第9話:俺たちは自己裁量権のない養子入りを望まない
サリアがビジネスパートナーとして活躍できる土台は整った。
だからこそ次にすべきことがある。
彼女に俺と共にいることが最適解だと思わせることだ。
サリアの才能を引き出したのは間違いなく俺だ。
そのため、普通なら独立しても恩義に報いようと考える。
しかし、閉ざされた環境で世の中を知らないまま育ったサリアにそんな概念はない。
もっと都合の良い環境を用意されたら、俺と縁を切ることさえためらわないだろう。
何せサリアは錬金術をやりたいその一心だけで、家を飛び出したのだ。
そんな彼女に義理人情を期待してはいけない。
「サリアはもっと稼げるようになったら独立したいか?」
「よく分かんない」
俺はサリアに独立願望の有無を訊ねたが、返ってきたのはあやふやな返事だった。
彼女は独立とはどういうことかが分かっていないのだろう。
「そうか」
俺は義理人情を重んじるべきだと教育するつもりはない。
彼女が納得する価値観とは思えないし、何より俺自身が義理人情を重んじる人間ではない。
理念とかけ離れた薄っぺらい言葉を発し続けていたら、いずれ彼女に心の内を見破られてしまうだろう。
サリアの居場所をどうやって固着化させるべきか。
そんなことを考えていたある日のことだった。
「エルネストーー!」
レネが俺の家を訪れる。
「どうした?」
「専業の錬金術師さんと知り合ったんだけど、サリアちゃんの教育をお願いしてみない?」
「バカを言うな!」
「え、何か困るの?」
「そんなことをしたら、俺が縁を切られるかもしれないだろ!」
専業の錬金術師がサリアを教育すれば、今よりずっと才能を開花させるだろう。
だが、彼ら錬金術師は弟子と知識を共有する代わりに、支配的になる者も珍しくはない。
悪質な錬金術師に至っては、利用するだけ利用して知識の共有すらしない。
一蓮托生を前提に養子縁組を結ばせる者もおり、とにかく彼らは徹底的に知識の流出を防ごうとする。
俺に言わせれば、専業の錬金術師に弟子入りするリスクは、裏社会の一員になるのと変わらない。
「エルネストがサリアちゃんを大事にしてたら、裏切るようなことはしないよ」
「お前は人の善性を信じすぎだ」
俺が思うに、レネはいつも自分の信じたい人間像に基づいて判断してしまう。
そんな彼女の判断力は信頼するに値しない。
「心配ならエルネストも一緒に付いて行けばいいじゃん」
「そういう問題じゃない」
レネに俺の考えは伝わらない。
俺はレネを説得して追い払おうとするが、彼女は引き下がらない。
「専門の人に錬金術を教えてもらえるってほんと?」
あー、最悪だ。
どうやら奥に居たサリアに俺たちの会話が聞こえていたらしい。
レネ、これでサリアとの関係が切れたら、多額の賠償金を請求するぞ。
しかもサリアには俺の不安の声だって聞こえていたはずだ。
なのにサリアは俺へのフォローなんて一切しない。
「ほらっ、サリアちゃんだって行きたいって言ってるよ!」
レネはそんなサリアを見ても、何一つ態度を変えない。
自分の常識の外にいる人間を理解できないのだろう。
いや、理解しようとしないというべきかもしれない。
昔に比べれば大人になったとはいえ、独り善がりな彼女の本質はまるで変わっていない。
「はぁ……」
思わずため息が出る。
これだからレネは面倒くさい。
結局俺たちは3人でとある錬金術師の家へ向かうことになった。
「住んでいるのは上流区域なのか?」
「そうだよ」
上流区域に住んでいるのは貴族ばかりだ。
礼節を重んじる彼らが、サリアのわがままと非常識さに耐えられるとは思えない。
レネはそういうことも分かっていないだろう。
「お邪魔しまーす!」
先頭を歩いていたレネが一軒の家の前で声を上げる。
「ああ、レネさんですか。どうしたんです?」
レネの声に反応して扉の向こうから出てきた家主は、40歳前後の落ち着いた雰囲気の男性だった。
綺麗に整った服装と顔立ちをしているこの男からは、偉そうな印象はまるで感じられない。
「前に言ってた錬金術師さんを連れてきたんです!」
「お二人ともですか?」
「いえ、俺はただの引率です」
俺は言葉を返す。
「そうですか。それでは、皆さん中へどうぞ」
意外だな。
普通は技術流出のリスクを避けるため、俺を締め出すはずだ。
けれど、彼はそんな素振りを全く見せない。
「ああ、自己紹介が遅れました。私はアイゼン・イシヅエルと申します」
「エルネストです」
「サリア・アルケライトです」
俺たちはお互いに自己紹介を済ます。
「錬金術を教えてくれるって本当?」
サリアは無邪気に問いかける。
彼女には警戒心の欠片もない。
「ええ、もちろんですよ」
アイゼンはそんなサリアの問いに笑顔で答える。
この男の望みが分からない。
欲塗れの錬金術師とは何か違う気がする。
真意を探ってみるか……
「ここが私の工房です」
「わぁ!」
アイゼンの工房へと案内されると、サリアは立派な設備に見惚れていた。
無理もない。
俺の家とは製作環境が違いすぎる。
「では、早速実演してみますね」
アイゼンは引き出しにあった幾つかの素材を手に取り、錬金釜へと投入する。
そして彼は専用の杖でぐるぐるとかき混ぜながら、錬金術の基礎を喋りだした。
ダメだ、眠くなってくる。
アイゼンの指導はあまりに一方通行だ。
ひたすら喋り続けるだけの彼は、質問を挟むことすらしない。
「ねぇ、つまんない」
「……」
サリアの態度はどうかと思ったが、俺は彼女の口を塞がなかった。
このままアイゼンに追い出されようと構わないからだ。
それに彼の話がつまらないのは、俺も同感だった。
「大事なことだから、ちゃんと聞こう?」
レネは俺に代わってサリアへの注意を促す。
しかし、サリアはレネの注意に聞く耳を持たない。
「だってつまんないんだもん!」
「ははははっ、申し訳ありません。丁寧に説明したつもりなのですが……」
アイゼン、お前は説明不足なのではない。
相手の知りたいことを確認せず、一方的に話し続けるその指導方針が問題なんだよ。
話がつまらないと言われたアイゼンは、無言で調合作業に徹した。
どう考えても間違った対応だ。
「すぅ~」
隣に目を向けると、サリアは居眠りをしていた。
無理もない。
俺だって眠くなる。
「できあがりましたよ」
アイゼンは調合を終えたことを俺たちに報告する。
彼が作ったのは錬金溶液だ。
アルケミスターターに載っているレシピの一つで、俺たちにとっては既知の光景だった。
「おー、これが錬金術ですか」
アイゼンを立てていたのはレネだけだ。
製作時間こそ想定より短かったが、この程度ならサリアでもできる。
わざわざ時間をかけて見せるものでもない。
「では次の調合を行いましょう」
アイゼンは再び引き出しを開けると、素材を取り出した。
「待ってください」
俺はアイゼンを制止する。
「何でしょう?」
「次に作ろうとしているのはダブルスレッドですよね?」
「よく分かりましたね」
当たり前だ。
ダブルスレッドに使われてる素材は素人でも知っている。
「アルケミスターターに載ってるレシピは、一通り作らせてありますので指導は不要です」
「いえ、しかし……」
アイゼンは困ったような態度を取る。
アルケミスターターに載っているレシピの話を軸に、高度な技術の話へと繋ぐ前提だろうか?
どちらにせよ柔軟な対応が取れないのは間違いない。
「あのー、サリアちゃん寝ちゃってます」
レネはアイゼンにサリアが寝ていることを伝える。
「錬金術は集中力が必要なんですけど、大丈夫ですかねぇ……」
サリアが居眠りしてるのは、集中力がないからではない。
お前の指導が下手だからだよ。
相手の習熟度を事前確認しない。
本来指導すべきサリアが寝ているのに気づかない。
一旦区切りができたのに、状況確認せずに次の指導に移ろうとする。
人柄は良いのだが、指導する才能があまりにもない。
アイゼンが専門家なのは間違いないのだろうが、これなら錬金術師ではない俺のほうがよっぽど指導できている。
「アイゼンさん、一旦休息を入れてもらって構いませんか?」
「分かりました」
「それと本や素材の見学をさせてもらって構いませんか?」
「ええ、お好きなだけどうぞ」
「ありがとうございます」
彼は俺の申し出を一切断らなかった。
それどころか警戒する様子さえない。
技術流出が怖くないのだろうか。
見学の許可を得た俺は、工房内をくまなく確認する。
本棚に置かれた本は、大半が貴族としてのマナーや駆け引きについて書かれたものだ。
錬金術に関する本は、平民でも手に届くありふれたものしかない。
さらに並べてあった大量の素材は、そのほとんどが同じものだ。
同じものばかりを作っているとしか思えない。
もしや彼は……
俺の脳裏にアイゼンの人物像が浮かぶ。
「失礼なことをお聞きしてもよろしいですか?」
「ええ、何でしょう?」
「アイゼンさんは、そこまで錬金術に精通していませんよね?」
「!?」
アイゼンは俺の質問に激しく動揺する。
「えっ、ちょっと何言ってるの!エルネスト!」
俺の質問がまずいと思ったのか、レネは慌てて俺を止めようとする。
「アイゼンさん、ごめんなさい。今連れて行きますから!」
「いえ、そのまま続けてくれて構いません」
しかし、アイゼンは俺を遠ざけようとはしなかった。
俺の言葉を真摯に受け止めるつもりらしい。
「どうしてそう思ったのですか?」
「工房内に置かれていた素材が同じものばかりだからです」
「それは領主様の要望に応えるためであって……」
「そうでしょうね」
領主からの要望に応えるため──すなわち彼の仕事はアキナイ領のインフラ管理だ。
「インフラ管理に必要な技術は、市場にありふれた本だけで事足りますよね?」
「はい……」
インフラ管理に求められる技術は、先人たちの記した本を読めば誰でも学べる。
しかし、錬金術の素養がある者は全人口の約0.01%とあって人材の確保が難しい。
だからインフラ管理する専属の錬金術師たちは、多額の報酬と地位を統治者によって与えられている。
アイゼンもそんな一人だったのだ。
「俺は技術流出を意に介さないアイゼンさんに疑問を感じて、ずっと真意を探っていました。そして、あなたがアキナイ領のインフラ管理を行っていると聞いてやっと確信ができました」
「……」
「あなたはサリアと養子縁組を結んで、イシヅエル家の後継ぎにさせたかった。違いますか?」
「仰る通りです」
錬金術でインフラ管理をしている彼は、後継ぎを錬金術師にしか任せられない。
だから彼は結婚さえしていなかった。
錬金術師でなければ、イシヅエル家の役割を果たせないからだ。
「やだ!」
目を覚ましていたサリアが、アイゼンに向かって言い放つ。
「おじさんのお仕事ってつまらなそうだもん!」
領主がインフラを軽視しない限りは、イシヅエル家は安泰だ。
当然サリアも彼の養子になって仕事をしていれば、生涯生活に困らないだろう。
けれど、サリアはそんな人生に興味がなかった。
安定のために退屈な人生を送るなんて、彼女の価値観とは対極にあるからだ。
「俺からもお断りさせていただきます。サリアは大事なビジネスパートナーですから」
サリアと共に養子入りすることを望めば、アイゼンは認めたかもしれない。
けれども、俺はその選択をしなかった。
サリアが拒絶したからではない。
自己裁量権のない雇われ仕事は、俺の性に合わないからだ。
「分かりました……」
アイゼンは俺たちが断ると、あっさりと引き下がった。
家を継げなければ子供が可哀想だからと、独身を貫くような男だ。
誠実な人格者なのは間違いない。
今日の出来事をきっかけに逆恨みすることもないだろう。
「ねぇサリアちゃんはどうしてエルネストを選んだの?」
レネはサリアに問いかける。
「だってエルネストさんのほうが、いっぱい知りたいことを教えてくれるもん」
「へぇ、そうなんだ」
知りたいことを教えてくれるか。
サリアの言葉を聞いた俺は、自分の強みが何なのかを理解した。
彼女が俺に求めている役割は、自分のやりたいことに応じて道を切り開いてくれる人生の案内人だ。
この役割を俺以外に担える者は、そうそういないだろう。
そうだ、もう俺は彼女が離れていくことを恐れなくていい。
「アイゼンさん。もし今後あなたと価値観の合いそうな錬金術師と出会ったら、そのときは俺からも紹介します」
「ありがとうございます」
アキナイ領のインフラ管理を担う錬金術師がいなくなったら俺だって困る。
それに彼は上流階級の貴族だ。
恩を売っておいて損はない。
「それともう一つよろしいでしょうか?」
「何でしょうか?」
「アイゼンさんの指導では、せっかく誠実な錬金術師が門戸を叩いても失望させてしまうかもしれません」
「エルネストさんの目から見ても、私の指導はダメでしたか」
「はい」
俺は彼の指導を容赦なく酷評する。
彼のためではない。
アキナイ領の未来のためだ。
「そこで俺が良い指導例を実演しようと思っているのですが、いかがでしょうか?」
「是非ともお願いします」
「分かりました。それでは、後日また伺わせていただきます」
アイゼンと取引を交わした俺は、再び彼の元を訪れることにした。
今度は彼を指導するために……
もちろん有償で!




