第7話:オリジナルレシピの閃きを求めて
サリアに稼いでもらうには一つ大きな課題があった。
それは稼げそうなレシピに未だ巡り合えていないことだ。
錬金術のレシピは通常弟子への技術継承や、自分用のメモ以外には残すことがない。
レシピを売るよりも、その技術を独占していたほうが稼げるからだ。
社会全体に浸透しているレシピの多くは、かつて統治者直属の錬金術師が書き残したものだ。
彼らは国のインフラ整備を担っていたことから、その技術を途絶えさせるわけにはいかなかった。
しかし、錬金術は限られた者しか扱えない。
その希少な担い手が早世し、技術継承が危ぶまれることも多かった。
そうしたことから彼らは後継者が途絶えぬように、全ての人々にそのロジックを伝えようとしたのだ。
こうして広められたレシピ本は、平民の手にも届きやすい価格で販売されている。
もちろん、そうした本に記された道具では大きな利益を期待できない。
せいぜい小遣い稼ぎになる程度だ。
「サリア、これを渡すから試しに魔法の洗浄器を作ってみてくれ」
魔法の洗浄器とは主に洗濯に用いられる高価な魔導具だ。
普通では落ちない汚れや、目に見えない穢れまで浄化する優れものだ。
「どうやって作るの?」
「製作手順は分からない。だから試しに想像で作ってみて欲しい」
手元にレシピがなくとも、素材を把握している商材ならば200種類以上ある。
その中で魔法の洗浄器を選んだのは、サリアにとって身近なものだからだ。
何せ家を飛び出すまでの彼女は、洗濯するときに必ず使っていたのだ。
レシピのない状態から作り出すならば、これが一番だろう。
素材となるクリアストーンは8kgで4万ゴールドと、かなりの値が張った。
上手く作ることができず、素材を台無しにされたら大赤字だ。
だが、魔法の洗浄器は最低でも6万ゴールドの値打ちがつく。
チャレンジさせてみる価値は間違いなくある。
サリアに魔法の洗浄器を作るよう伝えると、俺は仕事へと出かけた。
今日は朝の時点で商品在庫があまりない。
そのため、昼時にはさっさと切り上げる予定だ。
営業を開始してからしばらくすると、同業者であるラウゴが俺の露店にやってきた。
「あの小娘、マジで錬金術師だったのか」
ラウゴはサリアお手製の商品を見るなり、彼女のことを口にした。
彼もアルケミスターターを読んだことがあるのだろう。
そうでなければ並べられた商品を見ただけで、彼女が錬金術師だったと確信することはできない。
「だから言っただろ」
俺は得意気に言葉を返す。
「でもこれで稼げんのか?」
ラウゴの指摘は的確だ。
何せアルケミスターターに載っていた道具を作るだけでは、生活に必要な最低限の収入すら得られない。
「いや、これらは練習で作らせただけだ」
「ほお……」
ラウゴは何を思ったのか、カバンから一冊のメモ帳を取り出した。
「よし!エルネスト、あの小娘にこれを渡しな」
ラウゴが取り出したメモ帳は、彼がパン工房で仕事していたときに使っていたものだ。
以前一度見せてもらったが、錬金術とは全く関係がない。
「これをどうしろと?」
俺の自宅にパンを焼く石窯はないし、そもそもサリアはパン職人を目指しているわけではない。
「錬金術ってパンも作れるだろ?」
「工程が全然違うだろ……」
錬金術でパン作りの真似事ができるのは事実だ。
だが、一般論として錬金術で調理する意味がない。
味が落ちる上に、普通にパン作りするよりもずっと時間がかかる。
さらに本来なら使わない素材まで必要となる。
そもそも錬金術で作る場合は工程が異なるので、ラウゴのメモ帳が役立つとは思えない。
「そりゃ分かってるよ。けど理屈を知ってりゃ何かの役に立つだろ?」
「まあ、一理あるか」
俺はラウゴからメモ帳を受け取る。
買い取れと言っているわけじゃないのだ。
受け取っておいても損はない。
それに異業種の技術から着想を得ることがあるかもしれない。
ラウゴがやってきてから約二時間後、俺の露店で出していた商品は8割ほど売り捌けた。
これだけ売れれば十分だ。
そう判断した俺は、今日の営業を終えて自宅へ帰ることにした。
「あれ、まだやってなかったのか?」
俺が帰宅すると、サリアはソファーで寝転がっていた。
彼女に渡したクリアストーンがほぼそのままの状態で置かれており、作業をしていた様子は全くない。
あれだけ錬金術に熱心だったサリアとは思えない。
何かあったのだろうか?
「無理だって気づいちゃったんだもん!」
「どうしてだ?」
今回は試しにやってくれとしか言っていない。
だからある程度好きにやってくれても良かったのだが……
それとも彼女はレシピがなければ最低限の発想さえ出てこないのだろうか。
「魔法の洗浄器がフライパンの中に収まるわけないじゃん」
「……それはそうか」
言われてみればその通りだ。
魔法の洗浄器は小さいものでも50cmほどの大きさがある。
その中に収まらないものを作れるはずもない。
これは完全に俺のミスだ。
俺は道具の完成サイズや素材までは把握していても、製造工程を想像できていなかったのだ。
「これなら作れそうか?」
俺は早速ラウゴに渡されたパン作りのメモ帳を見せる。
「これって錬金術とは関係ないよね?」
ラウゴのメモ帳を手に取ったサリアは、錬金術のレシピとは関係ないことにすぐ気づいた。
「ああ、これは錬金術のレシピではない。それでもこれを渡したのは、限られた情報を基に商品を開発できるようになってほしいからだ」
「ねぇ、それなら他のことで試したい!」
サリアは手渡したメモ帳をすぐに手放して、俺に期待の眼差しを向ける。
「何か案があるのか?」
「アルケミスターターに二種類の糸を混ぜるレシピがあったじゃん?」
「ああ、ダブルスレッドのことか」
「うん。あれってもっと糸の種類を増やしたら、さらに良いものが作れないかなーって!」
なるほど、良い発想だ。
何より最大で四種類の糸を混ぜ合わせた道具を俺は知っている。
クアドラプルスレッドだ。
100gあたり5000ゴールドで取引されており、かなりの強度としなやかさを兼ね備えている。
さらに耐寒性能まで備えており、クアドラプルスレッドのお世話になっている冒険者は数多くいる。
原価は3400ゴールドほどであり、生産の手間まで考えると利幅はそこまで大きいとはいえない。
それでも非常に回転の早い商品であるため、作る価値は十分ある。
「よし、ならば今から素材を準備してこよう」
俺は商品の仕入れを兼ねて、市場へと出向いた。
素材となる糸はダブルスレッドに使われているヒュージスパイダーの糸と、マッドドールの糸。
それに加えてリトルアルラウネの触手と、ゴールデンビーストの毛糸だ。
リトルアルラウネの触手は文字通りの触手だが、糸のような質感であるのが特徴だ。
ゴールデンビーストは凶暴な魔物であることから、他の素材に比べて値が張る。
とはいえ、ゴールデンビーストはルーナがよく狩っている魔物だ。
彼女を通して入手すれば、安く仕入れられるだろう。
「おーいエルネスト」
仕入れ先で再び出くわしたラウゴが俺に声をかけてきた。
「あの小娘は俺のメモ帳を活かせそうか?」
「あっ……」
ラウゴよ、悲しいお知らせだ。
サリアはお前のメモ帳に全然興味を示さなかった。




