30. サクラ様を救いたいと願った信者たちは、女神教の敵になった
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【桜庭紗良視点】
教団本部の空気は、以前とはまるで違っていた。同じサクラ様を信じているはずなのに。同じ女神の眠りに祈りを捧げてきたはずなのに。今は、互いを見る目に警戒が混じっている。誰が眠りを守る側なのか。誰が目覚めを認める側なのか。言葉にしなくても、そんな探り合いがある。祈りの場だったはずの本部は、いつの間にか疑い合う場所になっていた。それでも、私はもう黙っていられなかった。
「世界を守ったまま、サクラ様を救う方法を探すべきです」
私は、もう一度そう言った。
「それがなぜ理解できないのですか」
「理解できないのはお前たちだ!」
年配の幹部が立ち上がる。
「女神サクラ様の眠りは神聖なものだ!」
「だから、その“女神”という前提自体が間違っている可能性があると言っているのです」
「冒涜だ!」
「違います!」
自分でも驚くほど、大きな声が出た。以前の私なら、ここで黙っていたかもしれない。怖かったから。教団に逆らうことも。自分の信じてきたものを疑うことも。でも、もう遠慮している場合ではなかった。サクラ様を本当に大切に思うなら。疑問を持つことから逃げてはいけない。
「サクラ様は人間として世界を救った。星継ぎとなり、今も地球を支えている」
「そんな話を信じるのか!」
「では、なぜ調べようとしないのですか?」
「必要がないからだ!」
「違う!」
思わず机を叩いた。乾いた音が、会議室に響く。
「怖いんでしょう」
「何?」
「もしサクラ様が女神ではないと分かったら」
誰も言葉を挟まない。
「今まで自分たちが信じてきたものが、間違っていたかもしれないと認めることが」
「黙れ!」
怒鳴り声が響いた。けれど、その怒鳴り声こそが答えのように思えた。
でも。今度は、私だけではなかった。
「……私は彼女の言うことも分かります」
一人が、小さく声を上げた。
「私もです」
また一人。
「救える可能性があるなら、調べるべきでは?」
別の教団員が、ゆっくりと立ち上がる。私は思わず息を呑んだ。自分一人だと思っていた。でも、違った。同じ疑問を飲み込んでいた人たちが、いたのだ。少しずつ。本当に少しずつ。同じ考えを持つ者が立ち上がっていく。教団の半分とはいかない。でも。もう少数とは言えないほどになっていた。
「では、はっきりさせよう」
橘が低い声で言った。その一言で、ざわめきが小さくなる。
「女神サクラ様の永遠の眠りを守る者は、こちらへ」
橘は自分の側を示した。そして。
「目覚めを支持する者は――」
男の目が冷たくなる。
「教団の教えに背く者だ」
ざわめきが広がった。それはもう議論ではなかった。信仰の確認でもない。踏み絵だった。
「それは……除名という意味ですか?」
誰かが震える声で聞いた。
「それだけで済めばいいがな」
その言葉に、部屋が静まり返った。
「どういう意味です?」
「女神の眠りを脅かす者は、教団の敵だ」
その瞬間。私は理解した。この人たちは、もうサクラ様を守ろうとしているんじゃない。守ろうとしているのは、サクラ様ではない。自分たちの信仰。自分たちの教義。自分たちが作り上げた、永遠に眠る女神サクラ。そこに、サクラ様本人はいない。そう分かった瞬間、胸の奥に残っていた迷いが、静かに消えた。
「……分かりました」
私は胸元の桜の紋章に手をかけた。指先が少し震える。何年も身につけてきたものだった。サクラ様への祈りの証。自分の信仰の形。誇りでもあった。けれど今は、その重さが苦しかった。私はゆっくりと、桜の紋章を外した。そして、机の上に置く。
「何をしている?」
「私はそちらには立てません」
「桜庭」
「私はサクラ様を信じています」
「ならば――」
「だからこそ」
私は顔を上げる。
「サクラ様が救われる可能性を、最初から捨てたくありません」
後ろから、足音がした。一人。また一人。同じように胸元の紋章を外していく。
「私も」
「私もです」
「……私も」
小さな声だった。けれど、確かに聞こえた。私は振り返る。そこには、迷いながらもこちら側に立つ人たちがいた。多数ではない。けれど、孤独でもない。教団の中に、はっきりと二つの集団ができた。女神の眠りを絶対とする者。サクラ様を救う可能性を捨てたくない者。同じサクラ様を信じているはずなのに。私たちは、もう同じ場所には立てなかった。
【皐月視点】
その日の夜。継真から連絡が入った。
「皐月さん。教団が割れた」
「……思ったより早かったな」
俺は短く返す。桜庭が動けば、いずれそうなるとは思っていた。だが、ここまで早いとはな。
「正式な分裂まではいってない。でも、かなり危ない」
「どう危ない?」
「眠りを守る側が、救出派を裏切り者扱いし始めた」
「面倒くせぇな」
予想通りではある。だが、予想通りだからといって面倒じゃなくなるわけではない。
「それだけじゃない」
継真の声が少し低くなる。
「一部が、かなり過激なことを言い始めてる」
「どんな?」
「サクラさんを目覚めさせようとする者は、実力で排除するべきだって」
「……へぇ」
俺は少しだけ笑った。
「笑うところじゃないよ」
「分かってる」
分かっている。これはもう、ただの思想の違いではない。祈りでも、信仰でも、議論でもない。実力で排除。その言葉が出た時点で、連中は一線を越えかけている。
「黒瀬さんも対象に入ってる」
「だろうな」
「美月ちゃんも気をつけた方がいい」
そこで、俺の表情が変わった。
「なんで美月が出てくる?」
「美桜さんの孫で、黒瀬と行動してる。それに、教団本部でもサクラさんの眠りに疑問を口にしたらしい」
「……あいつ」
余計なところで目立ちやがって。そう思った。だが、本音はそれだけじゃない。美月は、まだ何も知らない。黒瀬蓮が俺だということも。零が俺だということも。そして、自分がどれだけ面倒な場所に足を踏み入れているのかも。美桜の孫。深層適性者。俺の孫。その全部が、危険を引き寄せる理由になり始めていた。
「警護をつける?」
「いや」
「大丈夫?」
「俺が見る」
継真が少し黙った。美月は、春日皐月を信用していない。俺が祖父として近づけば、余計に反発するだろう。なら、黒瀬蓮として見ればいい。必要なら零として動く。どの顔を使ってでも守る。美桜の孫だ。俺の孫だ。あいつが嫌がろうが、危険な場所に放っておく理由にはならない。
「皐月さん」
「何だ」
「もう思想だけの話じゃなくなるかもしれないよ」
「ああ」
俺もそう思っていた。サクラを救いたい者。サクラを眠らせ続けたい者。同じサクラを思っているはずなのに。見ているものが違う。片方は、一人の少女を見ている。片方は、永遠に眠る女神を見ている。その違いが、いよいよ争いになろうとしていた。面倒だ。だが、放っておけない。サクラを助ける。美月を守る。そして、サクラを救おうとしただけで敵と呼ばれる連中も、できるなら死なせない。争いの気配は、もうすぐそこまで来ていた。
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――次回予告――
「世界のため」「女神のため」
そう言いながら、女神教はついに美月へ手を伸ばす。
黒瀬蓮を止めるための――人質として。
そして、その一部始終を収めた動画が、世界中へ拡散されていく。
次回
『31. 世界のためと言って、女神教は美月を人質にしようとした』
次回【朝06:00/夕方18:00】更新です!




