29. サクラ様を信仰しているのか、世界を守る道具にしているのか
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【美月視点】
女神教のことが、ニュースで取り上げられることが増えていた。テレビでも。ネットニュースでも。SNSでも。少し前まで、女神サクラ様の話題は、記念日や式典の時に見るくらいだった。でも今は違う。
『サクラ様の眠りを守るべきだ』
『いや、目覚めさせられる方法があるなら探すべきだ』
そんな意見が、毎日のように流れてくる。ネットでも意見が割れていた。
「すごいことになってるなあ……」
私はスマホを見ながら呟いた。前までは、深く考えたことなんてなかった。サクラ様は女神。ずっと眠って世界を守る。それが当たり前だと思っていた。
でも今は違う。サクラ様は人間だった。世界を救うために星継ぎになった。そして今も、地球を支え続けている。その事実を知ってから、教団の言っていることが少し違って見えるようになった。感謝することが悪いとは思わない。サクラ様のおかげで今があるのは、本当なんだと思う。でも。永遠の眠り。女神の御意思。眠りを乱すな。そういう言葉を見るたびに、胸の奥がざわつく。その言葉の中に、サクラ様本人の気持ちはあるのだろうか。私は、少しずつそれが気になるようになっていた。
その日。ギルドへ行くと、師匠が待っていた。
「遅い」
「まだ時間前です!」
「俺が先に来てただけだ」
「じゃあ遅くないじゃないですか」
「うるせぇ。行くぞ」
相変わらずだ。ぶっきらぼうで、口が悪くて、説明不足。でも最近、その言葉の奥に別のものがある気がしていた。少し歩いたところで、私は聞いた。
「師匠」
「何だ」
「サクラ様って、本当はどんな人だったんですか?」
師匠が止まった。
「なんで俺に聞く」
「なんとなく」
「……」
「やっぱり知ってるんでしょ?」
師匠はしばらく黙った。
「お前のじーちゃんに聞け」
「なんであの人に……」
反射的に嫌な顔をしてしまう。でも師匠は、それ以上そこには触れなかった。ただ、少しだけ視線を外して言った。
「……無茶するやつだった」
「え?」
「人のことは心配するくせに、自分のことになると無茶ばっかりする」
「……なんか誰かに似てません?」
「誰だよ」
「私?」
「自覚あるなら直せ」
「ひどい!」
思わず声を上げる。でも、師匠の顔は少しだけ柔らかかった。
「怖がりでもあった」
「サクラ様が?」
「ああ」
「女神なのに?」
「だから女神じゃねぇって言ってんだろ」
「あ、そうだった」
師匠がため息をつく。
「怖い時は怖いって言うし、泣く時は泣く。普通の女だよ」
「……普通の人」
その言葉が、妙に残った。教団で見た巨大な像。神聖な絵。展示室に並んでいた、女神サクラという言葉。あそこにいたサクラ様は、最初から遠い存在みたいだった。優しくて、強くて、完全で。誰かのために永遠に眠ることさえ、当然みたいに描かれていた。でも、師匠が話すサクラ様は違う。怖がる。泣く。無茶をする。人のことばかり心配する。それは、女神というより。本当に普通の人だった。
「じゃあ」
「ん?」
「やっぱり、起こしてあげたいですよね」
師匠は前を向いたまま答えた。
「ああ」
その時は、ただ納得した。師匠はサクラ様を、女神ではなく一人の人として見ている。だから起こしてあげたいのだと。でも、後になって少し疑問に思った。どうして師匠は、サクラ様のことをそんなに知っているんだろう。資料で読んだだけにしては、話し方が近すぎる。まるで、本当に一緒にいた人のことを話しているみたいだった。それに。ふとした時の雰囲気が、誰かに似ている気もする。
「……いや、ないない」
私はすぐに首を振った。あの人と師匠が似ているなんて、考えたくもない。でも、小さな違和感だけは胸に残った。
◇
同じ頃。女神教本部では、緊急の集会が開かれていた。
「このままでは教団が二つに割れます」
「すでに割れ始めています」
幹部たちの声が飛び交う。
「サクラ様が人間であるなどという話を信じる者まで現れている!」
「ですが、星継ぎという言葉はギルド側からも出ています」
「ギルドが嘘を広めているだけだ!」
「本当にそうでしょうか」
その声に、部屋が静かになる。口を開いたのは、黒瀬に会いに行った若い教団員。桜庭紗良だった。
「私は、黒瀬さんから話を聞きました」
「だから何だ」
「彼らは、サクラ様を起こすために世界を危険に晒すとは言っていません」
「同じことだ!」
「違います」
桜庭は、はっきりと言った。自分の声が思っていたより強く響いたことに、自分でも驚く。でも、もう引けなかった。
「世界を守ったまま、サクラ様を救う方法を探しているだけです」
「その必要がないと言っている!」
「なぜですか?」
部屋が静かになった。誰も、すぐには答えなかった。
「サクラ様が救われる可能性があるのに」
桜庭は続ける。
「なぜ、探すことすら許されないのですか?」
年配の幹部が立ち上がる。
「信仰とは疑わないことだ」
「私はそうは思いません」
「何?」
桜庭は胸元の桜の紋章を握った。手のひらに、硬い感触が伝わる。ずっと大切にしてきた紋章。誇りだったもの。でも今は、その重さが少し苦しい。
「本当にサクラ様を大切に思うなら」
桜庭は震える声を抑えながら言った。
「サクラ様自身の幸せを考えるべきです」
ざわめきが広がった。
「黙れ!」
机が強く叩かれた。
「女神は世界のために存在する!」
その言葉に。桜庭の顔が変わった。女神は、世界のために存在する。その言葉は、教団の中では正しいのかもしれない。世界を守る女神。永遠に眠る救い主。けれど。それは、本当にサクラ様を見ている言葉なのだろうか。
「……それなら」
「何だ?」
「私たちはサクラ様を信仰しているのではなく」
声が震える。それでも、桜庭は言った。
「世界を守るための道具として扱っているだけではありませんか?」
誰も答えなかった。
沈黙が落ちる。けれど、その沈黙は一つではなかった。怒り。動揺。迷い。恐れ。そして、ほんのわずかな賛同。桜庭は、自分がもう戻れない場所まで来てしまったのだと分かった。でも、不思議と後悔はなかった。サクラ様のため。その言葉を、これ以上、都合よく使いたくなかった。その瞬間。教団の中にあった亀裂は。もう隠せないほど大きくなっていた。
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――次回予告――
「サクラ様を救いたい」
ただそれだけを願った信者たちは、女神教の中で“裏切り者”と呼ばれ始める。
祈りだったはずの信仰は、ついに対立へ。
そして美月にも、その危険が迫り始める。
次回
『30. サクラ様を救いたいと願った信者たちは、女神教の敵になった』
次回【朝06:00/夕方18:00】更新です!




