33. 私はサクラ様に、目を覚ましてほしい。教団の中からその声が上がった
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【皐月視点】
連絡が入ったのは、夜だった。端末が鳴った瞬間、嫌な予感はした。こういう時の予感は、だいたい当たる。
「皐月さん、まずい」
継真の声が、いつもより低い。
「どうした?」
「女神教の過激派が、ギルド本部に集まってる」
「何しに?」
「サクラさんの居場所を明らかにしろって」
「……は?」
思わず声が低くなる。
「それと、星継ぎへの調査を中止しろ。サクラさんを教団の管理下に置けって」
「好き勝手言いやがるな」
サクラを管理下に置く。その言葉だけで、腹の奥が冷えた。
「かなり切羽詰まってる」
「分かった。すぐ行く」
ギルド本部へ着くと、入口前は騒然としていた。白い服。桜の紋章。何十人もの教団員。その周囲には、警備員とギルド職員が並んでいる。通行人も遠巻きに集まり、スマホを向けていた。
『女神の眠りを守れ!』
『女神をギルドから解放せよ!』
『サクラ様を返せ!』
返せって。思わず鼻で笑いそうになった。そもそも、こいつらはサクラがどこにいるのか知らない。当然だ。サクラの居場所は最高機密。ギルドの中でも知っている人間はごくわずか。外部の教団に知られるようなものじゃない。それに。サクラは、こいつらのものじゃない。
「黒瀬蓮!」
先頭にいた年配の男、橘が俺を見つけた。
「サクラ様はどこだ!」
「知ってても教えるわけねぇだろ」
「女神を隠す権利などギルドにはない!」
「お前らにもねぇよ」
橘の顔が怒りに歪む。
「我々は女神を守ろうとしている!」
「誰から?」
「お前たちからだ!」
男が叫ぶ。
「女神を人間へ引きずり下ろし、その神聖な眠りを奪おうとしている者から!」
「まだそれ言ってんのか」
何度言っても届かない。こいつらが見ているのは、サクラじゃない。自分たちが作り上げた女神像だ。
「サクラ様は永遠に眠り、世界を守り続ける!」
「勝手に決めんな」
男の顔が歪む。
「サクラは世界を救うために眠った」
「それこそ女神の御意思だ!」
「違う」
俺は即答した。
「他に方法がなかっただけだ」
「これ以上は退いてください!」
ギルド職員が警告する。
「本部への侵入行為は認められません!」
「ならば!」
橘が手を上げた。
「我々自身で、女神の居場所を探す!」
「本気かよ」
教団員たちが一斉に動いた。ギルド本部へ押し入ろうとする。警備員たちが止める。怒号が飛ぶ。魔法を使う者。武器を抜く者。一気に騒ぎになった。
「やめろ!」
俺は前へ出た。飛んできた魔法を弾く。教団員の腕を取って、そのまま床へ転がす。殺さない。大怪我もさせない。ただ動けなくする。それだけなら難しくない。こいつらが人間であるうちは。
「黒瀬さん!」
継真の声が飛ぶ。
「右!」
「分かってる!」
横から来た男の武器を弾いた。その時だった。
「師匠!」
「……は?」
聞き覚えのある声。振り返る。
「美月!?」
「来ちゃいました!」
「なんで来る!」
「ギルドから緊急警報が出てたから!」
「だから普通は来ねぇんだよ!」
「でも師匠いるし!」
「それ理由になってねぇ!」
こんな時までいつも通りだ。いや。いつも通りで済ませていい状況じゃない。こいつは、また一番面倒な場所に飛び込んできやがった。
「朝倉美月……!」
一人の教団員が、美月を見る。
「美桜様の孫……!」
「だから何ですか?」
美月が眉をひそめる。男の目つきが変わった。
「捕らえろ!」
「は?」
数人が美月へ向かう。俺はすぐに間へ入った。
「お前ら」
声が低くなる。
「何するつもりだ」
「彼女はお前にとって重要な存在だ!」
「だから?」
「人質にすれば、お前もギルドも動けまい!」
完全に一線を越えた。こいつらは、もう隠す気すらない。世界のため。女神のため。その言葉で、人を攫い、人質にしようとしている。
「……そうか」
「師匠?」
俺は教団員を見る。
「もう言い訳できねぇな」
「やめてください!」
その時。教団側の後方から声が響いた。何人もの教団員が走ってくる。先頭にいたのは、以前、俺に会いに来た桜庭紗良だった。その後ろには、穏健派の連中もいる。
「もうやめてください!」
「裏切り者が!」
橘が怒鳴る。
「我々は女神を守っている!」
「人を襲って!」
桜庭が叫ぶ。
「人質まで取ろうとして!」
「それのどこがサクラ様を守ることなんですか!」
「女神のためなら必要なことだ!」
「違います!」
桜庭の声が、夜の空気を裂く。
「サクラ様のためじゃない!」
「何だと?」
「あなたたちが守っているのは!」
桜庭は胸元の桜の紋章を握った。
「サクラ様が永遠に眠り続けるという、教団の教えです!」
「サクラ様本人じゃない!」
橘がまた怒鳴ろうとした。だが、桜庭は止まらなかった。
「世界を救った一人の人間を!」
女性の声が震える。
「どうして、これ以上犠牲にしなければならないんですか!」
周囲が静かになる。怒号も、ざわめきも、一瞬だけ消えた。
「私たちはサクラ様を信仰してきました」
桜庭は言った。
「でも」
その声は震えていた。けれど、はっきりしていた。
「もし世界を守ったまま救えるのなら」
桜庭は、顔を上げる。
「私はサクラ様に、目を覚ましてほしい」
「……」
「もう一度、生きてほしいです」
その言葉に、俺は一瞬だけ黙った。それは、俺がずっと思っていたことだった。でも今、それを言ったのは俺じゃない。女神教の中にいた女だった。
橘が魔法を使おうとした。俺はその腕を掴んだ。
「もう終わりだ」
「離せ!」
「一つだけ聞く」
俺は男を見る。
「もしサクラ本人が今ここにいて」
俺は、眠るサクラの顔を思い浮かべた。怖いと泣いた顔。それでも世界を救うと決めた顔。そして、眠りにつく直前の声。
「『もう眠りたくない』って言ったら?」
橘の顔が引きつる。
「それでも、お前は眠れって言うのか?」
「……」
橘は、答えられなかった。答えられるはずがない。答えれば、認めることになる。自分たちが守っているのは、サクラ本人の願いではないのだと。
過激派は拘束された。ギルド本部への侵入も防いだ。当然、サクラの居場所が知られることもない。美月も無事だった。それだけで、十分だった。
「師匠」
「何だ」
「さっき、めちゃくちゃ強かったですね」
「今さらかよ」
「いや、前から強いとは思ってましたけど」
「帰れ」
「照れてます?」
「帰れ」
「はいはい」
美月が離れていく。俺は、その背中が見えなくなるまで待った。また巻き込んだ。いや、あいつが勝手に来た。それでも。無事でよかったと思った。
◇
黒瀬の姿を解いたあと。俺は一人で、サクラのもとへ向かった。誰にも知られていない道を通って。深く。さらに深く。その先にある《星継ぎの間》へ入る。何度来ても、ここだけは空気が違う。静かで。冷たくて。それでも、星の呼吸のような光だけが満ちている。
「よう、サクラ」
眠る少女のそばへ座った。
「今日は面倒だったぞ」
返事はない。
「お前の居場所を教えろって、大騒ぎだ」
俺は苦笑する。
「まあ」
「絶対教えねぇけどな」
サクラの手を握る。冷たいわけじゃない。死んでいるわけでもない。ただ、眠っている。ずっと。何十年も。
「でも」
今日。教団の中から、はっきり言った奴がいた。お前に目を覚ましてほしい。もう一度、生きてほしいって。
「少しずつだけどな」
眠るサクラを見る。
「お前を神様じゃなくて」
「一人の人間として見てくれる奴が増えてきたぞ」
返事はない。それでも。確実に。何かが変わり始めていた。
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――次回予告――
「女神の眠りを守る」から、
「サクラという一人の人間を守る」へ。
女神教の中に生まれた変化は、美月にも届く。
そして今度は、世界に救われた側が――サクラを救う側へ回り始める。
次回
『34. 女神の眠りを守るのではなく、サクラという一人の人間を守る』
次回【朝06:00/夕方18:00】更新です!




