第33話:崇高な理想に心血を注ぐ店主は人を雇えず
次期領主を選抜する催しが開催されてから2週間。
すでに半数近くの候補者が脱落していた。
立候補しただけで、演説せずに失格となった者が22人。
演説が上手くいかず、聴衆の反応を見て辞退を申請した者が9人。
法に触れる行いが発覚し、失格となった者が7人。
重大な怪我や病気で活動できなくなった者が3人。
その他、何らかの理由で辞退を申し出た者が15人。
さらに残っている候補者も、何をすればいいか分からずにいる者が大勢いた。
そのため、まともに活動している候補はすでに20人以下だった。
候補者が絞られていく中で、演説で注目を集めていた女性がいた。
「この中央市場に流通している錬金術製品の7割は、たった一人の手によって作られているとお分かりでしょうか?」
聴衆に問いかけていたのは、この催しの候補者ではないアルシアだ。
一体彼女は何をやっているのか。
俺は聴衆に紛れて、彼女の演説に耳を傾けた。
「その7割は私の気分一つで流通を止められます」
すなわち自分の認めない候補を領主に選べば、アキナイ領は多大な損失を被る。
それが彼女の主張だった。
アルシアなりに俺を支援しているのは分かったが、恐怖で人心をコントロールしようとするのはやめてくれ。
表立って共闘できなくなる。
「領民に尽くす。これは大事なことです。しかし、自らを大切にできない者が、その勤めを果たせるでしょうか?」
それはその通りだ。
この言葉には周囲の聴衆も納得していた。
「私はアキナイ領に住まう皆さんが、真っ当な知能の持ち主であると信じています」
アルシアはその言葉を最後にして演説を終えると、人通りの少ない裏路地へと進んでいった。
俺はアルシアの後を追う。
「アルシアさん」
アルシアに追いついた俺は、彼女に声をかけた。
「来ましたわね」
俺が聴衆に紛れていると気づいていたか。
そうじゃなければ、後ろから突然声をかけられてそんな言葉を返さない。
「俺が話しかけやすいように、わざと人通りの少ない場所に誘ったんですね」
「その通りです」
「あの演説は俺にあなたを批判させる、あるいは対抗できる者と誇示する機会を与えるためですか?」
「よく分かりましたね」
錬金術製品のシェアを7割独占している自分は、いつでも流通を止めることができる。
そんな脅しに正面から対抗できる候補は、サリアと共にいる俺だけだ。
つまり彼女は自ら悪役を演じることで、自分の望む候補を立てようとしたのだ。
いわゆるマッチポンプだ。
「相変わらずやり方が過激ですね」
「効率的な方法を選んでいるだけです」
アルシアの発した言葉がマッチポンプだと分かった時点で、彼女に話しかけた目的はすでに達成していた。
だが、俺はもう一つ気になっていたことがあった。
「話は変わりますが、アルシアさんが批判していたのは誰のことですか?」
自分を大切にできない人は領主に相応しくない──俺はその言葉が引っかかっていた。
レネやアネットは自己犠牲を指摘されるほどではない。
だから、俺はアルシアが誰を批判していたのか疑問だった。
「オルベリクですよ」
「えっ……」
アルシアの挙げた者の名は、現在4位の支持を集めている大衆食堂の店主だ。
彼とは顔馴染みであり、お金が思うように稼げず貧しかった頃はよく世話になっていた。
「エルネストさんなら、彼の店に入ればすぐに分かります」
店に入ったらすぐに分かるほどの自己犠牲精神か。
少し気にかかるな。
彼のことは俺も気になることがあった。
それは冒険者たちにまとめてもらった上位候補者の調査報告書で、なぜかオルベリクを支持する層だけが俺に否定的な主張をする傾向にあったのだ。
調べておいた方がいいだろう。
数日後、俺はサリアと共に大衆食堂へ向かっていた。
一人の客として食事をしながら、彼の自己犠牲精神を確認するためだ。
店内はおいしそうな匂いが立ち込めており、楽しそうに会話をする客の声が店内を賑わせていた。
今は食事の時間帯ではないのに満席となっており、行列は途絶える様子がない。
厨房で作業する活力に満ちた男は、料理を作り終えると自ら客のもとへと運んでいた。
この男が店主のオルベリクだ。
「おっ、エルネストじゃねーか」
「ああ、どうもご無沙汰しております」
他の客と同じように列に並んでいると、オルベリクは俺の存在に気づき声をかけてきた。
その瞬間に何人かの客は食事を中断し、こちらへと視線を向けてきた。
俺を嫌う彼の支持者だろうか。
「調査に来たんだろ?」
彼は俺に問いかける。
「ええ」
俺は隠さずに返答をする。
堂々と言うことではないが、聞かれたなら素直に答えたほうがいいと判断したからだ。
「おい、そんなやつと話してないで早くしてくれよー」
「もっと列が伸びちまうよ」
「もう30分も待ってるんだからさ」
料理を待っている客は、オルベリクに不満の声をぶつけた。
「おおっと、すみません。今すぐ作業に戻ります」
……客質が悪すぎるだろう。
待たされている客の身からすれば、腹が立つのは当然だ。
しかし、彼は挨拶程度しかしておらず、その時間も1分未満だ。
低価格帯の店ほど客質が悪いのは当たり前だが、いくら何でも気が短すぎる。
「エルネストさん、あの人って奴隷なの?」
サリアは疑問を口にする。
挨拶程度の会話さえ許されない──そんなオルベリクの姿を、サリアは奴隷と捉えていた。
「いや、違うよ。ここの店主だ」
「じゃあ、エルネストさんと同じ立場なの?」
「そうだ」
「変なの」
サリアが理解できないのも無理はない。
店側と客のパワーバランスが崩れているとしか思えないからだ。
俺たちはしばらくすると、オルベリクによって席へと案内された。
「聞きたいことがあるんなら、営業時間が終わった後にまた来てくれ」
「ああ、分かった」
彼は対立候補者の一人である俺に、聞きたいことがあるなら何でも聞いてくれという。
どうやら自らの手の内を隠す気はないらしい。
さらに扱っている食材やその原価に加えて、提供している料理のレシピも全て答えてもいいと口にする。
余程の自信があるのだろうか。
俺は不思議に思いながら、メニュー表に目を向けるとその価格に唖然とした。
「どうしたの?」
「サリアもこのメニューを見てみろ」
「えぇっ!」
食への関心が乏しいサリアでさえ、メニュー表を見た瞬間に驚きの声を上げた。
いくら何でも価格が安すぎるからだ。
現在は次期領主候補として支持を集めるべく、大幅に値引きしているらしいが、それでも限度がある。
業者専用の食材入荷ルートを通さなければ、全てのメニューが原価割れしていてもおかしくない。
「サリアは何か食べたいものはあるか?」
「ミラクルスイーツと、イロドリサラダ」
「主食は?」
「そんなに食べられないよ」
相変わらず食への意識がいい加減だな。
まあ、たまにしかない機会だし、彼女の自由にさせておくか。
俺たちはオルベリクに料理の注文をする。
しかし、30分近く経っても運ばれてくる様子がない。
「ねーまだー?」
サリアは未だに運ばれてこない料理に痺れを切らす。
「まだみたいだな」
俺はオルベリクのほうへと目を向ける。
やはり厨房には彼しかいない。
これだけの行列ができる店なら、何人かの従業員を雇うべきだろう。
そんなことを考えていると、オルベリクが俺たちのもとへとやってきた。
どうやら注文していた料理が完成したようだ。
料理が運ばれてくると、俺たちはゆっくりと食事を済ませた。
この価格帯とは思えない絶品だ。
料理の技術は疑いようがない。
俺たちは食事を終えると店を出て、営業時間が終わるのを待つことにした。
「失礼します」
俺は営業時間終了の30分後に、再びオルベリクの経営する大衆食堂へと入った。
店内にはまだ10組以上の客がのんびり食事をしていた。
営業終了時間は過ぎていたはずだが……
「まだ営業中でしたか?」
「気にしなくていい。今いるお客さんは、まだ食べ終えてないだけさ」
「そうですか」
どうやらもう客を待たせることがないため、俺の話を聞いても良いらしい。
それにしても営業終了時間を30分以上過ぎているのに、まだ10組以上の客が飲み食いしているこの状況はおかしいだろ……
「では、幾つかの質問をさせていただきます」
「おう」
オルベリクは皿を洗いながら、返事をする。
そうでもしないとまともに睡眠時間が取れないらしい。
「オルベリクさんは従業員を雇わないんですか?」
「募集はしてるけど、来ねえんだよ!」
仕事に困っている人間なら、いくらでもいそうなものだが……
「給与はどれくらいですか?」
「1時間あたり400ゴールドだ」
「やっす……」
それで来るわけないだろ!
賄いの食事は出るらしいが、それでもギリギリ生活ができるかどうかだ。
しかも客質が悪いことを考えると、精神的な負荷が重くなることは間違いない。
覚えることだって多いだろう。
どう考えても割に合わない。
「何でその給与で働きたい人がいると思うんですか?」
俺は率直な意見をぶつけた。
「俺は飢餓に苦しむ人をゼロにするため、この大衆食堂を経営してるんだ。それなのに金目当てで仕事する連中ばっか集まったら、理念に反するからな」
「なるほど」
だから、ずっと一人で経営しているのか。
彼の支持者が俺を嫌う傾向にあるのも、なんとなく理解できた。
オルベリクは儲けを出すことに否定的なのだ。
だから俺の営利主義を否定する人ほど、彼を支持するのだろう。
「領主になっても、その価値観を貫くのですか?」
「もちろんだ!」
オルベリクは俺の問いに迷わず答えた。
信念は立派だが、あまりにも現実が見えていない。
そんな彼が領主になったら、彼のもとで仕える人間は誰もいなくなってしまう。
そうなれば犯罪者を取り締まるべき人々もいなくなり、自警団を名乗る人々が私刑を行うようになることだろう。
「そうですか……」
俺はため息をつく。
オルベリクを支持する者は知能が欠如している──今ならアルシアがそんな意図で発した皮肉めいた言葉の真意がよく分かる。
彼は悪人ではない。
むしろまごうことなき善人だ。
それでも彼を領主にしてはいけない。
「どうした?」
「オルベリクさんは領主になるべきではありません」
店内に残っていた何人かの客が俺を睨む。
彼の支持者だろう。
……オルベリクの支持者ならば、俺を睨む前に営業終了時間を守って、さっさと退店しろよ。
「どうしてだよ?」
「領主は人を動かす必要があるんです。領地はこの食堂の経営と違って、一人では管理しきれません」
「この店も管理しきれてないよ」
俺の指摘に対し、サリアが口を挟んだ。
「だってお客さんを待たせ過ぎだし、営業終了の時間を守らせることもできてないじゃん」
全くもって正論だ。
まさかサリアが正論を言うとはな……
「これが領土の管理になったら、悪い人を捕まえる前に逃げられるし、不法滞在が野放しになるってことじゃん」
「……」
ずっと作業しながら答えていたオルベリクだったが、サリアの辛辣な言葉を受けてついに手が止まった。
オルベリクは今まで自分の問題を指摘されたことがなかったのだろう。
「オルベリクさん。あなたは自分自身を大切にしてください」
俺はそう言い残して、大衆食堂を後にした。
その4日後、彼の名前は次期領主の候補者一覧から消えていた。
不思議に思った俺は、サリアと共に再び彼のもとへ向かった。
「あれ、どうしたんだ?」
年中無休で営業していた大衆食堂の入り口に、休業中の張り紙が貼られていたのである。
「昨日ここの店主さんが、突然倒れちまったんだよ」
近くにいた男が俺に事情を説明してくれた。
どうやら彼は常連客らしい。
彼によると、オルベリクは営業中に突如意識を失い倒れたらしい。
原因は過労と、睡眠不足によるものだ。
レネが駆けつけたことで一命を取り留めたが、オルベリクはその出来事を恥じて、次期領主を目指すことから辞退したのだ。
「睡眠もまともに取ってなかったんですか」
「スープの仕込みがあるからって、毎日開店4時間前には起きてたみたいだよ」
推定睡眠時間は3時間か……
そんな生活をしていたら、倒れて当たり前だよ……




