第31話:次期領主争奪戦の開幕
次期領主を選出するお触れが出されてから二週間後の朝、中央市場には異例の人だかりができていた。
この中央市場で次期領主候補たちの演説が行われるからだ。
「親愛なるアキナイ領の民よ、今日この場に集まってくれたことを感謝する」
領主オルバスは領民への挨拶を行う。
「公示した通り、我が息子が次期領主の座を放棄した。より相応しい者に託すためである」
……また曲解しているのか。
シャルルは新しい生き方を見つけただけだ。
領民のためを思ったことなど一度もない。
オルバスの発言は大衆の前でシャルルの人物像を歪めて、自分の理想像を押し付けているに等しい。
これでは息子に嫌われて当然だ。
「そこで私はより良い後継者を求めるべく、今回の催しを開催することにした」
……提案したのは俺だし、発案者はアルシアだぞ。
あたかも自分で考案したかのように話すなよ!
「……では、これより各候補者に最大5分間の演説をしていただく」
オルバスが話を終えると、いよいよ各候補者の出番だ。
演説時間は最大5分間と定められたが、相当の長丁場となることが予想される。
候補者は100人を超えており、単純計算で8時間以上かかるからだ。
「皆さんごきげんよう!」
「私たちこそが次の領主になるべき者です」
数いる候補者の中から、最初に演壇へと上がったのはアルケライト夫妻だ。
最もオルバスと親密な候補として、最初の一組に選ばれたのだ。
まともに話を聞いてもらえるのは、せいぜい最初の数人だけだろう。
だからこそ最初の一組に選ばれたアルケライト夫妻は、この催しで最大限厚遇されたと言っても過言ではない。
「私たちは長年オルバス様と親交があり、次期領主の最有力候補として公認されています」
夫妻の演説はオルバスと親密な関係にあることを誇示するばかりだ。
聴衆から政策を問われると、現状維持を口にするばかりで、その声はどんどん小さくなっていった。
大勢の前で話し慣れていない証だ。
政治理念のない人間なんて所詮こんなものだろう。
現領主に誰よりも信頼されている──アピールできたことはそれだけだ。
「以上です」
アルケライト夫妻が演壇から降りていく。
聴衆の反応はもはや言うまでもない。
もうこの夫妻が勝ち上がることはないだろう。
次はいよいよ俺の番だ。
俺は緊張しながら、サリアと共に演壇へ上がった。
「皆さんはこのアキナイ領がみるみる発展していく一方で、フレッドバーン家の資産が心許ないことをご存じでしょうか?」
俺は聴衆に問いかける。
まずはインパクトのある情報を投げかけるのが演説の鉄則だからだ。
「俺から言わせてもらえば、すでに没落が危ぶまれる状況です。ビジネスセンスに欠けた者が次期領主ともなれば、没落か大増税かの二択でしょう!」
オルバスの掲げる領民第一の理念は、領民を豊かにした一方で財政を悪化させていた。
俺はその問題に焦点を絞り、商人として自らの優位性を示すことにした。
本来ならこの催しを開催するに至った功労者を名乗りたかったが、その過程を説明するとフレッドバーン家親子の名誉を著しく傷つけることになる。
対して、財政の問題ならば衛兵や役人の装備を見れば一目瞭然だ。
名誉毀損に繋がることもないだろう。
「だからこそ、ここは俺に委ねてください!このエルネストがアキナイ領の財政を立て直して見せます!」
俺は皆の前で胸元で拳を固め、力強さをアピールした。
「一年前は露店街でも目立たない商人だった俺が、今や中央市場でも一目置かれるほどの豪商となりました。これだけの短期間で頭角を現した候補は他にいないでしょう!」
俺はここぞとばかりに実績を誇示した。
これから掲げる公約を、成し遂げるだけの力があると伝えるためだ。
「そんな俺も一人で財を成したわけではありません」
領主は人を動かす立場だ。
だからこそ、己の実力のみではなく、上手に人を起用して成り上がったことを伝えたかった。
「俺は隣にいる錬金術師の彼女や、ビジネスパートナーの冒険者と共に今の自分を築き上げました!今度は皆さんも共に豊かになりましょう!そして強いアキナイ領を築き上げましょう!」
共に豊かになる──俺はその理念を掲げ、聴衆に強いアキナイ領を築くと宣言した。
俺の演説はなかなか好感触だったが、高齢者からは否定的な反応が目立った。
停滞に心を委ね、変化を拒絶する高齢者にとって、成長や発展を掲げる俺の理念は恐怖でしかなかったのだ。
さらに弱者を切り捨てる冷酷な指導者になると受け取った人もおり、俺は支持を集める難しさを突きつけられる結果となった。
俺が演壇から降りると、次はアネットが続いた。
大勢の前で話すことに慣れている──その様子は見ていて明らかだったが、あまり魅力のある言葉を発していなかった。
何より彼女からは熱意を感じなかった。
おそらくアネットは、支持者に応える形で立ち上がっただけに過ぎない。
彼女自身は領主になることを望んでいないのだろう。
アネットの次に演壇へ上がったのはレネだ。
彼女は俺と同じく聴衆に向けて言葉を投げかけることから始めた。
「皆さんはどうして聖女が、王族に次ぐ地位を与えられるか知っていますか?」
聖女候補だった彼女ならではの切り口だ。
その第一声に、皆の注目が集まった。
「聖女は国を守る要だからです!」
レネは聖女の加護がいかにして、国に恩恵を与えるかを聴衆に伝えていく。
「私ことレネは医療治癒師として活動していますが、聖女に必要な他の資質も兼ね備えています」
聖女は怪我、病気を最高水準で治療できることが求められるだけでなく、結界、豊穣、破邪の魔法を高水準で扱うことが求められている。
レネはそれら全てを自分にもこなせると誇示した。
「ですから私が領主となった暁には、このアキナイ領に聖女の加護をもたらすと約束します!」
レネの演説は非常に魅力的なものだった。
俺のように反発を生む主張ではない。
アネットと違い、領主を目指そうとする姿勢も本気だ。
俺はレネの演説を聞いて確信した。
この催しで最大のライバルとなるのは、間違いなく彼女だ。
とはいえ、レネの演説には大きな問題点があった。
レネの掲げた公約は、いずれも彼女自身にしかできないことだ。
つまり、彼女は自身の才能に頼るばかりで、どのように人を動かすかのビジョンがない。
悪く言えばリーダーシップには期待できない。
レネが演壇を降りた後は地味な候補者が続いた。
オルバスの現体制を維持する──多くの候補者がそんな主張ばかりしていたからだ。
領民から高い支持を得ている現体制の維持は無難だが、それだけの演説ではどうしてもインパクトに欠けてしまう。
そのため、現状維持を掲げるだけの候補は埋もれるとしか思えない。
15人目以降の候補になると、お祭り気分で参加しただけの有象無象で溢れ返っていた。
話を聞く価値すらない。
彼らが領主になるくらいなら、アルケライト夫妻のほうがまだマシだ。
候補者の中には文字を読み書きできない貧困層すらいた。
書類の山に対応できるはずがない。
もはや政策以前の話だ。
このまま有象無象が時間を潰すだけかと思われたとき、辺りを騒然とさせる事件が起きた。
それは39人目の候補者が演壇に立ち、挨拶をした直後である。
「あーーっ!」
サリアが突如大声を上げたのだ。
「おい、何いきなり騒いでるんだ!」
俺はサリアに注意する。
演説の妨害は明らかなマナー違反だ。
しかし、彼女は言葉を発し続けた。
「あの人だよ!"幸運になれる壺"を謳って、私からお金を騙し取った人!」
「えっ?」
確かに演壇に立っていた男は、昔サリアから聞いた詐欺師の特徴によく似ている。
けれども人違いの可能性だってあるだろう。
何より今このタイミングで追及する問題ではない。
だが、彼を追及しようとするのはサリアだけに留まらなかった。
「あー、俺もあいつに騙されかけたことあるぞ!」
「思い出した!俺の住んでた地方でも、しょうもない詐欺をして捕まったやつじゃん!」
サリアが騒ぎ立てたことをきっかけに、次々と彼の正体に気づき始めたのだ。
……こいつらもよく覚えているな。
「ふ、ふざけるな!今は俺が演説をする時間だ!」
……いや、まずは自分の罪を否定しろよ。
これでは自分が詐欺師だって認めているのも同然だぞ。
演説の妨害に憤っていた男は、己の潔白を主張することさえせずに公約の宣言を行った。
「俺はこのアキナイ領から貧困を一掃すると宣言する!」
聞こえの良い言葉だ。
しかし、そんな言葉も聴衆には響かなかった。
詐欺師である疑惑を晴らそうともしなかったからだ。
「金持ちを不幸にするだけじゃねーの?」
「詐欺師だもんな」
「うっ、うるせえ!生き抜くためには必要なことだったんだよ!」
彼は聴衆のヤジに反応し、ついに自らの罪を認めてしまった。
「そこまでだ」
そして次の瞬間、彼は警備をしていた衛兵によって取り押さえられた。
あまりにも間抜けな詐欺師だ。
「サリアはよく犯人を覚えていたな」
「忘れるわけないじゃん!」
お前が詐欺被害に遭ったのは、もう一年以上前だぞ。
その日一日、それも数分しか見ていない男の顔なんて、普通なら気づけるはずがない。
お前の記憶力は、どう考えても異常だよ……




