28. 信じるのは勝手だ。ただ、サクラ本人の人生まで決めるな
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【皐月視点】
女神サクラ教との対立が表に出始めてから、数日。俺は再びギルド本部へ呼ばれていた。抗議。声明。ニュース。面倒なものは増えたが、俺のやることは変わらない。サクラを助ける方法を探す。それだけだ。
「今度は何だ?」
「黒瀬さんに面会希望」
継真が答える。
「教団から」
「またかよ」
思わず声が低くなる。
「今回は少し違う」
「違う?」
「一人で来てる。それも、非公式に」
非公式。その言葉だけで、嫌な予感しかしない。だが、無視する理由もなかった。
「入れてくれ」
部屋に入ってきたのは、若い女性だった。見覚えがある。以前、教団側の代表と一緒に来ていた女だ。橘重臣の隣で、ほとんど口を開かなかった。だが、こちらを見ていた目だけは覚えている。何かを言いたそうな目だった。
「女神教の……」
「はい。桜庭紗良と言います」
女性は深く頭を下げた。
「今日は教団の正式な使者として来たわけではありません」
「じゃあ何だ?」
俺は椅子に座ったまま、桜庭を見る。信用したわけじゃない。だが、橘とは違う。少なくとも、最初からこちらを断罪しに来た目ではなかった。桜庭は少し迷ってから言った。
「確認したいことがあります」
「何を?」
「サクラ様は、本当に女神ではないのですか?」
その質問に、俺は継真を見る。継真は何も言わなかった。口を出す気はないらしい。俺が答えろ、ということだ。
「誰から聞いた?」
「教団内で噂になっています」
「俺が美月に話したことか」
思わず息を吐く。噂というのは、本当に面倒くさい。だが、この質問から逃げるつもりはなかった。俺は椅子にもたれた。
「サクラは女神じゃない」
桜庭の表情が固まった。
「今も?」
「ああ」
「人間のまま?」
「そうだ」
「では……星継ぎとは?」
「地球を支えるために、自分の魂を地球と繋いでる状態だ」
「……」
「世界を救うためにな」
神になったわけじゃない。人間をやめたわけでもない。ただ、地球を支えるために、自分の魂を星に繋いだ。そして今も、眠り続けている。桜庭は俯いた。
「教団では、サクラ様は人の身を捨て、神になったと教えられています」
「勝手に話を作ったんだろ」
「ですが、私たちは何十年もそれを信じてきました」
「信じるのは勝手だ」
少し強く言いすぎたかもしれない。桜庭の肩が、わずかに揺れた。でも。ここだけは曖昧にする気はなかった。
「信じるのは勝手だ」
俺は桜庭を見た。
「サクラを女神だと思って祈るのも、感謝するのも、好きにすればいい」
継真が少しだけこちらを見る。俺がそこまで言うとは思っていなかったのかもしれない。だが、信仰そのものを全部否定する気はない。サクラに救われた人間が、サクラに感謝する。それは間違いじゃない。
「ただ」
俺は低く続けた。
「サクラ本人の人生まで勝手に決めるな」
桜庭が顔を上げる。
「永遠に眠るのがあいつの望みだったなんて、誰が決めた?」
桜庭は何も答えなかった。答えられるはずがない。サクラ本人の言葉なんて、教団は知らない。眠り続ける女神という形に、後から意味をつけただけだ。
「もし」
しばらくして、桜庭が口を開いた。
「世界を守ったまま、サクラ様を目覚めさせられる方法が見つかったら」
「起こす」
「迷わず?」
「ああ」
「サクラ様ご本人が、それを望むか分からなくても?」
俺は少しだけ考えた。たしかに、サクラが今どう思っているかは分からない。眠りの中で何を感じているのか。起きたいのか。それとも、もう十分だと思っているのか。俺には分からない。だからこそ。
「その時は、起きてから本人に聞けばいい」
桜庭が目を見開いた。
「眠ったまま周りが勝手に決めるよりマシだろ」
「……そう、ですね」
初めて。桜庭がほんの少し笑った。
「教団にも、同じ疑問を持っている者がいます」
「そうか」
「まだ少数です」
桜庭は言った。
「サクラ様を崇めることと、サクラ様を救うことは、本当に同じなのか」
「……」
「私たちは今まで、眠りを守ることがサクラ様を守ることだと信じていました」
だが。桜庭は少しだけ唇を噛んだ。
「もし違うのであれば」
女性は俺を見る。
「私たち自身が、サクラ様を苦しめ続けているのかもしれません」
その言葉に、俺は黙った。教団の人間を信用する気はない。少なくとも、簡単には。だが、桜庭の目は橘とは違った。信仰を守りたい目じゃない。本当に、何かを確かめたい目だった。
◇
その頃。女神サクラ教本部。
「裏切り者が出始めています」
橘の声が、会議室に響いていた。
「サクラ様を目覚めさせてもよいなどと口にする者まで」
「信仰が揺らいでいるのです」
低い声が続く。その場にいる幹部たちは、皆、厳しい顔をしていた。
「ならば正さなければならない」
年配の男が立ち上がった。
「女神の眠りは絶対だ」
「ですが――」
「サクラ様は世界そのものを守っておられる」
男の目が鋭くなる。
「目覚めさせようとする者は」
静かな声だった。けれど、その場の空気を凍らせるには十分だった。
「たとえ教団の人間であろうと、女神の敵だ」
部屋の中。誰も言葉を返さなかった。だが。それぞれの表情は。もう同じ方向を向いてはいなかった。
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――次回予告――
「女神は世界のために存在する」
その言葉に、桜庭はついに問いを突きつける。
サクラ自身の幸せを無視するなら――それは本当に信仰と呼べるのか。
そして女神教の内部に生まれた亀裂は、もう隠せないほど大きくなっていく。
次回
『29. サクラ様を信仰しているのか、世界を守る道具にしているのか』
次回【朝06:00/夕方18:00】更新です!




