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観察眼に優れた商人は、世間知らずな錬金術師と共に成り上がる!  作者: ファイアス
第1章:ビジネスパートナーへと育て上げる

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第3話:どうしてこうも視線を集めてしまうのか……

 今日は朝から外が騒がしい。

 何があったんだろうか。

 俺はまだ寝ているサリアを起こさないように外へと出た。


「領主様からのお触れです」

「なるほどな」


 騒がしい原因は、役人たちが領主からのお触れを通達するために駆け回っていたためだ。

 どうやら農作物の不作に配慮し、今日より3ヶ月の間は税金が2割免除されるらしい。

 ありがたい話だ。


 アーキンド王国の辺境に位置するこのアキナイ領は、領民を第一とする領主オルバスのおかげで安定した治安が保たれている。

 近隣の領土では領主が悪政を敷いていることから、アキナイ領に逃れてきた者も多い。

 そうした影響で人口は増え続けており、経済状況も安定している。


 だが、領主の息子には悪い噂が絶えない。

 公の場に姿を見せたことはなく、役人たちさえ次期領主のことをあまり知らない。

 そうしたことから不安の声が囁かれているのだ。


 だから俺はもっと稼ぎたかった。

 財力さえあれば、大半の領土を自由に──すなわち最も暮らしやすい土地を選べる権利を得られるからだ。


 俺は騒がしかった理由を把握すると、すぐに自宅へと引き返した。


「おっはよー!」


 自宅の扉を開けると、元気な挨拶をするサリアの姿があった。

 俺が外出していたわずかな時間の間に、彼女はすっかり目を覚ましていたようだ。


「ああ、おはよう」

「素材を見極める訓練って何すればいいの?」

「とりあえず色々なものを見て学べ」


 今のサリアに必要なのは多くの素材を知ることだ。

 グリーンセージをミドリーフと間違えたのも、判別できなかったからではない。

 単にグリーンセージを知らなかったからだ。

 ミドリーフがどんな植物かを知っているかも怪しい。


 読書を楽しむには文字を読める前提条件があるように、今のサリアには基礎知識が圧倒的に足りなかった。

 そのため、俺は具体的な指示を出さなかった。

 正確には具体的な指示を出せなかった。

 とにかく数をこなせとしか言えないからだ。


 そんな言われ方をしたら、大半の人間は嫌になって投げ出す。

 俺だって商人として見習いだった時に、そんなこと言う師と出会っていたら投げ出していたかもしれない。

 だから俺は非効率でも楽しみながら学べるようにすべきだと判断した。


「そんなこと言われても、どうすればいいか分かんないよ」


 それもそうか。

 自由にやれと言われて成果を出せる人ばかりなら、教育なんて必要ない。


「今日は冒険者ギルドに向かうから、とりあえずついてこい」

「意味分かんない……」


 具体的な答えが欲しいサリアは、俺の言葉に不満気な態度を取る。

 こればかりは仕方ない。


 冒険者ギルドに辿り着いた俺は、すぐさま掲示板の依頼を眺める。


「サリア、この依頼を見てどう思う?」

「えっ?」


 掲示板には、探索や狩りで得た素材を求める依頼が沢山貼り出されていた。

 これらの依頼で提示されている報酬は、商人たちが商品として販売している価格よりも当然安い。

 そういった情報から何かを汲み取れるかと期待したのだが、サリアは俺の質問の意図を理解できていなかった。


「これらの依頼報酬は、商人たちが販売している価格の7~8割くらいだとまず理解してくれ」

「そうなの?」

「ああ、仕入れ値と同じ値段で売っていては商売にならないからな」

「じゃあ何で冒険者たちは、露店で売らないの?」

「その理由は人によって様々だが、一つ例を挙げるなら素材の市場価値を見極められないからだ」

「へぇー!」


 話を聞いていた人相の悪い冒険者が、鋭い目つきで俺を睨みつけていた。

 市場価値を見極められない冒険者を例に出したがために、自分を見下していると思い込んだのだろう。


 だが、彼の視線はすぐに異なる人物へと向けられた。

 彼だけではない。

 ギルド内にいた大半の冒険者が、凛々しい銀髪の女性への視線を注いでいたのだ。


「アネットさんだ!」

「おー!」

「南西の地で暴れていた黒竜を倒してこられたのですか?」


 長い髪をたなびかせ、豪華な装備を身に纏ったSランク冒険者が、この冒険者ギルドに足を踏み入れたのだ。

 金や名誉を目的とせず危険な魔物を次々と討伐しているアネットは、その活躍ぶりから勇者の異名で称えられている。


「ああ、これで皆の安全が守られるだろう」


 皆から称賛の眼差しを浴びるアネットは、俺も尊敬している人格者だ。

 だが、彼女と関わろうと思ったことはない。

 彼女はビジネスに無関心だからだ。

 何より損得勘定でしか動かない俺とは思想が合うとは思えない。


「エルネストさんは、あの人のこと知ってるの?」


 サリアは俺にアネットのことを訊ねる。


「もちろん知っている」


 魔物の素材も取り扱う商人ならば、アネットのことを知らないままではいられない。

 彼女の動向一つで商品の相場が大きく動くことがあるのだ。


「サリアもアネットのことは覚えておけ」

「何で?」

「アネットの動向は商品の相場に大きな影響を及ぼすからだ」


 アネットが討伐する魔物は、その多くが辺り一帯に影響を及ぼしている大物だ。

 そのため彼女の動向次第では周囲に生息している魔物の素材や、採集できる植物や鉱石の相場が大きく下落することがある。


「じゃあ珍しい素材も持ってるの?」

「いや、アネットはそうしたものに興味がない」


 俺がサリアにアネットの人物像を伝えていたその時だった。


「ちょっといいか?」

「え?」


 アネットが俺に声をかけてきたのだ。

 何か気に障るような発言をしてしまったのだろうか。


「君たちは魔物の素材に詳しいのか?」

「うん、エルネストさんは詳しいよ」


 サリアは俺の知識がどの程度かも知らないのに、勝手に返事をしてしまう。

 Sランク冒険者の求める詳しさには正直応えられる自信がない。


「だったらこれを見てほしい」


 アネットが袋から取り出したのは、黒竜から剥ぎ取ったと思われる数々の素材だ。

 俺が知らなかっただけで、彼女も魔物の素材を剥ぎ取っていたのだろうか。


「申し訳ないですが、俺に黒竜の素材を買い取れる財力はありませんよ」


 竜の素材は希少価値が高く、様々な用途に使われる。

 そのため、非常に高価格で取引されており、俺が手を出せる代物ではない。


「買い取ってもらうために見せたのではない。これらの素材をもとに黒竜の体に起きていた異変の見解を聞かせてほしいのだ」

「異変?」

「そうだ、私は黒竜が狂暴化した理由を把握しておきたい」


 アネットの討伐した黒竜はこれまで人々を襲うことはなく、調和を保っていた個体らしい。

 それがここ最近になって狂暴化していたことから、何者かが黒竜を操っていたのではないかと考えていたようだ。


「分かりました」


 本来なら俺は無償で鑑定の依頼を受けることはない。

 しかし、俺が断ったせいで竜を狂暴化させる危険人物が野放しにされたとなれば、その被害は自分自身に及ぶ可能性も否定できない。

 そのため、俺はすぐさまアネットの鑑定依頼を受けることにした。


「……」


 黒竜の素材は呪術などによって侵された形跡はない。

 だが、どこの部位を見ても酷く硬化していた。

 これは老化によるものだ。

 つまり、アネットが討伐した黒竜は余命幾ばくもなかったことを意味する。


「確証はないですが、黒竜狂暴化の原因は老化による知性の低下だと思われます」

「なるほど……」


 死期が迫った竜は人と同じように脳が衰えていく。

 狂暴化したのは、知性の低下と共に適切な判断ができなくなったためだろう。


「腑に落ちる回答を得られたよ。感謝する」


 俺に感謝の言葉を述べたアネットは心臓以外の素材を袋へ仕舞うと、手元に残った心臓をこちらへ差し出した。


「これは君への報酬だ」

「えっ、いいんですか?」

「もちろんだ」

「ありがとうございます!」


 アネットが報酬として与えてくれたのは黒竜の心臓だ。

 黒竜の心臓は竜素材の中でも、一際値の張る一品だ。

 これを売り捌くことができれば、しばらくは生活に困らないだろう。

 まさかアネットからこのような報酬を貰えるとは思ってもいなかった。


「あいつすげぇ」

「素材を見ただけでそこまで分かるのかよ」


 何人かの冒険者が俺の観察眼を称賛する。

 一方で俺の知識や金銭事情を疑問視する者もいた。


「エルネストってそんなに稼げてないのに、どこであれだけの知識を得たんだろうね」

「連れの彼女に使い込んでるんじゃないのか?」

「……」


 俺が女に現を抜かして貢ぐわけないだろ!

 そもそもサリアとはそういう関係ではない。

 それに独立1年目の新参者にしては、これでも上手くやっているほうだ。

 俺が稼げていないと判断した冒険者の女は、絶対に中央市場の熟練商人と比較しただろ。

 どう考えても比較対象がおかしいんだよ。


 素材の知識は他の商人たちが出品してる品々を観察していれば自ずと身に付く。

 何も不自然なことはないだろう。


「帰るぞ」

「うん!」


 冒険者たちが勝手な憶測で俺のことを話す中、俺はサリアと共に冒険者ギルドの出口へ向かう。

 だが、俺たちはまたもアキナイ領では名の知れた人物と鉢合わせてしまう。


「あーっ!」


 大声を上げ、俺の顔を指差していたのは、4歳年下の幼馴染で元聖女候補のレネだ。

 淡い水色の長い髪を煌めかせ、聖なる魔力が込められた衣に身を包む彼女は、おしとやかな外見とは裏腹にいつも騒がしい。


 彼女のせいで俺が再び注目を集めてしまったのは、もはや言うまでもない。

 俺はあまり目立ちたくないんだけどな……

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