第28話:圧力で揺さぶる合理主義者に、怯える者の心は分からない
サリアの発案した味覚を奪う罰ゲームは功を奏し、シャルルは徐々に売り上げを伸ばしていった。
そして味覚を奪う罰ゲームを導入してから5週間後の夜、ついに彼は罰ゲームを回避することができた。
「おー!これでやっと酒がおいしく飲めるんだな」
「今回は二人とも罰ゲームなしだな!」
「ああ!」
この週はラウゴもノルマを達成しており、二人とも罰ゲームなしとなった。
「エルネストさん、緩すぎー!」
その結果にサリアは不満を口にする。
彼女は単に二人が罰ゲームを受ける姿を楽しみたいだけだ。
「サリアもエルネストにノルマを課してもらったらどうだ?」
「おう!そうだそうだ!」
シャルルとラウゴは意気投合して、サリアにも罰ゲームに参加させるべきだと口にする。
「やだ!」
サリアは即座に拒否をする。
「はははっ」
俺は笑う。
和やかなムードを保ちながら、互いの売り上げを伸ばしたこの企画はやはり良い。
元々面識のなかったシャルルとラウゴはもちろんのこと、彼ら二人とサリアとの距離もだいぶ縮まっていた。
「ちなみにサリアにノルマを課すなら、どんな内容にするのだ?」
シャルルは俺に問う。
「品質向上を求めるだろうな」
「サリアの作るものは、そんなに低品質なのか?」
「低品質と酷評されるものではない。単にもっと上質な商品を作る錬金術師がいるだけだ」
シャルルはサリアが作った錬金術製品と、それ以外の誰かが作ったものを比べたことがない。
だからサリアの作るものの品質が、どの程度のものか分かるはずもなかった。
「暇なときに他の店の錬金術製品を見てもらいたい。シャルル様なら、見ただけで分かるはずだ」
「おー、そうしてみるか」
俺には遠く及ばないとはいえ、彼の観察眼はなかなかのものだ。
隣で俺が説明せずとも、その違いは理解できるだろう。
それからシャルルは徐々に売り上げを伸ばしていき、ついに連合会への加入を認められた。
あとは地位への執着を取り払えば、計画は完了だ!
そして、連合会の会議の日が訪れた。
「随分飾り気のない建物だな」
会議に初めて参加するシャルルは、アキナイ支部の建物に率直な感想を漏らした。
「創設者の女性は合理性を重視する方ですからね」
「そうなのか、私とは気が合わなそうだ」
シャルルは不安を口にする。
実際に気が合うとは思えない。
もっとも、心配には及ばないだろう。
これまでアルシアがアキナイ支部の会議に現れたことはない。
だから連合会に所属するだけなら、彼女と性格が合わなくてもいい。
「連合会という領土に属する一人の領民として、排除されない振る舞いをしていれば大丈夫です」
俺はルベルトから聞いた連合会創設の経緯を元に、アルシアと出会った時の対応を教えた。
「なんでそんな比喩をしたのだ?」
シャルルは俺の唐突な比喩に首を傾げる。
「関係者から聞いた話をそのまま口にしただけです」
俺は返答を濁した。
アルシアの思想をそのまま口にすれば、簒奪者に怯えている彼のトラウマを呼び起こしかねないからだ。
それから俺たちは会議室に入ると、空いている席へとつく。
会議の時間まで残り5分、いつもならカタインがそろそろ司会進行のために入ってくるはずだ。
その時、誰かが新たに入室する音が聞こえてきた。
カタインが来たのだろう。
そう思って後ろを振り向くと、そこには意外な人物の姿があった。
「えっ……」
連合会の会長であるアルシアが、自ら会議室に現れたのだ。
彼女は皆の前に立つと、迷うことなく会議の進行を始めた。
「あの人は誰だ?」
「さあ?」
「新人の進行役じゃないか?」
「おいお前ら、あの人は連合会の会長だぞ!」
「えぇっ!」
「嘘だろ、俺の子供たちより若いのに!」
アルシアを知らない何人かの商人は、彼女の正体を聞かされると揃って驚きの声を上げていた。
彼女の身なりを見れば、ただの進行役じゃないのは分かるだろう……
本気でそう思っていたのなら、商品よりも先に人を見る目を養ったほうがいい。
「私、アルシア・ランデロールが今日この場に来たのは、アキナイ領の次期領主について皆さんに共有してもらうためです」
ちょっと待て、その次期領主がこの場にいるんだぞ!
アルシアの言葉を耳にした俺は、シャルルのほうへと目をやった。
彼は体を震わせており、怯えているのは明らかだった。
その時だった。
ガラガラッという音と共に、誰かが入り口の扉を閉めたのだ。
おそらくは受付嬢がアルシアの指示に従ってのことだろう。
彼女はシャルルが怯えていることを分かった上で、逃げ場を塞いで追い詰めるつもりだ。
「彼女が何をするつもりかは分かりませんが、敵ではありません」
俺は怯えるシャルルに声をかけた。
「あ、ああ……」
しかし、彼の震えが止まることはなかった。
「領主オルバスの息子である彼が領主となれば、経済はたちまち混乱に陥るでしょう」
アルシアは次期領主にふさわしくないシャルルの問題点を次々と口にする。
しかも視線の先には、はっきりとシャルルの姿を捉えていた。
「連合会の一員として、皆さんならどうすべきだと思いますか?」
アルシアは会議室に集まった商人たちへ問いかける。
「追い出す方法はねぇのか?」
「連合会が乗っ取っちゃえばいいんじゃねぇか?」
「暴君になったら溜まったものじゃねえしな」
「ほっといてもそのうち暗殺されるでしょう」
「俺たちの前に顔も見せないし、大したことはできないだろうね」
彼らは皆シャルルの排除や、連合会に政治への介入を望んだ。
「さて、これがアキナイ領に住む皆さんの声です。あなたはどうしますか?次期領主のシャルルさん!」
「ああぁぁぁっ!」
アルシアはシャルルを指差し直接問いかけると、この場にいた全員の視線が彼に集まった。
かすれた声で悲鳴をあげた彼は、返答することさえままならない。
「えっと、新入りのあいつが次期領主なのか?」
「つーか、何で連合会に?」
「エルネストは知ってたのか?」
商人たちは次々と疑問の声を上げる。
それは同行していた俺に対しても向けられていた。
……容赦がないな。
アルシアは今この瞬間、シャルルに領主を継がないと宣言させるつもりなのだ。
そうでなければ、わざわざ皆の視線を集めさせるようなことはしない。
「え、エルネスト、なんか言ってくれ。これはどういうことなんだ?」
シャルルは俺に懇願する。
裏切ったと思われていないだけマシか。
「シャルルさん、私から説明して差し上げましょうか?」
怯えるシャルルに、アルシアは追い打ちをかける。
「待ってください。ここから先は俺が説明します」
シャルルのことを考えると、これ以上アルシアのペースで喋らせるわけにはいかない。
「いいでしょう」
アルシアは俺に会話の主導権を譲り渡した。
もう全てを話すしかあるまい。
どうして俺がシャルルと接触して、連合会に引き込んだのかを……
「シャルル様のことを知ったのは、彼の婚約者だったビジネスパートナーが連れ去られたときです」
俺はアルケライト夫妻が、俺の店を訪れたときのことを説明した。
全てはあの時から始まったのだ。
「あの時、このままでは権力の亡者でしかないアルケライト夫妻か、無気力なシャルル様が実権を握る。すなわちアキナイ領の未来は危ういと実感しました」
俺の言葉に周囲の商人たちがざわめき始めた。
「だからこいつを引き連れた上で、アルケライト夫妻の悪行を共有したのか?」
アルケライト夫妻の迷惑行為を共有したのは、単に迷惑だったからだよ。
政治的な思惑で判断したからではない。
「エルネストのビジネスパートナーって、小柄なのにすごい怪力のあの子か」
……それはルーナのことだ。
彼女もビジネスパートナーだが、シャルルの婚約者だったサリアとは全くの別人だ!
「やっぱレネさんの友人だけあって、やることが大胆ですね」
レネは関係ないだろ!
約半数の商人はなぜか的外れな解釈をしていたが、俺の株は確実に上がっていた。
「そのため、俺はシャルル様を連合会に誘いました。自立させることで、地位への執着心を捨ててもらうためです」
「エルネスト、お、お前……」
シャルルは恨めしげに俺を睨んだ。
俺は彼を次期領主の座から引き下ろすために接触したのだ。
最初から敵だった──そう思われても仕方がない。
けれども、このまま悪役を演じるつもりはない。
俺は俺なりの正しさを信じて行動してきたのだから!
「もしシャルル様がこのまま領主になっていたら、政治の機能不全に不満を爆発させた領民によって公開処刑されていたはずです」
俺はあくまでシャルルを助けるためだったと言い聞かせた。
その言葉は決して嘘偽りではない。
それが禍根を生むことなく秩序を維持する手段であり、健全な経済活動を続けたい俺のためになるからだ。
「俺は自分のために活動していましたが、シャルル様のためにもなったはずです」
「……」
「お分かりいただけましたか?」
「何らかの狙いがあることはずっと前から分かっていたさ。そうでなければ、私を気にかける理由がない」
どうやらシャルルは初めて俺と出会ってからすぐに、何らかの狙いがあると疑っていたらしい。
何の対価も求めなかったからだ。
それでも唯一の理解者を相手に、希望を捨てることができなかったようだ。
「その期待に応えられましたか?」
「半分だけな……」
残り半分は俺に部下として支えて欲しかったということだろう。
その願望は最初から満たすつもりはない。
つまり、これ以上の結果はなかったと判断すべきだな。
「連合会はあなたを受け入れました。その代わり、あなたも協力してくれますよね?」
俺が話を終えると、アルシアはシャルルに迫った。
「きょ、協力って何をさせるつもりだ?」
シャルルは慌てて返答する。
……アルシア、あまりシャルルに近寄らないでやってくれ。
ただでさえ彼は人間不信──特に女性不信なんだ。
それにお前の圧力に任せて相手をコントロールしようとする態度は、俺の目から見ても怖いんだよ!
「父親に領主を継がないと伝えなさい」
やっぱりそういうことか。
アルシアはやり方が急進的なだけで、きちんと俺に協力してくれていたのだ。
「話したくない」
シャルルはオルバスとの対話を拒否した。
「でも、もう領主になれなくてもいい」
俺は彼の言葉に驚く。
彼はもう地位への執着心から解放されていたのだ。
「エルネストも、そうして欲しいんだろ?」
「ああ」
俺はシャルルに手を差し伸べる。
彼は応えるように手を出すと、握手を交わした。
パチパチパチパチ
会議室に拍手が巻き起こる。
「私も心からあなたを受け入れましょう」
アルシアもまたシャルルに手を差し伸べた。
「あ、あ、あっ……」
しかし、シャルルは手を伸ばすことなく、後ずさりしてしまった。
アルシアは逃げ場を塞いだ上で、彼の悪評を周知させてから決断を迫ったのだ。
怯えるのも無理はない。
「どうしたのですか?」
アルシアは不思議そうに問いかける。
どうやら彼女は今もシャルルが怯える理由を、本気で理解できていないらしい。
……アルシア、人間は合理的な判断をできる者ばかりじゃないんだ。
お前はもう少し人の心を理解したほうがいい。




