第6話
暗い暗い池の底に吸い込まれていく、僕とおばあちゃんとお父さんとお母さん。遠のいていく意識の、僕の手をつかむのは誰?
するすると魚みたいに泳いでやってきて、ゆっくりと地上に引き戻すのは、真っ白で透き通った肌の人魚。薄い皮の内部は銀色に光る複雑なネジやコードで構成されている。
ゆらゆらと水面に映るまあるい月が歪んで見えた。僕の吐く泡がひとつひとつ光の屑をまとう。
人魚が振り向いた。
「か、かかか、か、一樹く、くん」
そう言って少し笑った。
しもの長い髪と瞳は、水の色をしていた。
「寺が池の底に沈んだ寺に神様が住んでて、その神様が人魚になって助けてくれたんちゃうかな」
佐々木がそういうと、木村が
「寺には神様はおらんねんで。神様は神社におるんやで」と言った。木村はクラスでも物知り博士の異名を持っていて、いろんなことをよく知っている。
「ほんじゃ、寺にはなにがおるん?」
「寺には、仏様やろ」
僕はなんだか頭がこんがらがってきた。
「仏様と神様って、どう違うん?」
「仏様は、人間やろ。神様は人間ちゃうやん」
「仏様って人間なん? お釈迦様って仏様のことやろ? お釈迦様って人間ちゃうやん」
「うーん。そうか。ほんじゃ、寺にも神様おるんかな」
「どうかな」
それでみんな少し考えてみたけど、でもいくら考えてもよくわからなかった。
僕が想像の中でみた人魚は、しもだった。ガタロでも神様でもなく。まるで寺が池の見張り番みたいなしもの家。沈んでしまった寺を護るために、しもたちはここにいるのだろうか。
寺が池はその辺にあるただの池とは違う。本来なら人魚は海にしかいないはず。だとしたらどこかで海と繋がっている可能性もあるというわけだ。僕が海を知らないくらい小さいころに感じた違和感は、正解だったのかもしれない。
つまり寺が池は海だってこと。
そのとき、オニヤンマが僕たちの目の前にふらりと飛んできた。
佐々木が冷静に網を構えて素早く下から上へと滑るようにして捕獲。佐々木は、足はそんなに早くないけど、虫取りに関しては超人のようになる。珍しい虫なんか見つけると、鋭いハンターの目つきになって百パーセントの確率で仕留める。勉強もそんなにできるほうじゃないけど、虫のことなら分厚い昆虫事典を隅から隅まで覚えている。
僕は二人よりも、何でも少しずつできるほうだけど、すごく得意というものがひとつもない。将来やりたいことも特にない。
去年までは野球選手になってみたいと思っていたけど、野球選手は選手としての寿命が短いからなあ、とお父さんが言っていたのでやめることにした。
お父さんは、競馬を見ると競馬の騎手になれとか、ボートレースをみるとボートレーサーになれとか言う。そして、一樹、大きなったらあかんで、体が大きなったら馬にもボートにも乗られへんようになるからな、って、無茶なことを言う。
僕はどちらにもなりたくないし、背も高くなって大きくなりたい。できたらお父さんみたいに、でっかい生コンのトラックを運転できたらかっこいいだろうな。
でもこのことは、今はまだお父さんに話すとうるさいから内緒にしている。




