最終話:空に未来を描く
「これより投票の結果を発表する!」
アキナイ領のターニングポイントとなるこの日、中央市場の演壇にて領主オルバスが次期領主となる者の発表を始めた。
当初は100人以上いた候補者も、最終的に残ったのは19人だけだった。
オルバスは下位から順に名前と票数を読み上げていく。
下位3人は名前を連ねていただけで、ほとんど活動していなかった者たちだ。
別に悔しい結果でもないだろう。
そのうちの1人は立候補していたことすら忘れていたようだ。
こうした名前だけの候補者が3人続けて呼ばれた後、16位に紹介されたのはアルケライト夫妻だった。
「まさかこんな結果になるなんて……」
「それもこれもあの若造とシャルルのせいだ!」
「サリアも、どうしてあんな男と……」
アルケライト夫妻は負け惜しみの言葉を呟き続けた。
その言葉は清々しいまでの他責思考であり、自分たちの振る舞いを省みるつもりは一切なかった。
「4位は20109票を獲得したアネット殿だ」
アネットは事実上辞退をしていた上に、演説でも具体的な政策を話すこともなかった。
もはや純粋なカリスマ性だけで集めた票だと言っても過言ではない。
「3位は91250票を獲得したソナタ殿!」
獲得票数はアネットの4倍以上だ。
14460票だった5位の候補者とは票数の差が6倍以上あり、5位以下の候補がいかに弱かったかを物語る結果となった。
ソナタが3位に留まったのは、俺にとって想定通りの結果だった。
彼女はアネットの支持者をほとんど吸収できなかったからだ。
4日前の演説会では一番上手く立ち回っていたが、それでも2位以上に食い込むとは思っていなかった。
「2位は160893票を獲得したレネ殿!」
「えっ?」
俺は正直レネには勝てないと思っていた。
レネと途中で辞退したオルベリクは支持者の傾向が近い。
しかもオルベリクはレネに命を助けられたのだ。
そのため、オルベリクに集まっていた支持票は、レネ以外に分散したとは考えにくい。
さらにアネットに投票するはずだった人々も、それなりの人数が支持する先をレネに切り替えていたはずだ。
ずっと1位だったと思われる彼女が、いつ俺に追い越されたのだろう。
「私、また最後になって負けちゃったんだ……」
レネは悔しそうに呟く。
彼女は聖女選抜戦のときも、最後に勝利を譲ってしまっていた。
そのときに感じたことを、今再び思い出しているのだろう。
「そして次期領主に決まった第1位は161055票を獲得したエルネスト殿!」
票差は僅か162票の大接戦だった。
「おめでとー!」
「さすがはエルネストだ!」
人々は歓声を上げる。
俺はそんな人々に向けて手を振り、自らの存在感を示した。
「それでは次期領主に決まったエルネスト殿にご挨拶をしてもらいましょう」
オルバスはそう告げると、演壇から降りていった。
「皆さん、このアキナイ領の未来を俺に委ねてくれてありがとうございます」
俺は演壇に上がり、簡単な挨拶を行った。
「この記念すべき日を飾るべく、空に光を描きましょう!」
4日前に行った演説と同様に、俺は魔導具を上に掲げて発動させた。
パーンという音と共に放たれた光は、上空で「未来」の2文字を煌めかせていた。
「皆さんにも明るい未来が見えたのではないでしょうか」
俺はこの場では具体的な政策を述べなかった。
今はただこの場を盛り上げることに徹したかったからだ。
次期領主への就任が決まると、俺はこれまで通り店を経営しながらも領主の仕事を引き継ぐ準備を進めていた。
その第一歩として、俺は自宅の改築を行った。
行政窓口を設けるためだ。
現在の領主館は既に老朽化が進んでおり、俺はわざわざあの家を継ぎたいとは思わなかった。
それに俺は現在住んでいるこの家の広い空間を持て余していた。
だからこの家を改築して、領主館の役割を兼ねるようにすればいいと考えたのだ。
「失礼します」
ある日、俺の店を訪れたのはアイゼンだった。
彼は不安そうな声で俺に相談を求めてきた。
「私はこれからどうすればいいのでしょうか?」
「何の話だ?」
「イシヅエル家の役割は錬金術で領主様を支えることです」
彼はサリアと共にいる俺が領主になったことで、仕事がなくなると思っているのだろう。
よくある勘違いだ。
「仕事がなくなると思っているのですか?」
「はい」
「むしろ逆だ。あなたはこれから忙しくなる」
アイゼンが作れる程度のものなら、今のサリアに作れないものはない。
しかし、彼が不要になることはない。
サリアのできる作業量には限界があるからだ。
「どうしてですか?」
「錬金術師がいくらいてもいいだろう」
「!」
警備や従者だって何人もいるのだ。
錬金術師だって何人いてもいい。
何より彼が請け負っていた簡単な仕事を、サリアにやらせるなんてとんでもない。
それは時間の浪費──すなわち損失でしかない。
むしろサリアに任せていた簡単な仕事を、彼にシフトさせていくのが俺の役目だろう。
今のアイゼンには、イシヅエル家を継ぐ養子もいる。
そんな彼の役割を奪うはずがない。
「だから、レネに見つけてもらった後継者をしっかり育ててくれ」
「分かりました」
アイゼンに限らず、これからの生活に不安を感じて相談に来る者は大勢いた。
俺はそんな人々の不安を解消しながら、対応をマニュアル化していった。
不安を口にする人々は似たような意見が多いからだ。
これは相談事に限った話ではない。
クレーム対応、店番、行政手続き、要望確認、何でも可能な限りマニュアル化していけば、俺自身はほとんど対応しなくてもいい。
そうすれば経営と行政の両立は難しくない。
そう信じて、領主就任に向けたマニュアル作成を続けることにした。
アキナイ領に明るい未来を描くために──




