31. 世界のためと言って、女神教は美月を人質にしようとした
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【美月視点】
最近。お母さんからも。師匠からも。やたらと言われる。
「一人で行動するな」
「分かってますって」
何回言われたか分からない。女神教が割れたらしい。しかも、一部の人たちは、サクラ様を起こそうとする人を「敵」だと考えているらしい。
「そこまで?」
正直、まだ実感はなかった。だって私は、ただの新人ハンターだ。黒瀬師匠の弟子みたいな扱いではあるけれど、何か大きなことをしているわけじゃない。その日も。私は普通にギルドへ向かっていた。
「朝倉美月さん」
「え?」
声をかけられて振り向く。白い服。胸元には桜の紋章。女神教の人だった。一瞬、足が止まる。
最近の話を聞いていたせいか、自然と少し身構えてしまった。
「少し、お話をよろしいでしょうか」
「……何ですか?」
「あなたにお願いがあります」
「お願い?」
男は、丁寧に頭を下げた。
「黒瀬蓮に、サクラ様の目覚めを諦めるよう説得していただきたい」
「え?」
思っていた話と違いすぎて、変な声が出た。
「あなたなら、彼も耳を貸すでしょう」
「なんで私が?」
「あなたは彼の弟子なのでしょう?」
「弟子というか……まあ、師匠ですけど」
「ならばお願いします」
男はもう一度、頭を下げた。
「これ以上、女神の眠りを乱してはならないのです」
「でも」
私は少し考える。師匠は、サクラ様を無理やり起こそうとしているわけじゃない。世界がどうなってもいいと思っているわけでもない。
「世界を壊さずに起こせる方法を探してるだけですよね?」
その瞬間、男の表情が変わった。さっきまでの丁寧な笑顔が、少し固くなる。
「その考え自体が危険なのです」
「どうして?」
「女神は眠り続けるべきだからです」
「……」
またそれ。私は、胸の奥が少し冷たくなるのを感じた。
「サクラ様本人がそう言ったんですか?」
「女神の御意思は、教義に示されています」
「教義って、サクラ様本人が書いたんですか?」
「……」
答えない。やっぱり。
「じゃあ」
私は男を見る。
「私は説得しません」
「朝倉さん」
「師匠の方が、私は正しいと思うから」
その瞬間。男の顔から笑顔が消えた。
「残念です」
「え?」
その声に、背筋が冷えた。周囲に、いつの間にか数人の教団員が立っていた。白い服。桜の紋章。さっきまで通行人に紛れていたはずの人たちが、私を囲むように立っている。
「……何ですか?」
「あなたには、しばらく我々と来ていただきます」
「は?」
一歩下がる。
「嫌ですけど」
「これは世界のためです」
「そういうの、一番嫌い」
私は手を剣に伸ばした。けれど、その瞬間。
「動くな」
背後から声がした。足元に魔法陣が広がる。
「……っ!」
身体が重い。膝が沈みそうになる。拘束系の魔法。まずい。そう思った時には、もう腕も足もまともに動かなかった。
「朝倉美月さん」
男が近づいてくる。
「あなたを傷つけるつもりはありません」
「じゃあ離してください!」
「それはできません」
その言い方が、やけに落ち着いていて気持ち悪かった。
「黒瀬蓮が、あなたを大切にしていることは分かっています」
「……」
「あなたが我々の側にいれば、彼も無茶はできないでしょう」
そこでようやく理解した。
「私を……人質にする気?」
「世界を守るためです」
「最低」
男の眉が動く。
「女神のためと言ってください」
「もっと最低!」
拘束から抜けようとする。でも、動けない。怖い。怖いけど、それ以上に腹が立った。世界のため。女神のため。その言葉を使えば、何をしてもいいと思っているみたいだった。
その時。
「誰が」
聞き慣れた声がした。
「人の弟子に触っていいって言った?」
「……師匠?」
振り向く。通路の向こうに、師匠の黒瀬さんが立っていた。いつものように、面倒くさそうな顔で。でも、その目だけは全然笑っていなかった。
「師匠!」
「だから師匠はやめろ」
「今そこ!?」
師匠はゆっくり歩いてくる。その一歩ごとに、周りの空気が重くなる気がした。
「離せ」
教団員たちが身構える。
「黒瀬蓮」
「一回しか言わねぇぞ」
師匠の声が低くなる。
「美月から手を離せ」
「我々は世界を守っている!」
「人質取って?」
「必要な行為だ!」
「そうか」
次の瞬間。師匠の姿が消えた。
「え?」
何が起きたのか、全然見えなかった。ただ、足元の魔法陣が砕けるように消えた。身体が軽くなる。そして気づいた時には、私を囲んでいた教団員たちが床に倒れていた。
「……早」
本当に、何が起きたか分からなかった。師匠が私の前に立つ。
「怪我は?」
「ないです」
「なら帰るぞ」
「ちょっと待ってください」
「何だ」
「助けてくれたんですよね?」
「見りゃ分かるだろ」
いつもの言い方だった。でも、さっきまで怖かった分、その言葉に少しだけ安心した。
「ありがとうございます」
「……おう」
師匠は少しだけ視線を外した。その反応がおかしくて、私は少しだけ笑った。助かった。本当に、助かった。そう思った。でも。その後ろ。倒れた教団員の一人が、震える手でスマホをこちらへ向けていた。どうやら。最初から。何かを撮っていたらしい。
その日の夜。一本の動画がネットに流れた。
『女神教とギルド側ハンターが衝突』
『女神サクラ様の目覚めを巡り対立』
そんな見出しが、いくつも並ぶ。そして、動画の中には。私の声も入っていた。
『サクラ様本人が、永遠に眠りたいって言ったんですか?』
さらに。師匠の声。
『世界を壊さずに起こす方法を探してるだけだ』
そこだけを聞けば、私たちが教団に食ってかかっているようにも見える。でも、教団の人たちが私を囲んだこと。拘束魔法を使ったこと。人質にしようとしたこと。その全部が、どう映っているのかは分からない。動画は、信じられない勢いで拡散されていった。私の知らないところで。私の言葉が、どんどん大きくなっていく。もうこれは、ただの私と師匠の話ではなくなっていた。
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――次回予告――
「サクラさんは、神ではありません」
ギルドはついに、世界へ真実を公表する。
女神ではなく、今も地球を支え続けている一人の人間なのだと。
だがその言葉は、女神教を最後の一線へと向かわせる。
次回
『32. サクラさんは神ではありません。ギルドはついにそう公表した』
次回【朝06:00/夕方18:00】更新です!




