第3話
しもは学校に友だちがいない。
そして時々登校拒否をする。特別仲のいい友だちというわけでもなかったけれど、僕はしもが学校に来なくなるたびに、いつも家を訪ねることにしている。誰かに頼まれたわけじゃなくて自主的に。
はじめてしもが登校拒否をしたとき、なんとなく、ほんとうになんとなく、帰る途中で急に様子を見に行く気になった。どうせ会ってくれるはずなんてないと思っていたので、気軽な気持ちだった。
ただ隣にいつもいる人がいないというのはなんだか居心地の悪いものだったし、なんというか、教室の中で見晴らしが良すぎるのが少々落ち着かない。
しもの家は寺が池のすぐ際にあって、誰かが手造りしたような秘密基地みたいな建物だ。壁に貼り付けてあるベニヤ板が日焼けして反り返り、その隙間から家の中が少し見えたりした。
この建物がしもの家ということをまだ知らなかったころ、木村と佐々木と三人で探索のために勝手に侵入したことがある。誰もいないのに鍵もかかっていなかったし、外見からしても三人とも疑うことなくここは空き家だと思っていたから。
でも中に入ると、洗い桶の中には使ったばかりの食器や、ハンガーに掛けられた服とか、古いけれど電化製品なんかも置いてあって、誰かが今ここで生活しているのは明らかだった。木村が「やばいで、こんなとこ誰かに見つかったら絶対逮捕されるで」とまっ青な顔して言ったので、三人とも慌てて一目散に逃げ出した。
実は、そのときのことは、まだ三人以外誰も知らない。
アルミサッシの玄関の扉の前に立つと、横の壁のちょうど僕の目の高さくらいに、小さなブザーが斜めに歪んでくっついている。中に誰かがいる気配がしたし、声をかければすぐに聞こえそうだと思ったけど、ブザーを押してみた。
ブザーは押すと同時に、けたたましくぶううぴいいと濁った音がした。聞き慣れないとても騒がしい音。
中から女の人の声がして、おどおどした感じのおばさんが扉を少しだけ開けた。僕が「かすみさんいますか」と言うと、おばさんは「かすみは誰とも会いたない言うてるから」とすごく小さな声で言った。内緒話をするために小さな声を出したんじゃなくて、いつもそのくらいの声しか出ない人みたいだった。
僕がそうですかと言って帰ろうとした時、おばさんの後ろからしもの声が聞こえた。
「は、入って」
しもはいつもの学校での感じとは違って、少し大人びて見えた。
玄関を入ると、ごちゃごちゃとたくさん荷物の置かれた小さな部屋がいきなりあって、そこで家族みんなが一緒くたに生活している感じだった。
おじさんもいたけど、テレビを観ながら寝転んだまま器用にビールを飲んでいて僕が入っても振り向きもしなかった。スルメと、ああ、そうだ、にんにくの匂いが充満していた。
つづきで扉が開きっぱなしになった奥の部屋では布団が敷いてあった。誰かが寝ているみたいで、じいっと見ていると、しもが笑いながら「ミ、ミイラやねん。お、お、おおばあちゃんの」と言った。
びっくりして固まっていると、おばさんが傷だらけのガラスのコップにちょっと匂いのする氷の入ったオレンジジュースを出してくれて、僕に何かしゃべりかけたみたいだったけど、すごく小さな声だったので聞きとれなかった。
しもはいたずらっぽく笑ったあと、声をださずに「う、そ」と口を動かす。
僕たちが不法侵入した家はあの時と変わっていないはずなのに、人がいるとぜんぜん違う場所に見えた。
登校拒否をしているくらいなのでどのくらい落ち込んでいるのかと思ったら、しもは普段とちっとも変わらない。みんなの前でしゃべることは苦手で言葉がでなくなってしまうと悔しくてよく涙をこぼすけれど、僕と二人のときは、どもったってぜんぜん平気みたいだった。




