると、本棚の奥に薄い木箱があった。

「これ……」

 開ける。中には、見覚えのある文字。

「やっぱりあった!」

 ヴァルメリア語。前の手紙と同じだった。


「おじいちゃん」

「何だ」

「見つけた」

 おじいちゃんが手紙を見る。

「美桜のか」

「たぶん続き」

「どこにあった?」

「おばあちゃんの部屋」

「そうか」

「読んで」

「はいはい」

「今日は素直ですね」

「うるせぇ」

 前なら、このやり取りだけでも少し嫌だったかもしれない。でも今は、そこまでではなかった。それより早く、手紙の続きを知りたかった。


 おじいちゃんが手紙を開く。

「『私はミレイア・フォン・エルシアとして生まれました』」

「フォン?」

「貴族だ」

「え?」

「『エルシア伯爵家の娘として』」

「伯爵令嬢!?」

 思わず声が大きくなる。

「おばあちゃん、お嬢様だったの!?」

「ああ」

「全然そんな感じしなかった!」

「地球に戻ってから何十年経ってると思ってんだ」

「それもそうだけど……」

 異世界で伯爵令嬢。ますます、私の知っているおばあちゃんと結びつかない。私の知っている美桜おばあちゃんは、優しくて、よく笑って、でもたまに妙に芯が強い人だった。伯爵令嬢と言われると、きれいなドレスを着て、紅茶を飲んでいる姿を想像してしまう。いや、似合わないわけじゃないけど。やっぱり変な感じだった。


「続き」

「ああ」

 おじいちゃんが読む。

「『私はそこで生まれ、そこで育ちました』」

「『自分が水無瀬(みなせ)美桜だったことなど、何も知りませんでした』」

「やっぱり記憶なかったんだ」

「ああ」

 記憶がない。それなら、ミレイアという人は本当に別人だったのだろうか。そう思いかけた時。おじいちゃんが続きを読んだ。

「『それでも、幼い頃から不思議な夢を見ました』」

「『見たことのない街』」

「『知らない家』」

「『黒い髪の男の人』」

 そこで、おじいちゃんの声が少し止まった。

「……おじいちゃん?」

「聞け」

「はいはい」


「『誰なのか分からない』」

「『それなのに、その人を見ると胸が苦しくなりました』」

「『会いたい』」

「『帰らなければならない』」

「『ずっと、誰かを待っているような気がしていました』」

 私は黙った。記憶はない。名前も分からない。自分が誰だったのかも知らない。それなのに、気持ちだけは残っていた。夢の中で見た黒い髪の男の人。会いたい。帰らなければならない。その感情だけが、ミレイアという別の人生の中にも残っていた。私は、ちらりとおじいちゃんを見る。おじいちゃんは手紙を見ていた。でも、どこか遠くを見ているようにも見えた。


「それから?」

「二十代後半」

 おじいちゃんが続ける。

「『ある出来事をきっかけに、私は少しずつ思い出しました』」

「『地球』」

「『水無瀬美桜』」

「『サクラ』」

「『若葉(わかば)』」

「『そして』」

 おじいちゃんが一度止まる。

「『春日皐月(かすがさつき)』」

「……」

「全部思い出したんだ」

「ああ」

「自分が死んだことも?」

 おじいちゃんが手紙を見る。

「書いてある」

「……読んで」


「『私は地球で一度、死んでいました』」

 胸がざわついた。

「『サクラちゃんを守るために使った氷棺(アイス・コフィン)によって』」

「氷棺……」

 私はその言葉を知っている。昔の記録にも残っている。でも、それがおばあちゃんの死と繋がっているなんて知らなかった。

「おばあちゃん、それで死んだの?」

「ああ」

「サクラ様を守るために?」

「ああ」

「……知らなかった」

 おじいちゃんは何も言わなかった。


「『私は自分が死んだ瞬間まで思い出しました』」

「『そしてようやく』」

「『幼い頃からずっと探していた人が誰なのか分かりました』」

「『皐月でした』」

「おばあちゃん……」

 私はおじいちゃんを見る。

「死んでも、おじいちゃんのこと忘れなかったんだ」

「記憶は忘れてたけどな」

「でも気持ちは残ってた」

「……そうみたいだな」

「すごいね」

「何が」

「執念」

「そこは愛って言えよ」

「自分で言う?」

「言わせたのお前だろ」

 少し笑った。前なら、おじいちゃんとこんなふうに笑うことなんて、あまりなかった気がする。


 でも、手紙はまだ続いていた。

「『すべてを思い出した私は決めました』」

「『地球へ帰る』」

「『皐月のところへ帰る』」

「迷わなかったんだ」

「ああ」

「伯爵令嬢だったんでしょ?」

「そうだ」

「向こうにも家族がいたんだよね?」

「ああ」

「それでも?」

「帰るって決めた」

 おじいちゃんが静かに言った。

「美桜だからな」


「それで、どうやって帰ったの?」

 おじいちゃんが続きを読む。

「『私は数年間、地球へ帰る方法を探しました』」

「『旧王国の資料』」

「『世界間転移の記録』」

「『古い転移陣』」

「『そして、かつてダンジョンが別世界へ送られた記録』」

「ダンジョン……」

「ああ」

「地球に来たダンジョン?」

「そうだ」

 私たちが今潜っているダンジョン。もともとは、ヴァルメリアに存在していたもの。それが、世界を越えて地球へ送られた。

「『調べ続ける中で、私は一つの転移陣へ辿り着きました』」

「何の転移陣?」

 おじいちゃんが答える。

「勇者が残したものだ」

「勇者?」

「ああ」

「ヴァルメリアの?」

「そうだ」

 勇者自身が地球へ来たわけではない。ただ、勇者はヴァルメリアに、世界を越える可能性を持った転移陣を残していた。


「じゃあ、それを使えば帰れた?」

「そう簡単じゃなかった」

「え?」

 おじいちゃんが続きを読む。

「『転移陣は残っていました』」

「『しかし、それだけでは地球へ行くことはできませんでした』」

「『転移先となる道が、閉じていたからです』」

「道?」

「『けれど私は知りました』」

「『かつてダンジョンをヴァルメリアから地球へ送った際』」

「『二つの世界の間には、一時的に経路が作られていたことを』」

「……」

「『その経路は完全には消えていませんでした』」

「『閉じた道のように』」

「『痕跡だけが残っていました』」

 私は少しずつ、分かってきた。

「勇者の転移陣から、その道に繋げようとした?」

「ああ」


 おじいちゃんがさらに読む。

「『私は地球へ続く道を見つけました』」

「『帰る方法も』」

「『辿り着くべき場所も』」

「『分かりました』」

「じゃあ帰れるじゃん」

「最後まで聞け」

「『ですが』」

 嫌な予感がする。

「『私には、その道を開くことができませんでした』」

「……え」

「『転移陣はある』」

「『地球へ続く経路も残っている』」

「『それでも』」

「『世界と世界を隔てる境界を、私一人の力では越えられませんでした』」

「……帰れないじゃん」

「ああ」

「じゃあどうしたの?」

 おじいちゃんが続きを見る。そして、止まった。

「……ここまでだ」

「また!?」

「まただな」

「おばあちゃん!」

 なんで。毎回。一番いいところで終わるの!


 私は手紙を受け取る。でも、今日はかなり分かった。美桜おばあちゃんは、サクラ様を守るために死んだ。そして、ヴァルメリアで、ミレイアという伯爵令嬢として生まれ直した。二十年以上、美桜だったことを忘れていた。それでも、皐月を探す気持ちだけは消えなかった。全部を思い出したあと、数年間、地球へ帰る方法を探した。勇者が残した転移陣。地球へ送られたダンジョン。その時に残された、二つの世界を繋ぐ経路。そこまで、自分の力で辿り着いた。

「……ねえ」

「何だ」

「おばあちゃん、本当にすごいね」

「ああ」

「サクラ様を守って死んで。別の世界で生まれ直して。何十年も生きて。それでも……」

 私はおじいちゃんを見る。

「おじいちゃんのところに帰ろうとしたんだ」

 おじいちゃんが黙る。

「……何だよ」

「いや」

 少し笑った。

「そりゃ、大事にするよね」

「……当たり前だろ」

 その返事を聞いて、前より少しだけ、おじいちゃんのことが分かった気がした。ずっと歳を取らない。何を考えているのか分からない。気味の悪い人。ずっと、そう思っていた。でも。美桜おばあちゃんが。死んでも。世界を越えても。帰りたいと思った人だった。だったら。私が知らない何かが、この人にはあるのかもしれない。ほんの少しだけ、そう思えるようになっていた。

本編をお読みいただきありがとうございました!


一気読みしてくださっている方も、毎日追ってくださっている方も、本当にありがとうございます!

第一章も楽しんでいただけていたら嬉しいです!


面白い、続きが気になる!と思ってくださったら、ページ下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援していただけると、第三部を最後まで駆け抜ける凄まじいエネルギーになります!


(星は1つからでも、ポチッと気軽に押していただけると大喜びします!)


――次回予告――

死んでも。

世界が変わっても。

美桜は、皐月のいる地球へ帰ることを諦めなかった。


何年もかけて道を探し、最後に女神の力を借りて世界を越える。


その理由は、たった一つ。


もう一度、皐月に――「ただいま」と言いたかったから。


次回

『49. だって私は、もう一度ただいまと言いたかったから』


次回【朝06:00/夕方18:00】更新です!

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