エピローグ:次代を担う光は右肩上がりの経済と共に
次期領主争奪戦から約1年が経った今、俺は領主としてこのアキナイ領を統治している。
俺が領主となったことで、大きく変わったところはない。
元々大きな変化が望まれていたわけではないのだ。
だから俺はあまり目立たないインフラ整備に税金を投じていた。
衛兵の装備強化、道の舗装、空き家の撤去などを進め、少しずつ領内全体の街並みを整えていった。
「エルネストならもっと派手な改革をすると思ったけど、地味なことばっかやってるよな」
「それは同意だ。でも確実に良くなってると思うよ」
地味なインフラ整備を進めていた俺に、当初は期待外れだと失望する領民も多かった。
もっと派手な経済政策を期待していたからだろう。
けれども、そんな失望の声は今やほとんど聞こえてこない。
諦観によるものとは思わない。
実績で期待に応えられたからだと信じている。
現に他領からの移住者が日に日に増えていき、アキナイ領の人口推移は右肩上がりだ。
店の業績も順調に伸びていた。
一般客による売り上げはほぼ頭打ちとなっていたが、他領の行商人たちと提携したことで売り上げが跳ね上がったのだ。
しかも行商人たちが商品を販売するエリアは、連合会の手も及んでいない地域だ。
アルシアの作った錬金術製品も流通していないその地域では、気づけばサリアの作った品々が市場シェアを独占していた。
顔見知りの様子はどうなったかといえば、ほとんどみんな変わっていない。
ルーナは今でも俺のビジネスパートナーを続けているし、レネは医療治癒師として活躍している。
大きく状況が変わったのは、オルバスとソナタくらいだろうか。
オルバスは領主を引退して肩の荷が下りたのか、体調がみるみる改善していった。
余生をゆっくり過ごすはずだったオルバスだが、農民たちと共に農作業する姿も度々見られた。
ソナタは現在従者たちを取り仕切る立場にいる。
もちろん彼女を従者の長に抜擢したのは俺だ。
まだまだ若手だった彼女は先輩たちとの関係に四苦八苦していたが、今では立派に取り仕切っている。
「たまには外を歩くのもいいだろ」
「うん」
俺はこの日、サリアと共に街を歩いていた。
特に何か目的があるわけではない。
強いて言うなら、健康維持と気分転換を兼ねてのことだ。
「あら、領主様じゃないですか」
「君は私たちが成すべき大役を奪って満足しているかね?」
そんな時に声をかけてきたのはアルケライト夫妻だ。
夫妻は未だに領主になるべきだったのは自分たちだとうそぶいており、俺への皮肉を忘れない。
「おかげさまで」
そんなアルケライト夫妻には俺も皮肉で返した。
「ところでサリアの両親である私たちへの恩恵はないのですか?彼女は私たちが育てたのですよ」
「領主様ともあろう者が、そんな恩知らずではあるまい」
「パパとママはあっちに行って!」
娘が領主夫人となったからには、両親である私たちに相応しい地位があるはずだ──そんな言葉を口にするアルケライト夫妻にサリアは露骨に距離を取ろうとする。
「この子にそんなパパとママを見せたくないもん!」
サリアはお腹に手を当てながら、両親に言葉を返す。
「この子?」
「何のことだ?」
アルケライト夫妻はサリアの言葉に困惑する。
「あなたたちの孫ですよ」
俺はサリアが身籠っていることを夫妻へ告げた。
「まさかサリアが……」
「……」
「あなたたちに対する俺の評価はもう覆りません。けれどもお孫さんからどう見られるかは、これからに懸かっていますよ」
サリアが身籠っている──その事実にアルケライト夫妻は呆然としていた。
孫に愛される可能性ならあると伝えた俺の言葉など、まるで耳に入っていない様子だ。
立ち尽くす夫妻を背にして、俺たちは再び歩き出す。
「立派な母親になろうとしてるな」
「うん!」
まだ精神的に幼いサリアが身籠ったことを不安視する声もある。
確かに彼女は育児の判断を適切にできないかもしれない。
だが、俺は不安に思うことはなかった。
愛情をきちんと注ぐことさえできれば、人間性が歪むとは思えない。
それに教育は俺が、大半の世話は従者たちに任せればいい。
つまりサリアが全てをこなせる必要はない。
みんなで育てていけばいい。
今の俺たちなら、そんな選択ができる。
「あんなパパとママに構ってたら、この子の教育に悪いもん!」
「ははっ、全くもってその通りだな!」
これから子供が産まれたら、忙しくなることは間違いない。
だから今はゆとりある時間を満喫しながら、我が子の誕生を待ち望むことにした。
サリアと共に──




