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観察眼に優れた商人は、世間知らずな錬金術師と共に成り上がる!  作者: ファイアス
最終章:次期領主の座をこの手に

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第35話:過剰な恵み、偽りの恵み

「私はこれよりワラント領で暴れ回っている魔獣オセロスの討伐に向かう」


 アネットはこの日、中央市場の演壇で人々の注目を集めていた。

 彼女は闘技場で有象無象の候補を蹴散らしてからは、あまり目立った活動はしていない。

 そのため、彼女は徐々に支持者を減らしていた。


 支持者が離れつつある中での演説だったため、彼女の盛り返しに期待する聴衆も多かった。

 しかし、アネットの発した言葉は支持者の期待とは正反対のものだった。


「私はたとえ領主になったとしても、こうして暴れまわる魔物には率先して立ち向かうだろう」


 いかにもアネットらしい判断だ。


「当然その間は私自身が行政判断を下すことができない。だから、他に適切な候補を選べる状況にある者は支持する先を切り替えてほしい」

「ええ~」

「辞退するんですか!」


 アネットは辞退こそしなかったが、あくまで消去法でしか選べない領民のために名前を残すだけだと語った。

 それは他に適した候補がいなければ、自分が引き受けるという消極的な判断だ。

 事実上の辞退とも受け取れる言葉だ。


 アネットを支持していた人の多くは、彼女の判断を裏切りとは受け止めなかった。

 彼女はずっと変わらなかったからだ。

 変えようとしていたのは、彼女を祭り上げようとした人々──そう解釈したためだ。


 アネットが勝負から降りたことで、残る上位候補は俺とレネ、そしてオルバスの従者であるソナタの3人に絞られていた。


「なあ、お前は誰を選ぶんだ?」

「まだ迷ってるんだよね」


 アネットの代わりに誰を選ぶべきか──彼女の演説をきっかけに、乗り換え先を検討する声で溢れ返っていた。


「やっぱエルネストだろ。ビジネスに関しちゃ間違いなく天才だしな」

「私はレネさんのほうがいいかな。聖女の加護があれば、天災が起きても安心じゃない」


 アネットの支持者たちが挙げる代わりの候補者は、俺かレネの名前ばかりだった。

 ソナタに否定的な見解を示していた者はほとんどいなかったものの、現体制の維持を主張していた堅実路線の彼女は地味と判断されたのだろう。

 カリスマ性で人心を集めていたアネットの支持者とは、相性が悪かったとしか思えない。


「アネットのおかげで傍迷惑な噂は静まったな」

「そうだね」


 エルネストとアルシアは婚約関係にある──その噂はアネットの演説と共にかき消されたのである。


「噂を流布した犯人は分かったんだ。もう心配する必要もないだろう」

「パパとママもしつこいよね」


 噂を流布していたのはサリアの両親、アルケライト夫妻だった。

 どうやら俺とサリアの関係を解消させるのが目的だったらしい。

 高度な錬金術を会得したサリアを取り戻すことができれば、人心を得られずとも大金を稼げると考えていたようだ。


 どこまでも立ち回りの下手な夫婦だ。

 地位に執着して、娘に執着して、結果としてどこまでも自分たちの価値を落としてしまう。

 平民の成り上がりに否定的な貴族たちは、消去法でアルケライト夫妻を支持していた者もそれなりにいた。

 しかし、今ではそのほとんどが支持候補をソナタに切り替えていると聞く。


 アネットの話題が落ち着いた頃、地味な印象の女性が俺の店を訪れた。

 30歳前後と見られる眼鏡を掛けた彼女は、店内の商品を一つずつ丁寧に見ていた。

 初めて来店した者ならば、別に珍しくもない行動だ。

 そんな人物を俺が注視していたのは、彼女が対立候補の一人であるソナタだからだ。


 しばらくすると、ソナタはカウンターへとやってきた。


「オーダーメイドは受け付けていますか?」


 ソナタは俺に問いかける。

 目的の商品が置いていなかったのだろう。


「基本的には受けてません」

「例外はあるんですね?」

「はい、俺に利があれば」


 俺がオーダーメイドを受け付けていないのは、利幅の小さい商品を求められても時間の無駄だからだ。

 稼げる依頼だけは引き受ける──それが俺の方針だった。


「お金ではありませんが、エルネストさんに利のある取引になると思います」

「自分自身の支持者を俺に向けるつもりですか?」


 本業はオルバスの従者である彼女が、次期領主の有力候補であること以外に強い影響力を持っているとは思えない。

 お金以外の形で俺に利を与えられるとしたら、支持者への扇動以外にないだろう。


「若干異なりますが、方向性は合ってます」

「具体的に聞かせてくれ」

「レネさんの支持者を私とエルネストさんに、惹き付けておきたいのです」

「なるほど」


 要は現在も支持率1位と思われるレネに対抗するため、手を組みたいということか。

 悪くない提案だ。


「レネに勝たれると困るのか?」

「はい」


 ソナタは上位貴族と彼らに仕える農民から、多くの支持を集めている。

 その支持者たちはレネが領主になることを快く思っていないらしい。


「レネさんの公約は天災対策の枠を超えて、豊穣魔法の加護を与えると宣言しています」

「それは知ってる」

「それならば話は早いです」


 むしろ何で知らないと思った。

 有力な対立候補の公約くらいは、さすがに把握しているものだろ。


「彼女のもたらす過剰な恵みは田畑の管理を必要とせず、農民たちは仕事を失います」

「威力の調整くらいできるだろう」


 レネが魔法の威力を調整できないはずがない。

 だから状況に合わせた要望をすれば、実害が出るとは思えない。

 むしろ得られる恩恵のほうが多いはずだ。


「レネさんがどんな人か、エルネストさんなら知っているでしょう」

「……」


 ソナタがレネの性格を問題視していたことはすぐに分かった。

 彼女の独り善がりな善意が過剰な恵みを与えてしまい、農民たちの仕事を奪ってしまう。

 ソナタはその可能性を危惧していたのだ。


「上位貴族たちも不安の声を上げています」

「仕事を失った農民が暴徒化するからか?」

「それだけではありません。もしアキナイ領にある不毛な土地全てを、豊穣魔法で緑豊かな土地へと変えていったらどうなるでしょう?」

「作物が溢れ返って、交易がままならなくなるな」


 通貨の希薄化と同じだ。

 作物が溢れ返れば、その価値は落ちていく。


「その通りです」


 さらに一部の上流貴族はレネが退任した後のことも危惧していた。

 広大な土地に僅かな農民しかいなければ、豊穣魔法なしではまともに作物を生産できなくなる。

 かといって、豊穣魔法の加護ありきの社会に逆らうように生きていたら、資産が目減りしていくのは言うまでもない。

 だからレネには勝たせたくない──そんな主張をソナタにぶつけているらしい。


 言いたいことは分かるが、大袈裟に考えすぎだ。


「ソナタさんの支持者が考えているほどの問題は起こらないでしょう」


 レネは人の話を聞かずに、勝手な判断をすることが多い。

 それが善意の押し売りとなり、迷惑を被ることは度々あった。

 とはいえ、レネは知性が欠けているわけではない。

 だからソナタ及び、彼女の支持者が考えているほどの事態にはならないはずだ。


「どうしてそう思うのですか?」

「レネは性格に問題があるだけで、頭は良いんですよ」


 彼女は勤勉で、学習能力も高い。

 それなのに人付き合いの仕方だけが改善されないのは、成功体験の積み重ねが裏目に出た結果だろう。


「でも、当分は振り回されるでしょうね」

「悪影響が起こることは否定できないのですね」

「はい」


 そもそも社会に大きな変化を与える時点で、多かれ少なかれ問題が出てくるだろう。

 特に今まで通りの安定を望む人ほど、良い変化よりも悪い変化に敏感だ。

 だからレネが豊穣魔法を適切に使ったとしても、反発を招くことは容易に想像できる。


「それらを踏まえて、こちらで提案をまとめたいと思います」

「分かりました」


 このワンクッションを挟むことこそが、レネに足りていないものだ。

 俺はそのことを意識しながら、その場で簡単な企画書を書きあげることにした。


「こちらでいかがでしょう」


 俺はソナタに企画書を提示する。

 その内容は扱いやすさとデザインを重視した農具と肥料が中心だ。

 市場にありふれたものより上質だが、市場環境を揺るがすほどではない。

 豊穣魔法に期待する者と、危惧する者の双方に響くはずだ。


 数々の道具の中で肝となったのは、蓄えた水を煌めかせるギホウジョーロだ。

 これこそが一番人々の心を惹くものとなるだろう。

 その効能は本当に水を煌めかせるだけだ。

 単なるジョーロといっても過言ではない。


 けれどもソナタの支持者が求めているのは、豊穣魔法に対抗できるものだ。

 それは豊穣魔法に心を踊らされることを抑止するための──すなわち豊穣魔法っぽく見せる道具だ。

 だから水を煌めかせるだけのギホウジョーロこそが、需要に適したものと言えるだろう。


 ソナタはそんな俺の企画書に目を通すと、何度も頷く素振りを見せていた。


「素晴らしい提案です」


 ソナタは満面の笑みで答える。

 取引は成立だ。


 後日、ソナタは俺に依頼した品々を受け取ると、早速行動を開始した。

 レネはギホウジョーロの正体をすぐに見破ったが、豊穣魔法のことを熟知している者はほとんどいない。

 そのため、俺の目論見通りレネの支持者は心を揺さぶられていた。

 これでレネの独走を阻止することができるだろう。

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