19. 世界を救った少女を、今度は俺が救う番だ
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【皐月視点】
それからしばらく経った。俺は再び、星継ぎの間を訪れていた。ここへ来る道にも、もう迷うことはない。何十年も通っている。何度も、何度も。それでも、この場所へ入る瞬間だけは、少しだけ息が浅くなる。透明な結晶の中。サクラは、今日も眠っていた。あの日と変わらない姿で。
「よう、サクラ」
いつものように声をかける。当然、返事はない。それでも俺は、その横に座った。返事がないことにも慣れた。慣れたくなんてなかったが、何十年も経てば、慣れてしまう。それが少しだけ腹立たしかった。
「美月のやつな。最近、少しは大人しくなったぞ」
たぶん。
「……まあ、あいつのことだから、いつまで続くか分からねぇけど」
跳ばし鬼に飛ばされた件は、さすがに効いたらしい。少なくとも、今のところは勝手に一人で潜っていない。同年代だけのパーティーで無茶をすることも、今は控えている。ただ、あいつの目はまだ折れていない。怖い目に遭った。泣いた。それでも、ハンターをやめるとは言わなかった。
「お前なら、怒るかもな」
俺は眠るサクラを見た。
「無茶しすぎだって」
返事はない。それでも俺は話す。昔から、そうしてきた。
そして今日ここへ来たのには、もう一つ理由があった。
「大賢者」
『はい』
「どうだ?」
何を、とは言わなかった。大賢者にも、それで通じる。星継ぎへの依存率。地球深部の神性反応。その二つが、あれからどう変わったのか。
『変化は続いています』
俺は顔を上げた。
「サクラへの依存率は?」
『わずかですが、さらに低下しています』
「神性反応は?」
『こちらは逆に強くなっています』
「……やっぱりか」
『そして、二つの変化は現在もほぼ連動しています』
サクラへの依存が下がる。地球深部の神性が強くなる。片方が弱くなるたびに、もう片方が強くなる。偶然にしては、あまりにも綺麗すぎる。
「つまり」
俺はサクラを見る。
「何かがサクラの役割を、少しずつ引き受け始めてる可能性がある?」
『否定できません』
否定できない。それは、肯定ではない。だが、今の俺には十分すぎる答えだった。何十年も前なら、そんな可能性すらなかった。サクラが眠り続ける以外、世界を保つ方法はなかった。だが今は、違うかもしれない。
「そいつが全部引き受けられたら?」
『星継ぎを必要としなくなる可能性があります』
「……サクラを起こせる?」
大賢者は少し間を置いた。
『可能性はあります』
また、その言葉だった。可能性。確実じゃない。何が地球の奥にあるのかも分からない。そいつが味方なのか。敵なのか。そもそも意思があるのかさえ分からない。それでも。何十年も前には、その可能性すらなかった。サクラは世界を救うために眠った。俺たちは、それを受け入れるしかなかった。だけど今は違う。
「……何かが目を覚まし始めてるのかもな」
『目を覚ます、という表現が適切かは分かりません』
「分かってるよ」
俺は小さく笑った。大賢者は相変わらずだ。目を覚ますのか。生まれるのか。回復するのか。それとも、ただ数値が変化しているだけなのか。正しい言い方は分からない。だが、地球の奥で何かが動き始めている。それだけは間違いなかった。そしてその何かは、サクラが背負っている役割に近い力を持っている。なら、追う価値はある。いや。追うしかない。
それから、サクラの顔を見る。何十年経っても変わらない。あの頃のまま。俺はそっと、その手を握った。
「なあ、サクラ」
当然、返事はない。
「俺さ」
少しだけ言葉に詰まった。こんなことを言うのは、初めてだった。今までは言えなかった。起こせるかもしれないとは言えなかった。駄目だった時に全部折れてしまいそうで。期待させる相手が眠っているとしても。聞こえているか分からないとしても。その言葉だけは、どうしても言えなかった。でも。今日は言ってもいい気がした。
「……お前、起こせるかもしれねぇぞ」
声が少し震えた。そんな自分に、少しだけ腹が立つ。だが、仕方ない。何十年も待った言葉だった。何十年も、言いたくて、言えなかった言葉だった。サクラは眠ったまま。何も答えない。目も開けない。笑わない。それでも俺は、その手を離さなかった。温かい。生きている。ここにいる。世界を救った少女を。今度は。俺が救う番だ。
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――次回予告――
第二章
『女神ではなく、一人の少女として』開幕。
世界を救った“女神サクラ”。
けれど美月は、その眠りを願う人々の言葉に初めて違和感を抱く。
永遠に眠っていてほしい――。
それは本当に、サクラへの感謝なのか。
次回
『20. かわいそうじゃないの。美月は初めて、女神ではなくサクラを見た』
次回【朝06:00/夕方18:00】更新です!




