第32話:有象無象の候補者たちへの対処
長時間にわたって行われた各候補者の演説の後、集まった人々を対象に誰が領主になるべきかと役人たちが聞き込みを行っていた。
無論、彼らの聞き込みは次期領主を選抜する投票とは関係ない。
単なる意識調査だ。
だが、その調査結果に多くの人々が関心を示した。
それは候補者として参加した俺も例外ではない。
「まさか5位とはな……」
翌日に開示された調査結果ではレネが1位であり、2位はアネットだった。
ここまでは順当な結果だ。
そして3位は俺の名前が挙がるだろうと考えていた。
しかし、実際の3位はオルバスの従者ソナタであり、4位は大衆食堂の店主オルベリクの名前が記されていた。
ソナタは典型的な現状維持路線を謳っていた候補者であり、オルベリクは貧困の根絶を掲げていた理想論者だ。
両者とも魅力的な演説をしていたとは言い難い。
それなのにこの結果とあって、俺は少々ショックだった。
ソナタに至っては、これまで大衆にその名を知られたことすらない。
つまり知名度による下駄を履いていないにも関わらず、俺を上回る支持を得ていたのだ。
詐欺師を相手にサリアが騒ぎ立てたことで、俺の印象を悪くしてしまったのだろうか。
なんにせよ調査と分析が必要だ。
俺はサリアと共に冒険者ギルドへ向かい、大量の冒険者を雇い二つの依頼を出すことにした。
一つ目の依頼は上位候補者5人の評価を聞き取り調査して、書類にまとめる仕事だ。
自分自身を含めた上位候補者の支持理由を把握しておくためだ。
この調査では聞き取る層が偏らないように、合計10のエリアに区分けして各エリアに2人ずつ割り振る方針とした。
もう一つは有象無象の候補者を監視する依頼だ。
この催しで勝ち上がりたいがために、手段を選ばない候補者が出てくることは容易に想定できる。
そういった候補者たちを監視して、トラブルを仲裁したり、役人のもとへと連行する仕事だ。
事件を未然に防ぐことができれば、支持率の上昇を期待できるからだ。
こちらも合計20人の冒険者へ依頼することにした。
「サリアは誰の演説が一番響いた?」
俺は参考までにサリアの声にも耳を傾けた。
「変な格好して、火を噴いてた人!」
有象無象の候補かよ!
サリアの返答を聞いた俺は、彼女がどんな評価軸で判断したのかすぐに分かった。
単に面白いかどうかだ。
演説に対して期待をすることがなければ、不安を抱くことすらない。
まさにそんな判断だ。
サリアのような政治に無関心な人々の心を掴むのは、簡単なようで難しい。
公約に左右されないからだ。
容姿が整っているから。
振る舞いが魅力的だから。
いつも挨拶してくれるから。
面白いから。
そういった指標で評価されると、俺はレネやアネットに勝てるとは思えない。
サリアのような評価軸で判断する人が、少数であると祈るばかりだ。
「エルネストはやっぱり調査から始めるんだ」
依頼の掲示を終えて帰ろうとしたとき、声をかけてきたのはルーナだ。
「当たり前だろ」
どの層がどんな候補者を支持したのか。
その情報を基に適切なアプローチをしていく。
マーケティングと同じ要領だ。
「ところでアネットはどう動いてる?」
俺はアネットの動向を訊ねた。
アネットに憧れを抱いているルーナなら、彼女の動きを把握していると思ったからだ。
「闘技場に参加してるよ」
「珍しいな」
アネットは自分の力を見世物として使うことを好まない。
そのため、彼女が闘技場に参加していることが意外だった。
「アネットさんに挑みたい候補者がいっぱいいるからね」
「なるほどな」
おそらくアネットも、やり方は違えど俺と同じことを考えている。
この催しがきっかけで問題を起こしそうな候補者を、自分なりのやり方で未然に防ごうとしているのだ。
ただでさえ有象無象の候補者は、冒険者らしき人物が多く見られた。
自分の専門分野で名声を得たいがために、アネットに挑もうとするのだろう。
俺はルーナから話を聞くと、サリアと共に自分たちの店へと帰宅した。
「今日はこの後どうするの?」
サリアは俺に問いかける。
「普通に営業する」
合計40人もの冒険者に依頼を発行したのだ。
今の俺たちの収入でも、3日は営業しないと稼げないほどの出費だ。
さらに俺はこの催しに備えて、高価な防具を買い揃えていた。
俺を暗殺しようとする輩が現れるかもしれないからだ。
もちろんサリアの防具も買ってある。
防具代にかかった出費は、3日分の稼ぎどころではない。
……要は使った分は稼がなければならないということだ。
俺は店を開くと、すぐに客が押し寄せた。
その中には昨日の演説で見た人物もいる。
有力候補である俺を調査に来たのだろう。
「なぁ、これをくれよ」
営業を開始してから30分が経過した頃、柄の悪い男がマキナコアを片手に声をかけてきた。
マキナコアは一つあたり40万ゴールドで販売しており、当店で取り扱っている中でも特に高価な商品だ。
「40万ゴールドになります」
「買うつもりはねぇんだ!くれよ!」
男は下卑た笑みを浮かべながら、懐から刃物を取り出す。
「強盗ですか」
俺は冷めた口調で返答する。
「すかしてんじゃねぇぞ!」
男は激昂するが、慌てるような相手ではない。
手にした刃物はもちろん、身に付けている防具も安物だ。
おそらくGランクかFランクの無名冒険者だ。
買い揃えた防具を考えれば、俺の命が脅かされることはない。
「ふふふっ」
俺は小さく笑い、カウンターの下から二つの魔導具を取り出した。
一つは強力な神経毒を浴びせ、体を麻痺させるアンタレスパラライザーEXだ。
そしてもう一つは魂を蝕む炎を放つパジトリーフレイマーだ。
せっかく護身用の魔導具を、サリアに新調してもらったのだ。
警備の者に頼らず、俺自身の手で対処してやる!
「ぶへっ……」
俺は二つの魔導具の引き金を引き、強盗へと噴射した。
彼はその場で倒れ込み、体をピクピクとさせながら悶え始めた。
効果は想像以上だ。
その様子を見ていた店内の客は、俺の鮮やかな手際を称賛していた。
「おい、エルネスト」
しかし、警備をしていたルベルトだけは異なる反応をした。
「どうした?」
「お前は何を使った?」
「アンタレスパラライザーEXと、パジトリーフレイマーだ」
「素人に煉獄の炎を放つんじゃねぇよ!」
煉獄の炎とはパジトリーフレイマーが発する魔法の名称だ。
ルベルトによると、魂を蝕む煉獄の炎は決して自然に消えることがない。
そのため高位の治癒師しか治療することはできず、死ぬまで苦しみ続けることになるらしい。
「過剰防衛だったか」
「当たり前だろ!」
煉獄の炎は拷問に使われる魔法らしく、自衛行為から逸脱しているとルベルトは俺に指摘した。
……戦闘用の魔導具を使うなら、冒険者としての知識も必要か。
「く、苦しい。助けてくれ……」
「やれやれ……」
俺は強盗の男から刃物とマキナコアを回収すると、店の外に出てサーチヒュームを発動させた。
レネに自らの居場所を知らせて、彼女を呼び寄せるためだ。
すると3分もしないうちに、レネが俺の前に姿を見せた。
どうやらたまたま近くを歩いていたらしい。
「どうしたの?」
俺の呼び出しに応じたレネが問いかける。
「強盗を返り討ちにしたんだが、やり過ぎたらしい」
「やっぱりね」
レネは俺が護身用の防具を整えていた時から、こうなることを予想していたらしい。
道具の知識は豊富でも、冒険者としての経験がないからだ。
全くもって返す言葉もない。
「うぅぅ……」
レネは店内に入ると、横たわっていた強盗の男を治療した。
「エルネストみたいに加減の分からない人を相手にするのが、一番危ないんだからね!」
レネは強盗の男に言い聞かせる。
なんだか俺まで怒られている気分だ。
「……」
店内にいた客は懸命に治療をするレネに視線を向けていた。
人助けをするよりも悪人を裁くほうが人々を沸き立たせる。
だから返り討ちにしたことを絶賛していた人々が、すぐさま支持対象をレネに切り替えるとは思わない。
それでも注意すべきだろう。
やり過ぎた対応をしていると、いずれは危険視されるからだ。
「す、すんませんでしたー!」
強盗の男は涙を流しながら謝罪した。
煉獄の炎に体を蝕まれるのは、死ぬほど苦しかったらしい。
そんな彼を役人に引き渡すと、「またですか」とため息をつく一幕があった。
どうやら他にも早速問題を起こした候補者がいたようだ。
……というか、この強盗も候補者だったんだな。
一応全員の演説を聞いていたのだが、彼のことは全く記憶になかった。
どれだけ薄っぺらい演説をしていたのだろうか。




