第36話:三者三様の演説会
次期領主争奪戦は投票日まで残すところ3日となり、最終局面を迎えていた。
「みんな揃ったことだし、演説に向かおうか」
「ああ」
「そうですね」
この日、レネの提案で俺とソナタは演説することが決まっていた。
それぞれ最終日を前に決着を付けるためだ。
俺は当初討論会とすることを望んだが、その提案はレネに拒まれてしまった。
討論会になってしまうと、不利になると判断したのだろう。
彼女の立場で考えれば、当然かもしれない。
「最初は私からにするね」
最初の演説はレネが行うと言い切った。
彼女が主催したのだ。
文句はない。
「分かりました」
「俺も構わない」
ソナタもレネが最初に演説することに異を唱えなかった。
今回演説を行うのはたった3人なのだから、順番によって聴衆の数がそう変わることはない。
100人以上が参加する予定だった開会の演説とは状況が全く違うのだ。
唯一順番にこだわったレネは、自分の公約にある粗を先に指摘されたくないのだろう。
彼女なりの策とも取れる。
「エルネストさんの順番はどうしますか?」
ソナタは俺に順番の決定権を委ねた。
この余裕が彼女の強みなのだろうか。
「俺は最後にしたいと思います」
俺は政治に興味のない浮動層を惹き付けるパフォーマンスを行うつもりでいた。
二人とも浮動層へのアピールが十分とは言えないからだ。
だからこそ俺は最後を選び、自分だけが浮動層へのアプローチを仕掛けようと考えたのだ。
「分かりました」
ソナタは俺が最後に演説することを了承した。
演説の順番はレネが1番、ソナタが2番、俺が3番だ。
順番の取り決めが終わると、レネが演壇へと上がった。
彼女はこれまでの実績を中心に語る中で、聴衆を惹き付ける意外な言葉を言い放った。
「私は他の候補者を批判したり、貶めるような真似はしません!」
レネが最初に演説したかったのは、先にこの言葉を発することで公約批判への牽制をするためだろう。
しかもそれでいながら、嫌な感じがしない人柄であることを同時にアピールできる。
上手く考えたものだな。
「有力候補の一人であったオルベリクさんが倒れた時のことはご存じでしょうか。あの時、私は要望に応えて彼を救助しましたが、無視することだってできました」
自分を負かすかもしれない対立候補だって助けてきた。
足を引っ張り合うようなことはしない。
レネはそう強く主張する。
他人の揚げ足を取ることしかできなかった候補も多かっただけに、レネの言葉は聴衆の心に深く響いたことだろう。
レネが演説を終えると、彼女と入れ替わるようにソナタが演壇へと上がる。
彼女の主張はやはり従来の在り方を維持する堅実路線だ。
「まずは皆さんの話を聞くことから、私はそう考えています」
彼女は自分のやりたい方向へと突き進むのではなく、人々の声を聞くことこそ正しい統治のあり方だと主張する。
まるで遠回しにレネを批判しているようにも聞こえる。
「私にはレネさんや、エルネストさんのように特別な才能はありません。そんな私がこの二人と肩を並べられるのは、現状の社会秩序を維持する方針こそが皆の望む在り方だからだと思うのです」
ソナタはあえて自分が凡人であり、地味な存在であると明言した。
カリスマ性で人心を掌握してきた者よりも、堅実路線で地盤を築き上げた自分こそが民意を反映できると語ったのだ。
彼女の言葉は現状維持路線を支持する人々はもちろん、浮動層の心も突き動かしたように見える。
主張は地味ゆえに大きな歓声は上がらなかったが、多くの人々が彼女の演説に何度も頷いていたからだ。
今回の演説ではレネよりも上手くやったと言えるだろう。
ソナタの演説が終わると、次はいよいよ俺の番だ。
俺は演壇に上がると、内ポケットに潜ませていた魔導具を取り出して掲げた。
「皆さん、まずはこれをご覧になってください」
俺はそう告げると共に魔導具を発動させた。
鮮やかな光が上空に放たれ、遠くにいた人々の目をも釘付けにした。
「綺麗だったでしょう?」
俺は聴衆に問いかける。
魔導具を使ってこんな風に楽しませることだってできる──それが俺が試みた浮動層へのアプローチだ。
しかも空に向けて発動した魔導具の効果は、遠くにいる人々も気づいたことだろう。
政治に無関心な浮動層は演説の聴衆とはならない──だからこそ俺は空に光を描き、その存在を伝えることにしたのだ。
「俺は成長と効率を追求するだけの存在ではありません。むしろ娯楽はもっと広がるべきだと考えています」
合理主義者だと知られている俺は、娯楽に否定的だと偏見を抱く人も多い。
そんな偏見を取り除くべく、もう一度魔導具で空に光を描き、人々を楽しませる行為に理解があることを示した。
「何せ娯楽は経済を活性化させる大きな市場の一つです。営利主義を前面に押し出し、合理的に判断する俺だからこそ、娯楽が生み出す経済効果を重要視しています」
俺は魔導具でアプローチした延長線で娯楽への理解を口にしたが、これだけで支持する理由としては弱い。
不安を払拭しただけでは、支持する理由にならないからだ。
そのため、俺は途中から話を切り替えることにした。
「そんな俺は今や商売の天才と持て囃されていますが、今日は皆さんにその秘訣をお教えしましょう。それはズバリ、上手に人を動かすことです」
俺は商売の実績そのものよりも、上手に人を動かしてきたことを強調した。
商売の実績は、今更誇示せずとも周知されているからだ。
「そしてその才能は領主にこそ求められます」
俺はここぞとばかりに、領主に必要な才能の話へと繋げた。
そして俺は次期領主争奪戦が始まって以来、大量の冒険者を雇い対立候補の調査と、治安維持に努めてきたことを明かした。
「適切に人を動かし、情報を集めて対処する。これこそが領主に必要な素質ではないでしょうか?」
人々に尽くしてきたレネ。
皆の声を聞いてきたソナタ。
そして俺は──人々を動かしてきた。
主張はもちろん、やり方も全く違っていたのだ。
「俺はこの催しの期間中に、レネを頼ったこともあります。人命に関わる問題なら、まず彼女を頼るべきだからです」
対立候補を利してしまうことになろうとも、必要に応じて頼る者こそが人の上に立つべき器だと俺は強調した。
「それでは皆さん、3日後の結果を楽しみにしています」
俺はその言葉を最後に演壇から降りた。
手応えは悪くない。
だが、今回の演説で一番好感を得たのはおそらくソナタだろう。
地味な凡人である自分を強調したことで、親近感と安心を与えたのが大きい。
俺とレネには出来ない芸当だ。
「おう、次は俺だ!」
「私たちも参加させなさいよ」
3人とも演説を終えて解散しようとした時、後からやってきたその他の候補たちが続々と次は自分の番だと名乗りを上げていた。
勝手にすればいいだろう。
催しの開催期間中は、設置された演壇で好きなときに演説していい決まりだ。
誰もお前たちを咎めたりしない。
「ルールに反していなければ、好きにやっていいと思うよ」
レネは彼らにそう伝えると、俺とソナタに解散を促した。
「はー?」
「いや、待ってくれよ!ずるいだろ!」
「何でだよ!」
彼らはあっさりと解散を促したレネを批判する。
上位候補者の注目にあやかりたい彼らは、俺たち3人の誰かがいなければ相手にされないからだろう。
「これはレネが主催した個人企画なんだから、何もおかしな判断はしてないだろ」
俺はレネを批判する候補者たちに、彼女が責められる筋合いはないと伝えた。
そもそも領主になれるのは一人だけなのに、誰かの人気にあやかれないと話を聞いてもらえないならさっさと諦めたほうがいい。
今更どんでん返しを起こせるわけないだろう。
もう投票日まで残り3日しかないのだから……




