03. 英雄に憧れる孫娘は、家にいる本物の英雄を嫌っていた
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【朝倉美月視点】
「深淵王を討ち取った英雄――クロ」
講師の声が、教室に響いた。私はハンター登録に必要な講習を受けていた。前のスクリーンには、かつて地球を救った英雄たちの名前が並んでいる。深淵王討伐。世界規模の迷宮核停止作戦。星継ぎによる地球生命循環の再接続。どれも、今では学校の授業でも聞くような歴史になっていた。その中でも、英雄クロの名前は特別だった。深淵王を倒し、世界崩壊を食い止めた謎のハンター。けれど、その正体は今も詳しく公表されていない。顔写真もない。所属クランも不明。一部では、実在しなかったのではないか、なんて都市伝説まである。私にとっても、それは教科書の中の名前でしかなかった。
そしてもう一人。
「女神サクラ」
講師が名前を読み上げると、教室の空気が少しだけ変わった。星継ぎとなり、自ら眠りにつくことで地球を救った女性。現在も地球のどこかで眠り続けている、と言われている。彼女を女神と呼ぶ人もいる。祈りの対象にする人もいる。宗教もある。でも、講習資料の中ではあくまで、世界崩壊を防いだ星継ぎとして扱われていた。講師は続ける。
「そして、そのサクラを最後まで守った者たちの中には、水無瀬美桜という女性もいました」
私は少しだけ背筋を伸ばした。水無瀬美桜。私のおばあちゃんだ。記録によれば、おばあちゃんは瀕死の状態になりながらも、サクラさんを守り抜いたらしい。詳しいことは公表されていない。でも、私は小さい頃から、そんなおばあちゃんを誇りに思っていた。
おばあちゃんは、強い人だった。けれど、家ではいつも優しかった。私が小さい頃、ハンターの話を何度も聞かせてくれた。魔物との戦い。ダンジョンでの判断。仲間を守るために必要な覚悟。でも最後には必ず、無茶はしちゃだめだよ、と笑った。その笑顔が好きだった。手を握ってくれる温かさが好きだった。私が怖い夢を見た夜、隣で眠ってくれたこともある。英雄として名前が残っているから好きだったんじゃない。私にとって、おばあちゃんはずっと、おばあちゃんだった。強くて。優しくて。私の大好きだった人。だから私は、ハンターになりたいと思った。おばあちゃんみたいに、誰かを守れる人になりたいと思った。
――それに比べて。頭に浮かんだのは、家にいる祖父の顔だった。春日皐月。私のおじいちゃん。そう呼ぶには、あの人はあまりにも若い。昔、ダンジョンで特殊な呪いを受けたせいで、歳を取らなくなった。そう聞かされている。一応、納得はしているつもりだった。ハンターには、普通では考えられない後遺症が残ることもあるらしいから。でも、正直に言えば。気味が悪い。私が小さい頃から、あの人だけ何も変わっていない。おばあちゃんの髪が白くなっても。手に皺が増えても。身体が弱って、ベッドから起き上がれなくなっても。あの人だけは、ずっと同じ顔をしていた。
しかも、普段は家にいることが多い。働いているところなんて、ほとんど見たことがない。何をしているのか聞いても、はぐらかす。それなのに、ときどき、「ちょっと出てくる」そう言って、数週間帰ってこない。長い時には、数か月も帰ってこないことがある。どこへ行っているのか。誰と会っているのか。何をしているのか。家族の誰にも、ちゃんと説明しない。旅行でもしているのだろう。おばあちゃんが残したお金で。そう思うと、余計に腹が立つ。おばあちゃんは最後まで、あの人のことを大切に思っていた。サクラさんのことをお願いね、と頼んでいた。なのに、あの人は何をしているのか分からない。
「……ほんと、何してるんだろ。あの人」
小さく呟いた。
「では次に、現代のハンターランクについて説明します」
講師が話題を変える。私は前を向いた。余計なことを考えている場合じゃない。今日から私は、ハンターになる。まだ登録講習を受けているだけ。まだ実戦経験もほとんどない。それでも、ここに来たのは自分で決めたことだ。おばあちゃんみたいな、誰かを守れるハンターになりたい。そのために、私はここにいる。スクリーンには、FランクからSランクまでの説明が表示されていた。レベル。適性。パーティー登録。ダンジョン内での禁止事項。どれも初歩的な内容だ。でも、私にとっては始まりだった。
おばあちゃんは、最後まで誰かを守る人だった。私も、そうなりたい。強くなりたい。ダンジョンで怯えるだけじゃなくて。誰かの後ろに隠れるだけじゃなくて。自分の足で立って、誰かを助けられる人になりたい。そのためなら、怖くても進める気がした。おばあちゃんが誇ってくれるようなハンターに。いつか、あの講習資料に名前が載るような英雄になりたいわけじゃない。ただ、目の前の誰かを守れるくらいには、強くなりたい。それが、私の始まりだった。
今日から私は、ハンターになる。おばあちゃんみたいな、誰かを守れるハンターに。優しくて。強くて。最後まで、自分の大切なものを守れる人に。少なくとも――。家で暇そうにしている、あの気味の悪い祖父みたいにはなりたくない。歳を取らない、よく分からない祖父。何を考えているのかも、どこへ行っているのかも分からない人。私は、あの人みたいにはならない。そう強く思いながら、私は講師の話に耳を傾けた。
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――次回予告――
ハンターになった美月を、皐月は偶然ギルドで見つける。
しかも、その身に宿していたのは――サクラと同じ《深層適性》。
祖父として止められないなら、別人としてそばにいるしかない。
次回
『04. 孫娘がハンター登録したうえに、サクラと同じ深層適性者でした』
次回【朝06:00】更新です!




